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第10話 悲しみに打ちのめされたら海を漂うオタクーズ


「さて……プランβベータに移行しようかメリカ」


「なにを主食にしてたらその不屈のメンタルが身に付くの? おにーさん一回立ち止まって冷静に考えようよ。ターゲットをオタクで囲い込んでベッチャベチャに褒め倒させるより優れた方法なんて、星の数以上にあると思うよ」


 翌朝、テレット家で再度の作戦会議。


 気が付くと二階のベッドの上だった。隣にはメリカがげんなりした様子で座っていた。


 気絶した俺を、また家まで運んでくれたみたいだ。運ばれてばかりだな俺。


 ついさっき目が覚めたわけだが。朝まで気ぃ失うほど強く蹴るなよゴリラ女。


「だいたい、あたしにウソついたよねおにーさん!? セクリナータ様、褒められるのすっごい嫌がってたじゃん! あることないこと吹き込んで他人を利用して女性を辱しめといて、自分は正義のヒーローみたいな感じでオイシイとこだけ持っていこうなんて…………サイテー過ぎない!?」


「犬って飼い主に構ってほしいときに仮病使うらしいな」


「愛くるしい雑学で話を逸らさないで!! まったく、おにーさんは何でそんなにめちゃくちゃな方法ばっかり考えちゃうかなあ?」


「結局、何事も勢いでドンドン突き進んだ方がいいんだよ。『石橋は崩れるくらい力強く渡れよな』って言うだろ?」


「知らないことわざ!! ああもう、どうしてここまでおバカなんだろこの人…………」


 メリカが頭を抱えて呆れ果てている。


 俺的には結構いい作戦だと思ったんだけどなぁ。


「こんな状態じゃセクリ様、散歩がトラウマになって引きこもっちゃうよ! ただでさえ好感度が更におにーさんの知能くらいまで下がっちゃって会いづらいのに!」


「内核より下なのかよ俺のIQ。あれ…………ちょっと待て」


「ん? ど、どしたの真剣な顔して……?」


 アゴに手を当てる俺に、メリカが顔を近付けておずおずと尋ねる。


「そういやアイツさ…………何でいっつも決まった時間に散歩してるんだ?」


「ふぇ……? お、おにーさん知らないの!? てっきりぜんぶ分かってるものかと……」


 メリカが驚きのあまり椅子から立ち上がって問い詰めてくる。なんか変なこと言ったか俺?


「知らないとか分かってるとか、なんのことだかサッパリなんだけども」


「セクリナータ様は可愛いものがお好きなのは知ってますよね? それは人形とか装飾品とかだけでなく、ヒトにも当てはまるんですよ」


 いきなり寝室と話に入ってくるヒューサさん。


「ヒトにも?」


「ええ……端的に言うと、セクリナータ様は踊り子のレッカさんの大ファンで、それを見るために散歩という名目でお城を抜け出してらっしゃるんですよ」


 なんてこった。


 セクリのストライクゾーンには人間も入ってるだなんて、ぜんぜん知らなかった。


 アイツはそういうのよりも、マスコットとかちっちゃい動物とか、コミカルなものにメロメロなイメージだったからな。


 ははあ、俺とメリカがギャーギャー言ってた時、俺にだけキレてたのもそれが原因か。


 アイツにとってはメリカも『かわいいもの』にカテゴライズされたわけだ。


 けど、あのレッカって踊り子は…………。


 まあいいや。


 とりあえずセクリは昨日の夜、大好きな踊り子レッカちゃんのステージが中止になったからってんで、いつにも増してイライラしてたってことか。


 アイツも意外とオタク脳なんだな。


「わざわざ城下町に降りてくるくらいだからよっぽど好きなんだろうね、レッカさんの躍り!」


「あのセクリがなぁ……」


「でも……あたしも一回あの特設ステージの近くでセクリナータ様を見たことあるんだけど、どちらかというと遠くの方でレッカさんを応援してる感じだったかな? あんまり他の人にファンだってことは知られたくないみたいだね」


「まあ、国王の娘がアイドルオタクだったら威厳とかなくなるしな。アイツはそういう外面を気にする女だから…………」


 アイドルオタク?


