目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第2話 ショッピングは楽しいぞ

「そういえば思ってたんですけど、家族が増えたので色々買い物行きましょう」


 夕食中、僕が提案をすると、アンさんとレオンは夕食を含んだ口を動かしながら僕の顔を見た。

 レオンを受け入れて3人家族になってから数日が経った。元々はアンさんと亡くなった彼女の両親が住んでいた家だから食器やベッドなどの設備は足りている。けれど、足りているからといってそれで片付けるのは、生活に潤いと言うか張り合いがない気がしていた。

 僕は物欲が強い方ではないけど、どうせなら豊かに暮らしたいと思う。それはレオンだって同じだ。人のおさがりしか使えないというのは嫌だろう。


「あぁ、確かにそうね。レオンくん用の物が色々欲しいわね。今着てるのも誰かが置いてったやつだし」


 アンさんが感心するように言うと、変な柄のシャツを着たレオンの声が「買い物ができるの!?」と予想外の事に驚く様に跳ねた。アンさんが笑顔で頷くと、楽しいことが起こる予感が確信に変わったレオンの目がぎらぎらと煌めきを放ち始めた。


「俺、バスケのボールとネットとプレステ欲しい!」


 他にも欲しい物を並べるけどため息が出る程全て生活必需品からは遠い物ばかりだ。一々否定するのも大変なので僕は次々あがる商品の名前をうるさいと言って途中で遮ってしまった。


「遊び系は後回し!優先するのは服とか、物々交換でなかなか手に入んないやつな」


 ちえ、とレオンが口を突き出している。あれば持って帰ればいいじゃないとアンさんが慰めていた。


「あと、お買い物っていってもお金を出すショッピングじゃないわよ。便宜上買い物って言ってるだけで潰れてそのままのモールに物をもらいにいくだけなの」

「それって泥棒……」

「大丈夫!もうみんなやってることだから」


 あははとアンさんは笑い飛ばしていたけどレオンがドン引きしたような表情を浮かべていた。


 約20年前のパンデミックのせいで衰退した世界。もはや金は価値を無くしていた。

 僕らの世界では主に物々交換で物資の調達が成り立っているけど、ショッピングモールに置いてあるものはみんなで少しずつ分け合って持って帰る暗黙のルールが出来上がっている。性善説のおかげで成り立つこの制度は今のところ崩壊の兆しはなく、僕が初めて赴いた時もショッピングモールは人気はなくても本来の役割のまま機能していた。

 食材はないけれど衣服などの生活必需品は一通り揃っているので、レオンに必要なものを手に入れるにはうってつけの場所だ。


「衛生的に車椅子も室内と屋外で分けたいし、念のため予備も欲しいわね」

「そうでしょ。これを機に我が家を土足NGにするのもありかなって」

「あーそうね。レオンくんたまに膝に石が刺さってるし」

「別にいいよそれくらい」

「よくないよくない」


 夕食を終えたら僕らは早速欲しいものを紙に書きだした。

 まず、レオン用の衣服。

 教会に元々置いてあったやつを適当にローテーションさせてたけど、さすがに増やさないと限界だ。足がない癖にレオンは動き回るし、車椅子を手に入れてからはますますあっちこっち行ったり来たりしているからすぐ汚れる。これから訪れる夏に備えて着替えを十分すぎるほど準備しておくことは必須だ。あと単純にお洒落すると気分がいい。そういう工夫は上手に楽しく生きていくのに大切な要因だと思う。他にも寝具や部屋の小物もレオン好みのものがあれば交換してもいいだろう。


 我が家を土足NGにするなら新しい絨毯やスリッパも必要だ。レオン用の椅子も欲しい。

 それとバリアフリー化をもっと進めたい。レオンの過ごしやすい環境の為に我が家のトイレの壁を壊してスペースを拡大する事もこれからの生活を考えるとありかもしれない。レオンが車椅子に乗るようになってから階段以外の段差はほぼ無くしたつもりだけど、今後の為に手すりがたくさんあった方がいいだろう。玄関もセメントかレンガでなだらかにして、僕達を呼ばなくても1人で外出できるようにしてやりたい。とはいえ改築レベルのものは僕も専門外過ぎるからよく考えてから手を出すことにしよう。


