「ぐわっ!?」
またもや豪快に俺は投げ飛ばされる。
これで何回目になるだろうか。
相手の正体を知ってからか、こちらからはやたらと攻撃はできない。
何せ、俺の母さんだから、なおさらである。
「か、母さん、どうしたんだよ。正気に戻れよ!」
しかし、俺が何度、説得を
「うわっ!?」
再び繰り返す、母さんによる投げ技。
それに対して、考え事に夢中だった俺は、十分な受け身がとれなくて床に転がる。
だが、すぐに母さんは、俺の体を投げようと腕を掴みにかかる。
寝転がり、痛みを感じる余裕はない。
『キキキキキ……。ドウダ、ボクのサイシュウジッケンデモアル、ウミノオヤカラコウゲキされたキブンハ……。
コレハ、ナカナカステキなデータがトレソウダ』
「おい、タケシ、母さんに何をしたんだ!」
『ナアニ、スコシバカリイジクッテ、ボクとオマエノなかまのいでんしヲチュウシャしただけ……』
「仲間とは
『ケケケ。アト、オマエノちちのいでんしもクワエテアル。クワシイハナシはココニクルマエニ、オマエノちちカラ、スコシキカサレタハズ。まだワカラナイナラ、オマエノちちにチョクセツキクンダナ……』
タケシの言葉に、奥にある洞窟から、見慣れた姿が出てくる。
「親父……そこにいたのか……」
「……逃げろ、
……現に晶子ちゃん達の遺伝子を注射しても、この結果だ。その湖涼はタケシの言うことしか聞かん……」
あちこち傷だらけの親父は、泥で薄汚れた白衣を身につけており、俺を逃がそうと
だが、タケシが親父に迫って、腹を殴り、その行為を強引に中断させる。
「ぐはっ、李騎君、すまん……」
その場で崩れ落ちる親父を、ふわりと遠くへ投げるタケシ。
だけど俺は、その
タケシの注意がそれた今がチャンスと、直感で魔法を放っていた。
「タケシ、終わりだ!」
「フルスペックファイアッー!!」
俺はありったけの威力をこめて、灼熱の炎をタケシにお見舞いする。
『ナ、ナンダトー!?』
ちなみに毎回言っている、この魔法の台詞はいつも即席である。
いちいち言葉で発しなくても能力は使える。
要するに、ただのカッコつけだ。
さあ、そんなことより、タケシの最期を見届けよう。
いくら宇宙人でも、あんな炎の塊を食らって、無事で済むわけがない……。
「これにて、やっとやりたい放題やってきた、
俺は燃え盛る炎の中で、影に揺れるタケシの姿を通り抜け、親父の介抱をしようと、
だが、ふと、その向かう先が止まる。
なぜか、足に違和感があったからだ。
その足元を覗くと、足が光の紐で縛られている。
その紐の先にはタケシの腕、
いや、タケシがこちらに向かって紐? のような能力を使用していた。
あの激しいマグマのように吹き出した炎はタケシ自体、すべてを焼きつくしたつもりだった。
だが、あの豪快な炎で焼かれたはずなのに、タケシの体には傷や火傷もひとつもない……。
「うっ、嘘だろ、あの
『ケケケ……。ウエニハウエガいるノサ。シカシユダンシタ。ここまでデキルヤツだったトハ。ショウショウアソビスギタカ……』
『サア、オマエモジゴクヘおちろ……カァ!』
そうして、タケシはニタリと笑い、俺の体を能力で発動した光の紐で縛りあげる。
それから、その紐から伝わる電撃の魔法。
「ぐああああー!!」
その容赦ない攻撃に俺は気を失いそうになる。
ここで気を失ったら駄目だ。
晶子とチック、親父を助けなければ……。
「しょ、しょうこ……」
そこで限界を超えた俺の縛られた体は、荒い路面へと投げ出される。
視界は暗いが、
