目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第C−20話 灰色タイツに抗え

『ケケケケケ……。サア、ドコからデモカカッテコイ……』


 タケシが背を低くして、こちらへ構えをとっている。

 俺の意表いひょうをつき、いつでも能力を使えるようにしているのか……。


 ──俺は龍牙りゅうがさんの言葉を思い出す。

 彼の能力の発動は、目に見えない超音波の能力だと……。


 それなら口に出さなくても発動できるし、肉眼で分からないのも納得なっとくだ。 


 だが、俺の体を一撃だけで、軽々と両断された威力だ。


 油断したら、龍牙さんの二の舞になる。


 俺は剣を構え、慎重に距離を保ちつつ、タケシの隙をうかがっていた。


「い、行くぞ!」


 俺は迷わず、剣を鞘にしまい、真一文字に駆け出した。


 すぐさま、タケシが俺を殴ろうと、左右の拳を突き上げる。


 それをスライディングでかわし、二本足めがけて蹴りを決め込もうとするが、素早く反応して、今度は上空へと大きくジャンプするタケシ。


 俺は落ちてくるタケシに対して体勢を整え、地上からパンチの連打を放つが、タケシは空中で切りもみになりながら、ひょいひょいっと難なく拳を避ける。


 お互い、そんなに使える能力の力もなく、そろそろ魔法のちからも底を尽きるはず。


 なるべくなら能力の無駄な消費はさけ、肉弾戦で迫り、最後に能力でガッチリと、とどめをさす短期戦で決めたい。


 それはタケシも同じようだ。


 俺は拳をひねりながらのパンチの連発を繰り返し、タケシに能力を放つ隙はあたえない。


 タケシはギリギリに体をくねらせながら、全攻撃を避けている。


 そんな隙を作れない状況下に、段々とタケシがいらついているのが、目にまる。


『……この、ナマヌルイコウゲキヲス

ルンジャネェェー!!』 


 ハエのように群がる俺の攻撃に、タケシが後方の遠方に待避し、ついに激怒して、周りの草木を切り裂いていく。


 そんなタケシの超音波の攻撃が、こちらにブルブルと伝わってくる。


 俺は、この時を待っていた。

 タケシに向かって、真っ直ぐに突き進む。


「うおおおおー!!」

『キキキ。ソノママツッコムとはバカダナ。ニクヘンスベテヲキリサカレ、ズタズタのぼろゾウキンにナレ……』


 タケシの見えない攻撃を直接受け流しながら、全力ダッシュをする。


『ナッ、ナゼナンともナイ?』

「ふっ。そう簡単に壊れたら、困るんだよ!」


 俺はタケシに銀のネックレスを、これでもかと見せつける。


 そのネックレスの赤いルビーに吸収される風の魔法。


 このネックレスは攻撃魔法の能力を吸収して、ダメージを最小限にする。


 龍牙さんが、タケシとやりあうのに必要だとくれたものだ。


 それから俺は、龍牙さんから借りた背中の鞘から剣を抜き、フェンシングの競技のような突きのポーズでタケシに突っ込む。


 その間にタケシが再度能力を放つ瞬間に、大幅に横へ飛び退き、続いて緑色のスプレー缶の薬品を空気中へ振り撒く。


 そうすることで、段々とタケシの風の流れが読めてくる。


 こうして明らかにされる、今まで見えなかったタケシの能力。


 これも龍牙さんがくれた、旅先の異世界で入手したというアイテムで、彼は『能力実感スプレー』と名乗っていた。


 これにより、見えない物も肉眼で判別できるようになる。


 あんな強烈なかまいたちの攻撃も、見えてしまえばこっちのもの。


 俺は次々に放ってくる風を避けながら、タケシに近づく。


 形勢は俺の有利に傾いていた。