「遠出にはなるけどショッピングモールいきましょっか。前行った時は綺麗だったし大丈夫でしょ」

「久しぶりね!そうしましょそうしましょ」


 いつもはゾンビのような顔で起床するのに翌朝はきちんと早起きをしたアンさんは「今日は久々のプライベートだから」と言って珍しく私服姿だった。


 私服になるとアンさんからは完全にシスター要素は消えてしまう、その辺でスタバを啜ってる大学生にしか見えない。今日はジーンズにTシャツとブーツを履いただけのシンプルな格好だ。けれど元々背が高くスタイルが良いので十分おしゃれに見える。尻ポケットには当然の様に煙草のセットが入っていて、首からはいつものロザリオとネックレスがぶら下がってた。

 僕らは適当に朝ご飯を食べると大型の四輪駆動車に乗り込み、片道約200kmの旅へと繰り出した。ここに来た頃の僕は時速80km以上で走ることでさえ罪の意識を感じていたはずなのに、今じゃもう「時速100km以上出せば2時間で行けるな」とか計算するようになった。僕も段々染まってきてしまった。


「普段は足らないものがある時はもう人の住んでない家からいただくの。でも前はスバルが来た時、せっかくだからって行ったのよね~」

「あれ楽しかったですね」

「俺、ショッピングモールって初めて」


 レオンが後ろの座席ではしゃいでいる。おやつまで持ってきて遠足に行く子供みたいだ。


「俺、バスケのボールとー、バスケのネットとー、ナイキとプーマのジャージ欲しいな~。ねぇ、ナイキとかってまだある?」

「ナイキとかプーマって何の事?」


 助手席のアンさんがきょとんとしている。レオンは後部席のシートベルトをびょーんと伸ばしながら運転席と助手席の間に入り込んでいた。


「服のブランドだよ。知らないの?」

「え~、200年前の老舗なんてアンちゃんが知るわけないじゃない~」

「老舗って……」


 若者の象徴のマークが泣いてるよ。ちなみに前行った時には店ありましたよ、アンさん。


 2223年の世界では車道を整備する団体もいないのでたまに木の根っこでコンクリートが盛り上がっている。それらに気を付けつつ道を進むと、風雨で汚れた巨大なショッピングモールが見えてきた。僕らは入り口のチェーンと動物除けの電流柵のスイッチを外すと、広すぎる歩道を徐行で車のまま走り、直接メインの出入り口を目指した。

 人の気配がないゴーストタウンな廃墟は、風化のせいなのか汚れているけど幻想的な雰囲気を醸し出している。

 メインの出入り口とそこを塞いでいた板には


 【必要な物だけ。持っていきすぎるな】


 という警告が真っ赤なスプレーででかでかと書かれていた。アンさんが言うには彼女が小さなころにはすでにあったらしい。

 他にも「ここに住むな」、「暴力禁止」、「譲り合いの心」、「神は見ている」、「←いねーよバーカ!」など、様々な文句がスプレーアートの様に色んな言語で書いてあった。


 車を降りて過去の偉人たちの軌跡を見ながら、天窓から差し込む光を頼りにショッピングモールへと足を踏み入れた。

 小さな町くらいの大きさのショッピングモールのメインの商品は衣服だ。手に取ったショッピングカートは日本の倍はありそうな大きさで、レオンが試しに乗ってみると寝転がれた。グラビアの写真が撮れそうだ。

 レンガの床は所々抜けていて、特に酷いところは警告するように派手な色のスプレーで囲んである。僕らはカートを押しながら薄汚れたモールの案内図を見た。各服飾ブランド、家電売り場、ゲームセンター、もう何の店も無いけれどフードコートなどの名が平面図に無数に記されている。


