──どこからか、波の音が耳にこだまする。
そこへ、聞こえてくる懐かしい声。
ああ、誰かが、俺の名前を叫んでいる。
俺はゆっくりと、その正体を確かめるために、真っ暗な世界を見開いた……。
「……りき、
ほっと安心した表情で、俺を優しく抱きしめている
「おーい。チックちゃん、李騎が目を覚ましましたよ!」
「ほんまかいな。マジで心配かけてからに」
どうやら、ここは1つの島のようだ。
俺から少し離れた、燃え盛る
晶子の呼びかけで、チックが俺のところにやって来る。
「あっ、アンタねえ、ワタクシに晶子を預けて、そのまま丸一日も行方不明とかありえんやろ……」
「おっ、俺はどうやって、この陸地まで?」
「そんなん聞いても知らんわ。ワタクシたちがいくら探しても見つからんで、途方に暮れていたら、いつの間にか、ここの波打ち
そうか、俺は助かったのか。
しかし、今どの辺にいるのだろう。
チックが自炊しているからに、恐らくここは俺達以外に人はいない。
一見、この島は無人島のようだが……。
──あの出来事は夢だったのかと、体を
おまけに服の破けや、水に濡れた形跡もなく、ポケットに入った、あの
……俺は海に流されてきたから、海塩などがついてもおかしくはないはずだ。
そうやって自分に問いかけをして、ゆっくりと立ち上がると、キラリと光る指先が目に入る……。
……それに目をやると、金色の指輪のアイテムが飛び込んでくる。
これは親父がくれた、記憶を維持できる、あの指輪に間違いない。
あれは、夢ではなかったのだ。
親父が能力を使用して、俺をここに移動させたのか。
そう思った方が
──太陽が頭上にあるのを確認するからに、今の時刻は昼過ぎのようだ。
こんな時、テレパシーの能力ではなく、無難に腕時計があると便利なのだが、今の社会はスマホで色々と判断する時代。
ネットにも繋げれない普通の腕時計という物は、このご時世には、
「李騎、それよりお腹は減ってませんか?」
晶子が木の棒で刺してある、程よい焼き色がついた魚を俺に見せる。
グルグルとなる腹の虫。
さっきチックから、丸一日も行方不明だったと知り、俺はあの船で食事してから、その後は何も口にしていなかった。
俺はそれを受け取り、ガツガツと飢えたオオカミの獣のように
「これはうまいな。焼き加減も塩加減もちょうどいい」
「じゃろ、こんな非常事態のために、おじさんから、サバイバル術を学んでいたんよ!」
チックが、腕に力こぶの仕草をしてみせ、さらに焼けた追加の魚を俺に見せつける。
「いいよ、もう腹は膨れたし、後は二人で食べなよ……」
何とか腹は満たせた。
次にやることは、状況の
俺はとりあえず、晶子持参の空の白い
周りを取り囲む大きな木々。
その木の枝に、何やらドングリのような、形の大きく膨らんだ実が実っている。
小さい頃、これらの木々は植物図鑑で目に触れた事がある。
ひょっとすると、あれはココナッツの木で、あの実はジュースの元になる物なのか。
それに心持ちか、少し気温が高いような感じもする……。
「……だとすると、ここは赤道に近い熱帯地方かな……?」
「そうそう、ここはバワイ島の近くにある、ワタクシのおじさんが所有していた無人島やったけんね。
ここへ来たときは、何か見たことある島やなって思ったけん、やっぱ、そうやった」
「所有していた?」
「まあ、数年前までの話やけどね……おじさんが海の事故で亡くなってから、誰も引き継がずに売りに出されたんだけど、不便な場所だけに、この通りさっぱりでさ……」
チックが辺りに生えた草に触れながら、寂しげに答える。
あのいつも元気に見えた女の子が、嘘のように
「ほんとにおじさんのことが好きだったんだな」
「う、うん。
……おじさんは漁師でさ、いつも自慢の船を見せながら、チック、ワシが引退したら、この船をお前にあげようかとか、
ワタクシみたいな女なんかが、船なんか操縦できないと言ったらさ……女だからとか関係ない。人間、やってみなければ、分からない時だってあるっちゅうて……」
「……それが理由で
チックが無言で
波紋をあげて、水面を滑っていく小石が、六回まで跳ねて、海へと沈んでいく。
「あーあ、あの船は、おじさんとの想い出が一杯詰まっていたのにさ……誰かさんのせいで海の
「そのことはマジですまん、あれはどうにもできなかった」
「いいよ、形ある物はいつかは壊れるけん……。
それに他にも想い出は色々とあるし……ねえ、ちょっと晶子!」
晶子が目をパチクリさせて、俺とチックの方を向く。
ちょうど食事中だったらしく、ケホケホとむせている。
彼女は隣にあった竹筒の水筒を飲み、喉の体制を整え、空になった口を開く。
「……どこかへ行くのですか?」
「いいから、ワタクシに黙ってついてきてえな。李騎も一緒に来なよ」
チックが親指を押し立てて、砂浜が広がる大地へ誘う仕草をする。
どうせ、ここにいても状況は変化しない。
俺と晶子は、無言で目を交わしながらも、彼女についていくことに賛成した。
****
──次第に雑草が生えてる量が増して、男性の成人の高さまである茂みを、手でかき分けて進む。
──それからしばらくすると、その草の長さが一斉に短くなり、足首までの長さになる。
そこからは均等に草が生えていて、この先以降は、明らかに人が整備した跡があった。
──ふと、足元に円盤形の機械が、ゆっくりと近づいてくる。
「あ、危ない、晶子。下がってろ!」
晶子を退け、その未知なる機械に対して、俺は腰を低く落とす。
「ははっ、安心しなよ。それは草を刈るロボットだから。人間には危害を加えないさかい」
「へーえ。新型のお掃除ロボットか?」
「そう。正確にはワタクシがちょちょいと、芝刈り用に改造したんよ。
防水、防塵で太陽光充電対応。真夏の炎天下で草取りをする必要もない、便利な機械さかい」
「ほーう。それなら、人為的に草刈りをする手間も省けるな……」
俺がそのロボを隅々まで観察していると、チックがちょいちょいと指で合図する。
その先には古びた建物、いや、赤い三角屋根が特徴的な白い洋館が建っていた。
「ここがおじさんが借りていた別荘やね。まあ、
チックの後について行くと、どこからか、流れてきた白い霧が濃くなってくる。
『──キシャアアア!』
そこへ、
「……また、お前かよ。しつこいヤツは嫌われるぞ!」
そこには、なぜか船場で倒したばかりのアメリコザリガニがいて、ハサミをカチカチと鳴らしながら、こちらへ向かってくる。
『ピヨピヨ♪』
さらに背後からも響いてくる、懐かしい鳴き声。
「お前、ぴよ吉かよ。元気だったか?」
『ピヨピヨ♪』
ぴよ吉も相変わらず、俺にじゃれて甘えんぼな性格だ。
「おい、晶子。ぴよ吉が生きていたぞ!
