玲だった“もの”を、土に埋め、簡素な墓標を立てる。
アンデッドが増えてからというもの、死者が蘇るのは珍しいことではなくなった。
僕のように利用され、命の尊厳を奪われる者も多い。
だから今の世では、死者は火葬されるのが一般的だ。
――けれど。
(……火なんか、使いたくなかった)
僕は、この手で玲を焼く気にはなれなかった。
安らかに眠ってほしかった。ただ、それだけだった。
「こんな簡素な墓で……ごめんな……」
森には花ひとつ咲いていなかった。
だから少し離れた場所まで歩いて、小さな白い花を摘んできて、供えた。
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短く手を合わせ、静かに目を閉じる。
「……行くか」
そう呟いた僕の声は、ひどく掠れていた。
けれど、その声を乗せた風は、玲の墓標を優しく撫でていった。
その微かな風が、まるで彼女の最後の微笑みのようだった。
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「セレナ、これはどういうことですか?」
聖堂の執務室にて、ヴィザが静かに、しかし厳しい声を投げかける。
机の上には、かつて彼女に与えられた“光滅の剣”。
だがセレナは、一切の弁明をせず、ただ首を横に振った。
「今の私は……自分の気持ちが分かりません。
少しだけ、ひとりで……世界を巡らせてください」
彼女は、まるでその剣が“重すぎる”かのように、そっとテーブルに置いた。
「返上します。
世界には……まだ、救うべき人がいる。
“救い”の意味を……私はもう一度、自分で確かめたいんです」
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「……そうですか」
ヴィザの声は落ち着いていた。
だがその眼差しの奥に、深い悲しみが宿っていた。
「残念です。
貴女ほどの才を持つ者はいない。
“次代の英雄”――その名にふさわしい者も、他にいない。
……そして、貴女ほど“優しさ”を備えた者も、いない」
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静かに、ヴィザは手を伸ばし、机の上の剣を再び彼女の方へ押し戻した。
「その優しさは、美徳です。
だが、同時に……呪いにもなる。
それが、聖職という立場だ」
少しだけ間を置いて、彼は続けた。
「旅に出なさい。
“何が正しいのか、何が間違っているのか”――
自分で決められるようになるまで」
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セレナは、ほんのわずかに目を細めて微笑んだ。
「……感謝します」
そう言って、剣を再び手に取る。
それは、かつて使命の象徴だったもの。
だが今は、彼女自身の意志で携える“決意の証”だった。
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「……それと、セレナ」
ヴィザの声が一段低くなる。
「――あのアンデッドに伝えてください。
“次はない”と」
彼の瞳は、すべてを見抜いていた。
それでも、命を奪わなかったという事実だけが、セレナへの敬意だったのだろう。
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(……母さん)
森を抜け、僕は街を背にする。
もう二度と戻れない。
戻れば、あの人まで巻き込むことになるから。
(……しばらく、ここを離れるよ。
僕がここにいる限り……きっと危険は絶えない)
空は深く、黒く染まっていた。
今夜は新月――世界のすべてが、闇に飲まれる夜。
けれど、だからこそ。
闇の中に差す微かな光は、誰よりも鮮烈に見える。
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「……なんで、ついてきてんだ?」
僕は、隣で黙って歩く彼女に問いかけた。
セレナは、少しだけ黙ったまま歩き続ける。
その横顔は、どこか幼い頃の彼女のままだった。
やがて、彼女は小さく呟く。
「……正しさを見極めるため」
それから、ふと僕の方を見て、少しだけ口調を和らげた。
「……それに、貴方を放っておいたら、吸収衝動で誰かを殺しかねないでしょう?」
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「……そうかよ」
僕はそう言って、ふっと笑う。
誰かに“心配された”のなんて、何年ぶりだったろう。
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銀と白――
かつて“聖”と“闇”にあったはずの2人が、
今は同じ夜の道を歩いている。
互いの背中に、消えない罪と傷を背負いながら――
それでも、同じ未来を目指すように。
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この先に何が待っているのかは、誰にも分からない。
でもきっと――
この闇の旅路の先で、僕たちは“正しさ”と“救い”の答えを見つける。
そんな気がしていた。
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夜はまだ、始まったばかりだ。