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D5章 今、まさに運命を塗り返す時

第D−12話 多彩なイベントを回避するために

****


「どうだ、俺はやりつくしたぜ……!」

「本当に呆れた自殺行為ね。まさかマンテと一緒に飛び込んで、ワニのえさになるなんて……」


 俺は死んだのにも関わらず、いさぎよくガッツポーズを決めながら、例の場所に来ていた。 


 ここは、白いモクモクとした霧で覆われた世界、望まれない自殺者がさまよう、無縁仏むえんぼとけの空間。


 だが、なぜか今回は記憶がある。


 あの死ぬ間際に彼女……いや、今、俺のそばにいる、全身灰色タイツなミコトの声が、頭に響いたせいかも知れない。


「あの後、マンテは何とか生き残り、周りのワニとあなた達の姿を消したわ。

まあ、どの道、あいつに追い詰められた時点で負けだけどね。 

──だけど、最後まで望みは捨てずに諦めないで、とは言ったけどね……」

「なっ、懸命な判断だろ」


 俺の言葉に、やれやれと溜め息をつくミコト。


「──だからって、突っ走っていって、ワニの群れに飛び込むなんて、本当にどうかしてる……。

食べられて、肉片がほとんどなかったから、肉体の修復が大変だったわ……」

「でも、こうやって、今は無事じゃないか」

「私が話しているのは肉体の話。いくら魂が無事でも、肉体がなかったらどうにもならないのよ

──まあ、そのお陰で、大変なことが起きたけどね」


 ミコトが、近くにあった黒いレザーのオフィスチェアに深く腰掛け、前屈みの体勢で俺に問いかける。


 胸がそれなりにあれば、いい悩殺ポーズになるのだが、彼女は残念ながら、ぺったんこである……。


「何だよ、それ?」

「あなたは今回でここに来れるのは終わり。次回で生き返れるのは最後よ」

「はあ?」

「無茶な死に方をしたせいで、魂のエネルギーが急速に減っているの。このままだと天国や地獄でもなく、魂ごと消滅してしまうわ」

「それがどうした。だったら死ななかったらいいさ」

「……はあ。あなた、本当に父親に似て、楽天家ね」


 ミコトがやれやれと華奢な肩を伸ばし、すらりとした足を組みながら、不機嫌に顔をしかめながら答える。


「だから、これが最期のチャンスなの。簡単に生き返して、はい、さようならじゃすまないのよ──それで何か進展はあった?」

「吸血鬼が学校の地下に住んでいた」

「それは毎回聞いてるわよ」


 ミコトのそっけない態度に俺の心境は、戸惑いの想いにさらされた。


 思っていることを素直に口に出したのに、何か悪いことでも言っただろうか?


