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第2話 未知の業



 事の発端は1週間前。

 いや、全ての始まりと考えるならば、それは10日前にさかのぼるべきであろう。

 礼の父親が他界し、その悲しみが礼の心に襲いかかったのが10日前の出来事である。


「少し早いけど……お父さんの後はあなたに任せるわね」


 通夜と葬儀を通常の2倍ぐらいの速度でこなし、ひと段落ついたタイミング。そのタイミングを見計らい、母親が突如そんな言葉を礼に投げかけてきた。


「ん? 何が?」


 その言葉に礼が首をかしげるのも当然の反応であるが、しかし、すでに父親を失った悲しみと同じぐらいの事件が、彼の人生を変えるべく動き出していた。



 まずは父親の葬儀。

 風邦家という家系は大して由緒ある家柄でもないが、お盆や正月、そして冠婚葬祭の類が友人等のそれとはかけ離れていることは、礼自身幼少期の時点ですでに理解していた。

 そしてそれが仏教や神道、ましてやキリスト教やイスラム教のどれにも当てはまらず、と同時にそれらの面影を随所に感じさせるものであることも。


 そんな宗教に絡んだ仕事をしていた父親――


「……俺の仕事? ただのサラリーマンさ。ほら? 給料も月払いだし、ボーナスも夏冬の2回だしな!」


 しかしそれは嘘である。

 いや、給料や雇用の形態についての発言に関してのみ、父親の発言が嘘ではないと断言できる。ところが礼が単純に想像できる住職や神主といった『聖職者』としてはおかしいほどの出張頻度と、そんな出張からの帰宅時に父親の体に必ずといっていいほど残っていた生傷の類や極度の疲労感は、はたから見ても明らかに怪しいものであった。


(つーか、怪しい宗教……? 変な悪の組織……?)


 などと思ってしまうのも仕方のないことであるが、いかんせん生前の父親は多くを語ろうとはせず、風邦家はたまに行われるおかしな宗教イベント以外は全く持って普通の家庭である。それらの事情をまとめると、礼自身、風那家という家が『そういう家庭』であることを認識していたが、学校生活や友人関係に支障の出るような縛りもなく、礼もその事実をただ『認識』するだけであった。


 しかし、父親が仕事中の事故によって他界した10日前を境に、礼の心に数多くの疑問点がわき上がることとなる。

 どう考えても『ただのサラリーマン』とは思えないほどの参列者の数。さらには、それら参列者のそうそうたる顔ぶれ。

 通夜や葬式といったものは通常親族の他に、付き合いがあった近所の住人や町内会の関係者が参列者を構成するものであるが、そういった関係者には「内々で済ませるので」という形で断りつつ、しかしながらどこから湧きだしたのかわからない参列者が2000人越え。顔触れにはテレビで見たことのあるような政界の重役や、経済界の権力者が名を連ねていた。


 とりわけ警察関係者が多かった様な気もしたが、それらの人物たちも父親の死に対してひどく悲しんでくれていたようなので、礼自身、これを悪いこととは思わない。

 もちろん父親の遺影を前に気落ちしていた礼がこの状況に対して深い推察を行うことなど不可能であり、礼は年相応の反応に身をゆだねながら、父親の死を受け入れることにする。


 しかしながら、さらなる衝撃がすぐに礼の身に降りかかることとなった。

 その原因は父親の仕事仲間だったという十数名の大人たち。

 この人物たちが主導して動いた父親の葬儀がなぜか慣れた様子で嵐のように消化されたこともさておき、全ての行事が終わった段階で、礼はそれらの人物たちによって拉致されてしまうこととなる。


 いや、そのうちの何名かは風邦家を訪れたことがあり、寿原と名乗る40代半ばの男性にいたってはクリスマスや誕生日の度に礼にプレゼントをくれた人物であった。さらには、礼の母親もそれら人物たちのうちの数人と顔見知りであり、母親公認の拉致なので法律的には問題ないものであった。


