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第23話 やっと見つけた




早く誰かを見つけないと。

あの扉の向こうにはユリウスがいるはずだ。


クラーク邸内を必死で走り続けること数十分、私はついにフランドルの者である、ジャンの姿を見つけ、駆け寄った。




「ジャン!」


「ステラ様!」




私の姿を見つけてジャンも焦った様子でこちらに駆け寄る。




「何をしていたのですか!どれほど探したことか!公爵様との約束をお忘れになったのですか!ここでは俺と一緒に行動ですよ!」




そしてジャンは鬼の形相で私にそう怒鳴った。

こんなにも取り乱しているジャンを見るのは初めてだ。すごく怒っているようにも見えるジャンだが、その瞳には安堵もある。

私のことを今まで必死になって探していたのだろう。


私が姿をくらませた後のジャンを想像し、何だか申し訳なってきた。




「…ごめんなさい」


「…わかればよろしいのです。もう2度とこのような…ん?」




申し訳なさそうにしている私をジャンが怪訝そうな顔で見る。




「…ステラ様?どうしてそのような格好を?」




あ、なるほど。


最初こそ、何故そのような顔で私を見るのか、と思ったが、ジャンの恐る恐る出された言葉によって私はその顔の理由を理解した。


少し目を話した隙に私の格好がいつものワンピースからメイド服に変わっていたのだ。

急にメイド服を着て現れればあんな顔もするだろう。


意味がわからないもんね。




「あー。これはちょっといろいろと、ね?」




説明するべきなのだろうが、今はそんな時間も惜しいので、私はジャンにこの格好について説明することなく、適当に濁した。




「それよりジャン。私、ユリウスの居場所わかったかもしれない」


「…っ!それは本当ですか?」


「うん」




私の真剣な表情を見て、ジャンの空気が変わる。

先ほどまでの幼い子どもを相手にしていた柔らかい空気とは違い、騎士のピリピリとした緊張感のある空気だ。


ジャンはその空気のまま、私の次の言葉を固唾を飲んで待った。




「ユリウスはアリス専用の地下室にいる可能性があるの」


「なっ!それが本当ならユリウス様は…」


「うん。多分監禁されてる」




私の言葉にジャンが信じられないといった様子で目を見開く。

まさかジャンもあのユリウスがここのご令嬢に監禁されているとは思いもしなかったのだろう。


私だってアリスのあの性格を知っていたからこそアリスを疑ったのだ。知らなければ疑いさえされなかったはずだ。




「ジャン。その剣貸して」


「え」




私はジャンからの答えなど待たずに、ジャンの腰に刺さっていた鞘から剣を引き抜いた。

ジャンが驚きに満ちた顔で私を見つめている。




「私がユリウスを助けに行くからジャンは人を集めて地下室に来て!」




私はそんなジャンなど無視して、その場から地下室の方へ走り出した。




「お待ちください!役割が逆です!」




後ろから必死に私を呼び止めるジャンの声が聞こえる。


私は子どもで相手は屈強なフランドルの騎士だ。このままでは追いつかれてしまうだろう。

そう思った私は一度その場で足を止め、ジャンの方へ振り返った。




「ジャン!よく聞きなさい!私は地下室がどこにあるか知っているわ!だけどアナタはその場所さえ知らないでしょう!?ならば知っている私が先にユリウスの元へ向かい、アナタは戦力を集めて地下室へ向かうべきだわ!あのユリウスを監禁しているかもしれないのよ!?地下室には何があるかわからないわ!今は一刻の猶予も許されないの!わかるかしら!」




