「かけがえのないものを見つけること...
それはとても嬉しくて...
とても怖いことでもあるんだ...」
(違う...俺は優しくなんかない...。優しくなんて、あってはならない...!優しさは弱さだ...!俺は弱くない!弱いわけがない!俺は...セイレーンだ!!)
ティエラは一人、葛藤していた。
一方その頃、ヴィレイは執務室で一人、考え込んでいた。
「あれから...もう10年になるのか...」
10年前...7歳のティエラは強く、弱かった。
ティエラはいつも、街の子どもたちにいじめられていた。超越能力を使えば一掃できるのに、だ。
「お前みたいな弱虫じゃ、セイレーンになっても使えねぇんだよ!」
「世界国家の役立たず!何でお前なんかが!」
「痛ッ...!痛いよ!やめてよ!!うわあああん」
「うわッ、またコイツ泣き出したぜ。お前ら、やっちまえよ!」
「あっはは!気持ち悪い見た目しやがって!」
されるがまま、ティエラは蹴られ続けた。立ち向かえば圧勝できるのに。
「おい!!やめろお前らーッ!!」
「うわッ!ヴィレイさんだ!逃げろーッ!!」
「クソッ!覚えてろよーッ!!」
止めに入ったのはヴィレイ。
当時は軍人。特にセイレーンの教官を担当していた。
「ううッ...ヒック...ヴィレイさん...ありがと...」
「...いいか?ティエラ。男ならな、立ち向かっていかなきゃダメなんだぞ?」
「うう...でも...、やり返されたら痛いよ...アイツらだって...」
「優しすぎるよ...ティエラは...。いいか?世の中、優しさだけじゃどうにもならないことだってあるんだ。歴史がそれを語ってる。優しさに訴えたことろで、世界から争いはなくならなかったんだからな...。やさしさに訴え続けた結果、破綻した存在だってあるんだ」
「...うん...そうだよね............わかった」
この日から、ティエラは変わった。
「まッ、待ってよ!ゴ...ゴメンって言ってるじゃないか!許―」
「お...おい、嘘だろ?やッ、やめ―」
「逃―」
「ひッ―」
ティエラを今までいじめていた子どもたちは、”自殺した”...と、されている。
幼かったティエラには、考える力がまだなかった。
当時の彼の脳内はこうだ。
『優しさ=破綻する=弱い、つまり、優しさ=弱さ』
こうして彼の中の優しさは消えた...はずだった。
『...フフッ。やっぱりティエラは優しいね』
(違う)
『やっぱり、ティエラは優しいね』
(...やめろ)
『優しいね』
(やめろ...!)
『優しいね』
「やめろ!!」
気づいた時には朝になっていた。
(寝てしまっていたか...)
スマホを確認すると、数件、着信の跡があった。ヴィレイからだ。
「...もしもし」
「ティエラか。今、来れるか?話がしたい」
執務室にて...
「話...とは?」
「一応、聞く。お前にとって、優しさとは何だ?」
「弱さです」
「...そうか。お前は変わらないな。良くも、悪くも」
「...?」
「結論から言おう。お前は、間違っている」
「...!?しかしッ...!」
「俺もバカだったんだ...。あの頃のお前はまだ子どもだった。子どもに分かるはずがなかったんだ...あんなことは...」
「どういう...意味ですか?」
ティエラは動揺を隠せない。
「よく聞け、ティエラ。優しさは弱さなんかじゃない。優しさというのは...そうだな...大切な誰かに向ける場合、いつしかそれが愛情になることがあるんだ。愛情というのは...つまり『大切な誰かを護りたい』って気持ちのことなんだ。人は、自分の大切な誰かを護るために...、護れるようになるために強くあろうとする。もちろん、だからといって敵に情けという優しさを向けるべきかといえば、そうではない。そこは間違えてはいけない。ま、さすがにもうすぐ17になるんだから、それぐらいは分かるはずだ。......まあ、こういうことはな、大切な誰かができたそのときに分かるモンだ」
「ヴィレイさんには、”そういう人”がいるのですか?」
「ああ、”いた”さ。”彼女”も、俺と同じ『アシュラ一族』の者だった。軍の同期で、俺たちはすぐ仲良くなった。そして、恋仲になって...その矢先のことだった」
「何が...あったのですか?」
「彼女は...戦死した。その日からだな...俺の成長が急激に遅くなったのは。そんで、気づいたんだ。今まで俺も彼女も強くなれていたのは、お互いがお互いを護ろうと必死になっていたからだったんだって...」
「.........」
「話は、それだけだ。長くなっちまったな。スマン」
「いえ...、それでは、失礼しました」
「ああ、がんばれよ」
「...ありがとうございます」
ティエラは執務室から退出した。
外に出てから、ティエラは考え事をしていた。
(どういうことだ...。10年信じてきたことが間違いだったというのか?それでは俺は...どうしたらいいんだ...)
