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第73話 「継承」

翌朝、イドとレオは早速T・ユカのもとへ向かった。


「ユカさん、少し頼みがあるんだ」


「頼み?」


イドの言葉にT・ユカは耳を傾ける。


そこで、イドはまず連の遺言のことについて話した。


そして、


「俺たち、これから日本へ行こうと思う。連の遺言が何かの役に立つのなら、気狐に会うべきだと思うんだ」


「......」


T・ユカは深く考え込むようなしぐさをし始めた。


葛藤しているようだ。


数秒後、T・ユカは口を開いた。


「......実は」


「実は?」


「......」


「?」


イドとレオは顔を見合わせ、首をかしげる。


「ティエラが重傷を負ったのは知ってるか?」


「ああ...程度は知らないけど」


レオのその言葉に対し、T・ユカはため息をつくと、告げた。


「アイツはもう、片腕が使えない。利き腕ではなかったのが唯一の救いだ」


「!!??そんな...!」


これにはイドもレオもショックを受けた。


そして...


「まだだ。まだこの話には続きがある」


「......」


「...ソウル・ブラスターが大破し、動作不能に陥った。あれはアイツにとって新たなアイデンティティでもあったんだ...」


「......」


これには2人も黙っていることしかできなかった。


T・ユカは続ける。


「そしてアイツは......また『解放軍(ここ)』を抜けた」


2人は言葉を失った。


2人はティエラに対し、呆れとも、同情ともいえる......そんな複雑な感情を抱いた。


「今回ばかりは、アタシも止めなかったさ...。アイツの尊厳が、なにもかも捻り潰されたんだからな......かける言葉もないよ...」


T・ユカは眉間をつまみながらそう言った。


2人もこれには何も言い返せなかった。


「だが」


数分沈黙が漂っていた空間を、T・ユカが破った。


「オリジンを倒すために何かためになるものなんだろ...?」


「...確証はない」


「いや、あの連が言うんだ。アイツは一度この世界の頂点に立った。そんなアイツの言うことが嘘であるとは考えにくい」


T・ユカは自分の言動に自信を失いかけていたイドにそう言葉をかける。


そして...


「...分かった。行ってこい、気狐のもとへ」


『!!』


2人は顔を見合わせ、喜びの表情を浮かべる。


「ただし!!」


『?』


「うんと強くなってこいよ!アタシによゆーで勝てるぐらいにはなッ!!」


『おうッ!!』


こうして、2人は日本へと旅立った。


その中、T・ユカは2人への期待感、そしてティエラの離脱や2人の一時離脱による戦力低下の不安に板挟みにされるのだった。





イドとレオは『解放軍』のつてで、釜山まで送り届けてもらい、その後は船で日本の大地に足を踏み入れた。


「...ここが、日本」


レオはそう呟き、その繁栄ぶりに開いた口が塞がらなかった。


それもそのはず、日本は大陸とは違い、オリジンによる被害を一切受けずに8年の時を送った国の一つだ。


資源に関しても、オリジンによる混乱でそれどころではない大陸の小国からどさくさに紛れて利権を獲得することに成功している。


人としては最低ではあるが、一国の施策としては正解といえよう。


これにより、産業振興もさらに進み、日本国内の都市はもちろん、200年前の『災厄』によって深刻な被害を受けたまま放置されていた地域も復興・発展させることができた。


今や日本は第二の成長期に突入している。


以前、『魔王』による『裁き』が下ったものの、ユーラシア大陸諸国とは異なり、オリジンによる脅威も受けないため、島国やアメリカ大陸諸国のほとんどが急速に復興を進められているのが現状だ。