「まず、レオンの服ね。男の子の服ってどこにあるかしらね」

「ミキハウスか西松屋がいいですよアンさん!超高級ブランドなんで」

「スバルばかにしてんだろ」


 中を進むとやや乱雑ではあったものの大量の服や家電が並んでいた。

 20年以上経営されていないはずのショッピングモールがやや古ぼけていたとしても崩落もせず昔の姿をそのまま残しているのは、過去にここを訪れた人たちがマナーやモラルをもって過ごしたという証拠だ。生き残った人々が、いかに残されたものを上手に使って生きている事が伺える。

 映画によくある独り占めを行ったとしても、このような世界ではうまく生きていけないという証明にもなっている気もする。協力し合ってこそ人のコミュニティは成り立つのかもしれない。


 僕達は虫食いや汚れた服を避けつつ、レオンの体に服を当ててサイズや好みで服を選んでいく。先述した通りレオンはよく動き回るからか汗っかきで、本格的な夏が来る前に着替えが大量に必要だ。それにこいつはまだまだ成長期だろうし今よりも大き目な服も今のうちに持って帰らないといけない。

 レオンはわがままを言いながら服を選んでいたけど、僕は1着選ぶごとに先人たちの思いやりの精神に感謝していた。この世界に来てから綺麗で好きな服を選んで着られるというのはとても贅沢な事だと悟ったからだ。物がないこの時代にはより一層身に染みる。


 しかし服を選んでて思ったけど何を着てもレオンはよく似合う。流石は元芸能人という事なのだろうか。

 まだレオンが手嶋玲音だったころにバラエティ番組で活躍する姿をテレビ越しに見たことがある。笑顔で愛想を振りまきながら仕事をしていたレオンは、今思えばとても変なデザインの衣装を着せられていた。僕が着ろと言われたら拒絶するダサさだった覚えがある。

 それでも特に違和感を覚えなかったのは多分レオンの容姿が大人顔負けなほどに整っていたからだ。顔がいいと何でも似合うというのは定説だけど僕はそれを今嫌というほど実感している。多少変なデザインの服を試着させてもレオンだと着こなせてしまうのだ。くそ、遊びがいがない。


 色々選んでいくうちに、レオンはカジュアルで少し大きめの動きやすい服が好みだということが分かった。それならほんとにナイキとかの方がいいだろうという話になりスポーツコーナーへと移動する。背中や胸に大きなマークの入ったジャージやTシャツをカートに入れたあとは、備えで冬用の上着なども選んだ。ボトムスを僕が探していると、カートにはいつのまにか新品のバスケのボールとボールの空気入れが入っていた。

 今日は必要な物だけと言った矢先にこれかよと叱ろうかと思ったけど、まぁいいか。

 ショッピングは楽しい方がいい。今日は見逃してやる。


 午前中はレオンの服だけで時間がつぶれたので、昔はマクドナルドやケンタッキーなどのチェーン店が入り、家族連れでにぎわっていたであろう元休憩スペースで持参した弁当を食べていた。

 限りある物資である服は取りすぎないようにと心掛けてはいたけれど、結局大小合わせてレオンの衣服だけで30着ぐらいになってしまった。持ち帰るのが大変だ。

 アンさんは「早く着替えたいわね」と楽しそうにニコニコしているけど水通ししてクローゼットにしまうのは僕だから、この量はちょっと勘弁してほしい。


「お金払わないのは何か悪い気がするなぁ」


 レオンがおにぎりをかじりながらつぶやく。今日のは僕お手製の醤油を使った焼きおにぎりだ。


「お金、意味ないからねぇ」

「ショッピングモールで置いていくの、ほんと感謝の気持ちだけですね」

「その代わりに掃除して帰るわよ。それがルールだからね」


 アンさんが漫画をぱらぱらとめくっている。途中立ち寄ったオタク向けのショップでレオンに読めと言われて持ち帰ったコレクター品のスラムダンクの紙のコミックスだ。けれど彼女は眉を寄せて「読み方がわからない……」と不満そうな顔をしていた。


「そうだとしても悪いことしてるみたい。ゲームなら何も思わないのに」

「そのうち嫌でも慣れるよ」

「あ~、常識が崩れていく……」


 昼食を食べ終わると僕らは昨晩メモしたものを見直してから買い物を再開し、他に必要なものを2時間ほどかけてかき集めた。7月に入り暑さが厳しくなりはじめた時期だから動き続けている僕らは汗をぬぐいながら買い物を続ける。余りの暑さにアンさんが「今日は私服でよかったわ」と何度も呟いていた。


