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第16話 ロイの助け




皇帝陛下に挨拶を済ませた後、私は私に用意されたなかなかいい部屋に一旦戻り、3日間の荷物を手早く片付けた。

そして片付けを終えると私は一応用心して顔の半分を布で隠し、この宮殿内にある図書館へ向かった。

明日の舞の参考にする資料を探す為だ。




「んー」




早速やってきた図書館で目の前にずらりと並ぶ本を私は1人睨みつける。


舞関連の本がたくさん置かれているここへはリタの代役時代にこの図書館に通い詰めていたおかげですぐに来ることができた。

だが多すぎてどれを手に取ればいいのかわからない。


ここは帝国一の蔵書を誇る場所だ。

舞の本といっても古いものから新しいもの、また流派や歴史などなどざっと見ただけでも様々なものがある。




「…とりあえずあれかな」




本棚の上の方を見て私は呟く。

そこには〝舞の基礎〟と書かれた本が置かれていた。


さすがにあそこまでは手が届かないかな?

でもギリギリ届きそうだし…。


少々悩んだが、やるだけやって無理なら誰かに頼もうと、私は両つま先を目一杯立て、本棚に左手を突き、右手をぐーっと伸ばし、何とか自分で本を取ろうとする。




「ゔぅ…」




あ、あと、少し。


もう触れられそうなので諦めることなく、一生懸命指先を伸ばし続けると、やっとその指先が本に触れた。

私はそのまま指先を本にかけ、グッと外に引っ張る。




「やった…」




そして私はついに本を取ることに成功した。

したのだが。




「あ」




ぐらりと本を取った勢いそのままに体が後ろに倒れる。




「…っ」




強い衝撃に備えてギュッと目をつぶったが、私の体に強い衝撃が加わることはなかった。

後ろにいる誰が私の体を支えていたからだ。




「大丈夫?ステラ?」


「…っ!!!!」




私を支えているロイが心配そうに私に微笑む。

私はそんなロイを見て声にならない悲鳴をあげた。


ななな!何で!ロイがここにいるの!?


