「かったりぃ……」
中川深は小さくつぶやきながら窓の外を眺めた。
ここは埼玉のとある大学の付属図書館。彼はこの大学の情報技術科の4年生である。
夏休み間近のこの時期、深は大学の図書館に入り浸って卒業研究の中間発表の資料作りをしていた。
作業を開始して2時間、持参したノートパソコンの動作が重くなったので再起動をかけ、パソコンが立ち上がるまでの時間に窓の外を眺めながら、大きく背伸びをする。
深が見つめる窓の外は、梅雨明け特有の青い空と白い雲がいい感じで広がっており、そんなものを眺めるようになった自分に対して(俺も年食ったなぁ)とか思いつつ、そして深は作業を再開することにする。
卒業研究のテーマは『AIとCPUのマルチタスク処理の効率化』について。
礼自身何を研究しているのかはよくわかっていないが、担当の教授の指示に従い、あれこれと実験と検証を進めてきた。
所詮卒研なんて教授同士の縄張り争いだろ?
という不確かな認識も心に持ちつつ、しかしながらこの大学を卒業するためには手を緩めるわけにはいかない。
(ふーう。もうちょっと進めるか……)
礼は気分転換がてらに軽く背伸びをして、再度ノートパソコンに視線を戻す。
カツン、カツン
その時、どこからともなくヒールの足音が聞こえてきた。
しかしながら深はその音に興味を示さずに、作業に集中する。
(えーと、この値を……ここに……あっ、これも……)
そしてヒールの音は深の背中を通り過ぎ、離れて行った。
しかし30秒ほど後、またしてもそのヒールの音が響いていることに気づいた。
今度は正面から。
何気なく視線を上げると、ヒールを履いている女性の他に大柄の男性の姿も視界にとらえることができた。
しかし、面識のない人物だったので、深はすぐに視線をモニターに戻す。
(スーツ姿が2人。ここの関係者だろうか……? うん、たぶんそうだ)
そう思ったため、大した興味も示さずに手もとのマウスを握ろうとした深であったが、それと同時に例の女性が小さな声で話しかけてきた。
「……しん……さん……ですか?」
「……」
深は答えない。初対面の人間にいきなり下の名前で呼ばれたため、驚き困惑していた。
(……ん? ……だれ…?)
深は目の前にいる女性を頭の中で考え始める。
「しんさんですよね?」
女性が念を押すように質問してきたため、今度は一応答えることにした。
「は……はい。そうですけど……」
答えながらも首をかしげる。
(……ほんとに誰…?)
視線を目の前の女性から外し、隣にいる男性に移してみる。
このような大柄の男がいなければ、1人の男が見知らぬ女性に話しかけられても、これほど固まることはないだろう。
しかしながら、男性の方もやはり全く知らない人物である。
深は考える。
図書館の本を延滞していたかどうか、また大学の学生課に呼びつけられるようなことをしたか、はたまた、警察?
見ず知らずの他人に下の名前で本人確認される理由を全力で探した。
探している途中で、女性がまた口を開く。
「ね? 清高さん、やっぱりこの子でしょ? あ……はじめまして。私、杉沢花南と申します。防衛省から来ました。こちらはうちの部下の清高春喜」
「どうも! 清高だ。ははは、やっぱりそういう顔になるよなぁ。ほら、花南。ちゃんと1から説明しろ。ほれっ!」
この会話を聞きながら深がわかったこと。
ヒールの女が自分に用事があること。その女は正面から見るとなかなか可愛いこと……いや、そんなことはどうでもいい……。
自分のことを『この子』と表現したことで、この女性はたぶん自分より年上であること。
隣の怖そうなおっさんが意外と気さくなこと。そしてこのおっさんがこの女の部下であること。
ここまではたぶん真実。
まだ信じることができないこと。2人が防衛省に関連している人物であること。
相変わらず解けない疑問。その2人が自分を名指しで話しかけてきたこと。
「は、はぁ……」
(新手の詐欺か?)
結果、深は警戒する。姿勢を前のめりにし、2人の観察を始めた。
しかしその態度が相手にとって真剣に話を聞こうとしている意志表示にとらえられたらしく、女性は少しほっとした様子でわずかな笑顔を浮かべながら言葉を続けてきた。
「実はですね。この度、折り入ってお話がございまして……えーとね、それはね、君を私のいる組織に勧誘しようって話でね。君は選ばれた人間でね。うちのえらーいおばぁちゃんの人がね、占いで君を見つけてね。それでね。これから大変な時代が来るから、君も私たちと一緒に戦ってほしくてね。それでね、迎えに来たの」
何かの説明と思われる言葉が終わり、自信満々の顔を浮かべる女性の隣で、先程清高と名乗った男が悲痛な面持ちで頭を抱える。タンスの角に小指をぶつけたような脱力具合でうなだれていく雰囲気が非常に面白いと思いつつ、もちろん深も困惑した。
(……わけがわかんねぇ。変な人か? どうする………?)
