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第2話 アイリスの覚悟




「いいだろう教えてやる。俺のチャンネル名は『オタクよ、永遠なれ』だ。そして、俺の名前は淡野 薫…………ダンジョン・スターをクリアする男だ!」


 俺が自己紹介すると血管が切れんばかりに怒っていたゲサンの顔が一転して嘲笑の顔へと変わり、俺を馬鹿にし始める。


「へっ! これまでの言動からオタクだとは思っていたが、まさかチャンネル名まで染まっていたとはな。だが、そんなチャンネル名は聞いたことがない。お前は大した配信冒険者じゃないな? いい歳したオッサンなのにキモオタでビッグマウスとは恥ずかしいねぇ~、ここらで俺様が現実を分からせてやるよ!」


 ゲサンは戦闘不能になった仲間を壁際まで運ぶと、他2人の仲間と一緒に俺を囲み始めた。


 俺の左右には魔術士タイプと思わしきローブを着て杖を持った男と女が位置取り、正面には剣を構えたゲサンが摺り足で距離を詰めている。


 ここはとりあえず最速で魔術士を1人ずつ片付け、被ダメージを減らすのが得策だろう。俺はゲサンを無視して右側の男魔術士に足先を向ける。しかし、後ろで震えていたアイリスが俺の上着の裾を引っ張って呟く。


「こ、恐いよぉ……オジサン行かないで……」


 俺としたことが頭に血が昇ってアイリスを守りながら戦わなければいけない事を忘れていた。俺はアイリスのステータスを覗きすぎるのもよくないと思って敢えてランクとスターレベルしか確認していないが、十中八九戦力にはならないだろう。


 だから俺はアイリスとピッタリくっ付いたままゲサン達3人を倒さなければいけない訳だ。この3人がさっき倒した槍術士そうじゅつしと同じぐらいの強さならアイリスを守りながら戦うのはかなり厳しいだろう。


 それでも3人は俺と同時にアイリスを狙ってくるだろうし、気合で頑張るしかない。俺が覚悟を決めるとゲサンは魔術士の魔術よりも先に剣で俺に斬りかかってきた。俺はゲサンの斬撃に対し棍棒を振り、なんとか弾くことに成功する。


 しかし、ゲサンの斬撃は一斉攻撃の合図に過ぎなかった。左右から同時に火属性魔術ファイアーボールが放たれる。


「まずい! アイリス!」


 俺は体を180度回転させ、慌ててアイリスを覆うように抱きしめた。結果、2人の魔術士が放ったファイアーボールは俺の両肩に当たり、ごぼごぼと煮えたぎるような音が包み込むが、間一髪アイリスは無傷だった。


「オジサン! 後ろ!」


 アイリスは俺の肩越しに追撃を狙うゲサンを見つけ、注意を促す。アイリスの無事を喜ぶ暇もなく俺は再び体を180度回転させてゲサンの斬撃をガードする。


 戦いは、その後も断続的に放たれる火球とゲサンの斬撃を受け続ける展開となり、俺のHP生命力は最大値の3000から700まで減っていた。


 このままではマズい……言ノ葉飛ばしことのはとで魔術士を攻撃しようにも距離が遠すぎて避けられる可能性が高い。加えてゲサンの相手をしつつアイリスを守らなければいけない以上、ファイアーボールの被弾は避けられない。


 最悪、俺が戦闘不能になってもいい……どうにかアイリスだけでも逃がせないだろうか? 何か……何か策はないのか!


 過去一番に頭を捻っていると、勝ちを確信したゲサンは剣を引っこめて高笑いを始める。


「ハーッハッハッハ! こいつは愉快だな。大見得切って勝利宣言した割には防戦一方じゃないか。まぁそれも仕方ないか、オッサンがいくら強くても3人の同時攻撃を捌き、お荷物を守りながら勝てる訳がないもんな。ほら、今なら土下座で許してやるぜ? ギャハハハハッ!」


 昨今、アニメでもあまり聞かないチープな悪役台詞を吐きながらゲサンは笑っている。だが、奴らの言う通り勝てる見込みがないのは事実だ。せめて1秒でも長く時間を稼いでアイリスが逃げられる確率を上げることにしよう。


 死ぬことで現実の肉体が石化させて装備・レベル・金をロストする覚悟が出来た俺は両手を広げてアイリスを最後まで守り切る意思をゲサン達に示す。ゲサン達は派手な火属性魔術でトドメを刺そうとしているのか、3人全員がゆっくりと時間をかけて一際強い火の魔力を練り始めている。


 刻一刻と迫る終わりに脂汗が吹き出す。するとアイリスがゲサン達に聞こえないぐらい小さな声で俺に尋ねる。


「正直に答えてオジサン。オジサンがもし私を守らずに攻撃だけに専念出来たらゲサン達を倒せる?」


「悪いけどアイリスたんの言う通り、倒せるっスね。でも、俺は文字通り死んでもアイリスたんが逃げられるように時間を稼ぐつもりだ。だから俺が魔術を被弾した瞬間に頑張って走って逃げて欲しいっス」


