『ヤタガラス』は休むことなく走り続ける。
全ては、自らの命を捧げ、道を紡いでくれた仲間たちのために。
「ハアッ...ハアッ...もう...足音が近づいてきてる...ッ!」
サラは背後から感じるいくつもの足音に恐怖を感じていた。
「おい!アレ!!」
ジュンが指さした先には光が差し込んでいた。
それは、天井から出ているものだった。
「あそこの天井...すぐに壊れそうですね」
レイはそう言うと、鉄パイプを持ち、天井をつついた。
すると、天井はパラパラと崩れ、だんだんと空があらわになっていった。
「オレから行こう」
そう言うと、連は並外れた跳躍力で天井の穴から抜け出した。
その後、皆は仲間たちを引き上げ、地上へ出た。
「急ぐぞ」
連のその一言で、皆は再び走り始めた。
数分後、ティエラは穴の空いた天井を見つけた。
(ここから出たか...)
「迷いはない」
イドはそう言うと、穴から一足先に出ていった。
皆もそれに続く。
彼らの距離は、確実に縮まりつつあった。
一方その頃、『ヤタガラス』は港まで来ていた。
「もうこっちに来てるわ」
千里眼でサラは『解放軍』の動向を報告する。
「クソッ...どうすりゃいいんだ...!」
ジュンは焦りを隠せない。
と、そのときだった。
壁の角から何者かが『ヤタガラス』に手招きをしている。
皆はそれに続いた。
ついていった先には、数人の男がいた。
「オマエたち...何者だ?」
「俺たちはイギリス人。アンタらを助けに来た」
「イギリス人だって?」
数人はうなずき、こう続ける。
「アンタらの活躍は聞いてるぜ。俺たちはアンタらのようなのを求めていたんだ!何かを変えてくれるような...そんなヤツらをさ!」
「............」
「それで?どう助けてくれるわけ?悪いけど、もう時間がないの」
サラは焦りを少し見せながら、イギリス人の者にそう聞いた。
「この先の船着き場に、俺たちのボートがある。それで逃げるんだ」
「逃げるって...どこにだよ?」
ジュンが不安げにそう聞くと、もう一人のイギリス人がにやりと笑ってこう返した。
「イギリス(うち)さ」
重機の音が近づいてきている。
「さあ、時間がない。皆、俺たちについてきてくれ!」
そう言うと、イギリス人たちは船着き場へと走り始めた。
皆もそれに続こうとする。
が、そのときだった。
「...!?おい、どうした?早くいくぞ」
突然レイが立ち止まったのだ。
連は動揺をあまり隠せていない。
「...このままでは、きっと追いつかれると思います」
「...だから皆走って─」
「それでも、間に合わないんです。だから...」
「...ダメだよ。そんなの...」
「連。貴方は私たちを“真の平和”に導いてくれる希望のひと...そして、私たちはその手であり、足である...そうでしょう?」
「嫌だ」
“ヤツら”の足音が、かすかだが近づいてきている。
「さあ、行ってください」
「...もう、勘弁してよ...もう嫌なんだよ!!」
「連」
「.........」
「早く!!!!!!」
「!!」
レイのその怒声を聞き、それがレイのものであると認識するころには、連はもう既に走っていた。
彼女があんなに怒鳴ったのは、初めてだった。
「連!!」
サラが走ってくる連を呼ぶ。
「さあ、早く!!」
一人のイギリス人に手をつかまれ、ボートに引き入れられる。
ボートは港を出た。
小さくなっていく港の景色を、連は死んだ魚のような目で、ただ見つめ続けるのだった。
『解放軍』は港に入った。
「さあ、顔を出せ...!そこにいるのは分かっているんだッ!!」
イドはそう怒鳴り散らす。
すると...
「そんなに怒鳴らなくても...ここにいますよ」
そんな声が角から聴こえた。
「.........貴様は」
「...上海以来ですね」
イドはレイをにらみつける。
「...可哀想な人」
レイはそんなイドの目を数秒見つめると、そう言った。
「そう見えるか。だが、それが“誰のせい”かまでは見えていないようだな」
イドの声は怒りで震えている。
「貴様らはあの男を...連を希望といったな?」
「ええ。そうです。そこに間違いは一つたりともありません」
「ふざけるな!!じゃあなぜ俺の家族を皆殺しにした!?」
「そこに...道理があったからなのでは?」
「道理だと...!?」
イドは弓矢に手をかける。
「暴力...ですか。暴力はいいものですよね...言葉よりもずっと」
「なに...?」
「だってそうでしょう?貴方は一瞬でも言葉で何とかしようとしていた...でも、それが面倒だから、一番手っ取り早い方法を選んだ......合理的です」
「俺を悪に仕立て上げるつもりか...!」
「貴方自身、自分が悪だと思うのならそうなのでしょう。私はどちらとも言う気はございませんので」
淡々と答えるレイのイドを見つめる目からは、どこか慈悲を感じられた。
イドは超電磁弓(レイル・ボウ)を放つ。
しかし...
「外した...?イドが...」
レオは動揺している。
イド自身も、それは同じだった。
「...やめろ、俺をそんな目で見るな...!」
「貴方は、同じです。かつての“私たち”と」
「ふざけるな!!」
イドは怒声に身を任せて弓を張る。
しかし、その手は震えていた。
「お前らは...なんなんだ!?あんなに残酷非道な行いをしておいて...なぜ“希望”なんて言葉を発せられるんだ!?なぜお前らはそこまで仲間思いなんだ!?なぜその思いを俺たちにも向けられなかったんだ!?」
「それが...道理だったからです」
「...そうか」
次の瞬間、イドの目は座っていた。
そこにあるのはきっと失望だろう。
「もういい。やはりお前らは死ね」
イドは迷うことなく狙いを定める。
「...ありがとう。ごめんなさい」
そう言い残すと、レイは天を見つめる。
イドが矢を放つ。
『いざとなったら“アレ”を使います』
『頼むから...やめてくれ』
レイは上海でした連との、そんな会話を思い出した。
どんな武人を降霊させたとて、この数に勝る可能性は限りなく低いだろう。
ただし、それは“並の人間”を降霊させればの話である。
しかし、“人ならざる者”を降霊させれば、何が起こるか分からない。
だが、今の彼女にそんな迷いを持たせる時間は用意されていなかった。
『誰もが知らぬ英雄』 『オリジン封印の立役者』 『21世紀を生きた“救世主”』
「サマン......『ヒカル・アシュラ』!!」
次の瞬間、そこら中が凄まじい衝撃と桜色の閃光に襲われた。
矢は衝撃波によってどこかへと舞ってしまった。
「なんだ...!?この衝撃波は...ッ!」
「一体何が...!?」
皆動揺を隠せない。
それはティエラも同じ。
(この衝撃波...この桜色の光......まさか......!)
いや、ティエラが彼らの中で最も動揺していたかもしれない。
彼は知っている。
この現象の正体を。
そしてその脅威を。
衝撃波と閃光が止む。
『解放軍』の前には頭を下げたまま棒立ちになっているレイの姿がある。
皆、固唾を飲みながら身構えている。
数秒後、一瞬だけ、彼女の髪が逆立った。
そして、身体の一部をピクリと動かすと、そのままゆっくりと顔を上げ始める。
その後、ついにあらわとなった彼女の“瞳”は、血のように真っ赤な眼光を発していたのだった。
数十秒間、彼女?は『解放軍』を見つめると、突然彼らに指をさし、「おい」と呼びかけ、こう言った。
「この身体は、お前らを“敵”だと言っている。説明しろ」