 俺は斜めに突入して宙を舞うようにジャンプして、タケシの能力を食らいながら、彼の間近に接近し、迷わずタケシの腹に剣を突き立てる。


 グイッとタケシの腹に剣が食い込むが、一ミリも血は流れない。


 それもそのはず、彼の体は強靭きょうじんなゴムの筋肉でできているからだ。


 これも龍牙さん自らが戦い、命懸けで教えてくれた最高の情報である。


『ケケケケケ……。ソノテイドノコウゲキなんてナントモナイ……』

「ならば、力任せに突き抜けばいい」

『ナ、ナンダト!?』


 予想外の反応に少しばかり苦笑しながら、タケシの腹へ強引に突っ込む。


 どんどんと伸びていくタケシの腹。


『ヤ、ヤメロ。ソレイジョウハ……!?』


 やがて、五メートルほど腹を伸ばした状態で、俺は片手を空へあげる。


「空気中の電子よ、今こそ収縮して、正義の鉄槌てっついをかませ!」

「エレクトロンサンダー!」


 タケシの頭上に、避雷針のように電撃が流れ込む。


『グアアアアー!?』


 さいわいにも体はゴムでできているため、腹に潜っている俺は感電しないし、万が一でも、このネックレスを着けているから能力は食らわない。


 石橋叩いて慎重に挑む、俺の決死の作戦だ。


『……バカな、このボクのカラダニハ、マホウハキカナイハズ……』

「それはこのアイテムのことか?」


 俺は、黒焦げになった体で、あわてふためいているタケシに、彼本人が両耳につけていた二つの銀のピアスを見せる。


『……キ、キサマ……イツノマニ、ソノアクセサリーヲ!?』

「まさか、俺と同じ効果のアクセサリーを身につけているとはな。龍牙さんのにらんだ通りだ。彼に感謝だな」


「さあ、さらばだ!!」


 俺はタケシの伸びきった腹に力をこめる。


『ヤ、ヤメロー!!』


『パアアーンー!!』


 限界まで膨らました風船を針で刺した時、起こりえるのはとてつもない爆発の末路。


 今のタケシの腹がそうだった。


『グアアアア……クソ、コンナヤツニ……コンナ……クダラナイニンゲンゴトキに……』


 腹から白い血を吹き出しながら、ゆっくりと地面に倒れるタケシ。


 俺は医者のような幅広い知識はないが、見ている限りでは、明らかに致命傷ちめいしょうのはずだ。


「今度こそ本当に終わったな、タケシ。お前の企みもこれでゲームエンドだ」

『キキキキキ……』

「何がおかしい?」

『……オワリはキサマラモダ。タダではシナナイゾ……』


 タケシの体が輝きだす。


「なっ、まずい、瞬間移動か!?」

『ツイデニ、アレモモラウゾ!』


 タケシが一刀のドラゴンサバイバル包丁を吸い寄せる。


『タップリトジカンを……カケテ、オマエノタイセツナなかまタチを……ミチヅレニしてヤル……』


 その言葉の途中で、タケシの姿が消える。


 タケシは『俺の大切な仲間達を道連れにする』と言っていたが、このよろず屋を差しおいて、他に考えられる場所は、あの洞窟しかない。


 このままでは晶子しょうこ達が危ない。


 俺も急いで、瞬間移動のちからで後を追った……。


****


李騎りき、李騎、どこにいるのですか?」

「しょ、晶子、少しは落ち着きいや……」

「だって、私達が目覚めたら、李騎がいなくて、今まで行方不明だったはずの李騎のお父さんが、ここにいるんですよ……。

……これは明らかに、おかしいですよ。

だから、李騎のお父さんがお手洗いから戻ってきたら、詳しい話を聞かないといけませんね……」

「そうやな。好きにしいや……」


 そこへ光とともにやってくる人影。 

 あのシルエットは見覚えがある……。


「い、いきなり何ですか!?

