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第74話 「聞知」

翌日、十分な休息をとったイドとレオは、ついに修行初日を迎えた。


「それでは、今日より修行を開始する。覚悟は良いな?」


『おう!!』


「あぁ、あと一つ伝えなければならないことがあるのじゃった」


「なんだ?」


「これより先、外の事を知ることを禁ずる。一瞬の気の迷いが鍛錬を乱すかもしれんからの」


「なるほど...」


「じゃあ当分ニュースは見れねぇな」


レオがそう言うと、気狐はうなずいた。


「うむ、それでは改めて修行開始と行こう。それでは、まずはこの世界についてじゃ」


3人は外に出た。


「まず、2人とも目を凝らしてみよ。仮にもお主らは今陰陽師の片割れじゃ。“アレ”も見えるはずじゃろう」


2人は目を凝らす。


「...何も見えねぇぞ?」


レオがそう言うと、気狐は数十歩ほど下がった。


そして、


「確かに、まだ“冴えておらん”からの。無理もない。ではここらで身体を動かしてみよ」


と言って、2人を手招きした。


2人は気狐の横に立ち、適当に身体を動かしてみる。


すると...


「!?なんだこれ!?」


「...波紋?」


2人が身体を動かしたその時、目の前に波紋が広がったのだ。


「うむ、それは儂らを護るための防護壁じゃ」


「護るって...何から」


「良い質問じゃ、レオ。何から守るかというと...」


そう言って気狐は壁に力を入れ、穴をあけると、そのまま壁の外に出た。


2人も気狐に続く。


3人が出た数秒後、穴は塞がった。


数分歩くと、森の中に入った。


先ほどの快晴の中とは打って変わり、薄暗い不気味な雰囲気がそこでは漂っていた。


「...気味悪ィな、ここ」


「む。気味が悪い、とな?それはなぜじゃ?レオ」


レオは少し考え込むと答える。


「なにか良くないものがここにある気がする」


すると、気狐は少し微笑み、それに対し、答え始めた。


「その通りじゃ。ここには妖魔が居る。妖魔は理性を持たぬ。そして、生気のある者を片っ端から喰らう奴らじゃ」


「なぜそのような奴らが...?」


イドは怪訝そうな表情でそう聞いた。


それもそのはず、気狐は2000年を超える時を生きている。


2000年もの期間があれば妖魔を全部消し去ることも可能なのではないかと考えたからだ。


「それは...妖魔の“起源”が原因じゃ」


「起源?」


「妖魔の起源...それは人々の負の感情じゃ。それは怒り、悲しみ、憎しみ、恐れ、その他諸々じゃ。負の感情を抱かない人間などこの世に居らぬ。人間あるところに妖魔あり...それがこの世の摂理じゃ」


2人は深刻そうな表情をした。


特にイドは心当たりがあるようだった。


「でも、なんでそんなのがこの世に生まれたんだよ「


「『神』の仕業じゃよ」


「『神』だって...!?」


イドは食いつく。


それもそのはず、彼の家は“敬虔な者たち”だったからだ。


「かつて『神』は、ある“戯れ”を始めたのじゃ。儂もその中の“駒“に過ぎん。『神』亡き今、儂ら”駒“は行き場を失っておる」


「......」


「まあ、儂ら式神は比較的自由じゃったから、そんなに影響はなかったがの。人と力の契りを交わすも交わさないも儂ら次第じゃ。じゃが、そんな儂らに代償として『神』が与えたものであろうものが、妖魔じゃ。こやつらとは2000年以上の付き合いじゃが、未だ天敵。今なお殺し合いを繰り広げておる。ま、生まれ殺し合い始めてから1000年たったころには既にあの壁を作ったから被害もかなり減ったがの」


「『神』って、勝手な奴だな...。お遊戯のためだけに勝手に生み出して、勝手に殺し合わせて...」


「うむ、全くじゃ。じゃから消された」


「......」


レオは『神』のあまりの身勝手さに憤りを覚えていた。


「じゃが、儂らはまだマシな部類じゃ。なにせ、相手は理性がない。一番つらいであろう者たちは、アシュラ一族じゃ。あやつらも『神』の“駒”の一つ。しかし『神』亡き後、あやつらはそれぞれの生き方を選ぶようになり、その結果、同族同士で殺し合う羽目になることもあった」


「...なんてことだ」


イドはどこか憐れみを含んだ表情でそう呟いた。


「さて、話を戻すかの。この妖魔...なかなか厄介での...理性は無かれど、勘がなかなかに鋭いのじゃ。じゃから、あやつらに遭遇した時は片時も油断をしてはならん。一時の油断がとんでもない災難を起こすことがあるからの...」


気狐は何かを思い出したのか、少し険しい表情でそう言った。


「なんだ?もしかして、過去に“そういうこと”があったのか?」


レオがそう言うと、気狐は自身の片腕をもう片方の手でつかみながらうなずいた。


「儂らは...それを『百鬼夜行』と呼んでおる」


「百鬼夜行...?」


「うむ...あれは今から1000年前、今の者たちの言うところの『平安時代』の出来事じゃ。その頃には、人と契りを結び、式神として、いわゆる陰陽師に力を貸す者も多くいた。こうして協力相手が増えたこともあり、儂らはいつしか慢心するようになっておったのじゃ...」


