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第6話

 加賀谷が、従来の飛行装置である靴を履いていれば、我妻が驚いたように声を上げる。


「今回は普通のなんですか?」


 前に攻撃を受けて破損し、『耐久性に難あり』と送り返したこともあり、今回の作戦では従来の装備を使用することになったのだが、今回はデドリィと戦闘よりも屋内での作業が多い。

 訓練生泣かせと言われる重さを履くより、軽量化された装備の方が、体力的にも良い点は多い。


「あ、違うんです。前の壊れた理由が、調べたところ、どうやら私の魔力が問題だったみたいで……」

「隊長が壊したんですか?」

「そう、ですね……」


 ばつの悪そうに顔を背ける加賀谷に、我妻も「さすが。さすが」と冗談を言うように笑った。


「あれ? でもあの時、隊長、そんなに魔力出してましたっけ?」

「魔力量というより、魔力の質というか……」


 契約した時から、加賀谷の魔力には契約した精霊の力である冷気が宿っている。

 多少制御することはできるが、本気で戦おうとすればするほど、そちらへ意識を回す余裕は無くなる。結果として、加賀谷の周辺の温度が下がることになる。


 全快の破損は、その冷気と炎の熱による、金属疲労が原因によるものだった。


「はぁ……なるほどぉ……こいつは、大丈夫なんですか?」


 確かに、新装備の耐久度が、携帯性を優先したせいで下がったことは事実だが、金属疲労が原因での破損というなら、今の装備している従来の装備も、壊れる可能性は少なからずある。


「装備は、メンテナンスしてますし、一応、特別性なんです。前の時も、壊れたことはなかったですし……」


 他の隊員たちの使っている装備に、外見は似ているが、魔力供給用のコードの数が倍であったり、温度変化に強い金属を使用し、外部の温度を伝えにくい空洞を有する形となっている。

 なにより、戦闘になれば、冷気の放出を気にしては入れらないこともよくわかった。

 今度、重要な部品に熱が伝わるほどのことがあれば、それはモホロビ級程度のデドリィではないだろう。


 むしろ、自分の魔力で装備が破損する心配よりも、気にするべきは、自分の周りにいる人の方だ。


「安心してください! この素晴らしい肉体! 北海道の流氷もなんのその!」


 冷気の放出を気にしている原因が、自分たちにあると気にしたのか、我妻が筋肉を自慢するようにポーズを取れば、加賀谷は驚いたように目を見開いた後、笑った。


「でも、我妻さんとは結構距離がありますよ」

「それは残念ですな。ん? 待てよ……これは、久保の奴と隊長の副官を交換できる絶好のチャンスでは……?」

「なにが絶好のチャンスだ」


 いつの間にか、久保が呆れた表情で立っていた。


「ご覧ください。この肉量の違い! 筋肉は熱を生み出す器官! 防寒にどちらが優れるか、明らかではないでしょうか?」

「ハハハ。肉違いだな。第一、細マッチョの方がモテるぞ」

「わかってないな。太い腕に抱かれたいという女性も多いんだ」


 冗談に巻き込まれる機会はあまりなく、加賀谷は困ったように、ふたりを交互に見ることしかできずにいた。


「お前たち、セクハラで訴えられても知らんぞ」


 坪田に仲裁され、ようやく本題に入った。


「隊長。屋内での戦闘経験は?」

「訓練、だけです」


 屋内、屋外を気にする配置ではなかったし、もし屋内にいても、その周囲一帯を凍り付かせてしまっていた。

 それこそ、経験といえば、契約する前のごく簡単な訓練と、学校で魔導士にだけ行われる訓練の時くらいだ。


「では、第一中隊は自分が指揮します。よろしいですか?」


 久保もわかっていたように提案すれば、加賀谷も安心したように、二度頷いた。


*****


 建物に響くのは、足音だけ。

 声を発してはいけないわけではないが、彼らは慣れたようにハンドシグナルだけで指示、実行を繰り返し、元国際空港であり、千葉へ上陸したデドリィを押し返す拠点ともなった場所を進む。

