「なるほど、二人が記憶を無くしてしまったのね……それで、すい達に助けを求めに来たと……」
俺は、二人に事情を説明した。
まさに、三人よれば
この件をどうにかできないかと、今、三人で対策を練っている。
ちなみによろず屋は急用で休業しており、奥の部屋の中で、ちゃぶ台を囲んで話し合いをしていた。
営業も大事だが、人としての縁も大事。
俺の切実な悩みを、優先的に受け入れてくれたようだ。
「……そうなんだよ。それでさ、何か記憶が戻るようなアイテムとかないか?」
「……う、うーん。残念だけど、そんな品は取り
湯気の漂う緑茶の入った湯のみに、息をフーフーと吹きかけながら、すいが目を伏せて、申し訳なさそうに答える。
どうやら、すいは猫舌らしい。
「……そうか。この前、
そう、あの晶子に飲ませた睡眠薬は、茶葉を煎じて、抽出した液体から作ったものだと、後からすいに聞かされたのだ。
だから記憶を操作できる草も、このよろず屋にはあるかもと思っていたが、どうやら当てが外れたようだった。
現に、薬草等の野草も販売していただけに……。
「くっ、草!?
……すい。草なら、聞いたことないっすか?」
「ええっ、あれはあくまでも噂だよ?」
すると、その『草』に反応した
なぜ、草相手にエキサイトしてるのかは謎だが……。
「なっ、何だ、草ならあるのか!?」
俺はすいの肩を揺さぶり、その内容を聞きただす。
「きゃっ、
「ごめん。それでその草はどこにあるんだ?」
少々興奮しすぎて、彼女に揺さぶりをやり過ぎたことを謝罪する。
乙女は儚げで壊れやすい。
もっと丁重に扱わなければ……。
「まず言わせてもらうけど、日本にはないわね。赤道直下に生える『ワスレナイ草』と呼ぶ名前なんだけど」
「……何だ、空振りかよ……。まっ、待てよ。今なんて言った?」
「だから赤道直下……」
「……と言うことは、バワイ島の近くにもあると言うことだな。ありがたい。それで『ワスレナイ草』とはどんな草なんだ?」
「……黄色の花で、西洋タンポポのような草なんだけど、実際のタンポポとは違って、日陰で光の当たらない、森林の中を好んで生育していてね……でも……」
すいが、乱蔵が調べあげた図鑑のページを見せながら、俺の
その据わりきった視線が、やけに痛い。
「……分かった。情報センクス!」
俺はその場に居たたまれなくなり、二人から逃げるように去ろうとする。
「ちょ、ちょっと、まだ話の途中よ……李騎きゅん、聞いてるの?」
「すまん、時間が惜しいんだ。
むむむっ……晶子たちがいる無人島へテレポート!」
すたこらさっさと、外へ走りながら、俺の体が光の粒になり、天空へと飛んで行く。
「あーあ。勝手に言うだけ、言って行っちゃったすね」
「もう、李騎きゅん。もうどうなっても知らないわよ。そう簡単に入手できたら、ここで普通に育てて売ってるのに……」
すいが不機嫌になり、薬草の育つ苗鉢を見やって、ぶつくさと悪態をつく。
「まあ、李騎兄貴なら大丈夫っしょ。さあ、すい。ある程度片付けたら、商売再開っすよ」
「そうだったね。久々に肉が食べたいから、せいぜい包丁一本でも売らないとね。さあ、気合入れるよー!」
李騎が消え、気合を入れ直したすい達は、再び、店を開店させたのだった……。
****
俺は再度、バワイ島近くのあの島に戻って来た。
辺りは夕闇に染まり、夜へと姿を変えつつある。
「あっ、李騎。どこへ行ってたんですか?
