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第30話 「除幕」

対峙する2勢力。ジリジリと足をにじり寄らせる音が静寂の中、響く。


そして...


「おらあっ!!死ねえっ!!!」


ヤスが静寂を破った。ティエラたちへ飛び掛かり、拳を振り上げる。


「あれは...!?...分散!!」


T・ユカのそんな掛け声とともに、皆はどんどんバラバラに離れていく。


その後、ヤスの拳が激突した地面には、大きなクレーターが形成された。


「なんだ!?あの勢いは!?ユカさん、あれは一体...!?」


「一瞬...アイツの腕が光るのが見えたんだ。嫌な予感はしてたが、まさか、ここまでとは...」


「ちっ、勘のいい奴らだぜ」


「化け物が...!」


一人の兵士がそう吐き捨て、発砲した。


「おっと!」


ヤスはなんと、銃弾を腕で防いだ。平たくなってしまった銃弾がヤスの腕からポロリと落ちる。


「な、なに!?こいつ...まさか特殊能力者!?」


ヤスはニヤリと笑う。

そう、ヤスは特殊能力者だ。ヤスの能力、それは『増幅』。一定の範囲の自身の身体の部分を大幅に強化することができる。単純、そして、強い。


「こいつら...なぜ特殊能力を...!?」


ティエラも驚きを隠せない。


そのときだった。


「ヤス!!二時の方向!!」


「!!」


突然サラがヤスにそう叫ぶと、二時の方向へとヤスは腕でガードした。


次の瞬間、矢が電撃を帯びながら物凄い速度でヤスの腕へ飛んできた。


「ぐっ!?」


ヤスの能力を以てこれを防いだが、矢じりが腕に刺さってしまった。

流血もしている。


「アイツ...余計なことを...!」


T・ユカは呆れながらそう言った。

これは非常にまずい。ただでさえ、オリジンと戦うために消耗をしなければならないのに、また別の敵と因縁をつけてしまった。


「おーし...てめーら...ぶっ殺す!!」


ヤスは完全にキレた。


が、


「ヤス!もういいだろう。今回はこれだけにしておこう」


「ああ!?邪魔すんのかよ連!!」


「ヤス。リーダーが誰か、忘れたか?」


「............分かった。悪かったよ。だからそんな顔すんなって」


こうして、ヤスはあっけなく引き下がってしまった。

その後、『ヤタガラス』はそのまま撤退した。

ティエラやT・ユカ、その仲間たちは目の前の出来事にあっけにとられた。


「なんだったんだ...」


「さあ...」


皆、いっとき呆然としていた。しかし...


「!!」


突然、T・ユカが手を挙げ、それにより、兵士がティエラに一斉に銃口を向けたことで、それも破られた。





「くっそー...いってえ...あんの野郎絶対ぶっ殺してやる...!」


ヤスは傷口を見つめながら苦し紛れにそう言った。


「サラ、誰の仕業か、見えたか?」


「ええ。子どもよ。アラブ系のね」


「ああ!?ガキだと!?」


「るっさいわね!アンタいちいち声大きいのよ!」


オーバーリアクションなヤスの返答にサラはいらだっている。


「悪かったな。んで、それ以外にはなんかわかったか?」


「そうね、『嫌な目』をしていたわ」


「嫌な目え?」


「ええ」


そんな会話をしながら、『ヤタガラス』は霧とともに去っていった。





かつての仲間たちに一斉に銃口を向けられたティエラ。しかし、そこには少しの動揺もない。


「これがかつての仲間にする所業か?ユカ」


「今は違う。お前は勝手に去ったじゃないか」


「薄情なヤツらだ...」


ティエラは鼻で笑う。


「それで...?俺をどうするつもりだ?」


「基地についてきてもらう」


「......好きにしろ」


こうして、ティエラはいつぶりかの基地へと帰還した。

『解放軍』の仲間たちは、ティエラの突然の帰還に驚きを隠せないでいる。


それから少し進んだ先には、少し大きめのテントがある。

その中には、医療器具とともに横たわっているH・タイゾウの姿があった。


「......相変わらず体調は回復してないようだな」


「もう...長くないんだ」


「そうか」


T・ユカは表向きでは平然としていたが、実際のところ、あまりにも感情の起伏のないティエラの返答に絶句し、怒りを覚えつつあった。


「おお......ティエラやないか...」


「ああ、俺だ」


ティエラはH・タイゾウの言葉に淡々と返答するだけ。


「.............さて、本題だ」


「戻らんぞ」


ティエラはT・ユカが何を言わんとしているか、すぐに理解できた。

あまりにも早すぎる拒絶に、T・ユカは一瞬固まってしまった。


「なぜそこまでする?タイゾウのためか?『あの化け物』だって、勝てないとわかっているはずだろう」


「そんなの分かんねえだろ!何度だって戦って!いつか─」


「そうやって、8年が経ったことから目を背けるのか...?」


「ッ...!!」


「ティエラ、もうそれぐらいにしちゃりい。ユカも頑張っちょるんやけ」


「............」


「で?結局、お前は俺を連れ戻した後どうするんだ?」


「戦うさ。オリジンを倒すためにな」


「そうか、まあ頑張れ」


「お前......仲間を見捨てんのかよ!?8年戦ってきた仲間を!!」


「ユカ...一つお前に教えておこう」


「...?」


「俺を殺すのなら今のうちだぞ」


「!?」


少し何か考え込むようなしぐさをした後、何を思ったのか、ティエラは拳銃を自身の頭に突き付けた。


「お、おい─」


パァン!!