『サテ、ダイタイノデータはハアクシタ。サア、マザーよ。このチキュウハくるっている。イマコソアナタとボクノチカラデ、セカイセイフクのタメに、このヨノナカヲシハイシヨウ。
まず、ヤラナイトいけないコトハナンダ……?』
「あの店を……ボソボソ……」
何やら母さんが、か細い声で何かを伝えているようだ。
『……ソウカ、トンデモナイブグをハンバイしているアノオミセからツブスカ……ハハなるオミチビキ、たしかにリョウカイした……』
タケシが俺の母さんに感謝のお
『サア、『ジコトウヨロズテン』へシツゲキノトキだ……』
じことう、よろず。
もしや、
これは非常にマズイ。
俺のせいで、すいや
今すぐにでも阻止したいが、体がいうことを聞かない。
まさしく、夏のアスファルトの上で何もできずにジタバタしているミミズのような状態。
今の俺の状態がまさにこれだ。
その
あの光は瞬間移動の能力に違いない……。
『サテ、ボロボロにコワシテヤル。マザーよ、トモにユクゾ……キキキキキ……』
「……分かりました」
「まっ、待て……」
俺の言葉が虚しく宙を舞う。
上空を飛んで行く二人を見て、俺の意識は途絶えた……。
****
「おい、無事か、しっかりしろよ!」
俺の顔を誰かが優しく叩いている。
それから、頬を指でつままれて『うにゅーん』と伸ばされる俺のほっぺた。
「おお、これは面白いな。餅のように伸びるぜ♪」
こちらの気も知らず、ひたすら
「痛い、痛いわいー!!」
俺はあまりの痛みで、その場から大きく叫び、
「おっ、俺の即席の
腰まで伸ばした、長髪の髭面の男性が語りかける。
褐色の肌に目鼻の整った顔つきで、180センチくらいの中肉中背。
油まみれの緑のツナギを着ていて、年齢は20代くらいだろうか。
「し、失礼な。まだ俺は死んでないぞ……」
「あれほどボロボロで意識が飛んでたのにか?
これ飲んでなかったら、ヤバかったぜ」
彼が地面に転がっていた、怪しげな茶色の栄養ドリンクの空き瓶を俺に見せる。
「だからと言って、人を玩具にするなよ!
俺の名は李騎だ。お前の名前は?」
「ああ、俺の名は
龍牙さんが歯を光らせながら、胸元に着けている、金の桜の花びら型のバッチをちらつかせ、胸に軽く拳を当てる。
それから、少しだけ黙りこくり、背中からガラスのように透明な白い大剣を引き抜き、晶子とチックの
その二人を
たった一撃で、あの頑丈な鉄の枷を壊すほどの威力。
数ミリでもずれていたら、大怪我は必須だ。
しかも、あの剣の切れ味の鋭さ。
恐らく、俺が手にしてザリガニを倒した『ドラゴンサバイバル包丁』とは比べ物にならない。
とてもじゃないが、この世の作品とは思えない。
この青年は、ただ者ものじゃない。
俺の直感、いや本能がそう気づかせた。
「さあ、ラクダの王子様。彼女達は命に別状はないぜ。早く行ってあげな」
すぐさま、剣を背中の鞘に忍ばせた龍牙さんが、俺を直視して、晶子達に視線を流す。
「センクス。でもどうして助けてくれるんだ?」
その言葉にやるせなくなり、乱雑に髪をかく龍牙さん。
「……あのなあ、タケシは俺の師匠だぞ。俺が長期出張で居なかった隙をついて、研究員達の裏切りで、頭がおかしくなったアイツをほおっておけるか。タケシから気配を殺して、助けるチャンスを
「そうなんだ。ありがとうな」
俺は身体中の砂ぼこりをはたき、精一杯のお礼を告げる。
「さあ、いいから早く彼女らの元へ行けよ。後は俺が責任をとって、タケシを連れ戻すからな」
「待てよ、龍牙さん、一人で行くのか?
