「ステラ様、口を開けてください」
「…」
「ふふ、そんな顔しないで。大丈夫、今日のご飯も自信作ですよ?」
クスクスと楽しそうに笑いながら、スープの入ったスプーンをセスが私の口元へと近づける。
私はせめてもの抵抗として口を固く閉じ、抗議の視線をセスへと送るが、セスは全く違う解釈をし、その瞳を細めた。
セスの作るご飯の味を疑っているのではない。このくらい自分で食べられる、とささやかだが抵抗しているのだ。
だが、こんなことは無意味だとわかっているので、私は今日も早々に抵抗をやめ、不満げに口を開いた。
「ああ、お上手ですね。さあ、あーん」
「…」
まるで赤子のお世話でもするように嬉しそうに、そして丁寧にセスがスプーンを私の口へと運ぶ。
私はそのスプーンを不本意ながらも受け入れ、口に含むと、ごくりとスプーンの上のスープを飲んだ。
…何だこれ。
セスが私を匿うという名の監禁をし始めてからもう3日が経った。
今日の私にももちろん自由はなく、1日中ベッドの上だ。
「美味しいですか?今日は南の離島から仕入れた海鮮でスープを作ったんですよ」
「うん。美味しいよ、さすがセスだね」
「よかった。では次はこちらを頂きましょう」
「…うん」
何とか笑顔で答えた私を嬉しそうに見つめ、セスはまた私の口元へと食事を運ぶ。
これを何度も何度も繰り返し、1時間もかけてやっと私は昼食を終わらせた。
*****
「それではステラ様、行って参ります。また夜には戻りますので」
「うん。仕事頑張って」
この部屋唯一の出口へと繋がる扉の前でセスが名残惜しそうに私を見つめ、丁寧に頭を下げる。
私はそんなセスに軽く手を振り、笑顔でその背中を見送った。
セスがルードウィング伯爵家へと仕事に行ったことにより、この広くも豪華な部屋で私は1人になる。
この部屋は本当に広く、とても豪華だ。
この部屋にはこの部屋だけで、一通りの生活ができるように机やソファや本棚などが揃えられており、出入り口ではないもう一つの扉の向こうには水回りまで完備されてあった。
しかも家具も一つ一つが高級品で洗練されたものしかない。
こんなにも素晴らしい部屋だが、この部屋には何と窓が一つもなかった。
なので私はもう3日も太陽の光を浴びていない。
太陽の光を浴びれない生活がこんなにも味気なく、気分が沈んでしまうものだったとは思いもしなかった。
今まで一度もこのような生活に追い込まれたことがなかったので、全く知らなかった感覚を私は今強制的に味わわされているところだ。
この3日間、両足が折れており、自力で動けない私はずっとこのふわふわのベッドの上にいた。
朝、昼、晩、とセスが仕事の合間を縫ってここへやって来ては私の世話をする。
それはご飯から始まり、お風呂もトイレも全部セスの管理下だった。
そこに私の意思などない。
これではセスのただのお気に入りのお人形状態だ。
ベッドの上で仰向けになり、綺麗なシミ一つない白い天井をぼーっと見つめる。
私、どうしてこんなことになっているんだろ。
足の感覚は未だになく、動く気さえもしない。
足を折られているのなら、キースに渡されたチート万能薬で治して、さっさと逃げようとも考えたが、ここがセスの屋敷であるという情報があるだけで、あとは何もわからない以上、下手には動けなかった。
例えば私があの唯一の出入り口である扉を壊して、この部屋から逃げたとする。
しかしそれをセスはきっと想定し、私を逃さないための対策をいろいろとしているはずなので、扉を壊せたところで、私はきっとセスから逃げ切ることができないだろう。
そして最悪なのは逃げようとしたことがセスにバレた時だ。
大人しくしている今でさえ両足を折られている状況だ。
逃げようとしたことがバレればただではすまないばずだ。
一生私が逃げられないように足の腱を切る…またはそもそも足自体を切断されるかもしれない。
逃げようとした後だ。キースのチート万能薬ももう使ってしまった為、使えない。
そうなれば、私は本当にここで一生を過ごすことになる。
だからこそ行動は慎重にしなければならないのだ。
どうすればこの状況を打開できるのか。
私はベッドの上で1人、考えを巡らせた。
*****
ここに監禁されて5日。
食事から始まり、恥ずかしいがお風呂やトイレまで管理され、最悪な気分が続く中、私はここから逃げる為にあることを考えていた。
セスは今、不安定だ。だからこそ私をこうして監禁し、全てを管理している。
ならばその不安定さを安定させればいい、と。
「ん?どうされましたか?」
「…っ。いや、別に何でもないよ」
私のベッドのすぐそばにあるソファに座り、テーブルいっぱいに何やら書類を広げ、仕事をしているセスが私の視線に気づき、不思議そうにこちらを見る。
まさか仕事に集中しているセスが私の視線に気づくとは思わず、私は何でもない顔をしてそれを何とか誤魔化した。
そんな私の言葉を聞き、セスは「そうですか。何かありましたら何なりとお申し付けください」と言い、また書類へと視線を落とし、何かを書き込み始める。
ただでさえ、リタの専属執事という忙しい仕事をしている上に、私の世話を一から十までやっているのだ。
きっと仕事が終わらないのだろう。
その証拠にここ数日、夜になりもう寝る時間になっても、セスはここでいろいろな仕事をしていた。
なので私も何となくそんなセスに付き合う形でセスに渡された本を読んでいた。
ここ最近、夜のセスの仕事に付き合い、寝ずに本を読み続ける私に、セスは「俺に気は使わないでください。寝たい時に寝てください」と言うのだが、正直、毎日ベッドの上にいては、眠りたくても眠れなくなるのだ。
それにセスが私の為に選んだ本はさすが私を知り尽くすセスの選んだものだけあって寝る間を惜しんで読み続けたいほど面白かった。
先ほどはセスにバレてしまったので、今度はセスにバレないように本を読むふりをしながら、本越しにこっそりとまたセスを観察する。
暖色の照明の光を受けて、光る色素の薄い白い髪から覗く、空を溶かしたような水色の瞳が真剣な眼差しで書類を睨んでいる。
あの美しい空色の瞳が私を見つめる時だけ光を失う。
リタ代役時には見たことのないあの仄暗い瞳こそが、今のセスの不安定さを物語るものだった。
何を不満に思い、何が不安でセスがあそこまで歪んでしまったのか、正直わからない。だが、不安であるなら安心させればいいのだ。
大丈夫だと思わせればいい。
そして安定したセスを私の味方にする。
ここで生活していれば死ぬことはないのかもしれない。
しかし、全てを管理され、世話されて生きていることが、果たして本当に生きていると言えるのだろうか。
ここでの私はただセスに可愛がられている人形だ。
一生人形としてここで過ごすなんてそんなの嫌だ。
私は帝国外へと逃げ、自由気ままに生きるのだ。
その為には、やはりセスを精神的に安定させ、安心させる必要がある。
セスを刺激しない。セスの要求はなるべく飲む。
少しずつだが、そうやってセスを安定させ、セスの信頼を得る。
未だに仕事を続けるセスをひと睨みし、私はそう決意を固めた。
その後、そんな私の視線にまた気づいたセスが、「どうされましたか?」と聞いてきたので、私は心臓が止まりそうになった。
何故、セスはこちらを一切見ていないのにこちらの視線に気づくんだ。