もうすぐ晩ご飯ができますよ♪」
トコトコと子猫のように、能天気に近づき、俺の手をとる晶子。
「スリープ!」
「うにゃーん!? 」
そこへ俺の睡眠魔法を食らい、倒れこむ晶子。
そして彼女をお姫さまだっこして、洋館の壁際に寝かせる。
この玄関先なら、あとからチックが気付いて、介抱してくれるだろう。
「さて、急がないとな」
俺は館を離れ、例の記憶を取り戻す草、『ワスレナイ草』を探すために歩き始めた。
──しばし歩き続けて、草原から森へと景色は変化し、俺は懐中電灯を片手に、日当たりの悪い場所を懸命に探す。
こうやってみると、中々、手が焼ける。
まるで幼子とかくれんぼして、俺が鬼の役みたいだ。
唯一、安心なのは人とは違い、常に移動していない点だろうか。
敵に見つからなければ、逃げ回ってもOKとか、最悪もいいところである。
しばらくして、ひとまず休憩をするために、まっさらな切り株に座り、最後の一本になる煙草を一服して、存分に味わう。
これで最後か、どうかは分からないが、いつもより煙草が、やたらと美味しく感じた。
その数分後に立ち上がり、再び探索を始める。
すると、森からさし入る、一番星が
黄色の花にタンポポのような草。
すいの話から図鑑で確認した『ワスレナイ草』そのもので間違いない……。
「何だ、案外、簡単に見つかったな」
俺はすぐさま、その草を引き抜きにかかる。
だけど意外と重くて、奥まで根が張っているようだ。
「男ならドコドコド根性ぉー!!」
俺が引き抜きに力をのせた時、白い煙が、ちぎれた草から吹き出してくる……。
「……李騎、どこ行ったん?」
──真っ白な煙に包まれた中、どうやらここへ、たまりに見かねたチックが、心配して来たらしい。
俺は、その草を手早く抜き取り、手持ちの白の巾着袋に放り込む。
すいの話では、この草一本で、十分にまかなえる薬ができるとか。
今、ミッションは達成された……。
「李騎、こんな山奥でなにしとんね?」
「ちょっと草を取りに来てさ。チックもいるか?」
「草なんかいいから、早く帰るよ」
チックが俺の手を掴み、グイグイと煙と霧に囲まれた山道を進む。
さっき来たルートとは正反対側だが、こちらの方が近いのだろうか。
俺は、なすがままに強引に、手を引っ張られていた。
そのうち、一本の古ぼけた吊り橋が見えてくる。
俺が知らなかった場所だ。
チックが、その吊り橋に足をかけて、俺を誘う。
風に揺られた吊り橋が、ゆらゆらと揺れていた。
その前方は、霧が邪魔して、よく見えない。
「チック、怖いから、手を離してくれ。先に行ってくれないか……」
「なん、だらしないね。男の子の癖にレディーを先に行かせる気なん?
とんだ困ったちゃんやわ。まあいいわ」
チックが怖いもの知らずに、堂々と吊り橋を歩いていく。
彼女が歩く度に、軋んで大きく左右に揺れる木の吊り橋……。
「りっ、李騎、はよこんかね?」
「……ふっ、見事にかかったな」
「プチファイアー!」
俺はチックが橋の中央へ踏み入ったことを確認し、吊り橋を支えている柱に縛られた縄に炎の魔法をかける。
あっと驚く間に、縄は激しく燃えていく。
「きゃっ、李騎、なんするんや!?」
「残念だったな。
……タケシ。いくらチックでも、周りは視界で見えづらく、そうやすやすと来れるような、簡単な山道じゃない!
それにこんな絶壁で、不安定な吊り橋でも、ものともしない神経とか、女子としておかしすぎる。その手には乗らないぞ!」
『ふフフ……オシかったな……』
悔し紛れなチックの姿が溶け、灰色のタイツ姿の宇宙人へと肌を変える。
『デモ、コノテイドではヤラレナイ。マタアオウ……キキキキキ……』
そう不気味に笑いながらタケシは、燃え盛る縄の残骸と一緒に、見えない暗闇の谷底へと落下していった……。
……その途端に、山を征服していた白い煙と霧が分散する。
しかし、今回はタケシは何の用事で姿を見せたのか。
しかも、またもや俺の命を奪おうとした。
以前にタケシ本人もほざいていたが、ヤツは俺の命を消して、俺の体を自由に
その方が早くアメリコに行けて、手っ取り早いからだろう。
それになぜだかは知らないが、向こう側が焦っている事は明確だ。
俺の知らない裏で、何かの意図が動いているのか……。
俺は手当たり次第に、キノコなどの食材も集めて、来た道の通りの道に何とか戻り、そのまま山を下っていった……。
****
「アンタ、どこまで行っとんのよ?
二人で待ってたのに……。もうご飯できとるよ」
少々怒り気味のチックが、大きな葉を繋いで貼ったテーブルに、俺の食器を乱雑に載せる。
「わりーな、ちょっと、サラダの食材を探してさ。この花とキノコは旨いらしいぜ」
「ふーん、こっちに
機嫌を直したチックが、花とキノコの入ったパンパンな巾着袋を受け取り、奥にある調理場で、彼女による包丁のさばく音が響く。
キノコは、あくまでもカムフラージュだ。
あの草さえ、
そこへ、短時間にて、できあがるキノコと野菜たっぷりのサラダ。
この手早い調理からして、他の野菜は下ごしらえをしていたのだろう。
俺のことだから、薪以外に、何かしら食べ物を取ってくるに違いないと、チックは先を読んでいたのだ。
まあ、テーブルに皿からはみ出た、分厚いステーキ肉があるからにして、動いている魚は無理だろうと、解釈していいものか……。
さらに、俺の好物なカレーライスも、このステーキに負けずに、まるで王者の風格の
「あっ、心配せんと。肉は変なのじゃないよ。冷凍庫にあった牛肉やけんね」
だとしたら、どれくらい保存していた肉だろう。
その熟成具合が、少し引っかかる。
「い、いや、何でもない……。いただこうか」
「はいっ!!」
『いただきます~!!
もぐもぐもぐ……。
うっ、うぐ……!?』
3人して、サラダを頬張り、あの花の草を飲み込んだ時点で、俺達は椅子から転げ、その床にぶっ倒れた。
何だ、この草は毒草か?