アイツの強さは普通じゃない。無茶だよ!」
「いや、無茶は承知でもやらないといけないぜ。俺にも守るべき家族がいる。それに日本を滅ぼすとか、黙って見ていられるかよ。お前にも愛する者ができて、家族ができたら分かるぜ」
そう発言しながら、はめていた黒の腕時計のスイッチを押し、緑の円形ゲートを出現させる。
「やれやれ。このゲートの研究には苦労したんだぜ。上手くいけば、医療現場などで大活躍けどさ。まだ、この腕時計は試作品だが、これさえ完成すれば、
俺はそのゲートを潜ろうとする、龍牙さんの手をガシッと掴む。
「龍牙さん、一緒に行かせてよ。俺にも守るべき人はいるから」
「……じゃあさ、お前はお世話になった怪我人を放っておくのか……?
お前の父から話は聞いたが、お前も結構ワガママばかりで、この旅を続けてきたのはいいが、彼女達が使えなくなったら、そいつらはポイかよ?」
龍牙さんは俺の目を見て、大真面目に語る。
この人は、ここまでのしあがるのに、どれだけの人を傷つけてきたのだろう……。
「……いや、二人とも、こちらの心配はいらない。ここは私に任せてほしい」
いつのまにか復活していた親父が、晶子、チックの順に抱きかかえ、ここから見える洞穴の中にある、備え付けの白いパイプベッドに寝かせていた。
それから、何かしらの言葉を喋り、晶子の体全身が緑の光に包み込まれる。
どうやら回復の魔法で治療をしているようだ。
「おい、回復魔法なら俺にでもできる。二人でやった方が早く済むよ」
「ああ、その気持ちはありがたいが、これ以上、お前の体に負担はかけられない。いざ、タケシを止めるのに能力が底をつき、戦闘で使えないとかどうしようもならんからな……。
……なあ、龍牙君よ。李騎君を頼む」
「あいよ、さあ相棒、ついてきな」
こうして、俺は龍牙さんに連れられて、ゲートに入ろうとする。
「待て。李騎君!
行く前に、もう少しばかり黙って聞いてくれないか……」
そこへ親父が呼び止める。
「あの湖涼はクローン人間だから安心してほしい。本物の湖涼は、ここから少し離れたアメリコ軍の研究施設に、コールドスリープされて眠っている。
無事に帰って来れたら、装置の中にいる湖涼を目覚めさせたいが、装置を開けるには暗証番号が必要だ。その番号はタケシしか知らん……」
「つまり、何とかして、あの化け物ぶりな強さのタケシから、番号を聞き出すのか……
「……すまんな。どういうわけか、タケシにはワシらの能力が通用しないからな。
だが、龍牙君の剣術の腕は確かだ。だから龍牙君と上手く協力して、タケシを懲らしめてくれ」
「分かったよ。やれるだけやるさ」
「ありがとう。恩にきる」
親父が晶子の方を向き直り、治療を続ける。
「おーい、李騎。何をもたもたしてるんだ?
このワープの維持にも限界があるんだぜ。早くしないとゲートが完全に閉まるぞ」
「ああ、分かった。じゃあな、親父、晶子を頼む」
「ははっ、晶子ちゃんが一番でチックちゃんは二の次か。まさに晶子ちゃんにベタぼれだな」
「……なっ、あまり子供をからかうなよ」
「いいから頑張れよ、我が息子よ。無事に帰ってきたら、お前の仲間も連れて、みんなで家族旅行にでも行こう」
「ああ、分かった。約束するよ。親父、ありがとう」
そう言って、俺は龍牙さんが作ったゲートへ飛び込んだ。
ちなみに何で、いつものように瞬間移動しないかって?
いきなりタケシの目の前にワープでもしたら、一発でアウトだからな……。
物事しろ、作戦にしろ、やり方は慎重に進めていかないといけない。
「タケシ、待ってろよ……。今度こそぶん殴って、現実を思い知らせてやるからな」
俺は高ぶる想いを抑えながら、頑なに口を閉じ、拳を強く握りしめた……。