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最終話 本当の旅の終わり

 あるじを失った魔王城からは魔族の大半が失せていたため、ピーリの案内で難なく正面からの脱出に成功した。石橋を渡った先で、皆で魔王城を振り返る。ヴァルダも感慨深げにそれを眺めたが、「正面はこうなってたんですね」というキルイの言葉で、その威容を初めて見たことに気づき、思わず苦笑した。


 はじめはピーリだけ裏口から翼竜で戻ろうとしていたが、「逃げるつもりじゃないだろうな」と疑うリステに抗えず、皆とともに歩いてドラスリーベの町まで行くことになった。キルイは「また翼竜に乗りたかったな」と残念がったが、ヴァルダは内心ほっと胸をなでおろしていた。


 ドラスリーベの町へ向かう道中は、キルイとリステを怖がるピーリとともに、ヴァルダはクルードらの少しうしろを歩いた。リステが時折振り返ると、ピーリはヴァルダのうしろに隠れるようにする。そのたびに、ヴァルダは思わず眉根を寄せた。


 町が見えてくると、ピーリは我慢できず駆け出していった。魔王の脅威は去ったが、本当に再びピーリが町の人に受け入れられるのか。ヴァルダは懸念を抱いていたが、それが杞憂だったことは遠目でも分かった。


「それで、あんたたちがマルズール王国の勇者かね?」

「いいえ、俺たちはリヴラ王国から来ました。彼らは魔王を倒したあと、すぐに去っていってしまったんですよ」


 町の人の問いかけに、クルードは穏やかに答える。ヴァルダは抜かりなく、魔王城から戻るまでの間に、クルードらにも口裏を合わせるよう頼んであった。


「そっかあ。残念だなあ、勇者様に会いたかったのに。じゃあピーリ、またあとでな」


 そう言って町の人は去っていった。


「どうだリステ。これでピーリのことは信用できたのではないか?」

「そうだな、町の人間との関係は分かった」


 リステの言葉に、ピーリは安堵の表情を浮かべる。しかし、リステはまだ満足していなかった。


「あとは魔王の状況を確認せねばな。眠らせている場所へ案内してもらおうか」

「え?いえ、それは……」


 ピーリはその要求にたじろぎ、ヴァルダにも、まさか隙を見て魔王にとどめを刺す気だろうかとの不安がよぎる。


「忙しいなら、代わりにボクが案内しましょうか?」


 そんなヴァルダの気も知らず、キルイは余計な気を利かせた。ピーリはヴァルダとキルイを魔王が眠る場所へ案内したことを思い出したのか、小さくため息をつく。


「いえ、大丈夫です。行きましょう」


 そう言って、皆を先導して森の中へ入っていった。



 以前にヴァルダとキルイが見た窪みがあっただけの場所に、このときはしっかりと魔王が収まっていた。念のためヴァルダはリステの様子を窺っていたが、魔王に何かしそうな気配はなかった。


「これが魔王か……」


 初めての対面となるスモルは、しゃがんで魔王の顔をまじまじと見た。


「やけに傷が多いですが、どのような戦いだったんですか?」


 クルードもスモルと同じく初めて魔王を見たのだが、こちらは冷静に不自然な点について疑問を呈した。


「ああ、それはだな……」

「ボクがあとからつけたんですよ。魔王の復活に時間がかかるように」


 言いよどむヴァルダの代わりに、キルイが自信満々に答える。それを聞いてクルードは困惑した表情を浮かべたが、次にキルイはリステの方ヘ向いた。


「ピーリさんにも言ったんですけど、魔王が全快する前に傷つけ続ければいいんですよ。そうすれば、魔王の側近が様子を見に来たとしても、起こそうとしないはずです」


 キルイの提案に、リステは目を見開いた。


「なるほど。そうすれば、私が生きている限り復活はなくなるな」


 そう言って不気味な笑みを見せるので、ヴァルダは背筋の寒くなる思いをしたのだった。



 リステだけでなく、クルードとスモルも、町に残ることになった。


「しばらく町の再建を手伝って、それからまた考えますよ。リステのことも心配ですしね」


 クルードは穏やかな笑顔を見せる。ヴァルダは、確かに何かしでかさないか心配だと思ったが、口にはしなかった。


「それでは、ボクたちは帰りましょうか」

「ああ、そうしよう」


 ふたりはピーリとクルードらに別れを告げ、帰路へとついた。



「ああ、そういうことだったんですね」


 エンホサはそう言って苦い顔をした。


「すまんな。とっさのことで、他にいい考えが浮かばなかったのだ」


 ヴァルダは陳謝するしかなかった。魔王と戦ったのはマルズール王国の勇者だとしたことで、迷惑をかけると思いエンホサのもとへ立ち寄った。しかし、すでにその話は伝わっており、面倒なことになっていると聞かされたのだ。


