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第5話

 モホロビ級との戦い。なんだかんだで、被害が少なかったのは、単に運がよかったといえる。

 もし、普通のモホロビ級であれば、第二中隊が全滅していたことも考えられる。


 あれから一週間。デドリィの出現はあるが、モホロビ級の出現はない。

 そもそもモホロビ級のデドリィが終戦後、本土で確認されたことも初めてであり、現在、調査が進められている。

 その間、三十七魔導大隊は、緊急事態を除き、隊員たちの療養となっていた。


 療養期間だが、特に怪我のない加賀谷は、自主訓練を行っていた。

 8年のブランクもだが、魔術以外の戦闘技術の面では、加賀谷は他の隊員比べて、明らかに劣る。

 少しでも、戦闘の感覚を取り戻しておこうと、思っていたのだが、気が付けば、ドクターストップの掛かっている隊員以外、全員が参加している状態だった。


「隊長」

「はい」


 少しだけ硬い表情の久保が、加賀谷の傍へ寄る。


「考え事もいいですが、隊員の様子も確認してください」


 現在は、飛行訓練中だった。

 高度は8000m。通常の魔導士の飛行高度は、最高で6000m程。それ以上の高度は、デドリィとの戦いに必要とされない高さであり、メリットよりデメリットの方が多くなると言われている。

 魔術を展開する際に使用するMPCは、容量に限界があり、高高度を保つということは、飛行術式とは別に、酸素生成術式を同時に発動しなければいけなくなり容量を使う。

 それは、魔力を大きく消費することにもなるため、長期戦が予想される場合にも悪手と言われる。


 そんな、高高度での飛行訓練をどうして行っているかといえば、ひとえに加賀谷のせいだった。

 加賀谷は、当たり前のように10000mを飛んでしまうため、隊の実力の均一化も兼ねていた。


「まぁ、結成時の試験に高度8000mでの移動はありましたから、気絶して落ちるような奴はいないと思いますが」

「そんな試験あったんですか?」

「准将主体とは聞いていましたが、隊長は全く聞かされていないんですか?」


 試験が行われていたことは知っているが、どれほどの魔導士が受け、どういった試験を行ったか、詳細には聞いていなかった。

 夏目が教えなかったというより、加賀谷が詳しく聞かなった部分が多いのだろう。


「す、すみません……聞くべき、ですよね」

「……そうですね。聞いておいて損はないかと思います」


 普通なら、部隊に配属された部下がどういった人物なのか気になるが、夏目を信用し、全てを任せているのか、本心では部下に興味がないのか。

 その両方か。


「まぁ、詳細は後で確認してもらえば構いませんが、全四中隊からなる大隊を編成する予定が、条件を満たす魔導士が足りず、三中隊分の魔導士しかクリアできなかったといえば、少しはわかりますか?」

「ご、ごめんなさい……」


 加賀谷が謝るものの、それをクリアした部隊ですら、突然現れたモホロビ級に苦戦していたのだから、夏目の定めた基準は決して間違ってはいなかったのだろう。

 なにより、モホロビ級をひとりで倒すと、加賀谷が飛んで行った時、任せればいいと安心してしまった自分がいた。

 部隊であることも忘れ、彼女ひとりに背負わせようとした自分がいた。


「あの、久保さん」

「なんでしょうか?」

「あ、えっと、そろそろ終わりにしませんか?」


 時計を見れば、確かに、終わりにしていい頃合いだった。


 執務室に戻ってすぐ、江戸川警備部本部より招集がかかり、加賀谷と久保、坪田は本部に来ていた。

 呼び出された内容は、モホロビ級デドリィの調査報告だった。


「モホロビ級の発生場所だが、どうやらヒマワリが不法投棄されていたと確認された」

「ヒマワリですか?」


 今の千葉で、ヒマワリといえば、ただの観賞用ではない意味を持つ。

 かつて、デドリィが塗り替えていった大地は、人間が暮らすには魔力が淀み過ぎ、大地に塗り固められた魔力を除去しなければならなかった。

 そこで考えられたのが、植物を植え、魔力を種子へ変換させる方法だった。その効率が最もよかったものが、ヒマワリだった。


「あぁ。江戸川付近は人が戻り始めたこともあったからか、ビジネスとして伐採されたヒマワリを回収する業者が出回り始めたらしくてな」


 魔力の塊であるヒマワリを回収する施設も存在する。それこそ、武器開発などに再利用されている。

 国として行う業務であれば、多少の不利益には目も瞑ることもできる。だが、ビジネスとなれば話が変わる。利益を出さなければいけない。効率化は最もであり、違法行為も母数が増えれば、増えるのも常だ。

 今は警察と協力し、ヒマワリを不法投棄する業者の摘発を進めているという。

 だが、問題は、それだけではない。


「デドリィは魔力のみで再生するということですか?」


 坪田の指摘通りだ。

 元デドリィの魔力を集積すれば、またデドリィが再生すると言っているようなものだ。しかも、集まった魔力次第では、モホロビ級すら再生するということになる。


「現状はそう考えるべきだ。三十七魔導大隊が遭遇したモホロビ級は、再生直後でまだ質量を吸収し切っていなかった。そう考えられる」

「つまり、現在の集積所で再生した場合、即座に対応できなければ、周りの物を取り込み、正真正銘モホロビ級が本土に現れる可能性があるってことですか……」


 そうなれば、対処は容易ではなくなる。以前の戦いの時とは異なり、千葉よりも先に被害が及ぶかもしれない。


「しかし、デドリィの残骸は? アレからも再生するということですか?」

「今のところ、確認された事例はない。有力な仮説は、デドリィにも卵のような増殖用の物質があり、彼らの作る大地全てからデドリィが発生するのではなく、その卵が含まれた魔力からデドリィが発生するというものだ。

 調査班よりデドリィの発生分布と9年前の作戦展開との関連についての報告が上がっている」


 画面に表示された千葉は、房総半島の辺りが分布が多いように見える。

 かつて、デドリィの侵攻が多くあった場所であり、いまだデドリィの発生が少なからずあるため、一般人の立ち入りが禁止されている。

 赤く染まる地域の中で、赤く染まっていない場所。かつて作戦が展開された地点だった。


「……」


 加賀谷には、覚えのある場所だ。


「その増殖用の物質は、我々が使用する魔力により機能を停止する可能性がある」


 実際、ロシアでは、デドリィの侵攻を許した島ひとつ全て凍土にし、被害を収めたという事例すら存在する。


「故に、危険ありと認められた各集積所に集められたヒマワリから、デドリィが復活する前に処理すべきであり、その任を三十七魔導大隊に任せる。

 以上が、作戦本部より下された命令だ」


 断る選択肢はない。


「作戦内容の詳細、日時はすでに決められていますか?」

「目的としては、延焼術式もしくは凍結術式による集積所内のヒマワリの処理。詳細は、この用紙を確認してほしい。日時は7日後」


 一度、坪田に目を向ければ、頷かれた。


「わかりました」


 加賀谷たちが出て行った部屋の中、江戸川警備部司令は大きく息を吐き出した。


 契約魔導士と直接目で見たことも、会話したことも、ここ数ヶ月の出来事だ。それまでは、記録として見ていただけ。

 記録上だけというのに、その人間離れした脅威と対面するだけでも気を遣うが、立場上それを制御しなければならないのだから、任せると叩かれた肩が重くもなる。


「前のように、作戦区画を丸ごと凍結、なんてしないよな……?」


 前とは違い、部下がいるのだから、そこまで短絡的な方法は取らないと信じたいところだ。

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