加賀谷が、従来の飛行装置である靴を履いていれば、我妻が驚いたように声を上げる。
「今回は普通のなんですか?」
前に攻撃を受けて破損し、『耐久性に難あり』と送り返したこともあり、今回の作戦では従来の装備を使用することになったのだが、今回はデドリィと戦闘よりも屋内での作業が多い。
訓練生泣かせと言われる重さを履くより、軽量化された装備の方が、体力的にも良い点は多い。
「あ、違うんです。前の壊れた理由が、調べたところ、どうやら私の魔力が問題だったみたいで……」
「隊長が壊したんですか?」
「そう、ですね……」
ばつの悪そうに顔を背ける加賀谷に、我妻も「さすが。さすが」と冗談を言うように笑った。
「あれ? でもあの時、隊長、そんなに魔力出してましたっけ?」
「魔力量というより、魔力の質というか……」
契約した時から、加賀谷の魔力には契約した精霊の力である冷気が宿っている。
多少制御することはできるが、本気で戦おうとすればするほど、そちらへ意識を回す余裕は無くなる。結果として、加賀谷の周辺の温度が下がることになる。
全快の破損は、その冷気と炎の熱による、金属疲労が原因によるものだった。
「はぁ……なるほどぉ……こいつは、大丈夫なんですか?」
確かに、新装備の耐久度が、携帯性を優先したせいで下がったことは事実だが、金属疲労が原因での破損というなら、今の装備している従来の装備も、壊れる可能性は少なからずある。
「装備は、メンテナンスしてますし、一応、特別性なんです。前の時も、壊れたことはなかったですし……」
他の隊員たちの使っている装備に、外見は似ているが、魔力供給用のコードの数が倍であったり、温度変化に強い金属を使用し、外部の温度を伝えにくい空洞を有する形となっている。
なにより、戦闘になれば、冷気の放出を気にしては入れらないこともよくわかった。
今度、重要な部品に熱が伝わるほどのことがあれば、それはモホロビ級程度のデドリィではないだろう。
むしろ、自分の魔力で装備が破損する心配よりも、気にするべきは、自分の周りにいる人の方だ。
「安心してください! この素晴らしい肉体! 北海道の流氷もなんのその!」
冷気の放出を気にしている原因が、自分たちにあると気にしたのか、我妻が筋肉を自慢するようにポーズを取れば、加賀谷は驚いたように目を見開いた後、笑った。
「でも、我妻さんとは結構距離がありますよ」
「それは残念ですな。ん? 待てよ……これは、久保の奴と隊長の副官を交換できる絶好のチャンスでは……?」
「なにが絶好のチャンスだ」
いつの間にか、久保が呆れた表情で立っていた。
「ご覧ください。この肉量の違い! 筋肉は熱を生み出す器官! 防寒にどちらが優れるか、明らかではないでしょうか?」
「ハハハ。肉違いだな。第一、細マッチョの方がモテるぞ」
「わかってないな。太い腕に抱かれたいという女性も多いんだ」
冗談に巻き込まれる機会はあまりなく、加賀谷は困ったように、ふたりを交互に見ることしかできずにいた。
「お前たち、セクハラで訴えられても知らんぞ」
坪田に仲裁され、ようやく本題に入った。
「隊長。屋内での戦闘経験は?」
「訓練、だけです」
屋内、屋外を気にする配置ではなかったし、もし屋内にいても、その周囲一帯を凍り付かせてしまっていた。
それこそ、経験といえば、契約する前のごく簡単な訓練と、学校で魔導士にだけ行われる訓練の時くらいだ。
「では、第一中隊は自分が指揮します。よろしいですか?」
久保もわかっていたように提案すれば、加賀谷も安心したように、二度頷いた。
*****
建物に響くのは、足音だけ。
声を発してはいけないわけではないが、彼らは慣れたようにハンドシグナルだけで指示、実行を繰り返し、元国際空港であり、千葉へ上陸したデドリィを押し返す拠点ともなった場所を進む。
地下施設に、千葉奪還作戦後より、貯めこまれたヒマワリが保管されている。
「……」
背中を追いかければ、それだけ彼らとの能力の差が目に見えてしまう。
自分はたまたま魔力があっただけ。彼らのように強いわけじゃない。
本来なら、もっと訓練を積まないといけなかったのに。
特に問題もなく、目的の倉庫にたどり着けば、合図と共に扉が開け放たれる。
「――――」
そこにあったのは、壁や天井に這うように広がり、垂れ下がっては、幾重にも裂けては溶けるように繋がっている異形の花。
ヒマワリと知っていなければ、誰もこの植物がヒマワリだとは思わないだろう。
「随分だな……」
血管のように脈打つ茎が集まる球体。
まさに、デドリィの再生間近といった様子だ。
「焼却術式用意。放て」
久保の命令を共に、燃え広がる炎。
燃え尽きていくヒマワリたち。魔力量からして、ここで再生されれば、モホロビ級ほどの大きさになっただろう。
