「……いっ、いてて、チックも
俺は何とか、壊れたボートから這い出す。
まだ周りには、ボートからの煙とやらが充満していて、呼吸をする度に、咳き込んでしまう。
俺は口元をハンカチで押さえながら、残り二人の
「
「ほいほい。
チックの声に反応し、声のした方向の煙を手で払う。
「あっ、チック、無事みたいだな。晶子は?」
「はい、私も隣にいますよ」
軽く伸びをしなから、ぴょこっと可愛らしく出てくる晶子。
二人ともあちこち体は汚れているが、軽いすり傷のみで、大怪我をしている様子はない。
「ふう、それは良かった。ところでチック、ここはアメリコに間違いないのか?」
「そやね。恐らく農村地帯に落ちたみたいやね……都市部にある、おじさんの家とは正反対やわ」
「うーん、問題はそこまでの足だな……ここから、そこまで歩くのは無理だな」
「……なら、あっこにある道路でヒッチハイクしよっか。ワタクシがいつもやってて得意さかい」
チックが向かい側にある道路へ進もうとし、俺と晶子も後をつけた。
だが、その瞬間、足で土を踏む感覚が消失する。
俺は気になり、視線を下に向けると、地面がなく、巨大な真っ黒な穴ができていた。
それから考える余裕も与えずに、俺達は真っ逆さまに落下する。
「ど、どうなってるんだよ、チック。来訪者にこんな罠を仕掛けるとは?
噂には聞いていたが、アメリコはそんなに治安が悪いのか!?」
「ひっ、
「二人ともこんな時くらい、ケンカは止めて……」
空中でケンカをし続ける俺とチックの騒ぎに、すかさず晶子が、言葉で止めに入るのだった……。
****
──数分後、俺は新たな冷たい床に倒れた体勢で目が覚める。
支えている体に床があるということは、ようやくここで、終わりの場所らしい。
──ここは地下の
辺りは四角いブロック壁で囲まれていた。
しかし、そこで違和感があった。
落ちてきた穴はなく、天井は
どうやって、ここまで来たのだろう。
それに、いつものように騒がしいチックや、大人しくても芯がある晶子の気配がしない。
一緒のタイミングで落下したのに、肝心なその二人が、今は近くにはいないのだ……。
「おーい、チック。また、お前の嫌がらせか?」
俺は正面にあるブロックの壁に語りかけるが、何の応答もない。
「……しょうがない。歩きながら捜すか」
重い腰を上げ、この洞窟を眺める。
「しかし、何度見ても、違和感のあるブロックだな」
ここは人の手により、人工的に作られたもののようだ。
丁寧に揃った、埋め込みの壁をなぞりながら調べてみると、所々に細かく黒い数字や、aやbやらのアルファベットが書かれているからだ。
設計時に、色々と計算を視野に入れた、数式の一部だろう。
「ここは何か、俺の家のピラミッドの作りに似てるな。あれ、ひょっとして、ここは遺跡の中なのか?」
俺は罠がないか確認しながら、
それにしてもなぜ、この通路には照明などないのに灯りがあり、一方通行なのだろう。
そう不思議に思いながら、前に進むと、初めて左右に分かれ道があった。
俺はそこで立ち尽くし、腕組みしながら悩む。
ここでルートを間違えたら、ひょっとして帰らぬ体になるのではと、己の本能が刺激していたからだ。
さあ、脳細胞を研ぎ澄まして、思うがままに一歩を踏み出せ……。
「どちらにしようかな。天の神様のいう通り~、だーよ、だーよ……」
ひとさし指を左右に動かし、今の俺の世代では似合わないであろう、幼稚な選択肢で、この場を切りぬけようとしている。
「だーよ、だーよ、だあああ~よ……」
……と言いながら、未だに指は左右の道を交差している。
だから言わんこっちゃない。
俺は
「よし、決めた。あの棒が倒れた方向へ行こう」
俺は指の指示を止め、地面に落ちていた紙袋に入った、片割れの割り箸を拾い、地面に立たせて倒す。
なぜ、割り箸があって、箸が片方だけかは不明だが、今は現状が先である。
倒れた先は左を向いていた。
「なら、右だな」
だけど、ここはプライドが譲れないせいか、あまのじゃくに、逆方向へと向かう事にした。
ポケットに、その割り箸を押し込んで、突き進む。
『ドドド、ドドシーン!!』
すると、とてつもない地響きの音が、背後から聞こえた。
俺がおそるおそる後ろを伺うと、さっきの分かれ道の広場を繋げる、背後の通路が、ブロック塀でみっちりと塞がれていた。
どういう仕組みかは謎だが、これでは元の道には戻れない。
俺は覚悟を決めて、震える二の足を踏み出した……。
そして、再び、左右に分かれた道が現れる。
「よし、右だな」
俺はまた、棒が倒れた反対側の通路へ歩み始める。
『ドドド、ドドシーン!!』
すると、また後ろから、地響きが