次の瞬間、銃は発射されたが、頭からは大きく外れていた。というより、ティエラの手が勝手に銃の位置をずらしたようだった。


「この通り、『あの女』のせいで俺は自分で死ぬことさえも許されない。だが、お前の手でなら、いけるはずだ」


「......そんなのやるわけ─」


「忘れたのか?ユカ。お前の両親を殺したのは─」


「ティエラ!!!!」


「!!!!」


直後、H・タイゾウの必死の制止もむなしく、T・ユカはティエラにつかみかかった。

「............」


「どうした、殺せよ。お前の仇が、今、目の前に、無防備でいるんだぞ。さあ、俺の気が変わる前にさっさと殺せ。その拳を少し振りかざすだけでお前の勝利は決まる」


「ティエラ!!やめんか!!もういい加減に─ガハッゴホッ!!」


「!!タイゾウ!!」


H・タイゾウのせき込む音で、T・ユカは我に返った。


「大丈夫...大丈夫やけん、安心せえ...ユカ...」


「タイゾウ...」


「.........」


ティエラはうつむいた。やはり、どんなに取り繕おうと、仲間を案ずる気持ちは変わらないようだ。


「......ティエラ、アタシは、お前を殺さない。もう、後悔はしたくない。余計な殺しは、憎しみの連鎖を無駄に生むだけだ」


「お前は随分と変わったな、ユカ。いつからそんな利己的なヤツになったんだ?ハンナの授業でも受けて賢くなったつもりなのか?もしそうなら、それは所詮付け焼刃でしかないぞ。やめておくんだな」


「そういうお前は全然変わってないな、ティエラ。いい加減その皮肉癖はやめたらどうだ?それに、今のアタシがこうなったのはほかでもない、アタシ自身の経験からだ」


にらみ合う二人...


「さっきから言っている通り、俺はもう『解放軍』には戻らない。そう心に決めた...はずだったのだが」


「?」


「『ヤタガラス』...俺たちはヤツらと因縁をつけてしまった。『解放軍』はオリジン打倒のための組織だ。だが、今回を機に、それも変わりつつある」


「何が言いたい...」


「これからは、俺一人でむやみやたらに行動できそうにない。あんな人数のヤツらに何度も襲われるのはご勘弁だ。だから、ヤツらとの因縁が終わるまでは、『解放軍』に復帰するのもアリだと考えた」


「あくまで私益のためか...」


「当たり前だ。俺は俺のものだ。わざわざ他人のために自分の自由を縛ることなどはしない。もう、誰の支配も受ける気はない」


「お前は自由という『殻』にとじこもりすぎなんじゃないか?お前のそのあまりにも強すぎる自由への渇望が、むしろお前自身を苦しめているようにしか、アタシには見えない」


「言ってろ。どう考えるかはお前の自由だ」


よりにもよって、あのT・ユカに核心を突かれたような気がしたティエラは、少しバツの悪そうな顔をした。


「......まあ、とりあえず、お前は『解放軍』に戻るんだな?」


「......完全に復帰するつもりはない。俺はあくまでお前らのサポートをする『第三者』だ」


「.........別にいいさ。協力してくれるなら、それでも」


「レオのことならお前の好きにすればいい。アイツにもう用はない」


「...分かった。なら、そうさせてもらうよ」


T・ユカは、半ばあきれ気味にティエラの提案を承諾した。

こうして、形はどうあれ、数カ月ぶりにティエラは『解放軍』に復帰したのだった。





稲荷大社にて...


「!!」


宮の前で座って待っていた気狐が立ち上がる。

連らが帰還したのだ。


「気狐、ヤスの治療を頼む」


「うむ」


気狐はヤスに駆け寄ると、傷口に手をかざし、傷を治した。

気狐の手から発せられる光によって、ヤスの傷はみるみる引いていく。


「さて...どうするよ、連。俺たち、『解放軍』にケンカ売っちまったぜ」


タカは連にそう話しかけた。


「わかっている。これからはヤツらと戦りあうことになるだろう。小競り合いから全面戦争まで、な」


「今思えばとんでもねえやつらに宣戦布告しちまったんじゃねえの?数々の『民族政府』お抱えの組織だぜ?」


ジュンは冷や汗を浮かべながらそう言った。


そう、『解放軍』は200を超える民族政府のうちの過半数から支援を受けている。


さて、ここで今の世界観について触れておこう。


オリジン復活後、世界は再び破滅の恐怖に追いやられることとなった。

そのような中、世界のほとんどを統治できるはずもなく、世界国家は崩壊。

世界中に存在する各民族は、『民族政府』という統治機関をそれぞれ創設し、独自の統治を行うようになった。

そして、オリジン打倒を掲げる『解放軍』を“希望”とみなすいくつもの民族政府は、彼らに支援を行っているのだ。

しかし、8年もの間、『解放軍』のやれてきたことと言えば、オリジンを短時間足止めし、進路をずらすことだけ。これだけでも十分な成果ではあるかもしれないが、倒せないのでは意味がない。それに、『解放軍』のリーダー的位置であったティエラの離脱や一部の兵士の戦線離脱もあって、士気の低下が著しくなってきている。

そのため、民族政府からの『解放軍』への支援の打ち切りも時間の問題である。


「で、どうするの?連。私たちはあくまでアンタの指示に従うけど」


「今、あの組織は弱体化しつつある。それに、オレたちの導く先に、ヤツらとの戦いは必ずあるだろう。.....だとすると、今が好機だ。“準備”を経て、敵を討つ」


連の言葉に皆がうなずいた。


「で?どうすんだ?“準備”って」


「まずは上海に降りる。そして、“同志”を募る。それまでは、全面戦争とはいかんな。だが、少しは叩くのもいい」


ヤスの質問に、連はそう答えた。


こうして『解放軍』と『ヤタガラス』、2つの勢力の戦いの火ぶたが、ついに切って落とされたのだった。

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