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第53話 「愚者」

「......」


イドはサラの話を聴いていた。


ただ、黙って聴き続けた。


そして、ついにサラの話は終わった。


イドは何か答えを出そうとするが、それら全てが出てきては消えを繰り返す。


「......」


「これで全部よ」


「......」


「無理もないわ。でも、そうね。今のアンタの気持ち、よく分かる」


「!!」


「アンタのことを連から聞いた時、私は取り返しのつかないことをしたんだって改めて思った。確かに、仲間を殺したアンタのことは許せなかったけど、でも、それ以上に......」


「......俺もなんだ。家族も仲間も皆殺しにした貴方たちを、俺は許せなかった。でも...今は許す許さないとか、考える気にもならない。なんだろう.........なるべくしてこうなってしまったのだろうか......」


「やり場のない思い......それをどこに預ければいいのか、私たちには到底分からない。それは、私たちだけじゃなく、全ての人が抱えて、苦しんでいる」


「......」


「だから、アイツは、連は、それを全部引き受けようとしてる」


「......!?この世界中の、やり場のない憎しみも怒りも、全部...!?」


サラはうなずいた。


「そんなの、人が耐えきれるはずがない...!もし俺にその使命を押し付けられることが在ろうものなら、死を選ぶ...!」


「同感ね。そう、連は人よ。だからこそ、耐えきれなかった」


「連は...今何を...?」


「アイツは、どこかへ逃げたがっている。でも、逃げたところで、アイツの心が完全に癒えるわけないって、みんな分かってる......でも、どうしようもないの。連は私たちのこのやり場のない思いが消えないことを分かってるから。ある程度回復したら、きっとアイツはまた背負おうとする。逃げても、皆のためにまた戻ろうとするに決まってる.........!だって、連は............優しすぎるもの...」


サラの目には涙がにじんでいる。


「.........」


「ダメね、私。アイツに全部背負わせてるの分かってるのに、何もしてやれないなんて...。これじゃ、今までと何も変わらないじゃない...」


サラは目元をぬぐいながら震える声でそう言った。


「連は...本当に、ただどこかへ逃げたがっているのだろうか...」


「............」


サラは答えなかった。いや、答えられなかった。答えたくなかった。


ただ彼女は、目を背けた。


「.........アイツは、希望なの」


「......その言葉、初め聞いた時は、『ふざけるな』と思った。でも、今なら分かる気がする」


「...そういえば、まだアンタの名前、聞いたことなかったわね」


「イドだ」


「......イド、今のアンタなら、連をどうしたいの?」


「......」


「分かってる...『どの口が』ってことぐらいは、ね...」


「今なら...そうだな............救い出してあげたい」


「!!」


「だって、もう十分じゃないか......!もう十分苦しんだだろう...?これ以上、何を苦しめっていうんだ...!」


サラの目から涙があふれた。


今、目の前にいる少年......自分たちによって家族を殺された少年が、ここまで連のことを真剣に考えてくれている。


嬉しさと、罪悪感と、無力感とが、彼女の中をぐちゃぐちゃに駆け巡った。


「アンタは...私たちが嘘をついてるとは思わないワケ...?」


「嘘なら、そんな顔しない」


「!!......そんなにひどい顔してる?」


「ひどいなんて...とんでもない。誰かのためを思っての結果なのだから、そんなこと、口が裂けても言えない」


「アンタも、大概優しすぎるわよね...」


「テロリストの子なのが信じられないぐらいに?」


「......ごめんなさい」


「いや、いいんだ......本当のことなんだから...」


イドは口をギュッと結びながら顔を下げた。


そして...