「まさか...」


イドは嫌な予感がした。


「そのまさかじゃ。当時、儂ら式神と陰陽師は神界と現世を自由に行き来しておった。そしてある日、儂らは完全に見落としておったのだ」


レオは固唾を飲む。


「あの日...ある式神と陰陽師が神界から現世へ出たその直後、そのために開けられた穴を経由して妖魔が現世に姿を現したのじゃ。その式神が言うには、一体が出たときには既に穴を閉じる作業に入っていたが、次々と妖魔が押しかけ、ついに押し負けてしまったらしい。そして現世に降りた妖魔は殺戮の限りを尽くし、日本全土を恐怖に陥れた。しかし、儂ら式神と陰陽師はまず総出で穴を塞ぎ、その後アシュラ一族などの協力もあって、やっとのことで妖魔を現世から駆逐することに成功した......。そしてあらゆる試行錯誤の末、あの壁を作ることにしたのじゃ。おかげで、あれから同じようなことは起こっておらん」


「...そんなことが」


レオは恐怖とも驚きともいえる感情を含んだ表情でそう言った。


「でも、そんな話聞いたことねぇぞ?俺が日本人じゃないのもあるんだろうが」


「まあそうじゃろな。記録は今から400年ほど前に全て消されてしまったからの」


「なッ...!どうして!?」


「新たな時代を創るためには、古い見方を捨てる必要があったのじゃよ。世界と渡り合っていくためにもな」


「なんだよそれ...納得いかねぇ」


「時代の流れじゃ。それも仕方あるまい。儂も時の者としてそこから400年封印されることになった」


そう言うと、気狐はどこか懐かしむかのように遠くを見つめた。


「そんな貴方を解放したのが...連ってことか」


イドの言葉に対し、気狐はうなずいた。


その後、数分歩き続けたその時だった。


気狐は突然立ち止まった。


「!?お、おい、いきなり立ち止ま─」


「シッ...!」


気狐は文句を言おうとしたレオを片手で制止する。


すると、木陰から「どしん、どしん」という音が近づいてきた。


その音がほぼ目の前まで来たときのことだった。


「......!」


木陰から見えるのは、歪な形をした獣のような何か。


妖魔だ。


3人のいるところで妖魔は立ち止まった。


すると、突然グルルルル...!とうなり声を上げ始めた。


「気づいたか...!」


そう呟くと、気狐は空高く飛び上がり、上から赤色の氷の槍を数本飛ばした。


妖魔は瞬く間に串刺しになり、息絶えるとその場で消滅した。


「す、すげぇ...!」


2人は気狐の戦闘力に圧倒されている。


気狐は再び地に降り立つ。


「ま、こんなところじゃな。2000年も殺し合っていれば、流石に慣れるじゃろうて」


「それで...これを見せた目的は何だ?」


「うむ、良い質問じゃ、イド。理由は簡単。これからお主らはひたすら妖魔を倒し続ける修行を行っていくことになるからじゃ。最近の妖魔は特に強いし数が多い。修行相手にするにはうってつけということじゃな」


「え、気狐さんがやってくれんじゃねぇの?」


「もちろん儂もやる。しかし、実戦となると話は別じゃ。最も手っ取り早いのは、明確な殺意を以って戦う者を相手としたとき...」


「だから妖魔か」


レオの言葉に対し、気狐はうなずいた。


「あと一つ。妖魔は陰陽道にめっぽう弱い。もちろん通常の攻撃で倒すことも可能だが、もっとも手っ取り早いのは陰陽道を纏わせた攻撃を喰らわせることじゃ」


その後、3人は再び壁の内側にある気狐の家の庭に戻った。


「では、いよいよ陰陽道を操る修行に入るとしようかの」


『おう!!』


「まず、生まれながらに陰陽師ではない者に宿った陰陽道を出力するためには、『鍵』を解かねばならん」


「鍵?どこにあるんだ?」


「いたって簡単な方法じゃよ。少し荒療治にはなるが...」


そういうと気狐は少し距離をとり、2本の氷の槍を顕現させた。


「2人ともその場で横に2列で並ぶが良い」


2人は気狐の言うとおりにする。


「うむ、結構。では死ねい」


『!?』


そう言うと、気狐は容赦なく2人に氷の槍を飛ばした。


一瞬で氷の槍は2人の目の前に達する。


2人の前に現れたのは、『死』...そして、まだ死ねないという大いなる意志。


その2つが激しくせめぎ合っていたその時、氷の槍は2人の身体に接触し始めた。


と、その瞬間のことだった。


2人の目の前は突然まばゆい光に覆われた。


そして...


パァーンッ!!


