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「どうだ、俺はやりつくしたぜ……!」
「本当に呆れた自殺行為ね。まさかマンテと一緒に飛び込んで、ワニの
俺は死んだのにも関わらず、
ここは、白いモクモクとした霧で覆われた世界、望まれない自殺者がさまよう、
だが、なぜか今回は記憶がある。
あの死ぬ間際に彼女……いや、今、俺の
「あの後、マンテは何とか生き残り、周りのワニとあなた達の姿を消したわ。
まあ、どの道、あいつに追い詰められた時点で負けだけどね。
──だけど、最後まで望みは捨てずに諦めないで、とは言ったけどね……」
「なっ、懸命な判断だろ」
俺の言葉に、やれやれと溜め息をつくミコト。
「──だからって、突っ走っていって、ワニの群れに飛び込むなんて、本当にどうかしてる……。
食べられて、肉片がほとんどなかったから、肉体の修復が大変だったわ……」
「でも、こうやって、今は無事じゃないか」
「私が話しているのは肉体の話。いくら魂が無事でも、肉体がなかったらどうにもならないのよ
──まあ、そのお陰で、大変なことが起きたけどね」
ミコトが、近くにあった黒いレザーのオフィスチェアに深く腰掛け、前屈みの体勢で俺に問いかける。
胸がそれなりにあれば、いい悩殺ポーズになるのだが、彼女は残念ながら、ぺったんこである……。
「何だよ、それ?」
「あなたは今回でここに来れるのは終わり。次回で生き返れるのは最後よ」
「はあ?」
「無茶な死に方をしたせいで、魂のエネルギーが急速に減っているの。このままだと天国や地獄でもなく、魂ごと消滅してしまうわ」
「それがどうした。だったら死ななかったらいいさ」
「……はあ。あなた、本当に父親に似て、楽天家ね」
ミコトがやれやれと華奢な肩を伸ばし、すらりとした足を組みながら、不機嫌に顔をしかめながら答える。
「だから、これが最期のチャンスなの。簡単に生き返して、はい、さようならじゃすまないのよ──それで何か進展はあった?」
「吸血鬼が学校の地下に住んでいた」
「それは毎回聞いてるわよ」
ミコトのそっけない態度に俺の心境は、戸惑いの想いにさらされた。
思っていることを素直に口に出したのに、何か悪いことでも言っただろうか?
「──あっ、ごめん。今回も記憶を消したのに、その記憶が残っているんだったね。でも何で、今回に限って……」
ミコトが、俺の体を頭から足先まで見つめ、頭を捻りながら、さっきからうーんと考えを悩ましている。
「私が自宅で
「あん、何だって?」
「あなたは本当に鈍いわね。リアル由美香は早朝から忙しい身なのに、
「じゃあ、パンに味噌汁とか、箸使いが悪かったのは……」
「そう、あの由美香は、私が能力で変身した変装よ。本物は、すでに登校してるわよ」
「だから、キスも拒んだのか」
「そうよ、キスも……!?」
何を妄想したのか、能面だった灰色顔から、いきなり火が出たかのように、赤面し出すミコト。
それなら、あの巨大な不良娘を一蹴りでぶっ飛ばしたことや、雨どいを器用に伝って降りた脱出劇も納得できるが……。
「──って、乙女に向かって、何を言わすのよ!」
彼女による、鉛色なお好み焼き円盤からの強烈な痛恨の一発。
『ガコン!』
「はぐぁ!?」
俺は考えている最中に、頭からミコトにマンホールの
「それ、こんな場所にもあるんだな……」
「ええ、人間という生き物がいる限り、下水道施設は無くてはならないものだから」
「それは、無念だぜ……」
俺は、そのあまりの痛みと精神的ショックのせいか、そのままガクッと気絶した……。
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──それから数分後……。