……あっ、あの子は!」

「晶子、危ない。離れてーな!」

『キキキキキ、オマエラヒサビサダナ。ゲンキダッタカ』


 光のシルエットが消え、そこには、あのワタクシらを屈辱くつじょくにあわせたタケシがいた。


 彼はなぜか、お腹に大怪我をしていて、そのお腹を押さえながら、例の包丁を持ってワタクシらにゆっくりと近づく……。


「元気もなんも、ワタクシ達をめちゃくちゃにしてさかい……この代償は高くつくけん!」


 ワタクシは手持ちの拳銃を構える。

 念のために備えて、玉は新しく入れてある。

 しかも相手は深手を負っている。


 それに、この至近距離。

 いくら腕前が下手でも、ターゲットを捉えられないはずはない。


 だけど、腕の震えが止まらなく、標準が定まらない。


 今までは食用にする鳥などの動物や、つい、この前のようなザリガニへの戦闘中の発砲が主だった。


 まさか、人、いや、宇宙人をあやめることに、これほどまでに勇気がいるとは……。


「チックちゃん、無理しなくていいよ。もう、こんな時に李騎は何やってるのよ……」

「晶子、役に立てなくてごめんな……」

「いいよ。気にしないで。死ぬときは一緒だから……」


 晶子が優しくワタクシをかばい、体をそっと密着させる。


 その温かい晶子の体さえも、恐怖のせいか、小刻みに震えていた。


 自分より他人の心配をする、彼女の優しい心遣いに、ありがたさと、切なさがこぼれそうになる……。


『ケケケケケ……オトナシククタバリナ!!』 


 タケシが包丁を晶子に振りかざし、晶子が恐怖におののき、目の前の攻撃に視野を閉じる。


 それは一瞬だった……。  


「いや、くたばるのは貴様だ」


 そこには、李騎のパパのただしが、素早い身のこなしで、タケシが持っていたドラゴンサバイバル包丁を取り上げ、それをタケシの左胸に突き刺していたのだ……。


****


「李騎のお父さん!」

「パパさん、ナイスタイミングやけん!」


『……グフ……イヤ……チガウナ……』

「へっ、そうなん?」


『……グフフッ、オマエ、アノちちのモッテイルワザジャナイナ……イクラキズグチのウエカラデモ、フツウ、コノナイフで、ガンジョウなナイゾウヲ……ツラヌケルハズガナイ……ガハッ!』


 宇宙人特有の白い血を吐きながら、起こった現実を否定するタケシ。


「……ふっ、バレたか。

実は、トイレで変装の能力を使用して、様子を見ていたのさ。

まあ、今頃、当の本人は眠りの魔法でぐっすりと眠らせているからな……」


 龍牙さんの剣を見せなかったのは、タケシや周りに、俺の正体がバレないようにする小芝居だった。


 だからナイフを利用して、腕力の強化能力を使用し、タケシに深いダメージを与えたのだ。


 高度な魔法も使いこなす親父が、こんな単純な能力を使用しなかったのも、この流れを読んでいたのだろうか……。


 俺は親父(忠)の格好から、元の姿の李騎に戻る。

 晶子とチックが驚いた顔で、我が目を疑っていた……。


「さあ、タケシ。悪巧みもここまでだ。母さんを装置から出すための暗証番号をさっさと言え!」

『キキキキキ……シンデモイウモノカ。カッテニクタバレバヨシ……ガハッ!!』


 タケシが床に倒れて、その体が薄くなっていく……。


『キキキキキ……。フシギダナ、シヌノガコワイトハ。ニンゲンミタイダナ……』

「ああ、そうだよ、タケシ。そう思える感情を持つお前は、最期まで立派で、強くて誇らしい人間みたいだったよ。言動は多少は狂っていたけどな……」


『……イマサラ、ジヒナドイラナイサ。ヤットカアサンノソバへユケル……。

……バンゴウハ、ヨンケタのスウジデ、○○○○サ……』


 そうして、タケシの体は着ていた灰色のタイツだけを残し、完全に消失した。


 俺達は何とかして、彼、タケシに勝ったのだ。


「タケシ……センクス……」

「愛していた母親をなくし、実の親のような李騎の母親に想いを寄せて……。

強がっていても、本当はタケシ君は寂しかったのですね……」


「タケシ、安らかに眠りなよ……」


 俺達は、主を亡くした灰色のタイツに祈りを捧げた。

 端から見たら、異様な光景かも知れない。


 俺達しか知らない激動の物語が、このタイツには刻まれていた……。


****


 そこへ、今更ながら、本物の忠が呑気のんきに帰ってくる……。


「おお、李騎君、来ていたのか。すまんな。疲れていたのか、少しばかりトイレで居眠りをしていてな。

……しかし、何か周りが、やたらと散らかって荒れてるな……何かあったのか?」

「……い、いや、何でもないさ。それより親父、タケシから番号は聞き出せた。早く母さんを助けに行こう」

「分かった。みんな、私に集まれ。湖涼こりょうの元へ瞬間移動するぞ」


 ワラワラと集まり、親父と手を繋ぐチックと俺。


「えっ、なになに?

お父さんもマジシャンなんですか?」


 相変わらず晶子だけは、何も理解していない様子だ。


「……よし、それでは行くぞ!」


 こうして、輪になって手を繋いだ俺達は母を助けに、この惨劇さんげきだった場所を後にした……。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?