目の前の女性が今も深の周りで静かに勉強している学生たちと似た雰囲気で話し始めたことには安心感を覚えたが、その内容により警戒心を一層強くしていた。
一方、自分の説明具合が完璧だと信じて疑わない花南は、一気に叩き込もうと言葉を続ける。
「だからね、いますぐ大学辞めてね。引っ越しとかの手続きはこっちでしておくから、すぐ東京に引っ越して。ご両親には自分で説明し……」
「ちょ、ちょっとストップッ!」
ここで清高があわてて割って入り、あきれた様子で花南に言った。
「花南。さすがに無理だろ」
「え? 何が?」
花南は不思議そうに見つめるが、清高が小さく舌打ちした後、深と花南の間に入るように前に出る。深から見ると、190は超えているであろう清高がさらに大きく見えたため、少し後ろに気おされてしまった。
しかし、不機嫌そうな清高の意識は花南に向けられ、静かな声で花南に話しかける。
「もういい。俺が代わる」
最後に「少し黙ってろ」という意志の込もった視線を花南に送り、その後清高は深の顔を正面から見つめた。
「すまんね、しん君。混乱しただろう?」
「はぁ……」
深は小さくうなづくのみ。うなづきながらも、意味不明なこの状況から逃げ切る術を考え始める。
とりあえずパソコンの作業を保存し、電源を落とす。こっそりとそんなことをしているうちに、清高がやたらと優しそうな口調で言ってきた。
「わかりやすく説明するように念を押しといたんだがな……とりあえず、われわれは防衛省の人間だ。それは分かってもらえたか?」
(いや、その時点で信じれるわけないんだけど……)
明るいキャラやそれと対照的に暗いキャラ。と思わせつつ、適当キャラの後にしっかり者のおじさんキャラ。しかしながら美女と野獣。
もし詐欺の類を生業とする人間が飴と鞭を手法に使っていたならば、ここからが鞭の番である。
深は口調をきつくし、警戒心をむき出すことにする。
「はぁ……で、その防衛省からきた方が、自分に何の用っすか?」
「まぁそう硬くなるな。ただの勧誘だよ、勧誘。ヘッドハンティングってやつだ」
「……はぁ……いきなりそんなこと言われても……ワケがわかんねぇっす……」
その時、清高の後ろから、再び花南が話に参加してきた。
「だからぁ、あなたの力が必要なの」
(あぁ、そこのおねえさん……あんたは話に入るな……)
そう思った深であったが、しかし今の花南の発言はこれから清高が言おうとしていた言葉と同じだったらしく、清高は一瞬だけ引きつった顔を浮かべた後、何も言わずにうなずいた。
深はさらに質問を返す。
「……いや……だから……おれの何が必要なのか……とか……?」
ついでに花南の顔をじっくりと見つめ返し、その顔だちを観察してみる。
(出会いがこんな形じゃなかったら惚れるのにな……)
男の妄想も始まりそうであるが、その時、清高が深の妄想を遮った。
「うーん。そうだな……順を追って話そうか?」
「なんだったら、その前に場所を変えませんか? ここは図書館なんで」
「そのほうがこちらとしても助かる。外行くか?」
清高の言葉に深がうなづく。机の上の荷物を自分のかばんにしまい、2人の不審者を睨みながら静かに立ち上がった。
図書館を出るまで、3人は無言で建物の中を歩いていた。
しかし、周りの生徒は館内を静かに歩く3人に興味を示さず、「背ぇいくつ?」などというこの状況に不釣り合いな質問をしてくる花南の影響で、3人は知り合いのような雰囲気で図書館の入り口を目指す。
そんな花南の質問に、深は出来るだけ冷静な表情を保ちながら答えつつ、頭の中では必死に思考を働かせていた。
深が場所変更を提案した本当の理由。
(逃げなきゃな。こんな不審な2人組の相手は……正直めんどくさいし)
適当な理由を作って逃げるのも考えたが、そんな方法ではこの2人には通用しない気がした。
やるならば、全力ダッシュである。
しかし図書館の中で走り出しても他の生徒とぶつかる可能性があり、出入り口の自動ドアが開くのを待っている間に捕まる可能性もあったため、館内で行動を起こすことは辞めていた。
どちらにせよ、外に出てからが勝負である。
全力で逃げれば、40は過ぎているであろう男と、ヒールを履いた女には追いつかれる可能性は少ない。
そんな思惑を悟られないよう、顔色1つ変えずに深は荷物を握る手に力を込める。
(あせらず、ゆっくりと……平然を装いつつ……)
そして3人は図書館を出た。
図書館のドアを通った瞬間、予想通り蒸した空気がまとわりついてきたがそれどころではない。
深は考える。
(どこでダッシュをかますか……? 図書館を出てすぐ?