別の二中隊が向かっている場所に比べて、川沿岸の防衛線から近い分、ここで再生された場合の危険度は高かった。
「隊長?」
「! はい」
「気になることでも?」
「い、いえ。あと3ヶ所ですよね」
「……えぇ。第二、第三中隊より、集積所が近いとはいえ、数が多いのは気が滅入りますね」
加賀谷に合わせたのか、肩をすくめて見せる久保に、加賀谷も困ったように笑う。
第一中隊が、残り1ヶ所の処理を始めた頃、第二、第三中隊は、無事、集積所に蓄えられたヒマワリを処理を終えていた。
「霜?」
ふと、ひとりが足へ感じた違和感に、視線を下げる。
2月とはいえ、もう下旬。しかも、昼下がりで気温も高い。すでに霜があるような時間ではない。
「どうした?」
「いえ……」
坪田に聞かれ、偶然かと、思い直した時だ。
ふと目に入った、棚田。
「……」
目を見開く隊員に、坪田も視線の先へ目をやれば、納得したように声を漏らした。
「そうか。お前は、奪還作戦には参加していなかったな」
「は、はい。自分は防衛線の補給部隊所属だったため、奪還作戦については話に聞く程度でして……」
「なら、驚くかもしれんな」
視線の先の棚田が、凍り付いている様子は。
誰がやったかは、すぐに想像がついた。
三十七魔導大隊に所属しているとはいえ、8年前の千葉奪還作戦に参加しているものは、半数程度だ。
そもそも前線で参加した魔導士の3分の1は死に、残った半数は肉体的、精神的損傷が激しく、退役している。
「この程度で驚いてちゃ、心臓が保ねェぞ」
現実離れした様子に驚く隊員たちに、我妻はいたずらをするような笑みを浮かべる。
「なんたって、うちの隊長は齢8にて、東京湾を凍らせたお方だぞ」
”海を凍らせた”
それは、加賀谷の契約魔導士として、最も有名なエピソードだ。
千葉の房総半島がデドリィに占領され、奪還作戦が行われた時だ。一部のデドリィは、東京湾海底より、神奈川、東京を目指していた。
作戦本部はそれに対処すべく、氷の契約魔導士を向かわせ、結果、東京湾が三日間凍り付いた。
こればかりは、情報封鎖すら、あまり意味をなさないものだった。
時季外れの流氷は、マスコミはもちろん、一般人にもすぐに知れ渡った。
「そういえば、我妻は参加したんだよな」
「えぇ。まさしく、木更津で戦闘していたので、海が凍った瞬間を目の当たりにしましたとも」
当時は、進めばデドリィが待ち構え、戻れば一般人が魔導士に『戦え』と石を投げる状況。
魔導士は、どちらかの地獄を選ばなければいけなかった。
仲間が死んでいき、それでも戦えと耳鳴りがする中、誰もが耳を疑った海が凍ったという報告。
「ほぉ……うらやましいな。俺は、成田での拠点防衛だったからな。実際に見たのは、半分溶けてからでな」
「それはもったいない! あれは、一生で一度は見ておくべきものですよ」
「機会があればな。だが、そんなことになれば、今度こそ、首都が京都に移るかもな」
「23区から八王子に移動するのですら、あんなに揉めたのに、京都になったらどうなることやら……」
デドリィ襲撃後から重要な機関は、とにかく内地へ移動させることになったが、首都である東京は、重要拠点の数も多く、すぐに県外へ移動するのはできなかった。
そのため、一時的に八王子市に移された。
それですら、もっといい場所があるだとか、東京都から出ろだとか、防衛機能が23区より劣っているだとか、揉めに揉めていた。
その後の戦いは、日本から離れた海上へと移ったため、現在は八王子で落ち着いているが、今ですら、批判を行う昼のワイドショーが行われている状況だ。
「でもまぁ、終戦日近くなると、毎年凍った海の映像流れますよね」
「この前なんて、あの作戦の再現VTRやってましたよ。隊長が長谷川博樹の」
「それは、うちの隊長役か?」
「そうですよ。『この先に
これには、坪田も苦笑いになるしかない。
再現VTRは見ていないが、それはもう精悍に描かれたのだろう。まさしく英雄のように。
「……へ? あ、あー……あの、アレですね……」
作戦終了後、本人へ当時のことを聞いてみれば、困ったように頬をかいた。
「おや、ご存じだったんですか?」
「学校で話題になったことがあるので」
当の本人が目の前にいるとは思わないだろう。性格も年齢も違うし。性別すら違う。
むしろ、気が付いた方が、すごい。
「全然合ってないって、クレームいれますか?」
「いいですいいです! いれないください! かっこよかったし、いいじゃないですか」
「隊長、結構、そういうところありますよね」
たぶん、再現VTRのようなことはなかったのだろう。
ただ無我夢中に、やったらできたのだろうと、察したのだった。