「待っておったぞ」


『!?』


突然背後から声がした。


2人は驚いて振り返ると、そこには気狐がいた。


「驚いたじゃろう。日本(ここ)や“いぎりす”などの島国は大陸よりもはるかに進んでおるのじゃ」


「ああ...驚いた。それで、気狐はここに住んでいるのか?」


イドの質問に、気狐は首を横に振る。


ちなみに3人が現在いるのは北九州市の門司港である。


およそ300年前の建造物がいくつも現存する歴史ある町だ。


「じゃあ、どこに?」


「京都...さらに細かく言えば、伏見稲荷大社じゃ」


レオの質問に対し、気狐はそう答えた。


「ふしみ...なんだって?」


「儂の住む神社じゃよ」


「神社か...神道だな。聞いたことはある。.........“敵”としてだが」


イドは考え込むようなしぐさをしながらそう言った。


原理主義者のテロ組織であるISのもとで育ったイドにとって、I教以外の宗教は“敵”として教えられてきた。


無論、その教えが正しくないことなど、今のイドは理解しているが。


ここでレオは一つ疑問が浮かんだ。


「待てよ?なんで気狐は俺たちがここに来てるって分かったんだ?」


これにはイドもはっとさせられた。


気狐は答える。


「“感じておった”からの」


「感じていた?」


レオが聞き返すと気狐はうなずいた。


「まあ、詳しい話は目的地に着いてからにしよう。俺からも聞きたいことがあるが、時間がかかりそうだ」


「そうじゃな。それでは、ついて参れ」


イドの言葉に賛同すると、気狐は自身の両手をそれぞれの目の前に差し出した。


『?』


「ほれ、捕まるのじゃ。ああ、両手で捕まっておいたほうがよいぞ。振り落とされるかもしれんからの」


2人は不思議に思いながらも、レオは気狐の右手、イドは左手にそれぞれ両手で捕まった。


「うむ、結構。では、しっかりつかまっておるのじゃぞ」


『!?』


すると次の瞬間、とてつもない衝撃が2人を襲った。


それは風ともいえるし、重力ともいえるものであった。


「──!!?」


「──!───ッ!!」


2人はその衝撃のあまり、上手く話すこともできなくなっていた。


そして数分後......


「ほれ、着いたぞ」


気狐がそう言うと、2人はそれぞれ手を放し、その場にへたり込んでしまった。


「何じゃ、情けないのう。まあよい。ここが儂の住処......伏見稲荷大社じゃ」


2人は乱れに乱れまくっていた感覚を数十秒かけて取り戻すと、その景色に圧倒された。


数えきれない量の鳥居がどこまでも並んでいる。


「これ...アンタが...!?」


レオがそう聞くと、気狐は首を横に振った。


「いや、これらは全て、人の手で為されたものじゃ」


2人は驚愕した。


「........人間って、すごいんだな」


レオはその圧巻の景色と気狐の言葉に一言、そう発したのだった。





気狐はある祭壇の前で突然立ち止まる。


祭壇には狐の石像が並んでいた。


そして、そこに手をかざすと、なんとそこには『穴』が形成された。


「...どこにつながってんだ?これ...」


「ま、ちょっとした神界じゃ」


「し、神界!?」


自身の質問に対し、予想外の答えが飛び出したため、レオは驚愕した。


「『ちょっとした』と言ったじゃろう。そんなに大それた『神』のような存在はおらん。儂のようなのが少しと理性を持たぬ妖魔がいるようなものじゃよ」


「いや、それでも十分凄いんだけど...」


「ま、入ればわかる。ほれ」


「えっ、ちょ待!?」


気狐はレオを無理矢理穴のなかに押し込んだ。


「...行くしかないようだな」


イドも渋々穴の中に入る。


気狐も2人に続き、穴の中に入ると、穴は完全に閉じてしまった。





穴の先には幻想的な世界が広がっていた。


いわゆる桃源郷というものだ。


「さてと、まずは儂の住処に案内しようかの」


少し歩いたところにある家があった。


伝統的な木造建築だ。


2人は気狐とともにその家に入る。


すると、


「なッ、アッ、アンタは!?」


レオが驚きとともに指さした先には、出迎えをするメイの姿があった。


名前こそ知らないが、2人は彼女のことは知っていた。


それもそのはず、彼女はいつも連の隣にいたからだ。


「ここで住まわせていただいています、メイです。今日からよろしくお願いしますね」


丁寧な言葉づかいでそう言うと、メイは一礼し、微笑んだ。


「...天使」


「え?」


「い、いや!なんでもない!!です...」


イドは自身の心の内が言葉に出ていたこと、そしてそれを聞かれたかもしれないと思ったことで、これまでにないほどの焦りを見せた。


「でも、なんだってメイさんがここに?」


レオの質問に対し、気狐はさっきまでとは打って変わり、真面目な顔つきになり、答え始めた。


「ほとぼりが冷めるまで、メイたちはここに置くことにしたのじゃ。まだ主様の記憶が新しい今、主様に関連する物に対することに関して、人々は敏感になっているじゃろうからな」


