翌日...イドとレオは、それぞれ陰陽道の特殊能力への応用の鍛錬を行っていた。
イドは、まず弓矢に電磁力を宿らせる。
そして、それに陰の力を伝わせようとするが...
パァーン!!
「うわっ!?」
なんと、矢が爆散してしまった。
レオもその爆音に対し、身体をびくつかせた。
「お、おい...やっぱ無理なんじゃ...」
イドの様子を見たレオは気狐にそう言った。
しかし、
「いや、不可能ではない。どこか糸口があるはずじゃ」
「あるはずじゃ...って、アンタにもわかんねぇのかよ!?」
「仕方なかろう。儂は特殊能力なるものを持ち合わせてはおらぬからな。...しかし、そうじゃな...儂が氷結の天候を操れるのは、お主らの言う特殊能力に近しい物ではないかえ?」
「確かに...言われてみれば...」
レオは気狐が赤い氷を戦闘時に使用していたのを思い出した。
「なあ、あの赤い氷ってさ、もしかして陰の力を使ってるのか?」
レオの質問に、気狐はうなずいた。
「その通りじゃ。あれこそ陰の力と能力の併用の典型。つまり、それはお主らにも可能であるということを指しているはずじゃ」
レオは気狐の話を聞き、少し可能性を見出すと、自身も氷を作り、そこに陽の力を宿らせようとする。
しかし、
パァーンッ!!
...こちらも爆散してしまった。
「ダッ、ダメじゃねーか!!全然できねぇぞ!!」
レオはそう喚く。
イドもこればかりは無理だ考えたのか、途中で手を止め、訴えるような目で気狐を見た。
気狐は腕を組んで、「うーん...」という声を漏らしている。
そして...
「儂には逆に、『なぜできないのか』が分からぬ...。もとより儂にはできて当たり前の物じゃ...」
そんな気狐の話を聞いた2人はうなだれてしまった。
陰陽道の力を解放するところまでは順調であったが、今回ばかりはできそうにない。
大きな大きな壁が、2人の前に立ちはだかった。
2人が渋い表情をしていたそのとき...
突然気狐は手をパンと叩いた。
「ひとまず休憩じゃ。あまりヤケになるのも良くないからの。ここは心の立て直しじゃ」
2人は気狐の言葉に応じ、その場に腰掛けた。
「それでは、儂は少し森の様子を見に行ってくる」
そう言うと、気狐は森へと歩みを進め始めた。
イドとレオは庭で2人、取り残された。
2人の間に沈黙が流れる。
と、そのときだった。
「なあ」
最初に沈黙を破ったのは、レオだった。
「イドはさ...なんのために戦ってるんだ?」
イドは何を今更といった表情で答え始める。
「俺は誰かのために、自分にできることをしたい。そして今の俺にできることは、オリジンに相対し、戦うことだ」
レオは黙り込む。
「お前だって、自分のようなヤツがこれ以上生まれないように、オリジンを倒したいんだろ?」
「...分からないんだ」
「...え?」
思いがけぬレオの返答に、イドは驚きを隠せなかった。
「確かに...俺はもう誰も自分のような目に合って欲しくないから今まで戦っていた...はずだった。はずだったんだ...。でも、『壁』に当たる度にそれが本当か分からなくなった」
「......」
「今となっちゃ、ただのカッコつけのつもりでそう言ったのかもしれない。でも、嘘であるつもりもない...そう信じたい。ただ、心の底から、何のために戦っているのか...もやがかかって分からなくなってるんだよ...」
イドはこれまでの自分のことを思い出していた。
彼はかつて仇である『ヤタガラス』を皆殺しにするために戦いへと身を投じた。
しかし、ふたを開けてみれば、その真相は残酷なものだった。
それは、自身から戦う理由を奪い去ったのだ。
しかし、紆余曲折あって、それらの経験は彼に再び戦う理由を示してくれた。
決して、無駄なものではなかった。
イドは口を開く。
「俺も...ついこの前までそんな状態だった。だけど大丈夫だ。レオなら、きっと“見つけられる”はずだ」
「イドは...どうやって見つけたんだ?」
「俺は...“あの時”、『放棄』ではなく『対話』を選んだ。だからこそ、連の思いをその身に感じることができた。そして...それが、俺に戦う理由を与えた。もっとも、その理由はあまり良いものではなかったけどな...」
イドはそう言って苦笑いをした。
そう、『ヤタガラス』の真相を知ったイドに巡ってきたのは、新たな戦う理由...『連を楽にする』というものであった。
イドは続ける。
「確かに、良い理由ではなかったさ。でも、あの戦いがあったからこそ、俺に『どう生きるか』という道を照らしてくれた。だから、決して無駄なんかじゃないと、俺は信じている」
「......」
レオはイドの話をまっすぐに聞いた。
そして...