 もちろん礼本人も過度な抵抗などせず、言われるままに車に乗り込んだわけであるが、その行き先は異様な気配漂う山奥の古い建物であった。


 そして――そこで出会ったのが烙示と鎖羽である。


「とりあえずあの方々のお姿を見てから説明するからな。あっ、お菓子食うか?」


 古い柱に少々痛み気味の畳。そして汚れの目立つ白い壁に囲まれた40畳ほどの大部屋の中心に礼は促されるまま座り、ほぼ同時に寿原が親しみのこもった口調で話しかけきた。

 特に、いつものような雰囲気で茶菓子を勧めてきた寿原の雰囲気がこの時の礼にとって非常にありがたく、礼は無意識に緊張を緩めた。


「うん。お腹減った。寿原さん? カロリー高そうなやつある? 出来れば……うーん、そだな。ようかんとか?」

「ははっ! 年寄りくせぇオーダーすんなよ! 中学生だろ?」

「いや。ここ、ケーキとかそういうの無さそうだしさ。それに……父ちゃん死んだのにケーキっておかしくない?」


 そして礼は室内の観察へ。

 何気なく答えた礼の言葉が予想外に寿原の心に突き刺さってしまったらしく、寿原が悲しみを含んだ視線を送ってきた。

 なので少しバツの悪そうな気持ちを覚えつつ、礼は周りをきょろきょろと見渡し始めた。


(すんごい古い……でも、綺麗に掃除されてるっぽい。壁の汚れとかあるけど、こんだけ古けりゃしょうがないか)


 そんな観察を行っている間にも寿原が姿を消し、部屋の中は礼とその他数名の人物だけとなった。しかし、礼をここまで連れてきた他の人物たちとはそれほど親密な仲ではなかったので、そんな彼らとわざわざコミュニケーションを始める必要もない。

 というか部屋の中心に座らされた礼とは対照的に、それらの人物たちは5メートルほど離れた地点で一列に座っていたので、彼らに話しかけるにもお互いの距離が微妙すぎていた。


 なので、とりあえずは周りの観察。

 周りをぐるりと観察し終えた礼は、あらためて部屋の奥にそびえたつ祭壇のようなものに注目する。


(うーん……やっぱり……)


 10メートルほど離れたところに造られたその儀式ゾーンは、印象から察するにやはり日本の寺社仏閣系とはいささか違うものである。とはいえ風那家が属する妖しい宗教団体の雰囲気はしっかりと感じ取ることができた。


(そういうこと……なんだよな……?)


 ここで礼は改めて納得の表情を浮かべる。

 何に納得したのかは上手く表現できないが、全てを『宗教のせい』にしてしまうことで、礼はこの状況を受け入れることに成功した。

 その後、礼が再び周りをきょろきょろと観察し始めると、その時寿原が部屋のふすまを開け礼のもとに近づいてきた。


「意外と冷静だな。ほれ。宮司に聞いたらマジで台所にようかんあったぞ? よかったな」


 そして寿原は手に持ったお盆を礼の前に静かに置く。皿に大胆な感じでどかんと乗せられたようかんの脇には、礼好みのあっさり系炭酸飲料も用意されていた。


「うん。ありがと。でも……冷静っていうか、眠いっていうか……少しぐらい凹む時間も欲しかったけど。

 寿原さんが俺のこと無理矢理連れてくるから……」


 平たく言えば、混乱を通り越した放心状態といったところである。

 礼自身、気が緩んだことで葬儀の疲れが一気に押し寄せており、眠気の類も感じていたので『眠い』という主張は偽りではない。さらにはこのおかしな状況に対し、寿原が関わっているということが礼の不安感を拭い去っているという事実もしっかりと伝えておくことにした。

 寿原に対する礼の信頼を暗に匂わせる言葉の意図に気づき、寿原はかすかな笑みを浮かべた。


「悪かったな。お前だって少しぐらい独りになりたい時間も欲しかっただろうし、事情もゆっくり話せればよかったんだが……」


 そして寿原は言葉を止める。

 どうやら礼に対して本当に申し訳ない気持ちを持っているらしく、言葉の後半の寿原の口調はしんみりとしたものであった。

 その声色に小さな変化を感じ取った礼は、手元のようかんに向けていた視線をふと上げ、寿原の顔を覗く。


 その視線に気づいた寿原が恥ずかしそうに言葉を続けた。


「ん? いいから食え。俺は男だし、お前の母親にはなれねぇからな。女みたいに茶菓子を綺麗に皿に盛り付けることなんて、する気もねぇから。つまようじもいらねぇだろ? 手で食え、手で」