2人は、その通りだと言わんばかりに目線を落とした。


「ん?待て、メイ“たち”って...?」


レオの質問に対し、メイと気狐は目を合わせると、少し微笑んだ。


メイは自身の腹を愛おしそうにさすっている。


「......連?」


イドの言葉に対し、メイはうなずいた。


その後、気狐に一つの高さの低い机に誘導され、2人と気狐はその机に向かい合い、胡坐をかいて座った。


メイは何やら台所で作業をするようで、その場から離れた。


「それにしても、お主らのところのティエラとかいう小僧は厄介じゃのう。あやつ、何の迷いもなくメイの腹の子を撃ち抜こうとしおったからの」


気狐がそうぼやくと、レオとイドも呆れたと言わんばかりにため息をついた。


「あやつは今何をしとるのじゃ?」


「オリジンに完膚なきまでにやられ、今はまたどこかに放浪に...」


イドの言葉にレオは渋い表情で反応を見せた。


先のオリジンとの戦いとその後のことを思い出したのだろう。


気狐は苦笑いした。


「それで...」


気狐は話を移す。


「儂の元に来たということは、主様からの遺言じゃな?」


2人はうなずく。


「主様の頼みじゃからの。断るわけにもいかぬ。それに、儂としても、あの怪物をこの世界に放っておくのは良くないと思うからのう」


『......』


「良い目をしておるな...。うむ、よかろう。では、これからお主らを徹底的に鍛える。覚悟は良いな?」


『おう!!』


気合十分。


覚悟はとうにできていた。


2人は今からでも修行を受けんとしているようだ。


しかし、


「お2人とも、今日はゆっくり休まれてください。2日前の傷も、まだ癒えてないようでしょうから」


メイはそう言うと、3人の前に緑茶の入った湯飲みを置いた。


「そうじゃな。そうしよう。それに...」


「?」


「儂に聞きたいことがあるのじゃろう」


「え...」


イドは驚いた。


確かに、聞きたいことは山ほどある。


しかし、そんなことは口に出してはいない。


「何で分かったのか、という顔をしておるな。見ればわかる。表情に“もや”がかかっておるからの」


「...」


イドは何から話そうかと考える。


そして、


「なぜ...連は俺に.........殺されたがっていたんだ?」


「うむ、答えは簡単じゃ」


「?」


「償いじゃよ」


「......」


数秒の沈黙の後、イドは口を開く。


「でも、俺の家族や仲間たちは、あの人たちにひどいことをした。いや......『ひどい』なんて言葉では言い表せないほどのことをだ」


「しかし、お主はなにもしておらん。そうじゃろう?」


「......でも、仲間を殺した」


「そうじゃな。しかし、それは主様たちも同じことじゃ。痛み分けじゃよ」


「......」


「それと」


「?」


「お主を『英雄』にするためじゃ」


「『英雄』......?」


気狐はうなずく。


「お主...自分自身を何者と心得る?」


「......罪人の子、かな」


気狐は少し憐れみの表情を見せた。


そして、


「お主が何者か、世界中で知られ始めていたことは知っておるか?」


「なんだって...!?」


イドは驚愕した。


それもそのはず、当時のイドに、SNSを見る暇などほとんどなかった。


気狐はメイを呼び出すと、彼女のスマホから、数々のニュースを見せた。


それは、『解放軍』の主力の一人であるイドの正体が、凶悪なテロ組織の子であるというもの。


そして、それに対し、心無い言葉をぶつけるユーザーの声がそこにはあった。


「これは、いつから...?」


「『人類軍』が3回目の包囲戦を行った後のことじゃな」


「...あ」


イドは当時のことを思い出していた。


第三次包囲戦の後、連がイドに接触してきたこと、そして、その中で、連はイドを『勇者』と定義づけ、自身と戦うよう促していたことを。


「心当たりがあるようじゃな」


気狐の言葉に、イドはうなずく。


そして、イドは気狐に連が自身に接触してきたことを話した。


「なるほど。その時から既に主様は動いていたのじゃな...」


「でも、連は死ぬ間際、本気で俺たちを殺すつもりだったと言っていた」


「それは...まあ倒すまではいかなくともできることじゃからな」


「......え?」


「簡単な話じゃ。『魔王』と真正面から敵対する『勇者』という構図を作った時点で、お主は人類にとって希望になるのじゃからな。そうむやみに攻撃はできなくなるじゃろうて」