 地下施設に、千葉奪還作戦後より、貯めこまれたヒマワリが保管されている。


「……」


 背中を追いかければ、それだけ彼らとの能力の差が目に見えてしまう。

 自分はたまたま魔力があっただけ。彼らのように強いわけじゃない。

 本来なら、もっと訓練を積まないといけなかったのに。


 特に問題もなく、目的の倉庫にたどり着けば、合図と共に扉が開け放たれる。


「――――」


 そこにあったのは、壁や天井に這うように広がり、垂れ下がっては、幾重にも裂けては溶けるように繋がっている異形の花。

 ヒマワリと知っていなければ、誰もこの植物がヒマワリだとは思わないだろう。


「随分だな……」


 血管のように脈打つ茎が集まる球体。

 まさに、デドリィの再生間近といった様子だ。


「焼却術式用意。放て」


 久保の命令を共に、燃え広がる炎。


 燃え尽きていくヒマワリたち。魔力量からして、ここで再生されれば、モホロビ級ほどの大きさになっただろう。

 別の二中隊が向かっている場所に比べて、川沿岸の防衛線から近い分、ここで再生された場合の危険度は高かった。


「隊長?」

「! はい」

「気になることでも?」

「い、いえ。あと3ヶ所ですよね」

「……えぇ。第二、第三中隊より、集積所が近いとはいえ、数が多いのは気が滅入りますね」


 加賀谷に合わせたのか、肩をすくめて見せる久保に、加賀谷も困ったように笑う。


 第一中隊が、残り1ヶ所の処理を始めた頃、第二、第三中隊は、無事、集積所に蓄えられたヒマワリを処理を終えていた。


「霜?」


 ふと、ひとりが足へ感じた違和感に、視線を下げる。

 2月とはいえ、もう下旬。しかも、昼下がりで気温も高い。すでに霜があるような時間ではない。


「どうした?」

「いえ……」


 坪田に聞かれ、偶然かと、思い直した時だ。

 ふと目に入った、棚田。


「……」


 目を見開く隊員に、坪田も視線の先へ目をやれば、納得したように声を漏らした。


「そうか。お前は、奪還作戦には参加していなかったな」

「は、はい。自分は防衛線の補給部隊所属だったため、奪還作戦については話に聞く程度でして……」

「なら、驚くかもしれんな」


 視線の先の棚田が、凍り付いている様子は。

 誰がやったかは、すぐに想像がついた。


 三十七魔導大隊に所属しているとはいえ、8年前の千葉奪還作戦に参加しているものは、半数程度だ。

 そもそも前線で参加した魔導士の3分の1は死に、残った半数は肉体的、精神的損傷が激しく、退役している。


「この程度で驚いてちゃ、心臓が保ねェぞ」


 現実離れした様子に驚く隊員たちに、我妻はいたずらをするような笑みを浮かべる。


「なんたって、うちの隊長は齢8にて、東京湾を凍らせたお方だぞ」


 ”海を凍らせた”


 それは、加賀谷の契約魔導士として、最も有名なエピソードだ。

 千葉の房総半島がデドリィに占領され、奪還作戦が行われた時だ。一部のデドリィは、東京湾海底より、神奈川、東京を目指していた。

 作戦本部はそれに対処すべく、氷の契約魔導士を向かわせ、結果、東京湾が三日間凍り付いた。


 こればかりは、情報封鎖すら、あまり意味をなさないものだった。

 時季外れの流氷は、マスコミはもちろん、一般人にもすぐに知れ渡った。


「そういえば、我妻は参加したんだよな」

「えぇ。まさしく、木更津で戦闘していたので、海が凍った瞬間を目の当たりにしましたとも」


 当時は、進めばデドリィが待ち構え、戻れば一般人が魔導士に『戦え』と石を投げる状況。

 魔導士は、どちらかの地獄を選ばなければいけなかった。

 仲間が死んでいき、それでも戦えと耳鳴りがする中、誰もが耳を疑った海が凍ったという報告。


「ほぉ……うらやましいな。俺は、成田での拠点防衛だったからな。実際に見たのは、半分溶けてからでな」

「それはもったいない! あれは、一生で一度は見ておくべきものですよ」

「機会があればな。だが、そんなことになれば、今度こそ、首都が京都に移るかもな」

「23区から八王子に移動するのですら、あんなに揉めたのに、京都になったらどうなることやら……」


 デドリィ襲撃後から重要な機関は、とにかく内地へ移動させることになったが、首都である東京は、重要拠点の数も多く、すぐに県外へ移動するのはできなかった。

 そのため、一時的に八王子市に移された。

 それですら、もっといい場所があるだとか、東京都から出ろだとか、防衛機能が23区より劣っているだとか、揉めに揉めていた。


 その後の戦いは、日本から離れた海上へと移ったため、現在は八王子で落ち着いているが、今ですら、批判を行う昼のワイドショーが行われている状況だ。


「でもまぁ、終戦日近くなると、毎年凍った海の映像流れますよね」

「この前なんて、あの作戦の再現VTRやってましたよ。隊長が長谷川博樹の」

「それは、うちの隊長役か?」

「そうですよ。『この先に国民守る人々がいる。ただそれだけだ。それだけで、私がここに立つ理由になる!』って」


 これには、坪田も苦笑いになるしかない。

 再現VTRは見ていないが、それはもう精悍に描かれたのだろう。まさしく英雄のように。



「……へ? あ、あー……あの、アレですね……」


 作戦終了後、本人へ当時のことを聞いてみれば、困ったように頬をかいた。


「おや、ご存じだったんですか?」

「学校で話題になったことがあるので」


 当の本人が目の前にいるとは思わないだろう。性格も年齢も違うし。性別すら違う。

 むしろ、気が付いた方が、すごい。


「全然合ってないって、クレームいれますか?」

「いいですいいです! いれないください! かっこよかったし、いいじゃないですか」

「隊長、結構、そういうところありますよね」


 たぶん、再現VTRのようなことはなかったのだろう。

 ただ無我夢中に、やったらできたのだろうと、察したのだった。

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