「サラ...さん」


「サラでいい。今更、気持ち悪いわ」


サラは苦笑いをする。


「サラ...俺も連のこと、『解放軍』でどうにかしてみる。俺はまだ子どもだからどうにもできないかもしれない。だけど...できる限り頑張るから...だから...サラも...!」


「うん......ありがとう」


サラは微笑み、どこかへと向かって行ってしまった。


イドはそんな彼女をただ見つめることしかできなかった。


しかし、そんな彼の目は、いつしか、すっかり澄み切っていたのだった。





ロンドンに帰還したサラ。


連らがサラに駆け寄ってきた。


「お疲れ様。サラ」


連はサラにねぎらいの言葉をかける。


「連...」


「......サラ?」


サラの顔は、苦渋で満ちていた。


連は、察した。


「そうか...」


「!!連!違うの...!だから─」


「もういい。充分だ」


そういうと、連は空を見上げる。


彼は再び連ではなくなった。


そこにいるのは、『ヤタガラス』の連だった。


「連......!」


「こうしている暇はない。戦争は終わっていないんだ」


「でも...!」


「オマエはもう十分頑張ってくれた。あとはオレに任せろ」


「任せろって......!力の差が大きすぎる!一体どうやって─」


「オレにはとっておきの“秘策“がある」


「“秘策“...!?」


「オレの能力を以ってすれば、オリジンをも凌ぐ力をこの手に収めることなど、造作もない」


「おい待て。お前まさか...!」


ヒカルは連の“秘策”の内容をすぐに察し、そう反応した。


「お前、分かってんのか......?オリジンに対するってことが何を意味するのか...」


「......」


「死だ」


「......オマエはオリジンに届くほどの力を持っていると聞いている」


「あ?俺も協力しろってのか?」


連はうなずいた。


「......はあ。分かったよ。ま、アイツと戦うのは俺の目的でもあるんだしな」


「......乗ってくれると受け取っていいんだな?」


「...ああ。いいぜ。ただし、条件がある」


「...聞こう」


「寄り道してぇところがいくつかある。そこに連れてってくれ」


「ああ、お安い御用だ」


こうして、これからの方針が決まった。


もう、逃げることは許されない。


敵を迎え撃つ以外に、連に道は残されてはいなかった。





夜、拠点の屋上にて、そこには連とサラの2人がガレキに腰掛けていた。


「向こうでね......“例の子“に会った。ほら、あの集落の生き残り」


「...ああ。アイツか。アイツがどうした」


「...少し、話したの。それで...」


「......」


「あの子から、“嫌な目”が消えていた」


「!」


「きっと、“脱せた”んだと思う」


「...そうか」


連は地面と向き合う。


「あの子、言ってた。アンタを、『救い出したい』って」


「......」


「でも、それは何もあの子だけじゃない。わたしたちだって同じ。連、アンタはもう十分頑張った。もうこれ以上頑張らなくていいの...!」


「......」


「だって...!これ以上頑張ったらそれこそ...!」


「......」


「連...アンタが壊れちゃう...!」


「......オレは、『ヤタガラス』のリーダー、連だ。この世界を“真の平和”へ導く存在だ。これしきのことで参るなど、話にならない」


「連!」


「だから、オレは止まらない。この命がある限り、進み続ける」


「......」


連はドアを開け、下に下ろうとしていた。


と、そのときだった。


「サラ」


「......連?」


「ありがとう」


そう言うと、連は階段を下りて行った。


サラはそんな連を見送ることしかできなかった。





翌日...