天井のステンドグラスから指す光がロイの色素の薄い金色の髪に当たり、キラキラとロイの髪を輝かす。

まるで天使のようなこの男に私は今度は息を呑んだ。


腹黒皇太子だと知らなければきっと私もリタのようにこの男に夢中になっていたことだろう。




「…おーい。ステラ?」




美しすぎるロイに見惚れているとおかしそうに笑いながらロイが私の目の前で手を振った。




「あ、ああ。ありがとうございます」




私は何とか平静を装ってロイから離れる。


ロイなんかに見惚れて思考停止するなんて不覚。




「…どうしてロイ様がここにいるんですか?お仕事ですか?」




そして私は気を取り直してロイに質問をした。

するとロイは優しく私に微笑んだ。




「君が困っていると思ってね。助けに来たんだ。随分探したよ」


「…」




誰のせいで困っていると思っているんだ。


優しく微笑むロイのことを思わず恨みを込めて見てしまうがロイはどこ吹く風だ。




「私は踊り子じゃないって言いましたよね?」


「そうだね。でもステラも僕にこの前踊り子じゃないって否定しなかったよね?」


「…そうですけど。先ほどはちゃんと踊り子じゃないと言いました」


「それでも僕に先に嘘をついたのはステラだよね?この帝国の皇太子に嘘をついたのに僕を責められるのかな?ねぇ、ステラ?」


「…」




にこやかにだが、どこか意地悪く私に言葉を返し続けるロイに私は何も言えなくなる。

〝皇太子〟をチラつかされては私はもう何も言えない。素性の知れないただの子どもが〝皇太子〟に文句なんか言えるものか。


悔しさをグッと堪えてロイから視線を逸らすとロイは「ごめんごめん。ステラを責めにきた訳じゃないんだ」と優しく笑って私の頭を軽く撫でた。




「最初に言っただろう。助けに来たと。一緒に舞の内容考えよう」


「…え」


「ステラならできそうだと思う構成をもういくつか考えているんだ」




ロイはそこまで言うと驚きで目を見開いている私から本棚へ視線を移していくつか本を集め始める。




「僕は初めて君を見た時に花の妖精が現れたと思ったんだよね。だから今回の舞のコンセプトは花なんてどうかな?」


「…花ですか」




スッとロイから〝花の舞〟と書かれた本を渡される。

その本をぱらぱらとめくって内容をざっと確認してみるとそこには花をイメージした舞の型が絵付きで記されていた。


これを見て私の中でどんどんイメージが膨らむ。




「花だけでは動きが今ひとつです。蝶と戯れているとかどうでしょうか。花と蝶の戯れ、みたいな」


「なかなかいいね。ステラのような少女の幼さと無邪気さに合っているんじゃないかな。それじゃあ、あとこの本とこの本も持っていこう」




私からポロッと出てきたアイディアにロイがにこやかに頷く。


その後私たちはそうやっていろいろなアイディアをお互いに出し合いながら、図書館中を歩き回り、本を集め、本を集め終わると、その集めた本たちから具体的な構成を考え始めた。

そしてその話し合いは夕方まで続き、その頃には振り付けも使用する曲も演出でさえも全て決まっていた。


さすがロイだ。一緒に仕事をすればこんなにも早く完璧だなんて。




*****




「本当はまだステラといたいんだけどね。仕事があるからもう行かないといけないんだ。また明日も必ず会いにいくよ。最終調整をしよう」




舞の構成を全て決め終えた後、ロイは私にそう微笑んで私と何故か名残惜しそうに別れた。


それがたった数時間前の話である。

夕食を部屋で食べ終え、明日に備えて練習でも始めるか、と曲を流そうとしたところでロイはまた私の前に現れた。




「やあ」




爽やかに微笑み、ロイが当然のように部屋へ入ってくるのを私は信じられないものでもみるような目で見てしまう。


仕事があると言っていませんでしたか?

お忙しいのでは?




「…何しに来たんですか」




突然のロイの訪問を不審に思い、つい疑いの目をロイに向ける。

つい先ほどは助けてもらったが、この男がそう何度も無償で助けてくれるとは思えない。邪魔をしに来た可能性だってある。




「うーん。邪魔をしに来た、かな?」




にっこりと悪戯っぽく笑うロイに私は心の中で叫んだ。


やっぱり!!!!邪魔しに来やがった!!




「帰ってください」




こちらにやって来たロイの背中をグイグイ押して部屋から私はロイを追い出そうとする。


こちとらこれから舞の練習をしなければならないのだ。ロイの相手をしている暇などない。


一生懸命ロイをこの部屋から何とか追い出そうとしたがロイは「あはは、そんな可愛らしい力で押されても」と愉快そうに笑って、しまいには私をギュッと抱きしめてきた。


何がしたいんだ、コイツ。




「時間がないんですよ!明日には舞を披露しないといけないのに!」




ロイの腕の中で私は両手を動かして激しく抗議をする。

するとロイはそんな私を軽々と持ち上げ、どこかへ運び始めた。




「お、下ろしてください!」




どんなに抵抗しても全くロイには響かない。ロイはそのまま私をベッドの上に座らせ、自身も私の横に腰を下ろした。




「完璧な舞なんて披露する必要はないよ。僕はステラの愛らしい舞に惚れているんだから」




ふわりとロイが私の目を覗き込んで天使のように笑う。




「今日はよく頑張っただろう?だから今日はもう休むべきだよ。明日に備えてね」


「…いえ明日披露する舞を少しでも見せられるものにする為には今からでも練習をしなければなりません。私は踊り子ではないんです。素人です。休む暇などありませんよ」


「いいや。休むべきだよ。ステラはそのままでいいのだから。父上も言っていただろう?荒削りであろうとそれがダイヤモンドなら輝きを放つ、と。父上が求めているのは完璧な舞ではなく、ステラの輝きを放つステラだけの舞なんだよ」


「…」




最初こそこの甘くて優しい天使な男に反論をしようとした。

だが、ロイの言葉は的確で私は何も言えなくなってしまった。




「ステラ、君が眠るまでそばに居よう。ほら、目を瞑って」




ロイがそう言って私の瞼を撫で、強制的に瞼を閉じさせる。




「…ロ、ロイさま」


「大丈夫。今日はもうお休み」




何とかロイに抵抗しようとしたが、何故か体に力が入らず、私はロイのなすがままだ。


何故体がこんなにもふわふわしているのだろう。

それだけ疲れているのだろうか。


私はもうこのふわふわとした感覚に抗うことができず、そのまま眠りについた。




「よかった。よく効いたね、これ」




眠りについたステラをロイは愛おしげに見つめて自身の懐に忍ばせていた魔法薬の小瓶に触れた。



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