なら、なんで『食べれる』と、すい達は喋っていたのだろう。
それに、毒のわりには、痛みや吐き気はなく、なぜか頭が真っ白になり、心地よい不思議な感覚だ。
こうして草を食べた俺達は、それからもずっと体が動かせず、この食堂から微動だできずにいた……。
****
「今頃、三人とも大丈夫かな。あれは普通に食べたら毒があって、半日は体が痺れるからね……」
「殺菌効果がある、シソの葉を一緒に混ぜないと駄目なんすよね。あと、草を引き抜くときも、最新の注意をしないと、幻覚の花粉とか出るっすよね」
「本当、李騎きゅんは自分勝手で、肝心な事を聞かないんだから……」
すいが湯のみに入ったお茶をすすりながら、売上金のチェックをしている。
「まあ、世の中のカラクリは、中々うまくいかないものよ……。はあ、今日の売上もいまいちね……」
お金の勘定をして、思わずため息をつくすいが、窓際の月夜を見上げる。
夜空に君臨した満月は何も知らずに、すい達を照らしていた……。
****
「うぐぐ、頭も体も痛い……」
あれから床で疲れ果て、一夜を明かした俺達は、この世のものとは思えない、苦痛を味わっていた。
固いフローリングの床に寝たせいか、身体中が痛いし、何より割れるように頭が痛い。
三人して冷蔵庫で冷やした冷水を、プラスチックのコップで一気に飲む。
寝ぼけた頭が、すっきりと冴える。
結局、あの草は何だったのだろう……。
「……こんなんじゃ、タケシ君のいるアメリコには行けないですね」
「……晶子、今なんて言った?
確かに『タケシ』って言ったよな?」
「……な、なに言うとんね、ワタクシ達はタケシを追いかけて、アメリコ近くまで来たのに。勢いあまって、床に頭でもぶつけたんかいな?」
「よっしゃ、記憶を取り戻したぞ!」
俺はあまりにも浮かれて、その場で三回転ジャンプをする。
いや、本当は一回、回っただけである。
ものの見事に『ワスレナイ草』で、記憶復活作戦は達成された。
俺の姿を見た二人は、怪しい人を見るような目つきだったが……。
「でもチックちゃん、ここからどうやって、アメリコに行くの?」
「大丈夫。ワタクシに考えがあるから。二人ともついてきて」
俺が離れていた隙に、晶子とチックが着替え、仲良く雑談していていたが、どうやらチックなりの策があるようだ。
俺と晶子は黙って、館から庭に出るチックについていった。
──小さな野草がこじんまりと生えている、緑の庭の奥にあった、灰色のビニールカバーの場所で、チックが立ち止まる。
「おじさんの秘密兵器の一つのこれさい!」
チックがそのカバーを勢いよくはがす。
そこに登場する、白に輝く1隻の乗り物。
「へえ、モーターボートか。考えたな。確かに、これならいけそうだが……」
「……ここから海まで、どうやって運ぶんだ?」
「ふふ、それは心配いらんと。見てみい」
チックがキーを差し、エンジンをかけると、ボートが緩やかに地面から離れる。
「このボートは空を飛んで進むんよ。さあ、これでアメリコまで行くよ。急いで支度しよ」
「本当、何でもありだな」
──数分後、俺達はボートの前に集合し、チックの指示通りにボートに乗り込む。
「こ、これはまるで絶叫マシンですね。慣れないと恐いですね……」
ふわりと上空を浮かぶ姿に、晶子が驚いている。
一体、どこまで上昇するのかと思いきや、ビル三階分の高さでぴたりと止まる。
「安心しいや。安全のため、設計上、これ以上は上がらんみたいや。では出発~!」
太陽の眩しい光を浴びながら、ボートが前進する。
その先にあるのは広大な海。
それから離れた先に、伸びやかな大陸が広がっている。
「あれがアメリコ大陸か?」
「そうたい、こっからだと、あと10分もかからんよ。いやぁ、久々に故郷に帰るなあ♪」
チックが舵に似た黒いレバーを前に倒すと、さっきよりも凄まじいスピードで、船が進み始める。
「きゃっ、早いよ!?」
「ぐ、ぐおっ、風に吸い込まれる!?」
この感触はボートの速さじゃない。
恐らく船の速度は、やすやすと法定速度を越えているはず。
「そりゃ、速度メーターを見たら、100キロは出してるからね♪」
「それは洒落抜きで恐いわい、速度落とさんか!」
「いや、この船よく分からん作りやし、正直動かせても、スピードの落とし方が分からんのや~」
「ガッ○ームー!?」
そのまま、ボートは光の速さのように突き進む。
どこまでも、どこまでも……。
『プスン……』
……と思いきや、突然ボートが空中で停止する。
「……あら、あかんわ、もう燃料切れやわ」
チックが、からかい半分に、ぺろりと小さい舌を出して、こちらに
「そっ、それは、一番やったらいけないことだろー!?」
焦ってパニクる俺に、青ざめた無言の晶子と、やけになり笑い出すチックを乗せたボートは、地上へと緩やかに落下する……。
『ドカーン!!』
やがて、急降下したボートは、アメリコ大陸の駄々広い麦畑の農園に不時着し、ボートの先端部ごと、頭から地べたに突っ込むはめになったのだった……。