神崎啓介の言葉は、祭りの熱気を一瞬で凍りつかせ、そして一気に爆発させた。異世界への大扉。その衝撃的な事実に、誰もが興奮と混乱の渦に巻き込まれていた。
周囲の探索者たちは、興奮のあまり、口々に感想を言い合っている。
「マジか!異世界だってよ!」
「俺、異世界転生とかそういうの好きだったんだよな!」
「深層のさらに奥か…やべぇ、ワクワクしてきた!」
「でも深層の奥ってどれだけ高レベルで行けるんだろう…」
期待と不安、様々な感情が入り混じった声が、そこかしこから聞こえてくる。神崎啓介の言葉は、探索者たちの心に、新たな火を灯したようだった。
しかし、俺の頭の中は、別のことでいっぱいだった。
(告白の返事…どうしよう…)
神崎啓介の言葉は確かに衝撃的だったが、それよりも俺の心を占めていたのは、舞への告白の返事のことだった。
今日、この祭りの場で、舞に自分の気持ちを伝えるつもりだったのだ。
「ちょっとここから離れましょ、人が凄いわ」
「あ、うん。そうだね」
はぐれないように、俺は舞の手を強く握り直した。舞も俺の手を握り返してくれる。
人混みから離れていくにつれて、周囲の騒がしさは少しずつ遠ざかっていく。
「ふぅ、凄かったわね。探索者協会で涼まない?」
「いいね。アイスも食べようよ」
「そうね」
俺たちは、涼むために探索者協会へと向かうことにした。
探索者協会に着くと、いつものアイス屋の前に人だかりができていた。みんな考えることは一緒みたいだ。
俺たちは列に並び、それぞれ好きなアイスを買った。舞はストロベリー、俺はチョコミント。
二人で休憩スペースに行ってに席に座り、アイスを食べ始める。
舞は美味しそうにアイスを食べる。その口元には、少しだけアイスが付いている。
俺は思わず、その可愛らしい姿に見入ってしまった。舞は俺の視線に気づくと、首を傾げた。
「ん、なに?」
その問いかけに、俺は意を決した。今だ。このタイミングしかない。
俺は、舞の目を見て、ゆっくりと口を開いた。
「…舞」
「そんな顔して、どうしたのよ?」
舞はアイスを食べる手を止め、俺の目を見つめ返した。その瞳は、俺の言葉を待っている。
「俺…舞のことが好きだ」
俺の言葉を聞いた瞬間、舞は一瞬動きを止めた。
そして、みるみるうちに舞の頬が赤くなっていく。
普段の舞からは想像もできないほど、動揺しているのが見て取れた。
舞は、俯いてしまった。その姿は、まるで照れている子供のようだ。
俺は、そんな舞の姿を見て少しだけ笑ってしまった。
「…急すぎよ、もう」
舞は、蚊の鳴くような声でそう言った。
その声には、照れと、少しの戸惑いが混じっている。
俺はそんな舞の言葉に、さらに笑ってしまった。
「舞も急だったじゃんか」
俺の言葉に、舞は顔を上げた。その瞳は、まだ潤んでいる。
そして、クスッと笑った。
「フフ、そうだったわね…でも、嬉しいわ。本当に」
舞は、そう言って、俺の手に自分の手を重ねてきた。
その手は少しだけ震えている。俺は、舞の手を優しく握り返した。
それから俺たちは、しばらくの間、他愛もない話をした。
神崎啓介の言葉のこと、これからの探索のこと、学園のこと。色々な話をして、舞の顔から赤みが引いていくのを確認する。
そして、そろそろ帰ろうか、ということになった。
立ち上がって探索者協会から出ると、駅に向かって歩き始めた。
舞はさっきとは違い、俺の手を繋ぐときに、そっと指を絡めてきた。
恋人繋ぎ。その繋ぎ方に、俺の心臓は激しく高鳴る。
「この繋ぎ方、心臓爆発しちゃいそう」
俺がそう言うと、舞は俺の顔を見上げて、ニッと笑った。
その笑顔は、とても可愛らしくて、俺の心をさらに高鳴らせる。
「私もよ」
舞はそう言って、さらに指を強く絡めてきた。
俺たちは二人で笑みを浮かべ、繋いだ手を離すことなく、駅へと向かった。周囲の人々の視線が、少しだけ俺たちに集まっているような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
今はただ、舞と二人でいるこの瞬間が、何よりも大切だった。
駅前に着くと、舞は立ち止まった。そして、俺の目を見つめる。
「…海人」
舞が俺の名前を呼んだ。俺は舞の方を向くと、舞は繋いでいた手をそっと離した。
そして、次の瞬間、舞は俺に抱きついてきた。柔らかい感触と、舞の甘い香りが俺を包み込む。
俺の頭は真っ白になった。そして、舞の唇が、俺の唇に重なった。
祭りの喧騒が遠くに聞こえる。周囲のざわめきも、人々の声も、何もかもが遠ざかっていく。
俺の意識は、舞の唇の感触と、舞の温かさに集中していた。
数秒間のキス。舞が顔を離すと、俺たちは見つめ合った。舞の頬は少し赤い。
その瞳は、俺の反応を伺っている。
「ビックリした?」
舞が、少し意地悪そうに、しかし可愛らしく尋ねてきた。
俺は、まだ心臓がドキドキしているのを感じながら、正直に答えた。
「ビックリしたし、それよりも、凄くドキドキする」
俺の言葉に、舞は満面の笑みを浮かべた。
その笑顔は、俺にとって何よりも眩しいものだった。俺たちは、再び手を繋ぎ、今度は恋人繋ぎのまま、改札へと向かった。
改札で別れる時、舞はいつもより少しだけ名残惜しそうにしていた。俺も同じ気持ちだった。
しかし、明日もまた会える。そう思うと、寂しさは薄れていく。
「また明日ね、海人」
「うん。また明日、舞」
俺は舞の姿が見えなくなるまで見送った。