正規軍は迅速に事態を収拾してみせた。冴島隊の五人を検査のため病院に搬送。
スケルトンの増援がないことをダンジョン内捜索して確認し、彼らが看破できなかった罠に関してはどのようなものか判別するまでの一時的な区画封鎖で対応した。
冴島隊が倒したスケルトンの関して。
本来ならば倒した魔物の素材、魔石に関しては倒した探索者チームの所有権が認められる。
しかし今回の様に魔物の数が多い場合、探索者はその所有権を一部譲る代わりに素材の解体・収集。そして掃除までの工程を第三者に委任することがある。
スケルトンの素材は少なく見積もっても百体は超える。極限状態で戦い、披露した冴島隊にはその後片付けは困難だった。
白衣の男が素材と魔石の半分の譲渡と引き換えに作業を引き継ぐ形で提案し、冴島が承諾した。
魔石を渡すなんて中川が起こりだしそうなものだが、彼は何も言わなかった。疲れていないと虚勢を張る元気もなかったし、ここで正規軍に好意的に接しておけば後で出世の芽があると考えたのだ。
ただ、隠し通路で見つけた宝に関しては譲る気はなかった。
「これは俺たちが見つけたもんだ。すべて俺たちが貰うべきだ」
中川は冴島にそう耳打ちした。直接白衣の男に伝えなかったのは心証をよくしておきたいためだった。
宝の所有権に関しては冴島も同じ考えだった。なおかつ、彼は正規軍に入ることに興味はない。率直に白衣の男にその旨を伝える。
正規軍も宝にはさほどの興味を示していないようだった。念のため一時政府で保管し、調べる必要はあったがそれが終わればすべて冴島隊に返還することをその場で約束した。
正規軍の精鋭たちに護衛されながらラクたちはダンジョンの外に出た。
都会のごみごみとした空気が鼻腔に入る。
ダンジョンは隔絶した世界と言われている。ひし形の奇妙な遺跡。その扉を通れば地続きに地下深くまでダンジョンが広がっているのだが、研究者曰くその内部は全く異なる未知の世界だというのだ。
不思議なことに外の空気はダンジョンの入り口で遮断され、内部の空気と混ざり合うことはない。
そのおかげかダンジョン内はその不気味な見た目とは異なり、空気が澄んでいる。ダンジョンを出た時には排気ガスがどれだけ大気を汚染しているのかを感じ取れるほどである。
救急車のサイレンが点滅している。正規軍があらかじめ呼んでいたものだろう。
まるで事件現場かのようにテープが張り巡らされて、その周囲にやじ馬が集まっている。
救急車に乗り込む前にやじ馬の中に武装した探索者らしき者たちが紛れているのをラクは見た。
ハイエナ行為である。
ダンジョンを攻略する過程でどうしても新な区画に挑む者たちが出てくる。ある程度人が入り、情報が出回っているエリアとは違い、新しい区画、攻略の最前線ではまだ見ぬ宝や魔石の入手確率が高いからだ。
今回の冴島隊がそれである。ある程度の危険を承知で新しい物を求めていた。
発見されていない罠を発動させてしまう。あるいは未知の魔物に遭遇し対策できずに逃げかえる羽目になるというのは珍しい話ではなかった。
そういった場合は大抵正規軍が出張ってきて、探索者の救助とそれ以上の被害者を出さないように一時的にダンジョンを封鎖するのだ。
当然騒ぎになる。その騒ぎを聞きつけて集まるのが件のハイエナたちである。
最前線で異変が起こった。すなわち「新要素」の発覚。その情報を読み解けば金になるし、異変の起こったダンジョンでは宝が見つかりやすいというジンクスもある。
彼らはそれを狙っているのだ。
封鎖が解かれダンジョンに意気込んで入っていく探索者たちを車の中から見送り、ラクはそのまま病院にむかった。
病院内では簡単な検査をするだけだと思っていた。
怪我をしていないかとか、身体に異常はないかとかそういう検査だ。
ただ、その検査で負傷者が見つかった。
冴島である。
腰に深い傷があった。指揮に関わるため隠していたが、スケルトンの不意の一撃を食らっていたのだ。
冴島は一時的に入院することになり、ラクもそれに付き添うことになった。
中川や他の二人は簡単な検査を終えて帰宅する。入院の手続きを待つ間、個室にラクと冴島の二人だけが残っていた。
「ラク」
ベッドの上で冴島が話始める。真剣な顔つきだ。
「お前のあの力。白い魔石の……。すまん、正規軍に知らせるか?」
冴島が尋ねた。
ラクが白い魔石を吸収し、その力を扱えると知られれば正規軍は黙っていないだろう。
実際にその力を目の当たりにして冴島はそう思った。
あの場で知られるのは得策ではない。そう思って白衣の男には何も言わなかったが、後になってラクが正規軍に入りたいのなら自分は止める立場にいないと思い直した。
そうなれば隠したことは裏目に出るかもしれない。だから謝ったのだ。
ラクはそのことをよく理解していた。理解したうえで「かまわないよ」と冴島を許した。
「正直、僕もまだ実感が湧いていないんだ。あの時は皆を助けたいと必死だったから。白い魔石の力がこの身体に備わっているなんてまだ信じられないよ」
ラクの身体が少し震えている。ずっと探索者になりたいと思っていた。その夢が叶ったはずなのにこれから何が変わるのかを考えると少し怖かった。
「それに、正規軍はもう知っていると思う」
ラクが呟く。同時に病室の扉がノックされた。