『おい、ジコトウヨロズテンはココカ。レイのホウチョウゼンブよこせ』
「いやー、お客さん。変なセールスなら間に合ってますが?」
私、すいは正直、
それは無理もない。
この地球上での買い物も、ろくに分からないらしく、さらに片言な日本語を喋り、どこから見ても、お子様な格好のお客が相手なのだ。
しかも、『君、お金持ってる?』と聞いてみると、『それが何かの役に立つのか?』と言って、ただひたすらに、アレを9本全部くれの一点張りだ。
これは嫌なお客を引き入れたものだと、さっきからセールス反対と、心の叫びを濁してはいるが……。
「おや?
すい、誰っすか、この変な格好のお子さんは?」
私の応対に見かねたのか、頼もしい彼氏が助け船の声かけをしてくれる。
彼は犬が骨をくわえた、可愛らしいイラストのエプロンを着こなしていた。
190の背丈で、やたら大柄な体格だから、もし何かあったら彼を頼れば大丈夫だろう。
「よく分からないけど、あの包丁を欲しいと言ってくるんだよね。何のつもりか分からないけど……どうしようか?
そ、それに怪しげな宗教団体みたいな姿だしね……」
そう、服装は灰色の全身タイツ。
一昔前のお笑い芸人がやりそうなスタイルだった。
また、目の周りが異常に切り抜かれ、出目金のような瞳に、口は大きく、鋭く切り裂かれ、昭和の時代に流行ったらしい口さけ女のようである。
単刀直入に言うと、マニアなホラー映画が好きそうな、異常なコスプレ好きの変態だ……。
『オイ、ハヤクシロ。クレナイナラオマエラごとコワスゾ』
タイツの子供が、とんでもない口を滑らす。
私ごと壊すとは、どう捉えていいのやら……。
「いや、すいごと壊すとか……ただのセクハラ坊主か……」
雰囲気的には思春期の男の子だけあり、そういう
最近のガキんちょは、色恋にやたら
TVやネットなどからのメディアの影響だろうか。
お金さえ払えば、何でも教えてくれる放送ばかりだからかな。
困った情報化社会になったものだ……。
『モウイイ、マザーよ。ヤッテシマエ……』
すると、その子供の後ろから、40代くらいの年配の女性が現れた。
その子の母親だろうか。
これまた子供の服装みたく、おかしい格好で、白の柔道着を着込んでいる。
この近くに、そんな練習場はないはず。
この子が変なのは、この親の仕業か……。
それに向こうから、両手をワキワキと握っては開く親の姿から想定すると、見事に、私のアレを揉みしだくポーズをしているのは確かだ。
「きゃー、
す、すいは初めてなのにー!?」
ワシワシと近づいてくる、カッコだけなら柔道家の女性。
よく見てみると童顔で、女の私から見ても可愛い。
はて?
誰かさんに似てる、生真面目さとお色気の風貌……まさかね……。
それに常識で考えても、あんな若い年頃の相手に、こんな大人の子供?
はいはい、まずない。
だけど、こんな可愛く色っぽい女性なら、私のすべてを捧げても良いかな……?
でも、だからといって、私はそんな経験は初めてだし、しかも相手は同性ときたものだ。
まだ心の準備が必要だから、もう少し待ってほしい。
そして数秒後、しばらくして、私は決意して口をつむり、ゆっくりと瞳を閉じる……。
「さあ、どうぞ、すいを召し上がれ……」
すると、何を了解したのかは知らないが、私の腕がガツッと乱暴に掴まれて、宙へと持ち上げられ、いきなり空を仰ぐ姿になる。
「きゃ、きゃあ! ちょ、ちょっとオバちゃん、初対面に対して、いきなり何するのよ!?」
オバちゃんの頭上でジタバタしても、身動きが取れない。
「おっ、何か楽しそうっすね、仲良く、組体操っすか♪」
「ちっ、違うわよ。
そこへ、緑色の円形が出現して、
すぐさま、誰かの肩に掴まされ、軽くなる私の体。
「大丈夫か?」
私は、いとも簡単に助けられたのだった……。
それにしても背が高くて、カッコいい素敵な男性だな。
ちゃっかりと結婚指輪をはめている所は残念だけど、さぞかし奥さんは幸せなんだろうな……。
****
「何とか間に合ったみたいだな。お嬢さん立てるかい?」
「はっ、はい、ありがとうございます!」
──俺と
──それから、よろず屋から少し離れた、木々と草原が広がる自然公園のような駐車場にて、変態タイツなヤツと
「しかし、間一髪だったな。あとは、あの二人をどうするかだ……」
「その事なんだが、
龍牙さんが、
「それは何だ?」
「まあ、見てのお楽しみだぜ。それより母親をうまく
「言われなくてもやってやるさ。さあ、カモン、偽母さんよ!」
すると、偽母が立ち止まり、何かを呟いている。
ただのひとりごとだろうか。
だけど、手のひらは、なぜか龍牙さんの方を向いていた。
俺ははっとなり、龍牙さんへと叫ぶ。
「いや、あれは魔法の詠唱だ。いけない、龍牙さん!」
「フレイムー!」
「何のこれしき!」
偽母が放った炎の塊に、龍牙さんが剣を抜いて、炎の魔法を待ち構える。
「ぐっ、中々やる攻撃だな……。
……おい、李騎!」
強烈な炎の塊を剣で受け止めながら、とっくりをこちらへ投げて、俺に受け渡す。
突然の問いかけにあたふたしながら、それを受け取る。
「その頭の木の栓を抜いて、あの偽母に開け口を向けて狙え!
