目の前に、シーツがぴんと張られたベッドがある。
大の男が3人は横になれるような、キングサイズのベッド。ホテルでもなければ到底目にできないようなベッドを前に、星(せい)はこのあとどうしようかと考えた。
抵抗しようか、「こんなこと、もうやめてくれ」と叫ぼうか、このまま逃げ出して以前の平穏な暮らしに戻ろうか――。そんなことを、ぐるぐると考える。
「どうしたの? 緊張してる?」
背後から、男の声がする。耳がとろけてしまいそうなほどの甘い声。それは星の耳孔から侵入し、思考をとろとろに溶かしていく。
「別に……いつものことだろ?」
星は髪をかき上げるふりをして、火照った顔をとっさに隠した。恥ずかしがっているのを、これから起こる行為をほんの少し期待しているのを、男たちに悟られたくなかった。
「星は、いつも可愛いな……」
星の羞恥を知ってか知らずか、男はなおもそう語りかけながら、星の両肩に手を置いた。男の体温が、背中からじわじわと伝わってくる。怖くて、でも愛おしくて――全身の血が沸き立つのを星は抑えることができなかった。
「俺のこと、好き?」
耳元で囁かれ、星はこくんと頷いた。嫌いな男に、こんなことを許すわけがなかった。
だが、男は星の返事に満足していないようだった。星の首筋に顔を埋め、唇をゆっくりと耳へと移動させる。そして、星の耳朶を食みながら、なおもこう言った。
「俺と、ルキ……どっちが好き?」
ずきん、と星の胸が痛んだ。
いつもそうだ。いつだって、この人は――慎也(しんや)は、自分とルキを天秤にかけたがる。答えの出ない問いを、どうして今、この場で尋ねるのか、星は知っていた。
「選べない?」
そう問いながら、慎也は肩に置いた手を、下へ下へと移動させていく。この数か月ですっかりくびれた腰を両手で掴まれたとき、星の中で何かが弾けた。
(もう、どうなってもかまうもんか)
(俺のことは、好きにするがいい)
(俺だって、その分楽しませてもらう)
慎也の手から逃れるように、星は自分からベッドに身を横たえた。白い枕にぽすんと顔を埋め、一切の情報を視界からシャットアウトした。
「あーあ、星さんすねちゃったよ」
少し離れたところから、別の男の声が響いてくる。
高ぶった神経をどうにか鎮めようと必死なのに、もう一人の男が星を徹底的に追い詰めていく。
「なんだ、ルキ。横から口出しするんじゃない」
「だって、星さん悲しそうだから。慎也さんがいじめてるのかな、って」
「余計なこと言ってると、お前に順番回してやらないぞ」
「はい、はーい。すみませんでした」
「ルキ」と呼ばれた男は、そのまま黙ってしまった。
きっとルキはベッド横の安楽椅子に腰かけ、自分の「順番」を顔を悠然と待っているのだろう。
二人の男に、体を任せる――。
冷静に考えてみれば、狂っているとしか言えない、この状況。
しかし星は、この異常な習慣を半年以上も続けていた。
(どうして、こんなことに……)
慎也の手で背中を撫で上げられるのを感じながら、星はこうなってしまった原因について考えた。
あのとき、自分がもっと毅然とした態度を取っていれば。
あのとき、はっきり「嫌だ」と言っておけば。
あのとき、どちらか片方に別れを切り出していれば――。
しかし、いくら考えても答えは出なかった。