「………………あ」


「こ、今度はどうしたのおにーさん? 昨日蹴られたショックで男性器が取れちゃったことにいま気づいたの?」


「ギネス載るレベルの鈍感さだろそれ。そんなんじゃねえよ、いいコトを思い付いたのさ」


「いいコト? そんなこと言って、どうせまた『シャルウィーダンス?』とかほざいて致命傷受けるオチでしょ。もういいよそういうの……」


 信頼を完璧に失ってるんだが。実績がないから仕方ないけど。


「今回はちゃんとした作戦だから安心しろ。レッカに頼むんだ…………セクリのためだけの、オリジナルステージを設けてくれってな」




*****




「成程……あのセクリたんもレッカちゃんの虜になったでござるか…………」


 すっかり仲良くなったオタク達に事情を説明する。もうその呼び方やめたげて。


 昨夜俺が倒れたあと、彼らも一発ずつ急所蹴りをもらったらしく、今も全員が股間をおさえながら話をしている。


 ハイヒールでやられりゃそら痛いわな。俺も失神したんだもの。


 コイツらが蹴られたのも、元はと言えば俺が適当なホラを吹き回ったせいなんだが、彼らが気付いてないならわざわざ言う必要もない。


 同じ死線を潜った仲間だもんな、細かいことは抜きにしようや。


「しかし誠に遺憾極まりないのだが、レッカちゃんはしばらく躍りをしてくれそうにないんでござるよ」


「どういうこった? 毒キノコにあたって下痢かなんかしてんのか?」


「はああああん!? レッカちゃんは排泄行為なんてしませんけど!? 常に便秘ですけど!?」


 それ絶妙にフォローしきれてないぞ。


「拙者も何が何やら分からんのだが……昨晩のダンス中…………お主が拙者たちに声をかける少し前に、いきなり『わたしには踊り子でいる資格がない』と叫んでどこかに走り去って行ったっきり、まるっきり消息不明なんでござる」


 ははあ、そういう感じね。


 そんでオタク達もセクリもションボリしてたと。


「今日もこうして皆で集まり、ここで待ち続けているのでござるが、まるで音沙汰なしでござる。おかげで拙者の仲間たちもあのように意気消沈していて……」



「ううっ……愛しのレッカちゃんのダンスが見られないなんて、ボク涙の大海原で漂流しちゃうよぉぉ……」


「くそっ……愛しのレッカちゃんのダンスが見られねえたぁ、オレサマ涙の大海原で漂流しちまうぜ……」


「くうっ……愛しのレッカちゃんのダンスが見られぬとは、ワガハイ涙の大海原で漂流してしまうぞ……」



 ショックのあまり一人称と口調だけ変えて全く同じ表現しか使ってない。


 どんだけ漂流民いるんだよ。涙の大海原もう満席だろ。


 しかし、これはだいぶ深刻だな。誰も立っていない特設ステージを見つめながら、オタク達がナメクジのように萎れてしまっている。


 コイツらエロ目的でコロッとセクリに鞍替えしかけたくせに。


「どうする、おにーさん?」


「はあ…………めんどくせえな。とりあえずレッカに話を聞きに行って、なんとかしてもらおうぜ。踊らなくなったら俺たちも困るし」


「そ、それはまことでござるか!?」


 オタクさんが俺の手をギュッと握りしめてくる。


 すっごい油ギッシュ。素手で中華屋の床掃除したのか?


「拙者たちも色々と調べたのでござるが、レッカちゃんの居場所はわからなかったのでござる! だが、お主なら何とかしてくれそうな気がするでござる!」


「黙れキモオタ」


「急にドライ!! と、とにかく頼んだでござるよーー!」


 オタクたちの激励の言葉に背中を押され、俺とメリカは歩き出した。



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