俺は再び意識を回復し、ありのままを説明した。
その話が途切れたところで、黙っていたミコトが口を挟んでくる。
「その吸血鬼を助けようとして、今回も逃げられなかったのね。
──でも、進展はあったわね……ウイルスで吸血鬼を制御できるなら、マンテは治療薬も持っているはず。抗体とワクチンって、ほぼ一緒の意味だから」
「なら、話は早いな。
俺は近くにある現実世界に戻れる、穴の空間に身を
「ちょっと待って、今のまま戻ったら、また殺されるわよ。きちんと作戦を立てないと」
「そうだな。これで最後だもんな」
「じゃあ、まだ考えを整理しないな……」
「ええ、慎重かつ、冷静にね」
いくらやり直せたとしても、次が最期となると……。
二人して、うむむと思考を
「……そうだな。やっぱりまた、潮干狩りの前に戻るぜ」
「だとしたら、
「いや、一つずつ確実に物語をクリアしていくんだよ。学校をサボって時を過ごして、潮干狩りの日の事件を食い止める」
「……なるほどね。両親の死を防ぐのね。でも、その記憶を毎回消していた
「その繁の前で嘘を演じるんだよ。ミコトの能力なら簡単だろ?」
「なるほど。情報操作ね。
「……繁には、俺の両親は死んだと嘘の映像を流すんだ。いつも、それで見ているなら、そんな操作も簡単にできるだろ。
それに、もしバレても後からなら、いくらでも誤魔化せるさ」
俺はミコトが座っている椅子の傍に置かれた、丸テーブルにある水晶玉を指さす。
そんなミコトは
「私、繁さんを騙すことになるのね。本当にそれで大丈夫なの?」
「あのなあ、俺は何回ここに来てると思うんだよ。そんな機転くらいできないとさ」
俺はミコトを安心させるように、一輪の花を手渡す。
俺が先ほど死ぬ間際に、学校の屋上の花畑でポケットに入れていた『幸福の花言葉』のタンポポを……。
本当は、これは由美香にあげたかった。
だが、今は緊急事態だ。
この機に及んで、身も蓋もないし……。
「……こ、これは何のつもりなの?」
「俺の形見だ。すべてが終わるまで持ってろよ」
「……それは縁起でもないわね」
「よく言うぜ。俺達の両親の命を何回も奪ってさ。ははっ」
俺が高笑いすると、ミコトが不思議そうな顔をしていた。
おっと、例え時を戻しても、何度もやられる両親に対して、常識がなかったか。
何回も生死を実感して、俺も人間としての感覚が鈍ってきている。
普通なら人間は命を落としたら、それまでの人生だ。
何回やられても生き返れるゲームとはわけが違う……。
「──さあ、ラストミッションだ。俺をあの日に生き返らせろ」
「分かったわ。今回は記憶は消さないわ。くれぐれもマンテの策略には気をつけてね」
「ああ、理解したぜ!」
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──暗闇の中で、俺は体を起こした。
見覚えのある散らかった自分の部屋を見渡し、枕元にある目覚まし時計を見ると朝の5時を指している。
俺は、ふと自分の体を触って指で確かめる。
──俺は無事に、無傷の状態で息を吹き替えしたのだ。
しかも、今回は鮮明な記憶もある。
肉体の復活に、先を読める記憶まであれば怖いものなしだ。
俺はドタバタと学生服に着替えて、台所へ行く……。
****
「あれ、
──でも、ごめんね。今日は朝練があるから、朝ご飯を作る手間がなくて、冷凍庫の中の食パン焼いて食べてて……。
──うん?
何、真剣な顔して。どうしたの?」
「由美香、確か両親が潮干狩りに行くんだよな。
今週の……、いや、明後日の日曜日か?」
「えっ?」
白いスニーカーの靴紐を結ぶ、由美香の手が止まる。
「……そうだよ。お母さんから聞いたの?