「...『選択』、か。それは、いつ訪れるんだろうな...」
「訪れるさ、いつか必ず。『運命』あるところに『選択』あり、だ」
「...それ、いいな」
レオは少し笑いながらそう言った。
イドも笑い返す。
今のレオに足りないもの...それはきっかけだ。
家族をオリジンに殺されたというのは、オリジンに対し、怒りや憎しみを抱くなど、戦う理由を作るための充分なきっかけのように思える。
しかし、彼にとって、オリジンに対して抱く感情は怒りや憎しみよりも、恐怖のほうが勝っていた。
その後、自身に『力』が宿ったことを知った彼は、今ならオリジンと相対することができる...そして、自身を含めた人々が抱くオリジンへの恐怖に打ち勝つことができると『錯覚』し始めた。
それは、『ヤタガラス』との戦いを経てさらに膨らみ続け、ついに彼をオリジンの前に立たせるところまで来てしまった。
そして、惨敗.........突然夢から覚めたかのような感覚だった。
そして彼に残ったもの.....それは、明確でない戦う理由と、再び膨らみ始めたオリジンへの恐怖であった。
「.....今思えば、俺ってかなり勢い任せなんだな...」
レオはぽつりとそうつぶやいた。
「いいんじゃないか?勢い任せでも。『選択』に正解の方法なんてないようなものだろうから」
イドの言葉に、レオは少しばかりの微笑みで返した。
そして...
「うっし...!体力も回復してきたし、修行再開だ!!」
「だな!」
2人は心機一転、再び修行へと戻るのだった。
一方その頃...気狐は未だ森を散策し続けていた。
その間、彼女は自身に向かってくる妖魔を消し去っていた。
そして、あることに気づいた。
「...どうなっておるのじゃ。数が少なすぎる...」
気狐はそう呟きながらも歩き続ける。
そう、あまりにも妖魔の数が少なすぎるのだ。
これは懸念ではなく、確信であった。
その後、気狐は他の式神と連絡を取ることにした。
連絡方法は、思念を通わせる『念話』である。
『真神(マガミ)よ...聞こえるか』
気狐は真神という式神に念話を送った。
『なんだ?余に何か用か?』
とがった口調の念話が返ってきた。真神のものだ。
ちなみに真神は、犬のような特徴を備えた10代後半ほどの少女の見た目の式神である。
『貴様と話をかわすのは実に50年ぶりか...一体どういう風の吹き回しだ?できれば簡潔に伝えて欲しいものだな』
『では単刀直入に言おう。妖魔の数が激減しておる』
『そうか、良いことだな!』
気狐は、それはもう大きなため息をついた。
そう、真神は口調こそ聡明な魔王のそれだが、あまり頭が回らない質である。
そして、『余』と『貴様』それぞれの呼び名こそ素のものであるが、それらを除いた口調は、ただただ彼女のカッコつけである。
......歴史(とき)を超える中二病患者とでも言っておこう。
『そうじゃった...お主は“そう”じゃったな』
『ん?どういう意味だ?』
『何でもない...とにかく、じゃ。つまり...』
『つまり...?』
『あまりこうは思いたくはないのじゃが...』
『なんだ、もったいぶらないで早く言え』
『......どこかを介して、妖魔が現世に出ている可能性がある』
『ほう...そうか。...............な、なッ...!?なんだってぇ―――――――ッ!?』
気狐は思わず耳を塞いでしまった。
念話自体は、脳を介してなされるものであるのだが。
『え...それ本当なの...?』
口調まで崩れてしまった。
『だから可能性と言うておろう。それを確かめるために一応お主に連絡をとったのじゃ』
『そうだったのか...』
『はあ...相変わらずお主と話すのは骨が折れる...』
気狐はうなだれながらそう言ったが、当の本人は未だガビーン!としている。
『とにかく、じゃ。お主のところは何ともないのじゃな?』
『...!はえ?...ん?あ、ああ、何ともないぞ』
意識を引き戻されながら、真神はそう答えた。
『そうか、ではさらばじゃ』
『くっくっく...それはあまりにも薄情というものではないか、気狐よ?。さあ...!引き続き我が栄光の盟友(とも)として、余と話を交わs』
気狐は念話をブチ切った。
そして、気狐は別の式神へと念話を繋ぐ。
『...描鬼(ミョウキ)よ、聞こえるか?』
返事はない。
『...描鬼?』
気狐は再度呼びかける。
返事はない。
「...まさか」
とてつもなく嫌な予感がした気狐は目にも留まらぬ速さで猫鬼の元へ向かった。
すると...