「ヒカル。寄り道がしたいと言っていたな」


「ああ。まず、会っておきたいヤツがこの国にいる」


そういうと、ヒカルはある場所に歩みを進め始めた。


「駅の...ホーム?」


「ああ。まあ待ってろ。そろそろ来る頃だ」


ヒカルの言う通り、数分待っていると、ある少女が新聞の置いている所から新聞を一つ取り出し、読み始めた。


小柄な白髪の少女。瞳は、灰色。


「おい」


と、突然ヒカルがその女性に話しかけた。


女性も少し驚いた様子で振り返る。


「久しぶりだな、アグネス。相変わらずそうでなによりだぜ」


「!!君は...」


アグネス、と呼ばれた少女はヒカルの正体に気づくと少し笑みを浮かべた。


「何者なんだ...?」


連がヒカルに聞く。


「魔女さ。1500年前から存在する、な」


「君は...彼の友人かい?」


アグネスがヒカルを指さしてそう聞いてきたので、連はうなずいた。


「なるほど。私はアグネス・ライト。彼の言う通り、魔女だ。よろしく」


そう言うと、アグネスは手を差し伸べてきた。


連も差し伸べ返す。


その後、2人は握手をした。


「ここで話すのも気が引ける。あるべき場所に、移動しよう」


そう言って、アグネスが指を鳴らすと、2人はいつの間にか中世的な家の中にいた。


それに、アグネスも中折れ帽などの魔女特有の服装になっている。


「ここは...?」


「私の家兼研究所、だよ。ま、ゆっくりしていきたまえ」


連は家の中を見渡した。


そこら中に不思議な雰囲気を放つ薬品や器具などが散乱している。


「お前、本っ当に相変わらずだな。部屋は汚ねぇし、あそこの駅で新聞読んでるし。200年前となーんも変わっちゃいねえや」


こいつはいっつも同じ駅で新聞を読んでいるんだ、とヒカルは連に耳打ちする。


「変わらない良さという物もあるのだよ。それに、前も言ったけど、あのスマホとかいうものは、私の圧倒的頭脳を以ってしても扱えない。あれは人智を超越した代物と言ってもいいだろう」


「ばーちゃんだから扱えねぇって、そう言えよな。てか、200年たってもまだ使い方覚えらんねぇのかよ。人智の極致のくせに」


「うるさいなあ。君は相変わらず辛辣だねぇ......」


ヤレヤレ、という風にアグネスは両手の平を上に向ける。


「それで?何でわざわざ私に会いに来たのかな?何か目的があって会いに来たのだろう?」


「ん?ああ。まあそうだな。普通に会っておきたかったってのもあるが」


「嫌だなあ。魔女を口説くなんて、君もなかなか物好きだねえ。うーん、どうしようかなあ」


「は?死ねよ。さっきの取り消すわ」


2人はまるで友人のように会話を楽しんでいる。


連にはそれが人外と人外の対話のようにしか見えなかった。


「あーそうそう。目的はな。この身体についてだ」


「ほう?私の予想からするに、降霊術の類だろう?」


「ああ。そんで、俺ァこれから、オリジンとやり合う。そこで、この身体の強度について、あらかじめ知っておきたい」


「オリジンと戦うだって?せっかく200年ぶりに現世に戻ってこれたのに、また戦うのかい?どうやら君は“彼女”の熱烈なファンらしいね」


「ンなわけねぇだろ。本気でぶん殴っぞ」


「冗談だよ。それに、君が本気で私を殴ったら、たとえ魔女の私でもひとたまりもない。悶絶してしまうよ」


「おい、待ってくれ。“彼女”だって?」


突然連が会話に入り込んできた。


「え?なんだ、知らなかったのか」


「どういうことだ...」


「オリジンの正体は、ただの病弱な少女なのだよ」


アグネスは少し目線を落としながらそう言った。


「あの子は“抑止力”として、兵器となるための“被験者”に選ばれ、結果暴走して世界中に『災厄』をもたらした。それがオリジンの正体だ。その後の顛末は、お前の知ってる通りさ」


ヒカルも、眉間にしわを寄せながらそう言った。


「...そうだったのか」


連は驚きを隠せないでいる。


こんなところにも、“自由の代償”があるとは、と連は思った。


200年前、世界には200ほどの国が存在していたという。


それぞれの国が自由に統治をおこなっていた結果、世界中でにらみ合いが起こり、その結果、オリジンが生まれた。


そこまでは知っていたが、まさか、そのオリジンでさえ、被害者だったとは思いもしなかったのだ。


「それでは、君の身体の強度を測らせてもらうよ」


「おう」


ヒカルは、アグネスに渡された飲み薬を飲む。


すると、ヒカルの身体が数秒発光した。


そして...


