「――お、お前は魔王! もうやって来たのか!」
え……、いまアレクはなんと仰いました?
この美形の冒険者ロン・リンデルに向かって、まさか『魔王』と言ったように聞こえましたが……。
「リザ! 離れて! そいつは――」
「これは勇者アレックス・ザイザール殿、お噂はかねがね。俺の名はロン・リンデ――」
「黙れ魔王! 僕のリザから離れろ!」
そう言ってアレクは手首に巻いた腕輪にソッと触れ、レイピアを取り出し構えました。
一体アレクはどうしたのでしょう。
私ももちろん魔王デルモベルトを見た事はありますが、似ても似つかない容姿なんですけれど。
魔王もそうね、美形と言えば美形なんですけどね、ロンよりはもう少し線の太いワイルドな感じですし、お肌も灰褐色の『the魔族』という雰囲気。
さらに何より、
魔族にはそれぞれ、大小様々な角があるんですけど、魔王デルモベルトであれば側頭部に一対の角がある筈なのです。
仮に何らかの手段で角を隠せたとしても、この私の目を
あら、アレクに少し遅れてジンさんが追いついてきた様ですね。
またアレクがリザに怒られない内に丸く収めてくれれば良いんですけど。
リザは急転した状況にいまいち追い付いていないながらもロンの前に立ちはだかり、レイピアを抜いたアレクを怖い顔で睨んでいますからね。
「――くっそ。はぁ、あっちこっち行きやがって馬鹿アレクが、はぁ、疲れた――って何やってんのオマエ?」
「ジン! 油断するな! こいつは魔王だ!」
「って何言ってんのオマエ? それただの男前の……、ってただのめっちゃ綺麗な人族のにいちゃんじゃねぇか」
そうですね。ロンは『男前』と言うより『綺麗な男』ですよね。
でも良かった。ジンさんはまともで。
「見るんじゃない! 感じるんだ!」
あら、アレクったらどこかの武術家が言いそうな事を言ってますわね。
「へぇへぇ、やれと言われればやるけどよ、オマエやレミと違ってあんま得意じゃねんだよな、俺。――お? こいつは……」
あぁ、なるほど。
アレクは魔力の波長を感じ取って判断していたのですね。でしたら私はジンさん以上に得意じゃありません。
というか私はそれ、出来ませんからね。
ですから私が欺かれていたとしてもしょうがありません……という事は魔王がロン・リンデルに化けているって事なのかしら?
「ジン、分かったでしょ? これはデルモベルトの魔力だよ」
「――いや、確かに……同じっつうか似てるっつうか、けどよ――」
と、ここでロンが自分を庇うように立つリザを手で制して前に出て、スッと手を挙げました。
「ちょっとよろしいですか?」
ロンの発言に警戒心と不機嫌さを隠そうともしないアレクの声が答えます。
「――なに? 聞くだけなら聞いてあげるよ」
「どうやら俺を魔王デルモベルトと勘違いされているようですが……、仮に魔力の波長がそっくりだとして、噂に聞いた魔王の魔力が俺程度という事はありますまい?」
それは、まぁ、そうでしょうね。
いくらロンが腕利き冒険者とは言え、はっきり言ってアレクどころかジンさんにさえ及ばないはずです。
例えば、ロンがパーティを組んで何とか倒したはぐれ魔竜で換算すれば、フル装備のアレクならば一人で同時に数頭を
それほどに大国アネロナの勇者パーティというのは他と隔絶しており、さらにそれと個で肩を並べる魔王という存在の魔力量や質がロン程度という事はあり得ないでしょうね。
もちろんそれは量や質の話で、魔力の波長というのはただの個性ですからね。
強さとは関係のない魔力の波長が似るケースは、魔族と人族であっても無いとは言えません。
これはあまり知られていませんが、人族と魔族はトロルやエルフと違い、とても大雑把に分ければ同じ生き物ですからね。
ただ、それを『ただ似ているだけ』で済ますかどうかは人に
ジンさんは性格的にもそうするでしょうけど、アレクはどうかしら?
「…………」
アレクはレイピアを構えたままで喋りませんね。色々と考えがまとまらない感じでしょうか。
「アレク、聞いてください」
「――なんだいリザ?」
間がもたなくなった様子でリザが口を開きました。
リザにとってみれば複雑ですよね。
ついこの間、自分に求婚した美少年勇者が、かつて自分が憧れた初恋相手の美青年に剣を向けているのですから。
しかも、リザはアレクの実力をある程度は知っています。
一介の冒険者が勇者アレックス・ザイザールと戦えば、結果は火を見るよりも明らかですから。
「アレク、ロンは魔王などではありません。剣を引いて下さい」
「……確証は? リザは魔力分かんないよね?」
これは正論です。
トロルであるリザには、精霊力ならば巧みに扱えも出来るし繊細に感じられもしますが、こと魔力についてではお手上げです。
「確かにわたくしは魔力については分かりませんが……、それでも、このロン・リンデルという男性は魔王などではありません! かつてこの国を救ってくれた方なのです!」
リザの気持ちは痛いほどに分かります。けれど、それでアレクが納得するとは思えません。
――と、思ったんですけどね。
アレクは
そしてアレクはニコリと微笑んだのです。
「――うん。僕はリザを信じるよ。彼は魔王とそっくりな魔力を持つ、ただの人族だ」
「――ア、アレク! 分かって頂けたのですね!」
あら!
まさかアレクが納得しちゃいましたよ!
あの魔族嫌いのアレクがまさか! ですわね。
……なんとなくこう、リザへのポイント稼ぎじゃないかとか、なんとなく邪推してしまいますが、きっとそんな事ないですわよね。
でもとりあえずこれで一件落着。
と思うでしょ?
ところがどっこい、そう簡単にいかないから世の中は面白いんですよね。
「…………あー、なんだか申し訳ない気持ちになってしまったから白状する」
涙を浮かべながら喜ぶリザ、渋々という
その二人へ向けてロンが口を開きました。
「俺、ロン・リンデルは――」
苦々しい顔のロンは、そこでゆっくりと溜めて、しかしそれでもはっきりと、衝撃の告白を投げました。
「――魔王デルモベルト本人なんだ」