「これは...なんということじゃ...」
目の前には『あって欲しくなかった光景』があった。
大量の妖魔が猫鬼の庭へとつながる穴、そして現世へと通ずる穴へと次々に入っていっていたのだ。
「ッ...!」
気狐は焦る自身を抑えつけるため、下唇を噛みながらまず妖魔を蹴散らした。
次に庭へと通じていた穴を閉じ、再度壁とすると、次に現世へと続く穴を塞いだ。
その後、気狐を待っていたのは、庭という限られた空間内での『1VS数百』の死闘であった。
初めこそ気狐が有利ではあったが、この数の差には、流石の気狐も参りそうになっていた。
と、そのときだった。
「気狐!!無事か!?」
ある者が庭へと入り、加勢してきた。
「真神!!」
気狐はその名を呼ぶ。
「まさかこんなことになろうとはな...!だがもう安心だ!余がいるのだからなッ!!」
こうして戦況は一転。
一気に気狐側へと勝機は傾き始めた。
真神は数多の青白い炎の玉...いわゆる鬼火を顕現させると、それを妖魔に向かって一気に飛ばした。
被弾した妖魔たちは、その炎に苦しみのたうち回りながら次々と倒れていった。
そして数十分後、ついに2人は庭の中にいる全ての妖魔を討伐することに成功した。
「ハアッ...ハアッ...やっと...終わった...」
「フ...フフフッ...この程度、この真神からすれば準備運動にすらならんわ...」
「こんな時になっても“それ”を崩さぬとは...もはや尊敬すら覚えるのう...」
気狐は苦笑いした。
「...ハッ!そうじゃ、忘れとった...!」
気狐は突然そう言うと、あるものへと駆け寄った。
彼女の駆け寄った先にいたのは、未だ意識が醒めぬ猫鬼だった。
気狐はまず安否確認をする。
「なんとか死は免れたようじゃな...。しかし、このままでは危険じゃ」
「余と貴様とで治せば良い」
「そうじゃな。本当に...助かった」
「なッ...!?べ、別に貴様が心配で心配で仕方なくって来たわけじゃないんだからなッ!!」
「...面倒くさいのう」
気狐は苦笑いをした。
2人は治癒に取り掛かり始めた。
そして、開始から10分ほど経過したその時のことだった。
「う、う~ん...」
「「!!」」
猫鬼が目を覚ました。
「猫鬼!儂が分かるか!?」
「...気狐?」
「余は!?余は分かるか!?」
「......わかんない」
プイッとそっぽを向きながら、猫鬼はそう答えた。
「無事なようじゃな」
「えっ...」
真神は2人をそれぞれ何度も見比べた。
完全に、2人にいじられている。
「......猫鬼よ、お主の身に何があったか、聞かせてはくれぬか?」
猫鬼はうなずき、事の顛末を伝え始めた。
自身が庭に入り、現世へ遊びに出ようと現世と神界を繋ぐ穴をあけたとき、庭とその外を繋ぐ壁を塞ぎ忘れたことに気づき、すぐに閉めようとした瞬間、人の形をした妖魔によって意識を“切られた”こと、そして、それが原因で大量の妖魔が現世へなだれ込んだこと。
「全部、妾のせい...妾のミスだ......」
「いや、それは違う。お主の話を聞くには、穴の閉め忘れに“すぐに気づいた”と言っておったであろう?」
「で、でもッ!閉め忘れていた事実は変わらない!」
「そうじゃな。確かにそれは事実じゃ。しかし、儂も実は同じような間違いを何度かしておるが、そんな短時間の間に妖魔が庭に近づいてきたことは一度としてない。『百鬼夜行』以来、儂らは妖魔が多く住まう森から大きく離れたところに住まいを設け、かつ庭に壁を作るなど、徹底的な対策をしておった。じゃから、そう簡単に儂らに近づくことはないはずなのじゃ」
「じゃあ...」
「つけられていた、とか?」
「「!!」」
2人の会話に、真神が割って入った。
「...いや、そこまで妖魔は賢明ではないはずじゃ」
「そ、そうよ。きっと妾が...いや」
「「?」」
「あのとき、確かに目の前に入った妖魔全てを蹴散らした。それに森から出て何度か振り返っても誰もいなかった」
「隠れながらついてきた者がいると...?」
それはつまり、真神の言ったことが正解ということになる。
「その...お主を気絶させた妖魔は、どのようなヤツだったのじゃ?」
猫鬼は記憶を張り巡らせる。
そして...
