「……ごっ、ごめんな。どうしたもんやろ?」
チックがこの別荘を開けようと、庭の赤いポストに隠していた鍵を取り、開けようとしたら、このありさまである。
その現場にて、
「……鍵が錆びているとかじゃないのか?」
「いや、おじさん家の鍵はステンレスを混ぜていて、そう簡単には錆びない作りだから……」
「なら、鍵自体が合ってないかもな。何者かにすり替えられたとか……?」
「うーん。ワタクシしか、ある場所を知らないのに?」
眉間にシワをよせたチックが、その鍵を先から根元へと、隅々まで確認している。
「……ところで話は変わるが、昨日は野宿したのか?
最初から、この別荘を知っていたら、ここに泊まればよかったのに」
「いんや、
いくら夏でも夜になったら、それなりに冷えるし、あくまでも人命が優先やけん」
「……チック、こんな俺に対しても、優しいな」
「……まあ、何があっても、諦めずに李騎を捜すのは、晶子の頼みだったんやけどね……」
「そうなのか?」
「うん。李騎が何の計画も立てずに、ワタクシ達から消えるなんて、まずないから、もっと真剣に捜しましょう、てさ……」
「そうか」
俺はその言葉にひかれ、後ろで砂浜で拾った綺麗な貝殻を、
その不意の視線に気づいた晶子が、俺にくちびるを緩ませた笑顔で返す。
俺はドキリとして、目を逸らした。
このときめきは、彼女のことが好きなのだろう。
日に増して膨らんでいく彼女への恋心。
俺は何がしたいのか……。
「しょうがない、裏口にまわろうかね。こっちこっち」
チックが家の裏側へと、手招きして誘導する。
だが、また白い霧が地面から吹き出し、視界を
「まっ、またかよ、どうなってるんだ?」
「今度はどうしたのですか?」
いつのまにか晶子が背後にいて、俺の背中に語る。
「晶子は無事か?」
「はい、私は何ともないです。それよりチックが心配です」
「ああ。それには、この霧の突破口を見つけないとな……いいか、迷うといけないから、俺から離れるなよ」
「はい、分かりました」
二人して、忍び足で霧の中を歩む。
「李騎、怖いです……」
しばらくすると、晶子が俺に腕を絡ませ、ピッタリと身を寄せてくる。
腕に伝わる、たわわで柔らかいクッションの感覚。
俺は、こみ上げてくる血の欲求に耐えた。
「李騎……こんな時になんですが、あなたのことが好きですよ」
それから俺の顔を強引に振り向かせ、晶子は唇を近づける。
「おい、今はこんなことをしている場合じゃないだろ……。
……と言いながらな!」
「ぐはっ!」
俺は晶子のみぞおちに、強烈なひじてつを当てていた。
右手にあのサバイバル包丁を持ったまま、よろめく晶子。
「さあ、もういいだろ。下らない茶番はいいから正体をあらわせ!」
晶子の体が白い煙に包まれて、灰色の姿が
『ゴホゴホ……。
……チッ、アトスコシでヤッテ、オマエヲあやつれたモノヲ。イツカラキヅイテイタ?』
例の宇宙人のタケシが、腹を押さえて咳き込みながら、俺に質問する。
「晶子は確かに、いつも露出をした服装だが、公衆の場で告白して、さらに口づけを求めるなど、
それから、同性相手の名前の呼び方は、基本
『……ナルホド。ヨクカノジョヲみてイルンダナ……ケケケ』
「しかし、俺を
『ケケケ。オマエガモタモタして、サッサトアメリコにコナイカラだ』
「それはいつも、お前がややこしくしてるんだろ。いい加減、素直にアメリコへ行かせろよな!」
『キキキキ。ソウカ。ソノテガアッタカ……コレデケイカクハスムーズにユク……また、チカイウチニアオウ。キキキキキ……』
それから、何かを
──すると、その瞬間から、周りを包んでいた白い霧が消え、辺りはあの洋館の裏庭に戻る。
──そこには晶子とチックがいた。
晶子に関しては、今までの出来事など何も分かっていない様子で、こちらをキョトンと見ていた。
どうやら、あの白い霧は、タケシが意図的に起こしたものであり、幻覚作用があるようで、ザリガニやぴよ吉は、その霧が生み出していた偽物のようだった。
それに晶子の体を操っての、ネバネバとした包丁での暴走といい、今の偽者の晶子といい、あの霧には、人間の脳内を混乱させる効果もあるようだ。
これもタケシの能力なのだろうか。
だとしたら、末恐ろしい相手にケンカを売ったものである……。
「李騎、さっきも霧が起こったけど、何かあったん?」
「ああ、凄い霧で、歩くのもやっとだったよ」
チックがしきりに聞いてくるが、俺は気にも
これ以上、彼女らを巻き込みたくない。
あの幻覚は、明らかに俺一人だけに体験させていた。
恐らく、さっきの操られていた晶子は実体がない幻覚で、タケシが晶子に変身して、包丁だけを使用したのだろう。
その場には彼女の姿がなく、煙が消えてから、やって来た場面にも、推測が浮かぶ。
多分、タケシは俺自身が、どこまでできるのか、俺の力を試しているのだろう。
だから、チックや晶子に面倒なことはかけられない。
これは俺自身の闘いでもあったからだ……。
****
「──李騎、何を考えてるのですか、もう、中に入りますよ?」
「……はっ、もう入れるのか?」
「だからさっきから言ってますよ。チックちゃんが鍵を開けていた場所を見ていたでしょ?」
「ああ、そうだったな……」
どうやら考えに夢中で、周りが
俺はあやふやな問いかけをしながら、洋館の扉に入る。
中はひんやりとして薄暗く、学校の体育館並みに広いロビーで、床には赤い
また、辺りは
「これはお掃除をしないと、住めそうにないですね……」
晶子がホコリを手で
「……住むも、何しも、俺達はこれからアメリコに行くから、長居はしないさ」
「はっ、何を言っているのですか?