「あはっ! どーゆーこと? それって逆に『父親代わりになら』みたいな意味じゃん? うわぁ! 寿原さん、気持ちわる!」

「うるせぇ! 黙って食え! まったく……昔はもっと素直で可愛いやつだったのに……」


 礼の隣に立っていた寿原は恥ずかしさを隠すように、足元に座る礼の背中に軽い蹴りを繰り出してきた。


「うぉっ! あぶないって! 俺のようかんが!」


 その様子がなかなか面白かったが、そのやり取りを続けると手に持ったようかんを失いそうだったため、礼はようかんをあわてて口に含み、その甘味を堪能することにする。

 口をもぐもぐとさせながら、ここで礼は2人のやり取りを黙って見ていた他の人物たちに視線を向けた。


「ところで寿原さん? あの人たちは……?」




 一方、その声を耳にし、寿原は一瞬だけ真剣な表情を浮かべる。

 直前までの礼の声とは思えないほど低く、重い礼の声。


(くっ。この声……親父に似てきたな。声変わりもそろそろ終わりの時期か……? しかし……)


 小さなことであるが、目の前の少年がかつての友人に似ている気配を醸し出したため、寿原の心に熱い感情が生まれた。

 いや、今新たに生まれたというよりは、風那礼の父親が寿原の目の前で息を引き取ったあの瞬間から、寿原本人が無理矢理心の奥に押し込んでいたもの。

 消してしまおうとしていた感情がにわかに湧きあがってしまったと言った方が近いだろう。


(礼には父親のいる人生をもっと長く歩いて欲しかったのにな……。

 まだまだ学ぶことも楽しむこともたくさんあった……さすがに早すぎだろ。

 それに……そもそもこんな子供……)


 寿原は心の中でいろいろと考え始めてしまったために、礼の質問に即座に答えることができずにいた。


「ん?」


 変な沈黙に気づいた礼が不思議そうな顔で寿原を見つめてきたことで、寿原は我に返ったかのように答えを返す。


「ん? あ、いや。あいつらか? そうだな。もう少し時間もありそうだし、一応紹介しておくか? おいっ! とりあえず甲斐の連中からだな。こっちこい。礼に挨拶しろ」


 礼の視線にうながされる様に、寿原は少し離れたところに座っていた一同に対して声をかける。その声に数名の人物が反応してそれぞれがゆっくりと立ち上り、こちらに近づいてきた。


「うぃーす!」

「あーぁー……やっと話振ってくれたぁ。つーか寿原さん? 明らかに俺らのことシカトしてませんでしたぁ?」

「別にしてねーよ。いいから早くこっち来い」

「いえ、明らかに遅いです。それで……この子が六憐さんのお子さんですよね? ふふっ! 話しかけていいんですよね?」


 そして、礼は小さく警戒する。


(ん? この人たち……もしかして……怖い人?)


 なんとなく立たなきゃいけないような気がしたため、あわてて立ち上がった礼であるが、その行為の途中にも礼は接近してくる人物たちを観察し、ちょっとした不安感を覚える。


 男性2人に、女性1人。

 見た感じは20代のようであるが、ビシッとスーツを着こなしていながらもやたらとおしゃれな髪形をしていたり、指輪やピアスをしていたりと、なかなか年齢の予測を立てにくい集団である。

 というか寿原が声をかけるまで綺麗な正座で一列に並んでいた彼らは見た目によらずしっかりした人たちなんだとか思っていたが、動いている姿から受けた印象は見かけどおりだった。


 特に寿原の声にいち早く反応し、ガラの悪そうな歩き方で接近してきた茶髪の男性。礼儀知らずなのか、彼はこともあろうに10歳以上年上と思われる寿原の肩に軽くパンチを入れ、その後にやついた表情で礼の元に近づいてきた。


「初めまして。小幡和成。よろしくな」


 しかし小幡と名乗る人物は、礼に挨拶を始める瞬間にその雰囲気をがらりと変え、優しい笑顔で礼に話しかけてきた。


「あ……はい。僕は……風那れ……」


 そのギャップにいささか驚いた礼が戸惑いながら挨拶を返すが、ここで2人目の男性が礼の挨拶に割って入る。


「俺は馬場嵩文。お前の名前は知ってるって。俺らはお前の親父さんが作った部隊なんだから。つーか俺、10年ぐらい前にお前に会ってるんだけど……記憶にねぇ? 一緒にお前んちの車庫で暴れてて、六憐さ……お前の父ちゃんに怒られたこと……」


(しゃ……車庫……?)