いや、だめだ。できる限り人気のないところ。そう、建物の裏とか……。
そこからダッシュを始めて、大学の敷地の外まで。全力で走れるのはそれぐらいが限界だろう。そのあとはなるべく入り組んだ道を通る。
そうだ! 交番に駆け込むか!?
……いや、それほどのことはされていない。逆に面倒になりそ……)
そんな感じでぐだぐだぐだぐだ考え込んでいる深の思考が突如中断された。
「どこら辺が静かに話せるかねぇ……」
口を開いたのは清高。深は冷静を装いつつ答えるが、頭の中はパンク寸前である。
「まぁ、そうですね……あそこがいいかな……こっちっす」
この短い時間になんとか逃亡開始地点のめぼしを立て終えたので、2人をそちらに誘導することにすることにした。
(ふーう……ふーう……冷静に……冷静に……でも)
この時、深は1つの事実に気づく。
深は今、前後を花南と清高に挟まれていた。
この位置関係は、図書館で自分の席を立ったときからである。
前に女、後ろに男。
神経をとがらせていた深にとっては、挟み撃ちともみなせるフォーメーションであった。
(抜け目ないのか? ただの偶然か?)
その後3分ほど歩き、3人は深の予定する逃亡開始地点に近づいてきた。しかしながら、ここでまたまた不意に清高が話しかけてきた。
「しかし、この大学もなかなか緑が多くていいところだな。勉学に……おいっ!」
ここで深が動き出す。
右に2歩移動して、前へダッシュ。正面にいる花南をよけてから構内の林を抜け、目指す西門へ。
(あばよ、俺のかわいこちゃん)
走り出すと同時に、逃亡の成功を確信した深がにやりと笑った。
しかし、そんな深の計画は甘かった。
ごんっ!
深の顔面に激痛が走る。
(……女が……回し蹴りかよ……?)
揺れる視界の隅に花南の鋭い目つきが映るがそれもすぐに消え、腰を中心として、深の体が前後に激しく回転する。
頭は後ろへ。足が前へ。
しかしながら綺麗に一回転して直立できるほどの勢いはない。
(やばいっ! これって)
案の定、地面に頭を打ち、深は意識を失った。
それからおよそ10分、深は激しい頭痛に顔をゆがませながら目を覚ます。
しばらく意識をもうろうとさせた後、清高が少し離れた所にいることに気づいた。
ここはどこだろうか? 意識がはっきりしてくるのと同時に、先ほどの記憶がよみがえる。
(まいった。こいつらほんとに軍人ってやつだ……)
見ず知らずの人間から……しかも自分よりいくらかきしゃな女性から意識を失うほどの蹴りを受けて、深の心に最初に浮かんだ思考は不思議なことに恐怖でも怒りでもない。
花南の見せた見事な格闘術への賛辞である。
そんな感じで起き上がる深の目の前、清高はこちらに背を向けて立っているため、起き上がった深には気づいていない。というか、大学の構内に作られた木々の生い茂る様を見ているようだ。
冷静に考えれば今すぐにでも再び逃げ出すのもありと思われるが、深は痛みに顔をしかめながら楽な姿勢に座り直す。
そして首の痛みにも警戒しないがら、深はゆっくりと周りを見渡した。
(あの女は?)
