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第1話 エンド


「母さん、またあの話を聞かせて!」


「また?まったく……本当にこのお話が好きなんだねぇ」


「大好き!」


「ふふ……じゃあ、少しだけよ。――むかーし、むかし……」


 ⸻


 かつて――

 世界は闇に沈んでいた。


 魔物、魔王、そして吸血鬼ヴァンパイア

 夜に蠢く異形たちは人の血肉を貪り、希望を奪い、人間という種の存在そのものを脅かしていた。


 そんな時代に、一筋の光が差した。


 それは聖なる力をその身に宿し、魔を灰に帰す者たち――

光滅騎士団こうめつきしだん』の誕生だった。


 彼らは闇を切り裂く希望。

 その一閃が放たれれば、魔物たちは叫びと共に塵と消え、夜の支配は一歩後退した。


 だが――


 魔王だけは違った。


 その存在はまさに災厄。

 光さえも飲み込む黒き王。


 騎士団のあらゆる技は通じず、次々と仲間たちは倒れ、組織は解体寸前まで追い詰められた。


 それでも、人類は屈しなかった。


 各地から「聖なる力」を持つ者を集め、再び騎士団を再編成し、最後の戦いへと挑んだ。


 決戦は、七日七晩に及んだ。

 終わることのない地獄の戦場。

 無尽蔵に湧き出る魔の軍勢に対し、人間たちは「希望」の名のもとに刃を振るい続けた。


 そして――勝負を決したのは、一人の戦士。


 その姿は、まるで神子みこ……いや、神そのものだった。

 銀に輝くオーラを纏い、踏みしめた大地からは聖なる光が溢れ出す。

 その存在こそが、人類の『最終兵器』。


 魔王を打ち滅ぼし、長きにわたる戦いに終止符を打ったのだった。


しかし――光の物語は、ほんの一時の奇跡に過ぎなかった。


 ⸻


「『光滅騎士団』かっこいいー!」


「そうね……でも、あんまり興奮すると体に障るでしょう? 今日はこのくらいで、もう寝なさい」


「はーい……おやすみー」


「おやすみ。――いい夢を」


 ⸻


 だが、現実はいつも、物語よりも奇なり。


 18世紀――

 ある日、太平洋の真ん中に突如として姿を現した、伝説の地――『ムー大陸』。


 同時に起きた巨大地震と地磁気異常。

 そして、その地に足を踏み入れた調査隊が目にしたのは、想像を絶する悪夢だった。


 理を超えた魔物たち。

 銃弾を弾き、砲撃を笑い飛ばし、人を喰らう異形。

 文明の力が通じない、真の「災厄」。


 だが、そこには「聖なる力」の源も眠っていた。


 ムーは恐怖と同時に、「抗う力」ももたらしたのだ。


 ⸻


 最もムー大陸に近い地――日本。


 アメリカは強引な外交の末に、鎖国を打ち破る。

 交換条件は、技術提供と戦力支援。

 日本は「人類と魔の戦争」の最前線となった。


 だが、戦いの中で、人間たちは新たな脅威に気づく。


 数を減らす魔物たちとは対照的に、ただ一種――

 吸血鬼ヴァンパイアだけは、生き延び、姿を変え、社会に溶け込んでいった。


「影に潜め」――それが、彼らの新たな戦略だった。


 表向きは貴族、名家、政治家、実業家――

 だが、その実態は「夜を支配する王たち」。


 彼らは、世界の裏側から人間社会を操り、

 人の欲望と権力に寄生しながら、不死の支配を続けていた。


 ⸻


 今や、18世紀の災厄よりも――

 吸血鬼による被害の方が甚大となった。


 けれど、人々は気づかない。

 いや、見て見ぬふりをしているのかもしれない。


 吸血鬼を――


 恐れる者。

 畏怖する者。

 そして、憧れる者。


 ⸻


 そして、現在。


 騎士団に憧れていた、一人の少年が息を引き取った。


 ⸻


「――『起きよ』」


 死の淵から、声が響いた。

 それは、魂を無理やり引き戻す、異常な力。


 (――苦しい。痛い。)


(息ができない。冷たい……寒い……!)


(手足が動かない。)


それでも、何かに無理やり引き上げられるように、

僕の意識は闇の中から引きずり戻された。



「お前の名前は『エンド』だ。いいか? これはようやく手に入れた優秀な素材だ……無駄にするなよ」


 体が、勝手に頷く。


(どこだ、ここは……?)


 暗闇の中、立っていたのは一人の老人。

 その瞳は、底なしの深淵。

 温度のない視線が、まるで物を見るように僕を見ていた。


「ついてこい」


 拒否は、できなかった。

 まるで操り人形のように、僕の体は動き出す。


 ――朽ちた洋館を出て、深い森の中へ。


「お前には『進化』してもらう」


「まずは屍鬼しきとして、魔物どもを倒し、その存在を吸収するんだ」


(魔物を……倒す?)


「どうした? 行け」


 足が動く。

 心とは裏腹に、僕の身体は森の奥へ進んでいく。


「そしていずれは……吸血鬼ヴァンパイアとなれ」


 ニヤァ……


 笑ったのは、老人。

 その口元には、狂気と期待が入り混じった笑みが浮かんでいた。


 ⸻


 だが、僕はまだ知らなかった。


 この老人が、いかなる存在かを。


 彼は吸血鬼に憧れ、そして、崇拝すら超えた存在だった。

 彼は――「新たな夜の王」を創り出そうとしていた。


 そしてその王こそが……


 他でもない、僕自身だったのだ。

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