聞いてるか、晶子!」
俺はありったけの声で、後ろにいる晶子を呼んだ。
だが、彼女の反応がない。
いや、なぜか様子が変であった。
晶子は目の焦点が当てもなく浮遊して、体をふらふらさせながら、ゆっくりと俺との歩幅を詰める。
「李騎、悪いけど、ここで死んでもらうわ……」
あれだけ触れるのを嫌がっていた、あの粘液のついたドラゴンサバイバル包丁の柄を両手で握りしめ、いつもと違う台詞を吐きながら……。
****
「しょ、晶子、どうしたんだよ?」
「文句なら、あの世で弁解しなさいよ……」
『キシャアアア!』
『ピヨピヨ……!』
晶子が包丁を持って高笑いし、ザリガニが
俺は、その三手の攻撃を慎重にかわす。
ザリガニのハサミで草地がほぐれ、ぴよ吉のタックルで体制が不安定になり、そこへ晶子の刃物の突進……。
これらの連携攻撃は辛い。
3対1とは多勢に無勢だ。
しかもなぜか俺に対して、絶対な敵意を抱いている……。
「おい、チック、これは一体どうなってるんだよ?」
それだけではない。
チックからの反応がない。
これは変だ。
さっきまでいたはずの、チックの気配が感じられない……。
「ちっ、チックのフォロー無しで、コイツらの相手は骨が折れるぜ……」
俺は舌打ちし、胸ポケットに入れていた煙草で一服し、慎重に物事を整理する。
その
『ピヨピヨ♪』
そこへ、ぴよ吉のタックルを食らい、勢い誤り、火の付いた煙草を、ぴよ吉の方へと飛ばしてしまう。
「あっ、すまん。ぴよ吉」
『ピヨピヨ♪』
そんなことはお
「ぴよ吉、お前……」
『ピヨピヨ♪』
「……お前、さっ、さては偽物だなぁー!」
煙草の喫煙時には、先端の熱さは約1000℃にも及ぶ。
それを食らい、何とも反応がないのだ。
普通に考えてもおかしい。
その異変を察した俺は上空に向かって、魔法を唱える。
「俺の邪魔をする厄介な
「サイクロン!」
上空へと向けた竜巻の能力が、周りにある霧を吹き飛ばす。
瞬く間に飛散していく、白い霧。
ぴよ吉とアメリコザリガニが、目の前から無数のシャボン玉のように消滅し、二匹が傷つけた地面なども、綺麗に復元されて、元に戻った。
その霧が晴れた先に、何も状況が伝わってなく、途方に暮れたチックが待っていた。
「おっ?
李騎、無事だったかいな……またいなくなったんかいって、ワタクシは心配したんよ」
「……これはどういう事だ?」
「分からんよ。いきなり白い霧が流れてきて……気づいたら、ワタクシの後ろは霧で視界が分からなくなって、誰もいなくてさ……」
「李騎……」
そこへ、ふらりと、こちらへ歩いてくる女性。
「晶子、無事だったか?」
「……あっ、はい。何か気づいたら、あの包丁を持っていて手が汚れていて……私は一体何を?」
晶子が顔をひきつらせながら、花柄のハンカチで、あの粘液を拭き取っている。
「晶子、お前は自我を失って、俺を攻撃してきたんだよ……」
「そうですか。でもどうしていきなり?」
「それは俺が聞きたいよ。もし吸っていなかったら、分からなかった……」
そこで晶子が両拳をつくり、プルプルと体を震わせている。
「……李騎、吸ってたとは?」
「……あっ、いや、別に。久々に味噌汁が吸いたくなってさ……。
チックのカバンから、レトルト味噌汁を
「そうたい。もう、赤ちゃんのようにむしゃぶりつくようにして、私の豊満な胸をね~」
「おい、違うわい!
誤解を招くだろー!」
「うふふ。ほんと、もう照れんでもよいがな~」
「だから、話をややこしくするなー!」
チックが目をつむり、胸元を両腕で隠しながら、イヤイヤと体をくねらせる。
「……ふーん。李騎。
嫌がっているいたいけな未成年に、そのような強引なセクハラ行為。
これはどういう事ですか?
詳しく説明してもらいましょうか……?」
晶子が俺に対して、夜間の猫の目のように、ギロリと目を光らせる。
相手はもう、包丁は持っていなかったが、今度こそやられると、俺は覚悟を決めたのだった……。