花南と名乗る女性の姿がないことに気付いた。
「あの……」
清高が振り返る。
「おっ! 起きたか? しかし、この大学は緑が多くていいな。なんつーか、心が休まる。そんなあれだな……」
(ヒトのことノシといて、そんな話かよ)
「首、大丈夫か? あそこまで綺麗に回し蹴り食らったやつ、初めて見たぞ。リアクションもよかったなぁ。まぁ10分で意識が戻れば上出来だ」
(このくそおやじ……)
「まぁ……なんとか。多少は痛みますけど……ところで、あの、もう1人の……」
「あぁ。花南か? あいつならもうすぐ帰ってくるはずだ。売店の方にアイス買いに行ってる。どうだ? あいつの蹴りは効くだろ? それなりの訓練は受けているからなぁ……あっ! 俺は無理だぞっ! 最近は体が衰えてなぁ……」
(アイスって……)
「はぁ」
「それにあいつ、高校までバスケやってたらしく、瞬発力はなかなかのもんなんだよ」
(それは違う)
深は思った。
バスケット部に入っていたからというだけであれほどの瞬発力と正確な攻撃を行えるはずがない。もちろん防衛省の関係者だとしても、相当に訓練された人物でない限り、あの反応はできなかったはず。
深を挟むあのフォーメーションといい、深を逃さないためにこの2人がずっと警戒していたのは明白だった。
(でも……一体何のために…?)
そして行き着くのは根本的な原因。そもそもこの2人はなぜ自分に話しかけてきたのかということ。
「んで……なんで……その……俺を?」
「お? やっとおとなしく話聞く気になったか?」
「はぁ、まあ。あんなことされちゃあ……」
「まぁ、あれだ。これから俺が話すことは信じなくていいぞ。というか、信じられる話じゃない。今はな。でもとりあえず聞け」
深がうなずく。
「我々が防衛省から来たっていうのについて。それは大丈夫か?」
大丈夫かとの質問に、深がまたうなづいた。防衛省から来たという清高たちの発言が信用できるかという質問と同じ意味であり、その点において深がまだ信用していないということは清高も認識しているようである。
「それでな。結局のところ、政府がお前の力を貸してほしいってことなんだ」
「そんな……俺が…? どこでもいる普通の人間っすけど……」
「そうでもないんだ……まぁ、今はまだそうかもしれないんだがな。うちの組織の調査では違うんだ。お前は重要人物だ」
「はぁ……んで? 俺に何をしろと?」
「それは俺もよくわからん。というか今の時点では誰もわからない。まぁ、配属先は決まってんだがな。その中で何をするのかはまだわかんないんだ」
(結局、わからないことだらけじゃねぇか)
深は小さくため息をつく。
「んじゃ、俺がどんなことをさせられるはめになるかはいいとして……あんたたちは一体、その政府の下で何をやっているんだ?」
いらだちが深の口調を変えた。しかし、それに気づいたかどうかはわからないが、清高の顔は穏やかなままである。
「深……深って呼んでいいか? お前、妖怪とかって……そういったもの信じるか?」
深は今度は大きくため息……あきれる様子が清高に伝わるように出来るだけ大きく息を吐く。
「からかってんのか?」
「いや、すまんすまん。でもマジで聞いてくれ。んで、信じるか?」
「いえ、そんな……おれもうすぐ22ですよ」
馬鹿にされてるこの感じ……またの場合、目の前にいる人間はやはり変な人物である。
深は再び逃げ出そうか迷い始める。
「実はな……妖怪というか。まぁ、世間的にはそういう印象でいいんだが。実在するんだ」
(あぁ……やっぱ逃げたい……もう好きにしてくれ。ここまで、引っ張ったんだ。それなりのオチはあるんだろうな。大爆笑するような極上のオチが……)
いろいろと考えた後、深がちらりと清高の顔を見ると、その視線に気づいた清高が再び口を開く。
こんな話をするのは本人もはずかしいのだろう。早く終わらせたい気持ちが赤くなった表情からうかがえた。
「正確に言うと、別世界の住人なんだが。もっと正確に言うと……だいたいは侵略者だな。昔からそういったものとの争いだったり、交流だったり……そんな歴史があってな」
「んで?」
「ほら、世界中でも未確認生物とかいるだろ? なんつったっけか。UMA(ユーマ)だったか。
んでな、昔っからそういったものは政府とか、昔は幕府とか……朝廷とかな。そういったものが対処していたんだ。内密にな」
「はい」
もはや、深はただただ相槌を打ち始めるだけである。
「んで、そういった問題に対しての専門組織があってな。防衛省の一機関なんだが、うちらはそこに所属しているんだ」
「はい」
しばしの沈黙……
「それで?」
「いや、もう話は終わりなんだが」
「はっ?」
「『はっ?』じゃなくて。我々の組織の話だ、よな?」
深は体の力が抜けていくのを感じる。これをどう対処しろと?