私達は今日から、この家に住むのですよ?」
「はあ?
お前こそ、何を言ってるんだよ。俺達はタケシがいる場所へ向かってるんだぞ!?」
「……その、タケシとは誰のことでしょうか?」
俺は言葉を失う。
まさか余計なこととは、彼女たちの存在と言うことか。
俺一人なら、誰にも迷惑をかけることなく、最短ルートでアメリコへやってこれると、タケシは感じたのだろう。
そうだ。
チックの船の破壊、
船を沈める目的の甲板での戦い、
さっきの俺達を引き離す霧模様。
タケシは最初から、俺を一人にするために、今まで様々な計画を
これでは彼女らにとっては、今までの旅路が無駄足だ。
それに気づくのが遅すぎた……。
──俺はどうすればいい。
こんな状況で頼れる人物は……。
頭の中の神経をフル活用して考える。
その答えはすぐに見つかった……。
「晶子、俺は浜辺で小枝とか拾ってくるよ。ついでに魚も捕まえてくるから」
「それなら私も一緒に行きます」
「いいから、ここでチックとゆっくりして」
「でも、二人でした
「まあまあ、ここは男の子に任せとけ!」
俺は片手をぶんぶんと回しながら、
「……だからさ、晶子は料理の下準備でもしてなよ」
「分かりました。頼みましたよ」
晶子が丁寧に
「そのかわり、俺の好きな美味しいカレーを、じっくりと
「はいっ!」
彼女はその言葉を耳にして、振り向きざまに、にっこりと笑みを浮かべて、立ち去っていった。
「さてと、それじゃあやるか……」
森の奥の茂みに体を忍ばせ、辺りに人がいないのを確認した俺は、首を鳴らしてリラックスし、
「むむむっ……すい達が経営してるよろず屋へ……テレポート!」
その瞬間、俺の体が無数の光の粒となり、この森から姿を消した……。
****
「──ささっ、寄ってらっしゃい、見てらっしゃい。今からすいが実演販売やっちゃうよ~」
「……あの、さっきからお客は全然来ないのに、まだやるんっすか?」
「アンタねえ、今日の晩ご飯も、モヤシ炒めでいいの?」
「いや、モヤシ飯4日連続はきついっす……」
「だったら文句言わずに、せっせとこの包丁を並べるの!」
「へいへい。美少女すいちゃんが看板娘で、叩き売りすれば、飛ぶように売れるっすか……」
「そうそう。
「まあ、寝る直前までぴーちく、ぱーちく呟くからっすね。もう、たちの悪い洗脳と変わらんっす……」
「あーん、何か言ったかな?」
「いえ、ただの幻聴っすよ」
『──キラン!』
『バキバキバキー、ドカーンー!!』
──そんな二人が商売をしていた、その現場へ、一筋の稲妻のような光が発生する。
そのよろず屋の屋根に、ハレー彗星のようにぶつかった俺が、その緑のテントを破って、二人の眼下に落ちていた……。
「……いてて。よっ、よお、帰ってきたぜ……」
「李騎きゅん、アンタ、屋根、弁償ね」
「李騎兄貴、早速、やっちゃったっすね。まあ、怪我人がいなくて良かったっす」
突然の来訪に、あっけらかんとしていた二人だったが、そこは商売人。
すぐさまに俺が突き破って、壊れ果てた屋根のお金を請求する。
「弁償はするさ。それより俺の話を聞いてくれないか」
俺はすいの手元に 10万円相応の金の
もし、あの紙切れのままだと、海水で濡れて使用不可能になっていたかも知れない。
だから念のために、この街にあった、とある金融店で紙から物にして良かった。
しかし、すいはそれを受け取らずに、俺に優しく突き返す。
「ふふっ、冗談よ。何があったか知らないけど、すいでよければ話は聞くよ」
「僕もっす」
「センクス。物分かりが良くて助かるぜ……」
さあ、俺なりの計画を話すときがきた。
ここで、うまくやらないと、俺はタケシどころではないし、一生後悔するだろう。
これはもう、俺一人の闘いではない。
何とかして、よろず屋の二人と交渉しないといけないのだ。
俺は慎重に語りながら、事のあらましを詳しく説明した……。