「ううん、私はもう逃げないよ。ここからは私も戦う。とは言っても私の残り少ない体力では回避で時間を稼ぐのが精一杯だけど」


「回避で時間を稼ぐ?」


「そう、私はスタミナとMPを使う事で体を獣に変化させて人より速く動くことが出来るの。と言っても速さを犠牲に攻撃力が減少しちゃうんだけどね。だから私がゲサンの攻撃を引き付けているうちにオジサンは魔術士2人を倒して私の元へ合流して。それまでは絶対に攻撃を避け続けるから!」


 アイリスは自信を持って宣言すると俺の後ろに隠れて自身の体を少しずつ狼に似た姿に変化させてみせた。アイリスの肉体は正に銀狼ぎんろうという言葉が相応しく、体格こそチーター程度のサイズで小さいが、牙と爪からは現実のライオンに負けないぐらいの鋭さを感じる。


 ダンジョン・スターでは肉体の一部分を変化させる魔術やスキルが一応存在する。だが、全身を変化させる技は聞いたことがない。今は1秒でも速く敵の数を減らさなければならない状況だというのに俺の目は獣化したアイリスのカッコ良さに釘付けになっていた。


 アイリスは狼姿のまま「それじゃあ行くよ!」と声掛けし、ゲサンに向かって走り出す。


 ゲサンは獣化したアイリスの姿を見たことがなかったのか相当動揺している。写真に撮ってやりたいぐらい滑稽な顔だ。だが、今の俺の仕事は撮影ではない、魔術士2人を倒す事だ。俺はまず男の方の魔術士に向かって走り出した。


 男の魔術士は突進してくる俺にビビることなく杖を前に構えると途中まで詠唱していた火の魔力を杖の先端に移動させて炎の斧を作り出した。そのまま赤き斧を勢いよく俺の頭目掛けて振り下ろす。


炎斧えんぶで頭をかち割ってやる! 喰らえ!」


 炎の斧は眩しいほどの光を放ちながら俺の頭へ向かっている……だが、魔術士系の奴が斧を振ったところで魔力はあっても大した速度にはならない。俺は冷静に左側へステップを踏んで躱すと斧は虚しく地面へとめり込み、火のエネルギーはダメージを与えることなく足元で飛散する。


 前傾姿勢で食い込んだ斧を握ったまま隙だらけとなった魔術士は絶望の表情を浮かべているが、もう遅い。俺はこれまで散々ファイアーボールを撃ち込まれた恨みを右足に込め、魔術士の肩めがけて全力でハイキックを放つ。


「うぐぁっ!」


 魔術士は呻き声をあげると勢いよく飛んでいって岩壁に衝突し、肉と岩がぶつかる独特の鈍い衝撃音と共に気を失った。倒れた魔術士の体には衝撃で崩れた岩壁の破片がパラパラと降り注いでいる。


 これでまず1人だ。俺は怒りをぶつける為に全力で蹴りを放ったが、わざとダメージが少なくなるように肩を狙ったから死んではいないはずだ。本当は極悪人であるこいつらに気を遣う必要なんてないのかもしれないが同じダンジョン冒険者のよしみだ、これくらいにしといてやろう。


 俺は男の魔術士の気絶を確認すると続けて視線をアイリスへと向けた。幸いアイリスはゲサンの攻撃を一度も被弾する事なく避け続けているようだ。ただ、動揺していたゲサンも徐々に落ち着きを取り戻し、攻撃が冷静になり始めている。ここは早くもう1人の魔術士をやっつけてアイリスに合流しなければ。


 俺は視線を女魔術士へ向ける。すると女魔術士は害虫でも見つけたかのように「ヒィッ!」と悲鳴をあげて、下り坂の細道へと逃げ出した。仲間を置いて逃げ出すなんてクズのパーティーメンバーに相応しい行動だとは思うが、念の為に追いかけて倒した方がいいのだろうか?


 このまま女魔術士が戦線を離脱してくれるならすぐにゲサンと戦えるが、ゲサンと戦っている途中に不意打ちで遠距離魔術を使ってくる可能性も考えられる。


 となればここは確実に女魔術士を倒しておくべきだろう。女魔術士に向かって走り出した俺は全力で走りだすとものの数秒で追いつき、後ろから肩を掴むことに成功した。すると女魔術士は体を振って俺の手を払い、睨みながら吐き捨てる。


「触るんじゃないわよオッサン! まさかアタシを殴るんじゃないでしょうね? 男のあんたが女のアタシを殴っていいと思ってんの? そんなことしたらアンタは即炎上でしょうね」





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