「──あっ、ごめん。今回も記憶を消したのに、その記憶が残っているんだったね。でも何で、今回に限って……」


 ミコトが、俺の体を頭から足先まで見つめ、頭を捻りながら、さっきからうーんと考えを悩ましている。


「私が自宅で由美香ゆみかになって、したせいで、感化されて記憶が維持されたのかな?」

「あん、何だって?」

「あなたは本当に鈍いわね。リアル由美香は早朝から忙しい身なのに、呑気のんきに朝食を作る暇なんてないわよ」

「じゃあ、パンに味噌汁とか、箸使いが悪かったのは……」

「そう、あの由美香は、私が能力で変身した変装よ。本物は、すでに登校してるわよ」


「だから、キスも拒んだのか」

「そうよ、キスも……!?」


 何を妄想したのか、能面だった灰色顔から、いきなり火が出たかのように、赤面し出すミコト。


 それなら、あの巨大な不良娘を一蹴りでぶっ飛ばしたことや、雨どいを器用に伝って降りた脱出劇も納得できるが……。


「──って、乙女に向かって、何を言わすのよ!」


 彼女による、鉛色なお好み焼き円盤からの強烈な痛恨の一発。


『ガコン!』


「はぐぁ!?」


 俺は考えている最中に、頭からミコトにマンホールのふたをぶつけられて、目をくらまし、その場で転倒する。


「それ、こんな場所にもあるんだな……」

「ええ、人間という生き物がいる限り、下水道施設は無くてはならないものだから」

「それは、無念だぜ……」


 俺は、そのあまりの痛みと精神的ショックのせいか、そのままガクッと気絶した……。


****


 ──それから数分後……。


 俺は再び意識を回復し、ありのままを説明した。


 その話が途切れたところで、黙っていたミコトが口を挟んでくる。


「その吸血鬼を助けようとして、今回も逃げられなかったのね。

──でも、進展はあったわね……ウイルスで吸血鬼を制御できるなら、マンテは治療薬も持っているはず。抗体とワクチンって、ほぼ一緒の意味だから」

「なら、話は早いな。早速さっそく……」


 俺は近くにある現実世界に戻れる、穴の空間に身をかがめる。


「ちょっと待って、今のまま戻ったら、また殺されるわよ。きちんと作戦を立てないと」

「そうだな。これで最後だもんな」


「じゃあ、まだ考えを整理しないな……」

「ええ、慎重かつ、冷静にね」


 いくらやり直せたとしても、次が最期となると……。


 二人して、うむむと思考をめぐらす。


「……そうだな。やっぱりまた、潮干狩りの前に戻るぜ」

「だとしたら、頼朝よりとは救えないわよ」

「いや、一つずつ確実に物語をクリアしていくんだよ。学校をサボって時を過ごして、潮干狩りの日の事件を食い止める」

「……なるほどね。両親の死を防ぐのね。でも、その記憶を毎回消していたしげるさんが許すかどうかよね?」

「その繁の前で嘘を演じるんだよ。ミコトの能力なら簡単だろ?」

「なるほど。情報操作ね。伊達だてに学校に行ってるだけあり、少しは知恵が回るじゃない」

「……繁には、俺の両親は死んだと嘘の映像を流すんだ。いつも、それで見ているなら、そんな操作も簡単にできるだろ。

それに、もしバレても後からなら、いくらでも誤魔化せるさ」


 俺はミコトが座っている椅子の傍に置かれた、丸テーブルにある水晶玉を指さす。


 そんなミコトは固唾かたずを飲みながら、俺に視線を向ける。


「私、繁さんを騙すことになるのね。本当にそれで大丈夫なの?」

「あのなあ、俺は何回ここに来てると思うんだよ。そんな機転くらいできないとさ」


 俺はミコトを安心させるように、一輪の花を手渡す。


 俺が先ほど死ぬ間際に、学校の屋上の花畑でポケットに入れていた『幸福の花言葉』のタンポポを……。


 本当は、これは由美香にあげたかった。

 だが、今は緊急事態だ。

 この機に及んで、身も蓋もないし……。


「……こ、これは何のつもりなの?」

「俺の形見だ。すべてが終わるまで持ってろよ」

「……それは縁起でもないわね」

「よく言うぜ。俺達の両親の命を何回も奪ってさ。ははっ」


 俺が高笑いすると、ミコトが不思議そうな顔をしていた。


 おっと、例え時を戻しても、何度もやられる両親に対して、常識がなかったか。


 何回も生死を実感して、俺も人間としての感覚が鈍ってきている。


 普通なら人間は命を落としたら、それまでの人生だ。

 何回やられても生き返れるゲームとはわけが違う……。


「──さあ、ラストミッションだ。俺をあの日に生き返らせろ」

「分かったわ。今回は記憶は消さないわ。くれぐれもマンテの策略には気をつけてね」

「ああ、理解したぜ!」


****


 ──暗闇の中で、俺は体を起こした。


 見覚えのある散らかった自分の部屋を見渡し、枕元にある目覚まし時計を見ると朝の5時を指している。


 俺は、ふと自分の体を触って指で確かめる。

 おそる恐る恐怖を抑えながら、右親指、手首と触れてみるが、どこにも異常はない。


 ──俺は無事に、無傷の状態で息を吹き替えしたのだ。


 しかも、今回は鮮明な記憶もある。

 肉体の復活に、先を読める記憶まであれば怖いものなしだ。


 俺はドタバタと学生服に着替えて、台所へ行く……。


****


「あれ、竜太りゅうた。いつも私が起こしても遅いのに、今日は早いんだね。

──でも、ごめんね。今日は朝練があるから、朝ご飯を作る手間がなくて、冷凍庫の中の食パン焼いて食べてて……。

──うん?

何、真剣な顔して。どうしたの?」

「由美香、確か両親が潮干狩りに行くんだよな。

今週の……、いや、明後日の日曜日か?」

「えっ?」


 白いスニーカーの靴紐を結ぶ、由美香の手が止まる。


「……そうだよ。お母さんから聞いたの?

やっぱりギリギリまで、隠し通せなかったわね」


 由美香が、ばつが悪そうにこちらを見ながら、小さい口を開く。


「──で、日曜日の早朝から夜までは私達、二人っきりになるから。変な気を起こさないでよね。

──って、何泣いてるの?」


 心配そうに見つめてくる由美香の言う通り、俺は泣いていたらしい。


 そう、この世界では、まだみんな生きている。


 改めて実感すると、安心して涙が出てきたんだ。


 ──もう、この世界では、誰一人も俺の仲間の命を奪わせない。

 学校の試験で闘うかのように、心の中で何度も、その言葉を反復させていた。


「由美香、いってらっしゃい」

「ありがと。ちゅっ」


 由美香が、俺の頬に優しくキスをする。

 その突然の行為に、俺の鼓動がバクバクと騒ぐ。


「……何、固まってるのよ。いつもやってる、おでかけのキスくらいで。いつまで経ってもウブよね」

「いつもだと?」

「何、明後日あさっての方向見て、ほうけてるの?

