二階を見終えて一階へと下りると、竜は自然とダイニングへともう一度入った。入口付近から掃き出し窓の方を見ている。窓から見える小さな庭や、そこに至るまでのフローリングの床を見ていた。
「……気に入られましたか?」
佇んだ状態で動かず眺めている竜に、そっと大川は声を掛ける。竜は声を掛けられたが体をそちらに向ける様子はない。
「ボクのお母さんは巣……【裏側】にいるんですけど、お父さんは人間と一緒に仕事してるんです。お父さんとお母さんはもう大人なので普段はビルくらい大きいんですけど、ボクくらいのサイズにも自分にもなれるそうなんです。それで……その……」
我に返ったように言葉が途中で淀み始める。
しかし、そこまで言えばここまでの彼の言葉で想像はついた。親しみがほのかに感じられる街並みに対して喜んでいたり、人のいる表に出てきて浅かったり。それらから天川は大体が読めている。それでも遮ったりはせずレッドドラゴンの出される続きを待った。
「仕事終わりのお父さんとか、遊びに来たお母さんが来た時もここならゆっくり出来るかな……って」
一軒目にあって二軒目になかったもの。ひと部屋は和室ではあるものの、部屋が二つある事で可能性が広がった。
このレッドドラゴンは家族仲が良い。条件としては出していなかったが、家族も来やすい家を彼は心の中で望んでいたのだろう。
「ふた部屋ありますから、数時間の滞在はもちろん宿泊する事も可能ですよ」
「宿泊……! キッチンも狭くないし、お父さんの特製ステーキも焼いてもらえるかも」
考えられる可能性を天川が提示すると、竜の彼の中で想像が膨らんでいく。ある程度まで想像が発展していったところで、竜は漸く動き出した。
「ボク、このお家にしたいです」
「……ありがとうございます!」
人ならざる身故の和室の不便さだが、天川が挙げたように対策出来ない訳ではない。それよりも他の条件を満たしている側である二軒目をレッドドラゴンは選んだようだった。お客様の決定を天川は笑顔で受け入れる。
書類は天川の鞄の中にあったが、落ち着いて契約に入れて道具も揃っている方が良いと考えて店舗まで戻る事となった。
──店舗での手続きを行い、申し込みはスムーズに進んだ。審査があるため、結果はまだ分からないが少なくとも本人は入居する気満々である。
「連帯保証人であるお父様が長く人間と共に働いているという事なので保証人は大丈夫かと思いますが……人外専用の保証会社もあるのでダメだった時はそちらを通しましょう」
「は、はい。えっと初期費用は……」
店まで戻ったふたりは、話を詰めていき書類も記入していっていた。
想像を先の方まで伸ばして耽っていた時間があったが、今は現実と向き合わなければならない。 まだ審査にまで辿り着いてはいないものの、確認すべき事項はいくつもあった。レッドドラゴンが度々気にしていたお金の事もその一つだ。ただでさえ掛かる初期費用だが、人外だと余計にお金が必要になる。
天川の口から出たように人外専用の保証会社も新しく出てきているが、人外専用の保険も新しく出始めているくらいだ。
「初期費用、詳しく書き出しますね」
「お願いします」
初期費用として支払わなければいけないものについて、名称と金額を天川は書き出していく。書き終えると竜は息を吐き出した。
「う、うぅー安くはない、ですね。払えはする金額ですけど……」
「実際に住み始めてからもお金は必要になりますからね。でも減らせるものもありますよ」
「えっ、そうなんですか!?」
ペンで書いた一文を指し示しながら説明をしていく。初期費用として出さなければならないその諸々について、名前だけでなく内容も話した。大幅に金額が変わるわけではないが、全てを聞き終えると竜は満足そうだった。上京したてからすれば生活用品が揃っていないだろう彼には今後掛けられるお金が少しでも増えるのは嬉しいのだろう。
手続きを終えて、今回持ち帰れる書類を竜はすべて持って店を出た。客の見送りのため、天川も外へと出る。
「それでは、審査の結果をまたお知らせしますのでしばらくお待ちください」
「はい! よろしくお願いします」
竜は体を半分に折る勢いで上半身を折り畳んで不格好な礼をすると、両手に今回の紙類を持ちながら、のしのしと遠ざかっていく。その背中に向かって微笑を湛えながらお辞儀をした。
そうして竜の姿が見えなくなる頃に頭を上げ、ゆっくりと後頭部をドアへとつける。肩からは力が抜け腕が垂れた。まるで魂でも抜けたかのようにぐったりとしている。開いた唇が小さく動いた。
「な、何とか乗り、切った……」
────人外恐怖症持ち。