「うむ、成功じゃな」


なんと、激しい衝撃波により、それぞれの氷の槍は粉砕された。


気狐は両腕で自身の身を守った。


その後、イドからは赤色の、レオからは青色のオーラが顕現していた。


「なんか...力が湧いてきているような気がするぜ...」


「これが...陰陽道?」


気狐はうなずいた。


「うむ、それこそが陰陽道じゃ。とは言っても、お主らはその片方ずつじゃがな」


こうして、2人は陰陽道の力に目覚めた。


「では、次の段階に移る。まずは...」


気狐はある岩を指さす。


「イドよ、この岩を正拳突きで木端微塵に破壊せよ」


「なッ...!?」


「そして、レオ。お主はあそこの枯れかけの植物を救って見せよ」


「え...」


2人は『無理に決まっている』という風な表情をしている。


「まあとにかくやってみるのじゃ」


そんな2人を見た気狐は一呼吸つき、そう言った。


「わ...わかった...。ハアッ!!」


まずはイドが力いっぱいに岩を殴った。


しかし、


「—ッ!!」


あまりの痛さにイドは悶絶してしまった。


岩はびくともしない。


一方、レオは植物を睨みつけながら手をかざす。


しかし、こちらもびくともしない。


「ダメじゃねーか!!こんなのやっててもキリねぇぞ!」」


「何か方法はないのか?」


2人の言葉に対し、気狐は少し考え込むようなしぐさをすると、答え始めた。


「まず、今見た感じだと、お主らはただ力を入れればよいと思っとる節が感じられる」


「え、違うのか?」


「違う。陰陽道は身体で発するものではない。心で発するものじゃ」


「...?」


「例えば、じゃ。陰は破壊の力、陽は想像の力...。先ほどのお主らのようにむやみやたらに体に力を入れるのではなく、陰の場合は目の前の対象を形無くなるまで壊すという意志、陽の場合は目の前の対象を治す前以上の状態まで癒すという意志を以って心に一瞬の輝きをもたらせば、自ずと力が湧き出てくる。まあ簡単にいえば、じゃ。ただ真摯に念ぜよ。そして、集中力を一切切らすな。ただ念じるのではなく、その一瞬にかけるのじゃ」


「なるほど...」


「あとこれは最大の極意じゃが...」


2人は気狐の言葉を待つ。


「自分を信じよ。自分を信じないことには始まらぬ」


このとき、2人はハッとした。


2人は“ある言葉”を思い出していた。


『常識にとらわれるな。それはお前に限界を作るだけだ』


そう、ヒカルの言葉だ。


先ほどの2人には『できるわけがない』という心が確かに片隅にあったのだ。


「...わかった。やってやるぜ!やってみるんじゃなく、『やる』んだ!!」


レオは気合十分にそう言った。

イドもうなずく。


気狐は微笑みながらうなずいた。


「よーし、そうと決まれば...!!」


2人はそれぞれ与えられた課題と再び向き合う。


先ほどまでとは違い、2人は自然と落ち着いていた。


そして、目の前の対象を改めて目にしたとき、2人は一瞬『意志の輝き』を見た。


2人はその輝きに逆らうことなく身体に一瞬にかける最大の集中力、そして大いなる自信を以って“念じる”。


そして...


「!!」


2人の身体から再びオーラが顕現した。


オーラは2人が今使わんとする部分に集約していく。


その後、再びイドは岩に正拳突きを喰らわせ、レオは植物に両手をかざした。


すると、岩は一瞬で木端微塵に破壊され、植物は失いかけていた生を取り戻した。


「やった...!」


2人は大きな達成感を味わった。


「うむ、上出来じゃ。それでは次にそれらを再び身体にしまい込むのじゃ」


「えっと...どうやって?」


「『やる』のじゃ。『やってみる』のではなく、な」


自身に質問してきたレオに対し、気狐は彼自身が言っていた言葉をそのまま引用した。


2人は目の前のものを全て吸い寄せる意志、そして他の物を全て払いのけるほどの集中力を以って念じた。


すると、オーラは瞬く間に2人の身体の中心に吸い寄せられ、消え去った。


「...これが、陰陽道」


イドは未だ興奮が冷めやらぬ様子だ。

それはレオも同じ。


気狐は数秒そんな2人を見つめると、口を開いた。


「そう、それこそが陰陽道じゃ。努々、その感覚を忘れるでないぞ。基礎を怠ってはその先に道はできぬからの。良いな?」


『おう!!』


こうして、2人はまずは陰陽道に直に触れ、基礎を固めることとなった。


本格的な修行が、ついにここに始動した。


2人はそれに対し、少しの不安と大いなる期待感を感じるのだった。





一方その頃、世界では...


「ユカさん!大変です!!」


「どうした!?」


「オリジンが...!!」


『解放軍』本拠地にて、突如警報が鳴り響く。


その後、彼らに届いたのは、今までの行動パターンをもとにすれば、1か月後にはオリジンがシベリアを西側から抜ける可能性が高いこと。


そして、このままオリジンが西進すれば、2カ月後には数カ国の地に足を踏み入れることになるという情報であった。


イドとレオが知らぬ間、世界は再びオリジンの脅威が吹き荒れる事態へと突入しつつあった...


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