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第31話 保護




sideステラ




薄暗い森の中、必死に走り続ける私の背後には私を追うたくさんの騎士たちがいる。

逃げても逃げても彼らは私を追い、私を逃そうとはしない。




「リタ!待って!」




騎士たちの中から金髪の天使が必死にこちらに手を伸ばす。

そしてその手の指先が私の背中に僅かに触れた。




「やめて、ロイ!」




私は天使に向かって必死にそう叫んだ。





*****





「…っ!」




突然、意識が覚醒し、勢いよく瞼を開ける。

瞼を開けた私の視界にまず入ってきたのは、暖かみのある木で作られた見たことのない天井だった。

どこからどう見てもここはあの薄暗い森ではない。誰かの家だ。


そこまで状況を理解して、初めて私は今見ていたものが夢だったと気がついた。

ロイと騎士たちに追いかけ回される夢なんて何て嫌な夢を見てしまったのだろうか。


妙に現実味のある嫌な夢に私は寝ていたはずなのに疲れを感じてしまう。おまけに額や背中の汗も酷く、不快感まであった。


最悪な目覚めだ。




「…っ」




目が覚めたのでとりあえず状況を確認する為に、体を起こそうとするが、体が驚くほど重い。

その重さに私は言葉を失った。


意識を手放す前、最後の記憶はキースの元まで辿り着けたところだった。

その後、今までの疲労と安心感からすぐに意識を手放したところまでは覚えている。


だが、その後がまるでわからない。

ここがどこかさえもわからない。


仕方ないので首だけ動かして何とか周りを確認すると、ここはどうやら木造の小さな寝室のようだった。

この小さな寝室のベッドで私は寝ていたみたいだ。

それから私の体はまだ本来の姿のまま、つまり19歳の姿のままだった。

あれから朝が来ていないので、この姿なのか、何日も経っており、今が夜だからこの姿なのかはわからない。




「あ?起きた?」




私が目覚めたことに気がついたキースがこちらに歩み寄ってくる。




「おはようございます、ニセモノのリタお嬢様」




そしてまたあの不気味な笑顔を浮かべた。




「…キース。私が誰だかわかるの?」




また私を〝ニセモノのリタ〟と呼んだキースを私は不思議そうに見つめる。


私がこの姿でキースに会うのは初めてだ。

あくまで私はリタの代役として、リタのままキースと関係を築いていた。

なのでキースはそもそもリタの代役である私という存在を知らないのだ。

そんなキースが今の私を見ただけで、私がリタの代役、〝ニセモノのリタお嬢様〟だと気づけたことに私はただただ驚いた。


あらゆる方法でリタの代役だったことを証明するつもりではいたが、その必要もないらしい。何だか拍子抜けだ。




「…わかるよ。あの程度の魔法薬なんて僕には無意味だからね。帝国一の魔法使いなんだよ、僕は」




皮肉げに笑うキースを見て、改めてキースの有能さに感心する。

やはり帝国一の魔法使いという名は伊達ではないようだ。

原理はよくわからないが、最初からキースは私が魔法薬でリタに化けていたことに気がついていたみたいだ。




「ここは僕の魔法によって隠された場所だから安全だよ。僕の許可なく、ここへ立ち入ることは誰にもできない。だから安心して休めばいいよ」




先ほどの不気味な笑顔を早々にやめ、キースが淡々と私に今の状況を説明する。




「それでニセモノのリタお嬢様は…いや、ずっとこの呼び方は面倒くさいね。君、名前は?」


「…ステラ」


「…ステラ、ね。それじゃあステラは…」


「…っ!ぅゔっ」




キースが何か話し始めたところであの苦しさが私を襲う。

このまま横になっていては、血が気管に詰まってしまうので、私は自身の体に鞭打って、体を何とか起こすと、吐血する態勢に入った。




「…ゔ、ゴホッ」


「え?」


「ゴホッ!ゴホッ!」




急に体を起こし、激しく咳き込み出した私にキースが眉をひそめる。




「ゴホッ、ゴホッ、かはっ!」




そして私はついにキースの目の前で血を吐いた。

それによって、大変申し訳ないが、ベッドの白いシーツが真っ赤に染め上げられてしまう。




「ぅ、かはっ」


「え?え?えええ?」




さすがに何度も吐血する私をキースは心配そうに見つめ、その場であわあわし始める。

それから「く、薬か?でも何の症状?え?毒?とりあえず万能薬か?」とベッドの前と扉の前をうろうろ行ったり来たりしていた。


人間嫌いなキースでも吐血した人間を心配する心は持っているようだ。




「だ、大丈夫。すぐ治る」




何とかキースを落ち着かせようと口を開いた私の体がだんだんと小さくなり始める。




「え!」




小さくなり始めた私の体にキースの瞳は急にキラキラと輝き出した。

先ほどまで私を心配していた姿は嘘だったのかと言いたくなるほど、今のキースには心配のしの字もない。


初めて見る摩訶不思議な光景に、「な、なになになに!?どうなっているの!?」と、キラキラな笑顔で釘付けだ。


何て現金なやつなんだ。

先ほどのキースに対する評価を変えさせて欲しい。

キースに人を心配するような心などない。そんなものこの頭のイかれた天才には存在すらしていないようだ。


そして私はキースにじっくり観察されながら、また12歳の姿に戻ってしまった。




「すすす、すごいねぇ!これはどんな魔法!?まさか古代の失われた魔法!?一体どうなっているの!?」


「…」




もう12歳の姿になっているので辛くはないが、口から血を垂らす私を興奮気味に問い詰めるキースを白い目で見る。


今の私を見れば興奮するだろうとは思っていたが、吐血をした人に対してこんな態度を取れるとは。

さすがというか、何というか。




「これはキース、アナタが私に渡した〝時間を戻す〟魔法薬を飲んだ結果だよ」


「ええ!?僕ぅ!?」




早速説明を始めた私にキースが驚きながらも嬉しそうなリアクションをする。

そんなキースに私は苦笑いを浮かべながらも、半年前、ルードヴィング伯爵に裏切られ、命を狙われたことをきっかけに全てをやり直すつもりで薬を飲んだこと、その後どうなったかなど、現在に至るまで、全てのことをキースに話した。



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