「今までの妖魔の中で、一番『人っぽかった』」
「それ以外には、何かあるかの?」
「人っぽかったけど...それどころじゃないぐらい...今までにないほどに邪悪な力を、攻撃された瞬間に感じた。それに...なんか見覚えある見た目だったような気がする。向こうの世界のニュースで見たような...」
「それは...こんなヤツじゃったか?」
気狐は『ヤタガラス』で活動していた時にもらったスマホを慣れない手つきで操作し、その画面を見せてそう言った。
その画面が映している者...それは、オリジンだった。
「ん?なんだこいつは」
真神は画面を見ると、そう言い放つ。
しかし、猫鬼は違った。
カッと目を見開き、唇を震わせながら言った。
「......そいつだ」
一方その頃、京都では数え切れないほどの妖魔が伏見稲荷大社が建つ山に集結していた。
彼らの主食は、人間。
実を言うと、彼らは食さなくても生きていけるのだが、その本能が、止まることのない食欲を刺激させる。
数々の妖魔は、涎をたらしながら全速力でふもとの街へと駆け始めた。
しかし、ある一体だけは、ただゆっくりと山を下っていた。
その正体は、オリジンを模した姿形を有す例の妖魔である。
一歩一歩ゆっくりと足を進めている。
そう、その妖魔の本能を支配するのは食欲ではない。
あるのは...ただひたすらなる『破壊』であった。
気狐は、真神と猫鬼を連れて自身の住処へと帰還した。
その頃には、すっかり日が暮れ切っていた。
レオとイドは驚きを以って3人を迎える。
「え、えっと...気狐さん、その2人は一体...」
「話は後じゃ。着いて参れ」
困惑するイドにそう言ってのけ、気狐は現世へと通ずる穴を形成する。
「着いてこいって...?」
レオがそう聞くと、気狐は答える。
「我々はこれより現世へ降りる。そして、現世を侵さんとする妖魔を根絶やしにする」
「つまり、妖魔が現世へ入ったということだ」
気狐の言葉に、真神はそう付け加えた。
それを聞いた2人は驚愕した。
「た、大変じゃねぇか!もちろん行くぜ!」
レオはそう言って、3人の後ろに立つ。
イドも強くうなずいてレオに続いた。
すると、その直後、メイが家から出て来た。
「メイよ、家のことは頼むぞ」
気狐はそんなメイの目をまっすぐに見ながらそう言った。
さっきまで混乱していたメイだったが、そんな気狐を見て何かを察したのか、彼女もまっすぐに気狐の目を見ながらうなずいた。
こうしてイド、レオ、気狐、真神、猫鬼の5人は現世へ降り、妖魔との戦いを交えることとなった。
イドとレオは未だに特殊能力と陰陽道の併用が習得できていない。
だが、彼らは迷わず彼女らに続くことを『選択』した。
やはり彼らは、どう転んでも正義に燃える者であることに変わりはなかったのだ。
「では、ゆくぞ!!」
気狐のその言葉を皮切りに、5人は穴へと入っていった。
全員が入り終わると、穴は閉じる。
メイはその様子を見届け、ただひたすらに5人の無事を祈るのだった。
夜の京都...そこにある5人が集結した。
イド、レオ、気狐、真神、猫鬼の5人だ。
「あ、あれは...!」
イドは絶句した。
そう、もう既に、京都の街では殺戮が始まっていた。
響き渡る悲鳴。
逃げまどう人々。
「なんということじゃ......これではまるで...!」
絞り出すかのような声で、気狐はそう言った。
気狐は『恐怖の記憶』を思い返した。
そして、震える身体を片手で抑えながら、彼女は再び言葉をこぼした。
「『百鬼夜行』の...再来じゃ...!」