どういう訳か、この繰り返しである……。
「これは、もしかして……時をループしてるのか?」
ループ。
つまり、ずっと同じ状態で続く怪現象。
この流れを変えない限り、同様の道を永遠と繰り返すはめになると思っていたが、どうやらそのようだ。
現に俺が左に進路を変えた時、次の開けた先の通路は三つになったからだ。
「ほう、真ん中が加わったか……さて、アイツの出番だな」
俺はポケットから、例のアイテムを出す。
「頼んだぞ、相棒!」
割り箸を地面に立たせて、指を離す。
『バキッ!』
時が一瞬止まったかと感じた。
それもそのはず、その片割れの割り箸が、真横から二つに折れたからだ。
別に力を入れていないのに、難なく折れた棒切れ。
これはおかしい。
人為的な何かが、起こったような気がする……。
『……キキキキキ、キヅクノがオソスギタナ……』
そこへ響き渡る、お馴染みの例の声。
俺は、またコイツの手のひらで、
「タケシ、さっきの大穴や、この洞窟といい、やっぱりお前の仕業か!」
『……ケケケ、アタリだよ。
オマエヲハヤクこらせるタメに、アナにオトシタノサ。
ここはオマエラをトラエルタメのジサクしたイセキサ。
サイショハみちをクルワシテイタガ、コンビニベントウをタベオワッタワリバシをオイテミタラ、やけにノリキニなっていたな。
まあ、コレデオマエハ、みちしるべをウシナッタ……』
「おい、タケシ、晶子やチックはどこへやった!」
『……ケケケ。ソレナラしんぱいはイラナイ。コチラデユックリトカワイガッテいるカラナ』
「お前、彼女らに手を出したら、ただじゃすまないからな!」
『ケケケケケ。モウテオクレカモな。キキキ……ハヤククルンダな……』
「なっ、どういう意味だ?」
俺がそう言ったきり、タケシの声は聞こえなくなった。
「く、くそっ、こうなったら実力行使だ!
この悪夢をすべて吹き飛ばせ!」
「サイクロン!」
俺はとっさの判断で、何もかも破壊しようと風の魔法を発動する。
どうやら恐らく、この洞窟は俺に何かしらの目には見えない、幻覚の煙を見せている。
多分、後者の通路を防いで、幻覚を見せて、あのタケシがいつも利用する緑色のゲートか何かに、俺に潜らせて俺を騙し、元の通路に戻している。
だから先ほどから、同じ洞窟の通路しか見えないのだ。
今回はなぜ、幻覚の煙や緑のゲートが見えないのは不思議だが、今度は中々気づかれないようにしたのだろう。
あのタケシの力なら、無色透明の煙やゲートが作れてもおかしくない。
俺は素速く、その幻覚を風で吹き飛ばし、この
「あれ、どうしたんだ?」
だが、俺の風の魔法がかき消される。
「おかしい、能力が効かないなんて……」
これまで、俺の能力が通用しないなんてなかった。
何かが、俺の邪魔をしているはずだ。
そう感じた俺は、洞窟を隅から隅まで見て、洞窟内をくまなくチェックすると、天井にキラリと光る物が目に飛び込む。
それを確認し、
「ファイアー!」
炎が飛び出し、洞窟周辺を炎で包み込む。
「サイクロン!」
さらに風を発生させ、炎を包み込んだ竜巻が風に乗り、天井の一角に収縮していく。
そこから水のシャワーが、洞窟全体を濡らし、すぐさまその洞窟が消えてゆく。
そう、天井に設置された火災報知器を始動させて、スプリンクラーを動かしたのだ。
幻覚の煙も細かい粒子からできている。
その水を含んだ粒子により、幻覚の煙は重くなり、地面に落ちるのだ。
「やっぱり思った通りだ。まさか、家庭教師から学んだ、科学の勉強が役に立つとはな」
俺の目の前の壁も地面に沈んでゆき、広々とした、旅館のロビーのような石畳の空間へと、場所が開けていく。
その際、異常に眼をギョロりとしたタケシと目が合う。
「どうやら驚きを隠せないようだな」
『キキキキキ。なに、モトカラコノカオツキダ……だがオソカッタナ……』
タケシがゲタゲタと狂いながら、奥の広場を指で示す。
壁には、手足に鉄の
「晶子、チック!」
二人の少女はボロボロの格好で気絶している。
そんな無抵抗な彼女の肌に、暴行をしたような後があり、服のあちこちが破れていて、素肌は青白いミミズ腫れができている。
「お前、こんな事して、タダで済むと思ってるか!」
『そのコトバ、スベテオマエニカエソウ……ケケケケケ……。
サア、サイゴノジッケンかいしダ。せいぜいタノシマセテモラウゾ……』
そのタケシの後ろ側から、何かが飛び出してくる。
「いや、人影だ!」
だが、判断する間も与えず、相手の行動はかなり素早く、俺の体は軽々と投げ飛ばされ、宙を泳ぐのだった。
宙を浮いた
「か、母さん!?」
何と、俺を投げ飛ばしたのは、柔道着を着た俺の母さんだったのだ……。