「いいんです、魔王の脅威がなくなったのであれば。これで城を襲った魔族を倒してもらったことと、貸し借りなしですね。勇者のことは、うまく濁しておきますよ」


 そう話すエンホサの表情は明るかった。それでもヴァルダは申し訳なくて、もう一度「すまんな」と詫びた。


「前にパレードをした偽勇者に、また戻ってきてもらってはダメなんですか?」

「やろうと思えばできますが、そうすると、今後もずっと彼らを勇者として扱う必要が出てきます。それでは何かと不都合が生じるでしょうからね」


 キルイの疑問に、エンホサは泰然として答えた。


 ヴァルダとキルイが城を出たあと、エンホサの手引きにより、傲慢な国王は追放となり、その弟が新たな国王に据えられた。もちろん、魔族とつながっていた大臣タスワースは、即刻、罷免されている。性急な変革に反発もあったが、今では温和な新国王のもと、体制の立て直しの真っ只中だとエンホサは話す。


「あれ以来、国はいい方へ向かってますよ。まだまだ道半ばですがね」


 一国の宰相として貫禄の出てきたエンホサの頼もしい表情に、ヴァルダは目を細めた。



「いやあ、元魔王のメイエスが来たり、翼竜が来たりで大変だったんだぞ」


 ついにふたりは、旅立ちの場所であるキルイの家まで戻ってきた。しかし労いの言葉もそこそこに、出迎えたロアからそんな愚痴を聞かされたヴァルダは、苦笑するしかない。


「ワシに言わんでくれ。どちらもキルイの発案だ」

「メイエスさんは、あのまま森に置いておけなかったし、翼竜のことは海を渡って魔王を倒しに行くってロアじいに伝えたかっただけだよ」


 キルイはこともなげに話す。


「それはそうかもしれんが、そのたびに町の者たちに説明せにゃならんこっちの身にもなってくれ。危うく、魔族のスパイ扱いをされかけたんだぞ」


 嘆くロアの言葉からは、実際かなり危うい状況だったことが想像され、ヴァルダは申し訳ない気持ちになった。


「そうなんだ。ロアじいがスパイのわけないのに」


 しかしキルイは祖父の苦労を汲むことなく、そう言って笑うばかりだった。

 尽きることのない旅の土産話をロアに語って聞かせた次の朝。やわらかな日差しのもと、ヴァルダはキルイと向かい合った。ロアは玄関の脇で眠そうにあくびをしている。


「それでは、お別れですね、ヴァルダさん」 

「ああ。今度、森の家に遊びに来い」

「はい、そうします」


 別れはあっさりとしたものだった。しかし、それでいいとヴァルダは思う。湿っぽいやりとりも、互いへの感謝の言葉も必要ない。そんなものが必要な関係ではないと感じていたし、キルイもそう思っていると信じたかった。短い視線の交錯ののち、互いに笑みを見せると、それを潮にヴァルダは歩き出す。ちらとロアの方を見ると、またあくびをしながら手を上げてみせるので、ヴァルダも軽く手を上げて挨拶した。



 リヴラ王国の城下の街へと続く街道を歩きながら、ヴァルダは旅の間に起こったさまざまなことを思い出した。宿屋でクルードらに置いて行かれたことは、いまだ苦い記憶だが、兵士の操る馬のうしろに乗り恐怖を覚えたことも、翼竜に乗り生きた心地がしなかったことも、今となってはいい思い出だ。


 しかし今後のことへ目を向けてみると、急に不安が頭をもたげてきた。弟子たちはメイエスとうまくやっているだろうか。自分が戻ったあと、弟子たちの面倒を見てくれていたリコリの処遇はどうなるだろうか。いやそれ以前に、家を出るときよそよそしかった弟子たちは、戻った自分を受け入れてくれるだろうか……


「考えても仕方がないな」


 ヴァルダはそうつぶやいて明るい表情で前を向く。しかし家には、メイエスに会いに来たピーリと、それを見張るリステもおり、玄関を開けてすぐ眉根を寄せることになるのだった。


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