修行開始から数日が経過した。
その期間、イドとレオはそれぞれの陰陽道や体術などの力を磨き、メキメキと実力を伸ばしていった。
その成長速度は気狐の目を見張るほどのものであり、彼らがなぜ連に託されたのか、改めて納得した。
教も今日とて2人はそれぞれ岩を破壊し、植物に生気を宿していた。
と、そのとき、気狐は突然口を開いた。
「うむ、十分じゃな。それでは向かうとしよう」
「向かうって、どこに?」
レオは怪訝な顔をする。
「森、だろ?」
そんなレオをフォローするようにイドがそう言うと、気狐はうなずいた。
「その通りじゃ。これより儂らは、妖魔との実戦に出る。もちろん儂も同行する」
「い、いよいよか...」
レオは固唾を飲む。
一瞬にして辺りに緊張感が走った。
いよいよ実戦だ。それも、相手は明確な殺意を以って向かってくる。
これまで相手としていたのは、あくまで指導者である気狐。
今回とはわけが違うのだ。
こうして、3人は再び森へと足を踏み入れることとなった。
森に入って数分が経過した。
「いつ来てもここは不気味だな...」
レオはそう言いながら身をすくめている。
「妖魔の邪気じゃな。それだけお主が邪気の探知に長けておるということじゃろう」
「なるほど...喜んでいいのか分からねぇが...」
と、そのときのことだった。
突然レオが血相を変え、ある方向へ身体を向けた。
彼は、ついさっきまでの彼とは異なり、戦士のごとき眼光を発していた。
「...“やはり”、な」
気狐は少しにやつくとそう言った。
「レオ...感じたのか?」
「ああ、確かに向こうから嫌な気配が...!」
すると、巨大な影がだんだんとあらわになっていき、その影からはうなり声が発されていた。
「...準備は良いな?」
気狐のその言葉に、2人は緊張感を含んだうなずきで応えた。
数十秒後、ついに姿が明らかになった。
何とも形容しがたい禍々しい容姿をした四足歩行の何か。
イドとレオは改めて妖魔の姿を自身の目に焼き付けた。
「では、行くぞ!!」
「「おう!!」」
気狐の掛け声に2人はそう返すと、攻撃に出始めた。
まず妖魔の正面に立つは気狐。
前回と同様、朱に染まった氷の槍を数本顕現させる。
「向かって来るのかえ?この儂に」
気狐は少女の姿とは思えない妖艶な笑みを浮かべながらそう言って妖魔を煽った。
妖魔はまっすぐ気狐を見据え、ついに攻撃に出ようとした。
そのときだった。
妖魔は側面から大きな衝撃に襲われた。
側面にいたのは、イド。
陰の力を解放し、正拳突きを妖魔にお見舞いしたのだ。
妖魔はいくつもの木を倒しながら吹っ飛んだ。
妖魔の側面は、イドの攻撃によって大きくえぐれていた。
イドは間髪入れずに攻撃に出る。
「とどめだ!」
イドは気の枝を飛び移り、上から蹴り下ろそうとしたその時だった。
妖魔は何やら口をとがらせ始めている。
「!!マズイッ!」
気狐はそう叫ぶと瞬時に妖魔のもとへと移動した。
次の瞬間、妖魔は口から高密度かつ極細の空気弾を飛ばした。
「!?」
イドにはこれを避ける余地など残されていない。
空気弾はイドの腹部の一部を貫いた。
イドは少し吐血した。
これにより、イドは完全にバランスを崩してしまった。
気狐は先ほど顕現させていた赤色の氷の槍を妖魔に飛ばし、串刺しにした。
この攻撃により、妖魔はあっけなく息絶えてしまった。
その後、イドは妖魔をクッションとして着地し、その数秒後に妖魔は消滅した。
「イド、無事かの?」
「ああ...今はなんとか...でも...」
と、そのとき...
「イド、傷見せてみろ」
レオがイドに歩み寄ってきてそう言った。
イドは負傷した部分をレオに見せる。
「よし...俺に任せろ...!」
レオは青色のオーラを纏うと、イドの負傷箇所に両手をかざす。
すると、イドの傷はみるみる癒えていった。
「うむ、見事じゃ。レオ」
気狐はレオをたたえる。
「にしても...妖魔ってのはあんなトリッキーな技仕掛けてくんのか?」
「...いや、ここらの森の妖魔はそこまで風変りなやつではないはずじゃ。じゃから儂はこの森を訓練場として選んだ。もしかすると...現世にはびこる大きな社会不安があやつらを強化させているのやもしれぬ」
気狐はレオの質問に対し、少し考え込むようなしぐさをしながらそう答えた。
「原因は...オリジンか」
イドのその言葉に、レオは少し曇った表情を浮かべた。
「おそらく、の。しかし、お主らはそれを打倒すために今ここにいる。そうじゃろう?なら、今はそのために強くなることを考えよ。良いな?」
2人はうなずいた。
「して...どうしたものかのう。こうなると話が変わってくる」
「えと、つまり?」
レオは首をかしげながら気狐にそう言って説明を促した。
「一筋縄ではいかぬということじゃよ。先ほどのイドのように、正面から堂々と陰陽道をたたき込む方法では厳しいということじゃ」
「じゃあ、どうするんだ?」
そう聞いたイドに気狐は正面から向かい合うと、告げ始めた。
「イドよ。この戦いにおいて、儂を除けばお主の存在が勝敗を決める唯一の存在ということとになる。お主の陰の攻撃こそ、決定打となるのじゃからな」
「それは分かってる。だが、正面から至近距離で攻撃するにはリスクがかかる」
「その通りじゃ、イド。ではどうするか、お主自身の思考、そして、これまでの記憶をたどって考えてみるが良い」
イドは数秒、これまでの戦いの記憶とともに思考を張り巡らせた。
これまで、自身が勝利を収めた戦い...『ヤタガラス』との戦いの記憶では、ヤス、エミ、タカ、そして連...いずれも自身のレイル・ボウによる攻撃が決定打となっていた。
つまり...