 馬場と名乗った男性はこの3人の中で見た目が最も若そうであり、がたいのいい体つきが逆に寡黙な印象を与えていたが、それもやっぱり全くの大はずれ。こともあろうに小幡という人物に対して名乗ろうとしていた礼の台詞を遮りつつ、礼の記憶にない出来事を交えてべらべらと話しかけてきた。

 というかこちらに歩いてくる途中にも、馬場は寿原に向かってぺちゃくちゃと話しかけていたので、その時点で寡黙な印象は心のゴミ箱へ放り込んでしまっていたがまぁいい。

 もちろん、後に『風那家車庫の赤ペンキ乱舞事件』と名付けられた忌まわしい出来事に関しても、礼の記憶から綺麗さっぱり消えているので、不吉そうなこの事件についても何も聞かなかったことにしておく。


 唯一馬場と小幡に共通する点は、礼に語りかける口調の優しさ。

 兄弟のような……親子のような……


 父親を亡くしたばかりの礼に対して、過剰な気遣いを見せている様子ではないが、何故か礼の心に落ち着きをもたらすものであった。


(この親近感は……父ちゃんの知り合いだったからかな? でも……)


 理由が分からないながらも心に生まれた安心感によって、礼はにこやかな表情を見せる。

 ところがそんな心境になったのもつかの間の幸せ。ここで3人目の人物が礼に襲いかかってきた。


「山県彩音。よろしくお願いね!」


 対象は寿原に呼ばれた3人の中で唯一の女性。そもそもこの部屋にいる人物の中でも女性は1人だけであるが、しかしながら、その女性もひと癖ありそうな雰囲気をぷんぷんと匂わせていた。


「は、はい」

「へぇ。あなたが六憐さんの……ふふっ」


 山県は口調こそ穏やかなものの、周囲を威圧する不思議な気配を垂れ流しており、その気配だけで小幡と馬場の間を無理矢理こじ開け、礼との距離を即座に詰めてきた。


 そしてここから14歳の礼にとって、非常に恐ろしい時間が始まった。


「どれどれっ! 早速ご挨拶など……」


 声は相変わらず穏やかなまま。

 しかし、ここでなぜか山県がその細い手で礼の顔をぺたぺたと触り始める。


(ん?)


 一瞬状況が理解できずにいた礼は、抵抗することなくその行為を受け入れる。とはいえ、よくよく考えてみるとお互い挨拶をしているだけのこの状況で、自身の顔がぺたぺたとこねくり回されるのはさすがにおかしいと気づいた礼はすぐに抵抗を試みた。


(なんで俺の顔……? いたっ!)


 というか比較的早い段階で、彼女は礼の頬の肉を結構強めに引っ張り始めたので、礼はわりと本気で抵抗し始めた。


「い……痛いっ! 痛いですっ! いやいやいやいや、痛いですってば! ちょっと!?」


 しかし、全力で抵抗するも、礼はなぜか山県の腕を振り払うことが出来ない。


(わ……腕力……なんでこんなに強……?)


「大丈夫よ。もう少し……」


 そう言う山県の気配は、それこそ本物の殺し屋が持つあの感じ。

 穏やかな口調と言い、と見せかけての常識はずれな行動といい、さらには体から放つ異様な気配といい、いい加減恐怖心が芽生え始めた礼であったが、ここで状況を見かねた寿原が動き出した。


「おい、彩音。やめろ。未来輝く若者の表情筋破壊して何が楽しい?」


(えぇ? 俺、顔の筋肉壊されるのっ!?)