「......」


気狐はお茶を一口含み、飲む。


「まあ結果的に、『魔王』である主様は『勇者』であるお主に倒され、お主の『英雄』としての地位は決定的になった。だからその後もお主には攻撃が下らなかったのじゃ。......それに、口では何とでも言えるが、主様はお主を負かすことはできても、殺めることはできなかったと思うぞ。ま、あの時点の主様にお主らを負かすことなど、到底不可能じゃろうがな」


「......連は、そんなこと一言も言わなかった」


「それもそうじゃろう。主様は不器用じゃからな。不器用ゆえの、あの極端なまでの優しさじゃ」


そう言うと、気狐は少し笑った。


「俺...『してもらってばっかり』だ...。最後まであの人に償えなかった...」


「お主はまだ子どもじゃ。子どもに償ってもらおうと思うほど、主様の器は小さくない」


「卑怯だッ......本当に、あの人は...。自分だけ他人に優しさを振りまいて...自分は見返りを求めようともしないままッ...」


イドの声は震えている。


その目は濡れていた。


「そうじゃなぁ。主様は人から見返りをもらおうとすることも覚えるべきじゃった。優しさをもらった者の大抵は、何か優しさを相手に返さないままだと苦しい思いを抱くようになる」


「......」


「じゃが、お主からの償いに関しては最期にもらったと思うぞ。お主は主様を赦した。そうじゃろう?」


イドはうなずく。


「それだけでも、主様は救われたはずじゃ。充分な償いじゃよ」


「......そうかな」


気狐は微笑みながらうなずいた。


「気狐さん」


「む?どうした?レオ」


「俺からもいいか?」


「良いぞ。なんでも聞くとよい」


「連は死ぬ間際、俺たちと戦ったのは『継承』に値する者かどうかを確かめるためだと言ってた。あれは、どういう意味なんだ?」


気狐は再び茶をすすると、答え始めた。


「先ほど、お主らがここにくることを『感じた』と言ったことは覚えているかの?」


レオはうなずいた。


「儂はある者の位置を感知することができる。それは...」


「......」


レオとイドはその答えを聞こうと身を乗り出す。


「陰陽道をその身に宿す者じゃ」


『!!』


「じゃあ、つまり...!」


レオがそう言うと気狐はうなずき、2人に告げた。


「お主らには、確かに陰陽道を感じられる」


「......でも、一体どうやって...!?」


「主様の命が絶えたその時、儂が主様の陰陽道を回収し、お主らの身に宿らせたからじゃ。行き場を失った陰陽道は本来なら一旦消滅し、廻り廻って何代目か後の八咫烏陰陽道の当主に宿る。しかし、行き場の失った陰陽道ほど操りやすい物はないのも事実。これまで何度か実践したこともある。しかし、それら全てにおいて、完全には宿すことができなかったのも事実じゃ」


「.....それって」


「うむ、お主らに完全に陰陽道を宿らせることはできなかった。じゃから、イドには陰を、レオには陽を宿らせることにした」


「それも...連が?」


イドがそう言うと、気狐はうなずいた。


そう、連は自身が倒れた後のことも考えていた。


そして、その結果、自身が敗れた後、オリジンと戦うであろう2人に自身の陰陽道を託すという考えに至ったのだ。


「...かなわないな。あの人には...」


イドは乾いた笑いを浮かべながらそう言った。


「しかし、その力は永遠ではない。期間限定のものじゃ」


「期間は?」


「もって3カ月じゃな。じゃが、あまり期待せんほうが良いじゃろう。1カ月以上は最低でももつ」


「修業期間は?」


「1カ月じゃ。一応今一度聞くが、受けるのじゃな?」


2人は顔を見合わせ、うなずく。


「受けるぜ!!どんな修行でもな!!」


レオはそう言うと、掌と拳を勢いよくぶつけた。


「覚悟はとうにできている!!是非受けさせてくれ!!」


イドも続いた。


気狐は2人の目を何度か見比べた。


2人とも、とても真っ直ぐな目をしている。


「......うむ、良い心意気じゃ。それでは、修行は明日からじゃ。加減はせんからの」


そう言うと、気狐は息を吸い込む。


そして...


「覚悟せよ!!」


迫力ある声で、そう言った。


『おう!!!!』


2人も同じくらいの声量でそれに応える。





こうして、2人の波乱万丈・悪戦苦闘の修行が幕を開けたのだった。

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