チャンスは今しかない。絶対に外すなよ!」
「えっ、栓を外すの?」
「……ちっ、いいからさっさとやらんかい!」
「ああ、ごめん」
俺はとっくりの栓を抜き、その暗い入り口を母に向ける。
「……いいか、その状態で『偽者の母を吸い込め、バキューム!』と唱えろ!」
龍牙さんが偽母の炎を何とか受け止めて、剣をふるい、炎を霧散させる。
偽母は次の魔法を唱えるためか、またブツブツと喋っている。
「今だ、やれっ!!」
「はいっ。偽者の母を吸い込め、バキューム!」
そう言い放った瞬間、とっくりが光だし、もの凄い吸引力を体感する。
偽母が俺の方に揺れながら、こちらに引き寄せられ、あっという間に、とっくりの入り口に吸い寄せられる。
偽母は、何の気苦労もなく、あっさりと
「やったー!」
「いや、まだだ。それをこっちへ投げろ!」
「はいっ!」
俺は緩やかな
そのとっくりに向かい、龍牙さんが剣を引き抜く。
その瞬間にとっくりが、真っ二つに両断される。
『ぎゃああああー!!』
とっくりが爆発し、偽母の断末魔が辺りに響き渡る。
いくら偽物とはいえ、声は本物にそっくりだから、拍子抜けする。
「よし、これであの偽者の母親は闇の異世界へと封じられた。こちらからのゲートも閉じたから、向こうからは出てこれないさ。
よくやったぜ。お手柄だな。李騎!」
「いえ、龍牙さんのサポートのおかげだよ」
『……クソ、イセカイニアル、
「お褒めの言葉ありがとな。でも、それとこれとは話が別だ。お前は、俺が留守の間に数々の犯罪を犯してきた。もう逃げられないから、大人しくしてろ。この俺が
『キキキキキ……ワカゾウがエラそうなツラヲミセヤガッテ、ジョウダンモホドホドにシロヨ!』
タケシが怒りをあらわにした瞬間、周りの木々が真っ二つに切れていく。
村にいたとき、俺を瀕死に追いやった、
「龍牙さん、気をつけて。彼の能力は未知数だから」
「心配するな、俺を誰だと思っている?」
「通りすがりのオジサンだよね?」
「……なっ、失礼な、俺はまだ20代だぜ!」
龍牙さんが剣の柄に手をかけたまま、タケシと向き直る。
『ナニをヨソミヲシテイル?
オマエニ、ボクのワザがみきれるモノカ……』
「それはどうかな?
タケシ。全力で戦うことをオススメするぜ!」
『ケケケケケ、デシごときがチョウシニノルナヨ!』
またもや、切り裂かれていく木々。
しかし、龍牙さんは仁王立ちのまま体勢を崩さず、さらに、周囲の草花や大地は切り裂かれても、その魔法を食らった本人は傷一つない。
しかも、龍牙さんはすでにその場にはいなく、タケシの首筋に剣を突き立てていた。
「だから、言っただろ。本気で来ることをオススメするぜ……」
タケシが即座に離れて、
『ニンゲンごときガフザケルナヨ。ギイイイイー!!』
タケシのいる地面から暴風が発せられ、その場の大地が粉々に粉砕され、砂漠と化す。
あまりの衝撃波の風圧と威力に俺はしゃがみこみ、丸くなった姿で視界を閉じ、両耳を塞いだ。
「……それがお前の限界か?」
だが、龍牙さんは無傷だった。
素早い対応で、あの剣をターゲットに必中させていたのだ。
タケシの腹に、その剣が食い込んでいる。
「終わりだな、タケシ……」
「ソレハドウカナ?」
「なっ、剣が抜けない!?」
『ケケケケケ。サスガのオマエモ、このキンキョリでクラッタラヤバイダロウナ……』
『……ギイイイイ、キョエエエー!!』
「くっ、これじゃあ防ぎきれねえ!」
「龍牙さん!?」
また暴風が吹き荒れる。
それから風が静まり、草木が開けた赤土の大地に、龍牙さんが寝転がっていた。
「龍牙さん、大丈夫!?」
「……ちっ、俺とした事がしくじったぜ……。だが、奴の能力は見抜いた……。
……李騎、耳を貸せ……」
あの風により、あちこちが切り裂かれた服装だが、なぜかあまり深手の怪我ではないようだ。
それでも、心身的に参ったのか、ボソボソと伝わる龍牙さんの言葉。
その言葉を一言ごとに噛みしめる。
多分もう、この人は戦える体力はない。
だから俺がやるしかないのだ……。
俺は龍牙さんから、あの驚異的な破壊力をもつ剣と、首に下げている赤いルビーがはめ込まれた銀のネックレスを貰う。
「……あっ、後は頼んだぞ。
さてと、俺は疲れたから、今は少しばかり寝かせてくれや……」
そう発言した龍牙さんが、安らかな寝息をたて始めた。
俺は彼を安全な場所で寝かせ、タケシがいる元へ向かう。
「さあ、最後の戦いを始めようか。タケシ!」
『キキキキキ、フザケルナ。サイゴニカツのはボクダ。キキキ……』