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第7話

最後の一体になった。

ラクの突き出した右の拳から光線が放たれる。その光線がスケルトンを貫いて、崩れ落ちた。

骨が破壊されてバランスが崩れた様子ではない。もっと違う倒れ方。まるで細胞そのものが無くなったかのように消えていく。


体内にあったであろう魔石が一瞬宙に浮き、重力に従って小気味よい音をたてて転がる。

ラクは肩で息をしていた。


興奮して震える腕で額の汗を拭う。


「あれだけの数を……」


冴島が呟く。まだ夢を見ているような感覚だった。命が助かった喜びよりも驚きの方が勝っている。


「ありえねぇ。ありえねぇぞこんなの」


中川がよろよろと立ち上がり怒りを露わにする。彼もまた驚いていたが、誰よりもこの状況を認めまいとしていた。

ずっと「掃除係」と馬鹿にしていた少年が自分でも勝てないと諦めかけた魔物の群れを倒してしまった。


それも圧倒的な力でだ。


中川は力には自信があった。赤い魔石を始めて手にしたその日に、魔法の威力に魅了された。

どれだけ文句を言おうと、他人を馬鹿にしても、ふざけても。魔石の収集だけには力を注いできた。


探索者になって五年。大勢の探索者の中ではまだ若手の部類。その中でようやく頭一つ抜きに出て来たと自覚できた。集めれば集めるほど強くなる赤の魔石は彼にとって快感だったのだ。


それを……。それをラクは一瞬で追い抜いてしまった。誰も扱うことのできなかった白い魔石を吸収し、たったの一回の吸収で中川が敗北を悟るほどの威力の魔法を繰り出した。


認めない。認められない。


助かったことなどどうでもよかった。助けられたことなど忘れたかった。


「ラク……てめぇ、何勝手に魔石使ってんだ。それはお前みたいなガキが使っていいもんじゃねぇんだよ」


宝飾品や魔物の素材。ダンジョンの外で売って金に変わるものはすべて平等に分配するのが冴島隊のルールである。戦闘をしないラクは多少金額が下がるが分配の対象にはなっている。


白い魔石は売るはずだった。売れば莫大な金が手に入るはずだった。それをラクが使ってしまった。独り占めにしたようなものだと中川は喚いた。


彼が普段からラクのことを馬鹿にせず、喜怒哀楽の波が激しい人間でなければ自分の言っていることがおかしいと気づいただろう。


魔石は扱える者に所有権があるというのもまた冴島隊のルールなのだから。


誰も中川の話を聞こうとはしなかった。

その態度に中川がいら立ち、力任せにラクの肩を掴む。


「ひっ」


瞬間、中がの方がひるんだ。ラクの肩に触れた瞬間に本能が理解してしまったのだ。「手を出せばただでは済まない」と。


「もういい。よせ」


冴島が二人の間に割って入る。

争っている場合ではない。スケルトンはすべて倒したように見えるが、そもそも想定外の数が出現した。まだ残っている可能性も十分ある。


追撃の可能性があることを示唆して冴島が中川をなだめる。

すると部屋の入り口の方が再び騒がしくなる。


「すぐに出るべきだった」


冴島が苦言を呈し、再び武器を構えた。

横目でラクを見る。余力を確認しているのだ。ラクはまだ少し呼吸が乱れている。肩がわずかに上下する。

それでもラクは両手を構えた。まだ戦えるという意思表示だ。


しかし、再び同程度のスケルトンが現れればさすがに勝ち目が薄い。五人の間に緊張が走る。


「おや……すべて片付いている? 報告ではかつてないほどの大量発生と聞いていたんですが」


予想に反して、現れたのは人間だった。まず白髪の男が一人。白衣を身に纏い、丸ぶちの眼鏡をかけている。見るからに探索者ではない。研究者や学者といった装いだ。

その男の後ろから黒いアーマースーツを来た男たちが現れ、綺麗に整列する。


全員ヘルメットをしていて顔は見えない。しかし、その姿はよく知られている。


「正規軍か。助かった」


冴島が呟き、武器を下ろした。その表情には安堵の色が浮かぶが、やや焦りもあった。

正規軍とはダンジョンの攻略を国に命じられた組織である。

いうなれば政府直属の探索者なのだが、大きな組織体系を活かして攻略だけでなく探索者の救助活動もしている。


口ぶりから白衣の男も政府関係者なのだろうと冴島は考えた。誰か他の探索者が見ていて、正規軍を呼んでくれたのだろうと推測する。


「この骨の数……報告は正しかったようですが、あなたたちだけで倒したんですか?」


白衣の男が近づいてきて語り掛ける。視線が冴島、中川、他の二人。そしてラクへと一巡する。


「ああ。そちらは中川大河さんですね。最近名前が売れている赤い魔石の使い手だ」


男の目が中川に戻る。途端に中川は顔を輝かさせた。


正規軍に対する評価は人によって様々だ。国家公務員のような存在だと憧れを抱く人もいれば、やっていることが胡散臭いと敬遠する人もいる。


中川は前者だった。といっても憧れを持っているわけではない。彼の行動理念の大分上の方にあるのは「金を稼げるかどうか」である。探索者になったのも金のためだ。


そしてその観点から言えば国から給料が支給される正規軍はかなり具合がいい。

正規軍に入るにはかなりの高い壁があるが、通常の方法で入っても出世は見込めない。

よりいい方法は「正規軍の目に留まる探索者になってスカウトされる」ことだった。


政府関係者が自分の名前を知っていたことに中川は素直に喜んだのだ。

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