「...なるほど」


「どうだ?」


「うむ。トランスまではどうにかなるようだね」


「ああ。前試したけど、そうみたいだった」


「ただ、エクスタシスには耐えきれないみたいだ」


「やっぱりそうか...。もし、使用したとして、どれぐらいもつ?」


「15分ほどだね」


「...オッケー。サンキューな」


「礼には及ばないよ。全く...それでもなおアレと戦うとは、筋金入りの愚者と見える」


「愚者でケッコーだ。俺たちはやるぜ」


「健闘を祈る」


「ああ」


こうして、一つ目の寄り道が終わった。


気が付くと、2人はさっきまでいた駅のホームに立っていた。





「次はどこに行きたい」


連が聞く。


「次は、岩手だ」


「岩手...?日本か」



「ああ。寄っておきたいところがあるんでな。この用が済んだら、そんままオリジンの居るところに移動してもらっても構わねぇぜ」


「分かった」


こうして、2人は日本へと発つのだった。





岩手県の荒野の中にはあるバーがぽつんとある。


店名は『ASURA』。


かつて、あのティエラもこのバーには訪問したことがある。


そこのマスターは黒髪赤目が特徴。


そう、この店主、実はアシュラ一族である。


今日も今日とて、このバーは店を開けていた。


と、そのときだった。


カランカランという音とともに、何者かが入ってくる。


その正体は黒パーカーに黒ジャージの服装である黒髪赤目が特徴の少女。


ヒカルだ。


「いらっしゃい」


マスターは優しい声でヒカルを迎える。


「おう、一杯くれ。アンタのおすすめで」


「あ、ああ」


マスターは、少女が思いのほか漢っぽい口調で注文してきたので、びっくりした。


このことがあまりにも印象的だったこともあって、相手が未成年である可能性を考えることを忘れ、マスターは自身のおすすめの酒を入れて出した。


「どうぞ」


「どうも」


ヒカルは数分、酒を見つめた。


それはまるで、大切な子を見るような目だった。


ヒカルは一口、酒を口に含み、飲み込んだ。


すると、


「......ふふっ」


「?何か面白いことでもあったかい?」


「いや、なんでも」


「...?」


「やっぱ、変わってねぇな...俺んときもそうだった」


「......」


「味はいたって普通。良くも悪くもねぇ」


「......」


マスターは懸念を込めた目で少女を見る。


「でもな...」


「...!」


「俺はこの味が、この上なく好きなんだ...!」


ヒカルは、笑っていた。


とても、幸せそうな笑顔だった。


「なあ」


「?」


「ありがとな」


マスターは、目の前の少女があまりにも幸せそうな顔をするので、少し戸惑いながら相手のお礼に笑顔で応えた。


そして...


「はい、お代」


「え、あ、ああ。どうも」


ヒカルはお代を置くと、出口の前まで来て立ち止まる。


「頑張れよ。あとは頼んだぜ」


ヒカルはそれだけ言い残すと、バーを後にした。


マスターは余韻に浸りながら、歴代マスター...彼の先祖の写真を流れるように見ていた。


そして、その中で、あるものを見つけた。


それは、初代マスターの写真だった。


写真に写る彼は、自身の入れたものであろう酒を見つめている。


その目は、大切な子を愛しむような目であった。


その目は、まるで...


「!!」


この時、マスターは“気づいた”。


気づいた時には、バーを飛び出していた。


息を荒げながら外に出ると、そこにはヘリコプターに向かう少女、いや、“ご先祖様”の姿があった。


ヒカルも彼の存在に気づいた。


マスターは彼を見つめる。

その目は、何かを強く訴えかけるようなものだった。


それに対し、ヒカルは笑顔と敬礼で応え、ヘリコプターに搭乗した。


その後、飛び立つヘリコプターに、マスターも敬礼を返すのだった。





「これで用は済んだのか?」


連はヒカルに話しかける。


「ああ。もう充分だぜ」


「それでは、向かうぞ」


「おうよ。行ってくれ」


こうして、ヘリコプターは、『戦地』へと向かって行った。


2人は、これから始まる死闘に向け、覚悟を決めるのだった。

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