竜太が言い出したんだよ。

……さて、明後日の日曜日は私はフリーだから、一緒に食材とかの買い物に行こうね」

「ああ、楽しみにしてる」

「ありがとう、じゃあね!」


 由美香が、大きく手を振りながら、玄関のドアを開けると、夏らしい爽やかな風が吹き込んでくる。


 そのまま彼女は、扉の外へと消えた。


「──おい、ミコト!」


 由美香がいなくなったのを確認した俺は、誰もいないはずの天井へと声をかける。


『何かな?』

「とりあえず、また由美香とラブラブな生活が出来ることに感謝するぜ」

『感謝もなにも、シスコンだから、この展開の方が萌えるんだよね?』

「ありがとな、気持ちは受けとっとくよ」

『いえいえ。思う存分、青春を楽しんでね~♪』


 しかし、このまま学校へ登校すると、前回のような衝撃的な結果が待っている。


 美希との朝の挨拶、忘れ物を届ける由美香、それに反感する二人の不良少女、マンテ教師からの誘いなど、あの学校でだて続けに重要イベントが起こるからだ。


 ならば、学校に対しての行動を、初めから起こさない方が良い。


「──ミコト!」

『はいはい、今度は何かな?』

「突然で悪いが、俺は今日は学校を休む。だけど、制服に着替えたのを由美香に見られたから、このままじゃ、ただの仮病だ。バレたら由美香に怒られる。何か良い方法はあるか?」

『ふふっ、それなら簡単よ。そーれ!』


「うがっ!?」


 ふと、俺の体が鉛のように重くなる。

 すぐさま、全身を包む倦怠感けんたいかんと寒け。


 これは言うまでもなく、流行性感冒りゅうこうせいかんぼうによるものだろう。


「なるほど。俺に風邪を引かすとは考えたものだぜ」


 そのまま、俺はフローリングの床にぶっ倒れた。


「だが、やりすぎだ。体が動かないぜ」

『ええ、とびっきりの宇宙風邪をうつしたからね。どんな薬を飲んでも、丸一日は動けないはず』

「そりゃ、由美香が帰ってきたら大変だな」

『まあ、人には感染しない風邪の病気だから安心して』

「それは、助かるな……」


 俺はとりあえず、安らぎを得るために眠ることにした。


****


「──あっ。竜太、大丈夫?」


 次に目を覚ました時、俺は自室のベッドに寝ていて、そこには一人の白いブラウス姿の愛らしい天使がいた。


 天使は水の入れた洗面器に白いタオルを染み込ませ、それを絞っている。


 それから、そのタオルを俺の額に乗せる。

 おでこがひんやりとして気持ち良い。


「ありがとう。由美香」

「学校に忘れ物を届けに行ったら、今日は欠席と聞いてびっくりしたよ。カッコつけて制服なんて着ちゃってさ。体調が悪いなら早く言ってよ……お陰様で講義サボっちゃった」

「……ごめんな」

「ううん。別に気にしないでいいよ。それより、リンゴむいたんだけど食べれる?」

「ああ、いただくぜ」


 部屋の壁時計を見ると、昼過ぎの3時を指していた。


 あれから半日以上、寝てしまったらしい。


『忘れ物を届けに……』の由美香の発言にして、あれからずっと看病をしてくれたのか。


 由美香が差し出したリンゴをしゃりしゃりとかじりながら、俺は考えていた。


 とりあえず、学校へのイベントは防げた。


 問題は両親がいなくなってしまう日曜日だ。


 ミコトの話によると、朝一の日曜日に新幹線に乗り、『両親が潮干狩りに出掛けないと残酷な結末』が待ち構えている。


 それも避けなければならないイベントだ。

 これを受けるとマンテも関係してくるし、施設行きの結果になる。


 あの施設に閉じ込められたら最後、吸血鬼となり、牢獄で短い一生を終えてしまう。


 今回はミコトも余計な電話はしないと誓った。


 そもそも、パートナーの繁の判断で、声マネをして誘い出す策略であったが、その作戦を練っている恋人の繁ともうまくやり過ごすらしい……。


「よし、やってやるぜ!」

「こらっ、まだ熱があるんだから、寝てないと駄目!」

「はいっ、すいませんぜ……」


 頭はまだ熱っぽいが、少しずつ物事が良い具合になってきている。

 俺の運命がパズルゲームのようにうまく埋まっていく、そんな嬉しい気分だった…。




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