sideステラ
宮殿から戻って来て、1週間くらいが経った。
あれからロイから何かされる訳でもなく、穏やかな日常を過ごしていた私だが、ここ数日、何かがおかしい。
私は今、午後の授業の前の空き時間を使って、何となく公爵邸内の廊下を歩いていた。
…今日もユリウスの姿が見当たらない。
ここ数日、ユリウスが私の前に姿を現さない。
前までは嫌になるほど少しの時間でも私に会いに来ていたはずなのにそれがめっきりなくなった。
それどころか忙しいのか夕食の席にさえ現れないのだ。
何かがおかしい。
そう思って大きな窓から外を見るが、そこには美しい公爵邸の庭が広がっているだけでユリウスの姿はない。
私もどこかおかしい。
何故か無意識にユリウスを探す私がいる。
あまりにも日常に溶け込んでしまったユリウスという存在が急に消えて思うところがあるのだろうか。
「ユリウスの従者、ピエールによるとユリウスはそちらの家に向かってから行方がわからないらしい」
ふとどこからかフランドル公爵の真剣な声が聞こえてきた為、私はその場で足を止める。
ユリウスが行方不明?
てっきりいろいろと忙しく姿を見せないのだと思っていたが、どうやらそれは違ったらしい。
私は真相を確かめる為に声の聞こえた扉の方へこっそりと近づいた。
「俺の家からですか?」
「ああ。何か知らないか?ハリー卿よ」
扉の向こうから聞こえる声は2つ。
一つはフランドル公爵のもので、もう一つは知らない男の人のものだ。
声の感じからおそらく公爵と同世代くらいの人だということはわかった。
公爵と同世代で公爵からハリーと呼ばれる男…。
リタ代役時代の記憶の中から頭をフル回転させて何とか公爵の話し相手である男の正体を炙り出そうとする。
…あ。
数秒間考え込んだ後、ついに私の頭の中にある人物が思い浮かんだ。
ハリー・クラークだ。
彼は現クラーク伯爵の弟で、確か今は帝国騎士団の第二部隊、隊長を務めていたはずだ。
そこまで考えて私はさらにある人物を思い浮かべた。
ハリーにはアリス・クラークという17歳の娘がいる。
彼女は学院でも有名なユリウス信者だった。
とにかくユリウスは見た目だけはため息の出るほどの美しさを誇る。
そんなユリウスに密かに思いを寄せる人は多い。
あの氷のような冷たさにも耐え、ユリウスへの思いを口にできる強者のことを学院の生徒たちはユリウス信者と呼んでいた。
ユリウス信者の中でも特にアリス・クラークは苛烈だと有名だった。
アリスの前でユリウスへの思いを言おうものなら、その場で制裁という名の平手打ちを食らったり、また後日、魔法薬を使ったのか謎の体調不良を誘発させられたりするのだ。
学院で調理実習があれば、その調理したものの中に惚れ薬を入れたり、媚薬を入れたりしてユリウスに渡そうとするということもあった。
その薬の類はとんでもなく強力らしく、アリスに実際に薬を盛られて倒れている生徒を何度見てきたことか。
幸い、ユリウスは他人から食べ物等を受け取らないたちなので、そういう被害には遭っていないようだった。
つまり、ハリー・クラークの娘である、アリス・クラークは非常に危険なユリウス信者なのだ。
そんなアリスの家に向かった後、行方不明になったとはもう嫌な予感しかしない。
「確かに俺はユリウスを我が家に呼びました。ですが、ユリウスはその後、きちんと我が家を出ております。この目で公爵邸の馬車が我が家を出ていく姿を見ております」
「…そうか。だか、その馬車でユリウスは帰って来なかったんだ」
「…なるほど。まさか道中でユリウスが襲撃を受け、馬車だけで帰らざるを得なかった、とか。その馬車を動かしていた使用人は何と言っているのですか?」
「それがそちらに行ってからこちらに帰ってくるまでの記憶が不思議なことにすっぽりと抜けていると主張するのだ」
ハリーと公爵の真剣な声の会話が続く。
従者は魔法薬を使われたのだろう。
一部の記憶だけすっぽりと抜けるなどそうでなければあり得ない。
この不自然さ、やはりアリスが関係しているような気がしてならない。
「それは奇妙ですな。魔法薬の類でも使われましたかね?」
「ああ。私もそう思っている。…ハリー卿、忙しい時にすまなかったな」
「いえ、俺も協力できることがあれば何か…」
このままでは会話が終わってしまう。
おそらく怪しいクラーク邸にさえ行けれない。
そう思った私は慌てて公爵たちが話をしている部屋の扉を開けた。
「失礼します!」
「ステラ?」
勢いよく扉を開けて入ってきた私を公爵が目を丸くして見る。
ユリウスと同じ冷たい無表情が珍しく崩れている。私の登場は予想外だったのだろう。
今すぐに怪しいのはアリスです、と言いたかったが、何の脈略もなく、そんなことを言っても、ただ不審がられると思ったので、私は他の方法でクラーク邸を探れる方法を考えた。
そしてほんの数秒考えた後、私は口を開いた。
「…クラーク邸へ同行したメアリーが言っておりました。何故かクラーク邸の者からユリウスはクラーク邸に残るから先に帰るようにと言われた、と」
真剣な表情で私は公爵とハリーに訴えかける。
もちろん真っ赤な嘘である。
だが、今はクラーク邸を探れる口実が作れればいいのだ。嘘をついたことは後でいくらでも謝ろう。
「…ふむ。それは確かか、ステラ」
「はい。間違いありません」
ごめんなさい。大嘘です。
こちらを真剣に見つめ、真偽を確かめる公爵に私は真剣に頷き、心の中ですぐに謝罪をした。
「ならば何かユリウスを見つける手がかりに繋がるかもしれない。どうだろう?ハリー卿」
「はい。それならば喜んで協力いたしましょう。今すぐに我が家を調べるべきです。一刻も早くユリウスを見つける為に」
「協力に感謝する」
私の話を聞いて公爵がハリーの方を見れば、ハリーはそんな公爵に力強く頷いた。
よかった!これでクラーク邸を探ることができる。
きっと公爵の言う通り、ユリウスを見つける手がかりはクラーク邸にあるはずだ。
そしてユリウスの行方不明にはおそらくアリスが関係してる。
こうして私の大嘘証言もあり、クラーク邸の捜索がハリー協力の元、決まったのであった。