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第64話 返事

神崎啓介の言葉は、祭りの熱気を一瞬で凍りつかせ、そして一気に爆発させた。異世界への大扉。その衝撃的な事実に、誰もが興奮と混乱の渦に巻き込まれていた。

周囲の探索者たちは、興奮のあまり、口々に感想を言い合っている。


「マジか!異世界だってよ!」

「俺、異世界転生とかそういうの好きだったんだよな!」

「深層のさらに奥か…やべぇ、ワクワクしてきた!」

「でも深層の奥ってどれだけ高レベルで行けるんだろう…」


期待と不安、様々な感情が入り混じった声が、そこかしこから聞こえてくる。神崎啓介の言葉は、探索者たちの心に、新たな火を灯したようだった。

しかし、俺の頭の中は、別のことでいっぱいだった。


(告白の返事…どうしよう…)


神崎啓介の言葉は確かに衝撃的だったが、それよりも俺の心を占めていたのは、舞への告白の返事のことだった。

今日、この祭りの場で、舞に自分の気持ちを伝えるつもりだったのだ。


「ちょっとここから離れましょ、人が凄いわ」


「あ、うん。そうだね」


はぐれないように、俺は舞の手を強く握り直した。舞も俺の手を握り返してくれる。

人混みから離れていくにつれて、周囲の騒がしさは少しずつ遠ざかっていく。


「ふぅ、凄かったわね。探索者協会で涼まない?」


「いいね。アイスも食べようよ」


「そうね」


俺たちは、涼むために探索者協会へと向かうことにした。

探索者協会に着くと、いつものアイス屋の前に人だかりができていた。みんな考えることは一緒みたいだ。


俺たちは列に並び、それぞれ好きなアイスを買った。舞はストロベリー、俺はチョコミント。

二人で休憩スペースに行ってに席に座り、アイスを食べ始める。

舞は美味しそうにアイスを食べる。その口元には、少しだけアイスが付いている。


俺は思わず、その可愛らしい姿に見入ってしまった。舞は俺の視線に気づくと、首を傾げた。


「ん、なに?」


その問いかけに、俺は意を決した。今だ。このタイミングしかない。

俺は、舞の目を見て、ゆっくりと口を開いた。


「…舞」


「そんな顔して、どうしたのよ?」


舞はアイスを食べる手を止め、俺の目を見つめ返した。その瞳は、俺の言葉を待っている。


「俺…舞のことが好きだ」


俺の言葉を聞いた瞬間、舞は一瞬動きを止めた。

そして、みるみるうちに舞の頬が赤くなっていく。

普段の舞からは想像もできないほど、動揺しているのが見て取れた。


舞は、俯いてしまった。その姿は、まるで照れている子供のようだ。

俺は、そんな舞の姿を見て少しだけ笑ってしまった。


「…急すぎよ、もう」


舞は、蚊の鳴くような声でそう言った。

その声には、照れと、少しの戸惑いが混じっている。

俺はそんな舞の言葉に、さらに笑ってしまった。


「舞も急だったじゃんか」


俺の言葉に、舞は顔を上げた。その瞳は、まだ潤んでいる。

そして、クスッと笑った。


「フフ、そうだったわね…でも、嬉しいわ。本当に」


舞は、そう言って、俺の手に自分の手を重ねてきた。

その手は少しだけ震えている。俺は、舞の手を優しく握り返した。


それから俺たちは、しばらくの間、他愛もない話をした。

神崎啓介の言葉のこと、これからの探索のこと、学園のこと。色々な話をして、舞の顔から赤みが引いていくのを確認する。

そして、そろそろ帰ろうか、ということになった。

立ち上がって探索者協会から出ると、駅に向かって歩き始めた。


舞はさっきとは違い、俺の手を繋ぐときに、そっと指を絡めてきた。

恋人繋ぎ。その繋ぎ方に、俺の心臓は激しく高鳴る。


「この繋ぎ方、心臓爆発しちゃいそう」


俺がそう言うと、舞は俺の顔を見上げて、ニッと笑った。

その笑顔は、とても可愛らしくて、俺の心をさらに高鳴らせる。


「私もよ」


舞はそう言って、さらに指を強く絡めてきた。

俺たちは二人で笑みを浮かべ、繋いだ手を離すことなく、駅へと向かった。周囲の人々の視線が、少しだけ俺たちに集まっているような気がしたが、そんなことはどうでもよかった。

今はただ、舞と二人でいるこの瞬間が、何よりも大切だった。


駅前に着くと、舞は立ち止まった。そして、俺の目を見つめる。


「…海人」


舞が俺の名前を呼んだ。俺は舞の方を向くと、舞は繋いでいた手をそっと離した。

そして、次の瞬間、舞は俺に抱きついてきた。柔らかい感触と、舞の甘い香りが俺を包み込む。

俺の頭は真っ白になった。そして、舞の唇が、俺の唇に重なった。


祭りの喧騒が遠くに聞こえる。周囲のざわめきも、人々の声も、何もかもが遠ざかっていく。

俺の意識は、舞の唇の感触と、舞の温かさに集中していた。


数秒間のキス。舞が顔を離すと、俺たちは見つめ合った。舞の頬は少し赤い。

その瞳は、俺の反応を伺っている。


「ビックリした?」


舞が、少し意地悪そうに、しかし可愛らしく尋ねてきた。

俺は、まだ心臓がドキドキしているのを感じながら、正直に答えた。


「ビックリしたし、それよりも、凄くドキドキする」


俺の言葉に、舞は満面の笑みを浮かべた。

その笑顔は、俺にとって何よりも眩しいものだった。俺たちは、再び手を繋ぎ、今度は恋人繋ぎのまま、改札へと向かった。


改札で別れる時、舞はいつもより少しだけ名残惜しそうにしていた。俺も同じ気持ちだった。

しかし、明日もまた会える。そう思うと、寂しさは薄れていく。


「また明日ね、海人」


「うん。また明日、舞」


俺は舞の姿が見えなくなるまで見送った。

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