「ティエラーッ!!」
「!...ルナか」
ルナがティエラのもとへと駆け寄ってきた。
その隣には、ティエラと少しだけ似た髪型をしている黒髪に黄色い瞳を持つ少年兵がいる。
「...?隣のソイツは何者だ」
「?...あッ!!この子はね...何と...ティエラのファンなんだって!!」
「何...?」
ティエラは困惑している。
「ホラ、名前!」
「...あッ!!え、えと、ケン・ウェイです!と、歳は、14です!」
「なるほど、少年志願兵か。名前からして...アジア人か?」
「!は、はいッ!ウランバートル出身です!」
「ウランバートルか...。ウランバートルといえば、かつてユーラシア大陸に巨大な帝国を築いたとされる国の元首都だな」
「はい!そッ、そうです!」
「お前にもその血がもしかしたら流れているのかもしれない。励み続ければ、いつか大きな偉業を成し遂げるだろう」
「...!!ありがとうございますッ!!俺、頑張ります!!」
「...あと、もう少しリラックスしろ。さっきから動きが固いぞ」
「分かりました...。でも俺、今スッゲー感動してるんです!憧れの人とこうして直接はなせるなんて...!ルナさんも、こんな貴重な機会を与えてくれて、本ッ当にありがとうございます!!」
「ううん、気にしないで。ということで、ケン君は私たちの部隊に配属になったから、よろしく!」
「...そうか、よろしく」
「はい!よろしくお願いします!!」
ケンは一礼すると、物凄い速さで走っていった。
「そういえばケン君ね、ティエラが大好きすぎるあまり、髪型もティエラに似せちゃったんだって!」
「そうか。どうりで...似ていると思った」
「ティエラ...元気ないね。大丈夫?」
「...なんでもない」
「悩みがあったら私に相談しないとダメなんだからねッ!」
「............ルナ」
「なあに?」
「どうして俺なんかにそこまでしてくれるんだ?」
「えッ!?どうしてって...。...私さ、一番遅かったでしょ?セイレーンに入ってくるの」
「そうだな」
「どうしたらいいか分からなくて独りで泣いてた時、ティエラが助けてくれたの。あのとき...すっごく...うれしかったな...」
「覚えてないな」
「4歳の時だから...無理もないよ。それにね、こういうことは、やってもらった人のほうが覚えてるものなんだよ」
「そうか」
「うん...。あのときのティエラ、とっても優しかった。7歳の時から突然変わっちゃったけど...。でもね、ティエラ。私、信じてるよ。あのときから、ずっと」
「何を」
「ティエラは本当は優しい人だって」
「10年間、ずっとか?バカげてる...」
「もうッ、そんなこと言わないのーッ!」
「...悪かった」
「...え?」
「...どうした?」
「...フフッ。なんでもな~い」
「何だ...教えろ。何をそんなに嬉しそうにしている?」
「内緒!」
「はあ...もういい。勝手にしろ」
「あッ!怒らないでよ~!」
「別に怒ってない」
「怒ってるってば!ちょ、ちょっと、待ってよ~!」
ティエラは、味わったことのない、不思議で、かといって悪くはない感情に動揺しながら、早足で帰っていくのだった。