 物騒な寿原の言葉に、礼は顔を強張らせる。


「山県、もう戻れ。礼が怯えてる。小幡たちも」


 しかし、山県も譲らない。自己中心的な主張をしながら寿原に反抗し始める。


「はい? いえ。この子、全然怯えてなんか……」

「いや、怯えてるから。他にも一応高田のやつらも紹介しとかなきゃいけねぇし。馬場? 山県連れてけ」

「はい。彩音さん? ほらほら、戻りますよ」

「いえ。でも、まだ時間もありますし。いいほっぺですので」

「いいほっぺって何ですかぁっ? いいから戻りますよ!」

「え? ちょっと待ってくださ……ほっぺがぷにぷにと……いい感じで」


 ここで小幡が馬場の援護に入った。


「いーから戻るぞっ!! んっ? こらっ! マジな抵抗すんなっ! 馬場ぁ! お前、そっち押さえろ!!」

「わ……わかり……ぐふっ! ちょ……小幡さん……やっぱ無理っす……げほっ……そんな……山県さん……マジなパンチは……やめ……かはっ」


 その後、山県が小幡和成と馬場嵩文を交えた乱闘を開始する。挙句の果てはプロレスの大技レベルのやりとりが見れるほど白熱した戦いに発展した。

 およそ2分間、礼が見守るその先でそれぞれは魂をぶつけ合い、その後、畳の上に倒れた馬場に対して山県が四の字固めを仕掛ける。小幡がカウントを取り始めたあたりで、寿原が激しい口調で叫んだ。


「いいからさっさとあっち戻れ! 言うこときかねぇと分家会議開くぞ!」


 礼からすると理由は分からないが、なぜか『分家会議』という単語がこの3人には効果抜群らしい。


「えっ!?」

「いや、それは……」

「ちょ、それはさすがに……」


 寿原の言葉により小幡たち3人は固まり、少しして馬場がはっとしたように山県に話しかけた。


「あ、山県さん……? ここはとりあえず……」

「そ、そうですね……」


 これにて乱闘は一気に終息し、小幡たちは目に見えてバツの悪そうな雰囲気を醸し出しながら、元の場所に戻っていった。


「たくっ、最近のガキは……」


 最後、寿原が面倒そうな雰囲気で小さくつぶやいた。




 一方、その光景を見ていた礼は絶句していた。


(あの女の人……今、すんごい速いパンチ繰り出した……強い……しかも、絶対本気だった)


 一見どうでもいいことのようであるが、たった今このような場所で挨拶を交わした両者は今後も長い付き合いになるだろうとうすうす勘付いていた礼にとっては結構重要なことである。


(いや、忘れよう)


 特に、最後に山県が冷たい視線のまま、かわいらしいしぐさで手を振ってきた姿が脳裏に強く焼き付いてしまったが、礼は頭を軽く左右に振り、寿原の方へ視線を戻す。

 その後、寿原が『高田の連中』と呼ぶ5名の人物を礼のもとに近寄らせ、礼もそれぞれと挨拶を交わす。こっちの集団は比較的まともな雰囲気で会話をすることができたが、それもほんの1~2分程度の時間で終わり、しばらくして全員が元いた場所に戻った。



 部屋がいくらか落ち着きを取り戻し、礼は少し疲れたような表情で座る。

 そのタイミングを見計らったかのように寿原が礼に話しかけてきた。


「ふーう。……とまぁ、こんな感じだ。とりあえず甲斐のやつらの顔と名前、覚えたか?」

「ん? うん、一応」

「そうか。いい子だ。こいつらの……とくに小幡たちはお前と一緒に行動するチームだからな。早く馴染め」


 この時点で頭にいくつかの疑問が浮かんでいた礼であるが、寿原が相手ならそれらの疑問も徐々に教えてくれるだろうと思ったため――というか今の段階で波状攻撃のような質問をしても、寿原にはぐらかされてしまいそうな気がしたため、礼は多くを聞こうとはせずに、唯一気になった質問だけをすることにした。


「ん? 『高田』って呼んでた人たちは?」

「あぁ。あいつらもたまに会うだろうけど……うーん。多くて年に2、3回ぐらい……? だろうな。まぁ、状況によるだろうけど……今はまず甲斐の連中と。なっ?」

「うん」


 そして礼は再び前方に視線を移す。寿原もその隣に腰をおろし、前を見つめる礼に静かな雰囲気で話しかけてきた。


「すまねぇな……父ちゃんが亡くなったばっかりってのに。まともに説明も出来ずにこんなところまで連れてきて」

「ん? ううん。別にいいや。気ぃまぎれるし。まっ、何が何なのかわかんないから、そこだけ少し困るけど……」

「あぁ。そこは非常に反省してる。だけど、もう少し待ってくれ」

「うん。わかった……」



 そして少しの沈黙。



 礼は祭壇を見つめつつ、寿原からの視線を感じる。しかし、おそらくこれ以上は何も聞き出せないと言うことも理解していたので、視線に気づかないふりをして祭壇に集中した。



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