「んで、自分はそれをどう信じろと?」
「んー、そうだな……確かに、にわかには信じがたい話だな」
ここで、深の背後から突如声が聞こえてきた。
「その問題、今日のテレビ見てもらえば全部解決じゃん?」
深と清高が振り返ると、そこにはビニール袋を片手に持った花南がいた。
大したことではないが、反対の手には食べかけのアイス。口のまわりにもアイスがついているため、非常に子供っぽい。
「てゆうかもう起きちゃったの? 私の蹴り、浅かったかなぁ……?
せっかく、アイスほっぺたにくっつけてびっくりさせようと思ったのに……」
(いや、そういうプレイはいらねぇから。謝罪とか欲しいんですけど……)
「体は大丈夫? 驚いた? だからいったでしょ? 私たち、一応防衛省から来たって。逃げようとするからだぞう。おしおきだぁ!」
花南が袋から取り出したアイスを深の顔につける。
(結局、それするんじゃん……)
しかしながら、深のふてった顔とは逆にその場の空気が少し緩む。
「はい、これは清高さんの分。それでさっきの話なんだけど、信じることができなかったら、今日の夜から総理大臣の会見あるから、それ見てみなよ。それで信用できるでしょ?」
「総理大臣っ? 総理大臣ってあの……越嶋総理大臣?」
「そう、その越嶋総理大臣。何時だっけ? えーと……確か……」
「19時だ」
清高がすかさずフォローを入れる。
「そう、つまり夜の7時ね」
(それぐらい知っている)
「それでいったい何の会見をするんだ? 妖怪は実在するとか、そんなこと言い出すのか?」
「うん。そうだよ。それを見れば今の話納得できるでしょ? この国の一番偉い人がそういうんだから」
花南があっけらかんと答えるが、それを聞いた深が言葉を失う。
(こいつら本気なのか? いや、ありえねぇ。そんなまさか……。ぜってぇからかってるにきまってる……)
「ちなみにね、もう少し細かく言うとね。妖怪っていうか、あいつ等はね。大昔から出没してたんだ。だけどね、その時の政府機関が内密に対処してたんだよね。
けどね、これからあーゆー連中が大量に発生する時代になるのね。千年に1度の大変な時代らしいよ。
ほら? 千年前つったら、平安時代の時じゃん? 妖怪とかの伝説とかが始まった時代だよ。わかるでしょ?」
深はさらに混乱していく。花南の説明の容量の悪さもさておき、子供の頃聞いたことがあるようなおとぎ話と、現実の話が混ざりあった説明に頭がついていかない。
それでもなんとなく話の主導権を取り戻したい気持ちがあった深は、なんとか質問できるところを探して声に出してみた。
「んで、その妖怪たちはどっからでてくるんだ? まさか、地面の下とかそんな話か?」
「深クン……あなた……ばかなの? 地面の下は土しかないに決まってんじゃん。あ、でもマグマとかあるかぁ」
(このがきゃ……)
訳のわからないことを語っているこの人間にバカ呼ばわりされたことに深は顔が熱くなる。
しかしながらそれに気づく様子もなく、花南が話を続ける。
「そうじゃなくて……異次元というか、そういった世界なんだって。なんかね。X、Y、Zの三軸で形成される空間に時間軸の概念を合わせた4次元空間と、さらに太陽系の惑星が影響しあう磁界空間とかの影響で、別の空間との間にあった境目が取れて……それに、よって他空間と行き来することができる多元ホールが発生しぃ……」
花南が途中から何かを思い出すようにぶつぶつと語り始める。大方、どこかで受けた講義の内容を思い出しているのだろう。深に説明していたはずが、視線は上を向いていた。
「んでね。その多元ホールってとこから、妖怪ってゆーか、向こうの世界の住人がこっちに侵入してくるんだって。ほら、地球って住みやすいんじゃん?」
「んじゃ、そいつらみんな倒すのか? 戦争みたいな感じか?」
「まぁ、ほとんどの種族はね。こちらの世界に攻めてくる気満々だからね。それなりの戦闘行為になるわよ。
でも中には、友好的なのもいるよ。向こうの世界の環境がいいと、わざわざこっちに移住する必要とかないし」
「その……他空間だっけ? そいつはどこにあるんだ? すげぇ、遠い宇宙のどっかか? それとも、過去とか未来とかそっち系か?」
「それはまだわかんないらしいわ。ほら、千年前なんて宇宙の概念とかほとんどないでしょ。タイムトラベルの考えとかも無理だろうし。
現代でもたまに開く小さな多元ホールの処理しかしてないから、研究材料としてはまだまだなんだって。
うちの局には専門のチームもあるんだけどね。まだ、机の上のなんとかってレベルらしいよ」
(机上の空論だ、それは。しかも、微妙に使い方違うだろ?)