やっぱりギリギリまで、隠し通せなかったわね」
由美香が、ばつが悪そうにこちらを見ながら、小さい口を開く。
「──で、日曜日の早朝から夜までは私達、二人っきりになるから。変な気を起こさないでよね。
──って、何泣いてるの?」
心配そうに見つめてくる由美香の言う通り、俺は泣いていたらしい。
そう、この世界では、まだみんな生きている。
改めて実感すると、安心して涙が出てきたんだ。
──もう、この世界では、誰一人も俺の仲間の命を奪わせない。
学校の試験で闘うかのように、心の中で何度も、その言葉を反復させていた。
「由美香、いってらっしゃい」
「ありがと。ちゅっ」
由美香が、俺の頬に優しくキスをする。
その突然の行為に、俺の鼓動がバクバクと騒ぐ。
「……何、固まってるのよ。いつもやってる、おでかけのキスくらいで。いつまで経ってもウブよね」
「いつもだと?」
「何、
竜太が言い出したんだよ。
……さて、明後日の日曜日は私はフリーだから、一緒に食材とかの買い物に行こうね」
「ああ、楽しみにしてる」
「ありがとう、じゃあね!」
由美香が、大きく手を振りながら、玄関のドアを開けると、夏らしい爽やかな風が吹き込んでくる。
そのまま彼女は、扉の外へと消えた。
「──おい、ミコト!」
由美香がいなくなったのを確認した俺は、誰もいないはずの天井へと声をかける。
『何かな?』
「とりあえず、また由美香とラブラブな生活が出来ることに感謝するぜ」
『感謝もなにも、シスコンだから、この展開の方が萌えるんだよね?』
「ありがとな、気持ちは受けとっとくよ」
『いえいえ。思う存分、青春を楽しんでね~♪』
しかし、このまま学校へ登校すると、前回のような衝撃的な結果が待っている。
美希との朝の挨拶、忘れ物を届ける由美香、それに反感する二人の不良少女、マンテ教師からの誘いなど、あの学校でだて続けに重要イベントが起こるからだ。
ならば、学校に対しての行動を、初めから起こさない方が良い。
「──ミコト!」
『はいはい、今度は何かな?』
「突然で悪いが、俺は今日は学校を休む。だけど、制服に着替えたのを由美香に見られたから、このままじゃ、ただの仮病だ。バレたら由美香に怒られる。何か良い方法はあるか?」
『ふふっ、それなら簡単よ。そーれ!』
「うがっ!?」
ふと、俺の体が鉛のように重くなる。
すぐさま、全身を包む
これは言うまでもなく、
「なるほど。俺に風邪を引かすとは考えたものだぜ」
そのまま、俺はフローリングの床にぶっ倒れた。
「だが、やりすぎだ。体が動かないぜ」
『ええ、とびっきりの宇宙風邪をうつしたからね。どんな薬を飲んでも、丸一日は動けないはず』
「そりゃ、由美香が帰ってきたら大変だな」
『まあ、人には感染しない風邪の病気だから安心して』
「それは、助かるな……」
俺はとりあえず、安らぎを得るために眠ることにした。
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「──あっ。竜太、大丈夫?」
次に目を覚ました時、俺は自室のベッドに寝ていて、そこには一人の白いブラウス姿の愛らしい天使がいた。
天使は水の入れた洗面器に白いタオルを染み込ませ、それを絞っている。
それから、そのタオルを俺の額に乗せる。
おでこがひんやりとして気持ち良い。
「ありがとう。由美香」
「学校に忘れ物を届けに行ったら、今日は欠席と聞いてびっくりしたよ。カッコつけて制服なんて着ちゃってさ。体調が悪いなら早く言ってよ……お陰様で講義サボっちゃった」
「……ごめんな」
「ううん。別に気にしないでいいよ。それより、リンゴむいたんだけど食べれる?」
「ああ、いただくぜ」
部屋の壁時計を見ると、昼過ぎの3時を指していた。
あれから半日以上、寝てしまったらしい。
『忘れ物を届けに……』の由美香の発言にして、あれからずっと看病をしてくれたのか。
由美香が差し出したリンゴをしゃりしゃりとかじりながら、俺は考えていた。
とりあえず、学校へのイベントは防げた。
問題は両親がいなくなってしまう日曜日だ。
ミコトの話によると、朝一の日曜日に新幹線に乗り、『両親が潮干狩りに出掛けないと残酷な結末』が待ち構えている。
それも避けなければならないイベントだ。
これを受けるとマンテも関係してくるし、施設行きの結果になる。
あの施設に閉じ込められたら最後、吸血鬼となり、牢獄で短い一生を終えてしまう。
今回はミコトも余計な電話はしないと誓った。
そもそも、パートナーの繁の判断で、声マネをして誘い出す策略であったが、その作戦を練っている恋人の繁ともうまくやり過ごすらしい……。
「よし、やってやるぜ!」
「こらっ、まだ熱があるんだから、寝てないと駄目!」
「はいっ、すいませんぜ……」
頭はまだ熱っぽいが、少しずつ物事が良い具合になってきている。
俺の運命がパズルゲームのようにうまく埋まっていく、そんな嬉しい気分だった…。