「陰の力による遠距離攻撃が、勝敗を決めるカギになる」
「うむ。よくぞ答えを導いた」
気狐はイドをたたえる。
「そうか...じゃあ、レイル・ボウでアイツを...」
「じゃな。そしてそれに陰の力を付与すればなお良し」
「え...。それは無理だろう。特殊能力と陰陽道の併用は無理なはずだ」
すると、気狐は何を言っているのかという風に首を傾げた。
「一体だれがそのようなことを?」
「え?ティエラだが...」
「素人の言っていたことじゃ。あてにするでない」
「で、でも!実際連はできなかったじゃないか!」
「そうじゃな。じゃが、主様がお主らと戦っている間、メイとフェイの身を護るために陰陽道による“膜”を付与していたことも事実じゃ」
「なッ...!?」
「なぜできていなかったか...答えは簡単じゃ。慣れじゃよ。主様はオリジンから数多の力を奪取した。しかし、その全ては主様にとっては一度も使ったことのないものじゃ。そんな力の調整と陰陽道の出力の調整を同時に成し遂げるのはさすがの主様でも不可能じゃ」
「『魔王』のときはできてたよな...?」
「うむ、その通りじゃ、レオ。『魔王』となった主様は人智を超越して負った。そのため、あの時の主様は、これまで人間が何千何万とかけて培ってきた知恵と英知を一瞬にしてその脳に得ることができたのじゃ」
つまり、連の場合、陰陽道と特殊能力の併用ができなかったのは、初見の能力の調整だけで手一杯なために、陰陽道の調整どころではなかったことが原因であるということ。
そして、逆に考えれば、それは慣れさえすれば可能になるということだ。
「じゃ、じゃあ...俺たちなら」
気狐はうなずいた。
「どう使うかは、お主らの思考次第じゃ」
2人が熟考し始めたその時だった。
再び邪悪な気配が3人を襲った。
「お、おい...またかよ...!」
「落ち着け、レオ。とりあえず、お前はサポート...俺は陽動だ。そして...気狐さん」
「うむ。任せよ」
さあ、作戦開始だ。
イドは陰のオーラを纏いながら正面から妖魔に突撃を仕掛ける。
妖魔はイドに向かって毒々しい液体を飛ばし始めた。
イドは軽い身のこなしでそれらをかわす。
そしてその数秒後...
「気狐さん!」
気狐は妖魔の背後から数秒間で顕現させた赤色の氷の槍を飛ばし、妖魔を串刺しにした。
妖魔は消滅した。
その後もこのフォーメーションで何体かの妖魔を討伐することに成功した。
そして、
「...よし、今日は一旦帰るとしよう。これからは本格的に陰陽道の応用について考えていくこととする」
「「おう!!」」
今回の戦いで、3人はある程度の収穫と不安を得た。
収穫は、トリッキーな技を使う妖魔が存在すること。
不安は、現世の情勢が原因で妖魔が強化されていることだ。
3人が気狐の家へ帰ろうと足を進め始めたその時だった。
「...!!気狐さん!!!」
「ッ!!」
突然木陰からちいさな“人影”がぬるっと出て来た。
その正体は人型の妖魔であった。
人型であっても、その姿が禍々しいことに変わりはない。
そしてなによりそれは...。
「せいッ!!」
気狐は赤い氷の刀でその妖魔を上半身と下半身とで一刀両断してしまった。
何とも呆気ない決着だった。
こうして、3人は森を抜け、壁に穴をあけ、ついに家へと到着した。
その頃にはもう日が暮れ始めていた。
「おかえりなさい。皆さん」
家に帰ると、3人をメイが出迎えた。
その後、4人で夕飯を食した。
どうやら夕飯はメイが作ったものであり、その全てが絶品であった。
「ごちそうさまでした」
「ごちそーさまでした!!」
2人はそれぞれそう告げる。
「フフッ...美味しかったのなら、何よりです」
メイはそう言うと、食器を洗い始めた。
一方その頃、気狐、イド、レオの3人は今回の振り返りを行い、明日に向けての作戦会議を行った。
そして、4人はある程度のルーティンを済ませ、ついに眠りにつくのだった。
一方その頃...神界のどこかで...
そこでは、ある式神が暮らしていた。
猫のような身体的特徴を備えた女性だ。
恰好は大分現代よりのファッション...つまりは遊び人である。
しかし、彼女は妖魔を倒すという日課からは逃れず、今日も今日とて真面目に取り組んでいた。
そして、今日も今日とて夜の京都の街へと繰り出そうとしていた。
「あ“―疲れた。というか前より強くなってね?妾『すーぱーたいやーど』なんですけどォ」
彼女はそんな愚痴をこぼしながら自身の家につながる壁に穴をあけ、庭に入る。
そして、今度は現世につながる穴を作った。
と、そのときだった。
「いっけね。壁塞ぐの忘れてた」
そう言って彼女が振り返ったその瞬間、彼女の意識は突然プツリと切れた。
いや、“切れた”のではない。“切られた”のだ。
倒れる彼女の目の前にいたのは、“人影”。
どこまでも邪悪な気配を発するその人影の正体は、なんと、気狐が一刀両断したはずの人型の妖魔であった。
そして、その背後には数多くの妖魔の群れ。
そのどれもが、ある一点を見つめていた。
その先には倒れる彼女の先にある穴が映し出す、現世の光景があった。
そして、それらの先頭に立つ例の人型の妖魔...その姿形はまさに、オリジンそのものであった...