頭の中が整理できてきた深は、すかさず次の質問を出す。
「なんで、今まで政府は黙っていたんだ? 公表するとまずいのか?」
まだ完全に信用したわけではないが、自然と質問を続けている自分にはもちろん気づいていない。
「千年前は一般の人も知っていたんだって。
だってそうでしょ? そこらじゅうに変な生き物がいっぱいいたんだよ。そりゃ知ってるでしょ。
朝廷にもほら、陰陽師とかそういった職業の組織もあったし。いろんな伝説も残っているし」
深はうつむく。頭の中で、子供の頃に見た妖怪図鑑を思い描いていた。
「で、平安時代はそーゆー感じだったんだけどね。そのあと、多元ホールの発生がたまにしかなくなるとね。隠したほうがいいってことになってね」
「なんで?」
「だって、ほら。大詔時代が終わるとね? あ、『だいしょうじだい』ってのは、今話した多元ホールがいっぱいできる時代ね。それが、千年に1回ってことだからね」
「うん」
「そーゆー時代はね。人々がずっと夜とか暗闇恐れてたんだって。他次元の住人は、基本夜に行動を起こしてたらしいよ。
でもそんな大変な時代が終わるとね。こう、経済とか……そーゆーの発展したくなるじゃん?
……だけどさ。そのまんまだとさ。大なり小なり悪い影響が出るわけよ。夜の時間も立派な経済活動の時間じゃん? いつまでもみんな夜に家にひきこもるとよくないわけよ。
それで大詔時代が終わったってことと、もう他次元からの侵入者はいないってことをね。政府としても、発表するわけ。そーゆー行動を起こすわけよ」
「なるほど。それで長い時間隠してたから、もう政府としては秘密な話になったってわけか……まぁ、今さら妖怪だなんだってほざく政治家がいたら落選確実だもんな」
深は腕を組む。
「だけど、民間人に隠しきれる状況じゃなくなるってことか。だったらいっそ事実を公表して、それなりの対応策をしていかなきゃならない……そういうことか……?」
納得の表情でつぶやきつつ、深は数秒固まって……
はっとする。
(いやいやいやいやっ! 俺は何を真面目に聞いていたんだ。あぶねぇ。危うくだまされるところだった)
清高を見ると、やたらとうざい感じでニヤニヤしながらこちらを見ていた。
「やっとわかってくれたか。そういうことなんだ。これからがんばろうな!」
「いや、ちょっと待て。騙されねぇってっ!」
「でも、今日の夜の会見見たら信じるしかなくなるわよ。それにね、この話はね! あははっ! 断ることはできないんだよ。残念ね。深クン!」
「な……? どういうことだ?」
「政府からこの依頼された人はね。絶対引き受けなきゃいけないって話だよ! 断るとね、ははっ……」
「断るとどうなるんだ?」
「国家反逆罪……くくっ!
国家の……いや、世界の危機だからね……まぁ、絶対多数の絶対幸福ってやつよ」
どこかで聞いたことがある。高校の倫理か、政治経済の時の話だ。
しかしそんなことはどうでもいい。
深は清高に視線を移し、助けを求めるように言った。
「しゃれになんねぇよ。おじさん」
「清高だ。おれの名前はき・よ・た・か。
どのみち、強制的に入隊なんだけどな。俺らもできることならそんなことしたくないんだよ。本人の意思も重要だしな」
「清高さん。んで、俺はどうなるんだ?」
「まぁ、しばらく……そうだなぁ……1週間ぐらい後に組織に配属だな。その前にもろもろの準備だ。引っ越しとか退学の手続きとか。ご両親にもお話するかぁ? どのみち逃げられんぞ。名前も大学もわかってるしな。住所も調べればすくにばれるしな。はっはっはっ!」
(笑えねぇっす、神様……いったい自分はどうすればいいのでしょうか?……)
深が頭を抱える。数秒固まった後、小さく首を振った。
(いや、まて。冷静になれ。まだ、信用しないといけない理由はない。こいつらの話は何にも証拠がない。
そうだ! 7時からの会見ってやつだっ! ほんとにそんなのがあるのか……? 嘘かもしれねぇ)
この話を信じなくていいという可能性を見つけ出し、最後に深が言葉を振り絞った。
「まぁ、その総理大臣の会見ってやつを見てから信用してやるよ」