「母さん、またあの話を聞かせて!」
「また?まったく……本当にこのお話が好きなんだねぇ」
「大好き!」
「ふふ……じゃあ、少しだけよ。――むかーし、むかし……」
⸻
かつて――
世界は闇に沈んでいた。
魔物、魔王、そして
夜に蠢く異形たちは人の血肉を貪り、希望を奪い、人間という種の存在そのものを脅かしていた。
そんな時代に、一筋の光が差した。
それは聖なる力をその身に宿し、魔を灰に帰す者たち――
『
彼らは闇を切り裂く希望。
その一閃が放たれれば、魔物たちは叫びと共に塵と消え、夜の支配は一歩後退した。
だが――
魔王だけは違った。
その存在はまさに災厄。
光さえも飲み込む黒き王。
騎士団のあらゆる技は通じず、次々と仲間たちは倒れ、組織は解体寸前まで追い詰められた。
それでも、人類は屈しなかった。
各地から「聖なる力」を持つ者を集め、再び騎士団を再編成し、最後の戦いへと挑んだ。
決戦は、七日七晩に及んだ。
終わることのない地獄の戦場。
無尽蔵に湧き出る魔の軍勢に対し、人間たちは「希望」の名のもとに刃を振るい続けた。
そして――勝負を決したのは、一人の戦士。
その姿は、まるで
銀に輝くオーラを纏い、踏みしめた大地からは聖なる光が溢れ出す。
その存在こそが、人類の『最終兵器』。
魔王を打ち滅ぼし、長きにわたる戦いに終止符を打ったのだった。
しかし――光の物語は、ほんの一時の奇跡に過ぎなかった。
⸻
「『光滅騎士団』かっこいいー!」
「そうね……でも、あんまり興奮すると体に障るでしょう? 今日はこのくらいで、もう寝なさい」
「はーい……おやすみー」
「おやすみ。――いい夢を」
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だが、現実はいつも、物語よりも奇なり。
18世紀――
ある日、太平洋の真ん中に突如として姿を現した、伝説の地――『ムー大陸』。
同時に起きた巨大地震と地磁気異常。
そして、その地に足を踏み入れた調査隊が目にしたのは、想像を絶する悪夢だった。
理を超えた魔物たち。
銃弾を弾き、砲撃を笑い飛ばし、人を喰らう異形。
文明の力が通じない、真の「災厄」。
だが、そこには「聖なる力」の源も眠っていた。
ムーは恐怖と同時に、「抗う力」ももたらしたのだ。
⸻
最もムー大陸に近い地――日本。
アメリカは強引な外交の末に、鎖国を打ち破る。
交換条件は、技術提供と戦力支援。
日本は「人類と魔の戦争」の最前線となった。
だが、戦いの中で、人間たちは新たな脅威に気づく。
数を減らす魔物たちとは対照的に、ただ一種――
「影に潜め」――それが、彼らの新たな戦略だった。
表向きは貴族、名家、政治家、実業家――
だが、その実態は「夜を支配する王たち」。
彼らは、世界の裏側から人間社会を操り、
人の欲望と権力に寄生しながら、不死の支配を続けていた。
⸻
今や、18世紀の災厄よりも――
吸血鬼による被害の方が甚大となった。
けれど、人々は気づかない。
いや、見て見ぬふりをしているのかもしれない。
吸血鬼を――
恐れる者。
畏怖する者。
そして、憧れる者。
⸻
そして、現在。
騎士団に憧れていた、一人の少年が息を引き取った。
⸻
「――『起きよ』」
死の淵から、声が響いた。
それは、魂を無理やり引き戻す、異常な力。
(――苦しい。痛い。)
(息ができない。冷たい……寒い……!)
(手足が動かない。)
それでも、何かに無理やり引き上げられるように、
僕の意識は闇の中から引きずり戻された。
「お前の名前は『エンド』だ。いいか? これはようやく手に入れた優秀な素材だ……無駄にするなよ」
体が、勝手に頷く。
(どこだ、ここは……?)
暗闇の中、立っていたのは一人の老人。
その瞳は、底なしの深淵。
温度のない視線が、まるで物を見るように僕を見ていた。
「ついてこい」
拒否は、できなかった。
まるで操り人形のように、僕の体は動き出す。
――朽ちた洋館を出て、深い森の中へ。
「お前には『進化』してもらう」
「まずは
(魔物を……倒す?)
「どうした? 行け」
足が動く。
心とは裏腹に、僕の身体は森の奥へ進んでいく。
「そしていずれは……
ニヤァ……
笑ったのは、老人。
その口元には、狂気と期待が入り混じった笑みが浮かんでいた。
⸻
だが、僕はまだ知らなかった。
この老人が、いかなる存在かを。
彼は吸血鬼に憧れ、そして、崇拝すら超えた存在だった。
彼は――「新たな夜の王」を創り出そうとしていた。
そしてその王こそが……
他でもない、僕自身だったのだ。