私は高圧的にそう叫んで、緑の瞳をスッと細め、ジャンを見据える。




「一歩間違えれば大惨事になる。今は間違った選択は許されないのよ?」




そしてかつてリタだった時のように誰も逆らえない、女王のような雰囲気でジャンに静かにそう言った。




「…っ。かしこまりました。ステラ様」




私の圧に圧倒されたのか、驚いた表情を浮かべながらも、反射的にまるで主人に忠誠を誓うようにジャンがその場で跪く。




「…」




深々と頭を下げているジャンを見て私は思った。


リタほど性格の悪い悪女はなかなかいないが、彼女の誰かを強制的に従わせる女王のような風格は天下一品だと。

だからこそ周りは彼女に逆らえないし、従うしかなかったのだ。


一か八かでリタの真似をしてみたが、ここまで効き目があるとは思いもしなかった。




「任せたよ!ジャン!」




私は跪くジャンに少しだけ驚きながらも、それだけ言うとまた全力で走り出した。


早く、ユリウスの元へ行かねば。





*****





走り続けること数分。

私はやっと地下室へと続く扉の前まで辿り着いていた。




「…はぁ!」




扉の前で思いっきり剣を振りかざし、そのまま勢いよく下ろして、扉に傷を作る。

それを何度も何度も繰り返すと、小さな傷はどんどん増え、扉もどんどんボロボロになっていった。


ここまでくればあと一息だ。




「…よし。はぁっ!」




ボロボロになった扉に一思いに足を振り上げて踏み抜く。

するとバーン!っと派手な音と共に穴が開き、私の目の前に薄暗い地下室へと続く階段が現れた。


この先にユリウスがいるはずだ。




「ふぅ」




一度深く息を吐いて、額に滲む汗を拭く。

それから私はその階段を一気に駆け下り始めた。

そして階段を駆け降りた先には、地下牢のような場所が広がっていた。

だか、地下牢といっても部屋に鉄格子があるだけで、劣悪な環境だというわけでない。

アリスがコレクションを保管していると言われている場所だけあって、そこは白と金で統一された清潔で洗礼された美しさのある場所だった。





「ユリウス!」




この閉鎖的だが、どこか美しく不気味な部屋でやっとユリウスの姿を見つけ、私は思わずユリウスの名前を呼ぶ。

ユリウスは鉄格子の向こう側で力なく立派な1人掛けのソファに座っていた。




「…ス、テラ?」




ユリウスがぼんやりとした表情で顔を上げる。その金色の瞳にはいつものような冷たさも力強さもない。


あのユリウスがここまで弱っているとは。

一体何があったのか。




「私だよ!ユリウス!」




私は急いでユリウスの側まで駆け寄り、鉄格子に手を伸ばした。

鉄格子を掴んだ両手からひんやりとした鉄の冷たさを感じる。こんなものの中にユリウスが捕えられていたなんて。




「…ステラ?ステラなのか?」




最初こそ、ぼーっとしていたユリウスだったが、はっきりと私の姿を捉えると、だんだんその瞳に活力が戻ってきた。




「ステラ!」




私の名前を呼んでユリウスがこちらに駆け寄る。

それと同時にジャラリとユリウスの足元から重たい金属音が聞こえてきた。




「…っ!ユリウス、それ!」




まさかと思い、ユリウスの足元に視線を向ければ、ユリウスの右足首には足枷がつけられており、鎖で壁に繋がれていた。


ここでユリウスは一体どんな目に遭ってきたのか。


足枷だけではない。

よく見れば、ユリウスは数日前よりも目に見えてやつれている。


鉄格子と足枷で物理的に自由を奪われ、こんなにもやつれるほど体力まで奪われ、ユリウスはここで完全に逃げられないようにまるで猛獣のように監禁されていたのか。


ユリウスの姿に胸が痛くなっていると、ユリウスは鉄格子越しから、自身の手を出して、私の頭を優しく撫でた。

力が入らないのか、その手は少しだけ震えている。




「そんな顔をするな。俺なら大丈夫だ」




そしてユリウスは私を落ち着かせるように優しくそう言った。

優しくて心地いい感覚が私の頭からゆっくりと全身へ広がっていく。ユリウスにこうされることが私は嫌ではないらしい。




「それより何故ステラがここにいる?」




しばらく私を撫で、私が落ち着いてきたことを確認すると、ユリウスは相変わらず冷たく、だが、どこか不思議そうに私を見つめてきた。


何故って言われても。何故なのだろうか。

心配だった、だから助けに来た、それだけなのだが。


どんな言葉で今の状況を説明すればよいのか、私は少しだけ考え、数秒後、ゆっくりと口を開いた。




「…ユリウスの専属護衛だからだよ。だから助けに来た」




以前、ユリウスに言われた〝専属護衛〟の言葉を借りて、私は優しくユリウスに微笑む。

するとユリウスは「…ああ、そうだったな」とどこか嬉しそうに笑った。




「ユリウス、今、ジャンが騎士を集めているからこの鉄格子も…」


「そこで何をしているのかしら」




ユリウスに今の状況を話そうとした私の後ろから酷く冷たい声が聞こえる。

その声にすぐに振り向くと、そこには燃えるような真っ赤な癖毛が特徴的なアリスがこちらを睨みつけながら立っていた。




「扉が壊れた気配がしたから来てみればあれをしたのはアナタなのね?」




ふわりと笑ってこちらに近づくアリスの手には短剣がある。

アリスは笑っているが、本当に笑っているわけではない。見ているだけでアリスの怒りの感情が伝わってくる。




「気をつけろ、ステラ。アイツは魔法薬を使う。何をされるかわからない。できるだけ空気を吸うな」


「…うん」




アリスには聞こえないようにユリウスがそう私に囁き、私はそれに真剣な顔で頷いた。


…空気を吸うなって言われても無理だが、なるべく最善は尽くそう。

魔法薬が効く前に決着をつける…とか。


アリスと私の間に流れる張り詰めた空気に私の額から汗が一粒流れる。

そして私はグッと剣を握る手に力を込めて、いつでも応戦できるように軽く腰を落として構えた。



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