「じゃあ順路的に、次は私の買い物でもいい?私も欲しいものがあるから選んで欲しいの」


 買い物品を1階の入り口に置いたあとにアンさんがそういうので男2人もついていく。しかし、向かった先が女性用下着売り場だったので、僕と顔を真っ赤にしたレオンは慌ててアンさんと別行動をとる事にした。


 もう一度案内図を見ると傍に介護福祉の専門店があったので、アンさんに声をかけてからレオンと2人で向かった。

 専門店を一通り見て回ると、介護用のおむつやベッド、おまる、尿瓶などの本格的なものから、サポーターや杖なども売っている。奥に車椅子売り場があったのでいくつか試乗し、悩んだ末にスタンダードなタイプと、取手がない代わりに小回りが効いてアクティブに動けるタイプの2つを持って帰る事にした。

 スタンダードなものは家用にして、取手がない方とキムさんから譲り受けた車椅子は交代で外用として使うそうだ。未来らしくオートの電気車椅子もあったけど、使い方がよく分からないし、重いし、ひとまずはいいやと言って持って今回は持ち帰らなかった。


「それより俺、義足がほしいな」


 レオンがパンフレットの義足特集を見つけて僕に見せる。

 200年過ぎても義足は服みたいに既製品は売り出されていなくて、相変わらず職人によるオーダーメイドが重宝され売り買いがされているみたいだった。見本用義足があったから試しに千切れた足にはめてみたけど、レオンにはサイズが合わなくて使い物になりそうにない。

 車椅子で多少動きやすくなったとはいえ、僕やアンさんの手助けがないとできない事がレオンには多い。15歳にそんな生活は窮屈以外の何物でもないだろう。


 もし義足で歩ければ機動力が格段に上がるし便利になるはずだ。車椅子でトイレに行くのは大変そうだし、個室のある2階に行くのにも僕がいない時、レオンは赤ちゃんみたいにハイハイか膝立ちで移動している。レオンはそんな状態に良くも悪くも慣れているから気にしてなさそうだけど、どうにかしてやりたいと僕も常々思っていた。

 とはいえ、両足の膝下を切断しているのだから、義足で動けるようになるには人並み以上の努力が必要なはずだ。現実的な事情を考えるとレオンの願いはすぐに同意できない内容だった。


「200年も経ってるならハガレンみたいなやつ開発されてないのかな。あれ便利そう。かっこいいし」

「あ~、いや。義足に関しては僕達心当たりがあるんだ」

「え、ほんとに?」

「ただ、その人に頼んだところで受けてくれるかが分からない」

「何で?」

「アンさんが、前からエウタナーシャの相談受けてる人だから」

「は~?またそれかよ~……」


 レオンが苦り切った表情をする。この前キムさんが亡くなったばかりだし、レオンはアンさんが行う安楽死自体は受け入れていないからこんな顔するのは想定内だ。


「まぁ、ダメもとで頼んでみるよ。だからお前もあんま期待すんな」

「どんな人なの?」

「サトウさんっていう日系人だよ」

「お待たせ~!」


 アンさんが忍者みたいに無音で帰ってきたからレオンが思わずぎゃあと叫んで肩をびくんと震わせていた。


「車椅子任せっきりになってごめんね〜。いいのあった?」


 彼女の押してきたカートにはアンさんの新しい服以外にも医療行為用の包帯やガーゼなんかも追加されている。他にも新しいブーツとスニーカーの箱や、衣服用と思われる黒い生地と糸やボタンなどが入っていた。こっちは新しいシスター服でも作るつもりなのかもしれない。

 僕はサトウさんのことをアンさんに伝えると、アンさんはにこっと笑ってレオンへと目線を落とした。


「サトウさんね。エウタナーシャは秋にしたいって言われてるから、まだ時間あるし手を貸してくれるんじゃないかしら。カウンセリングの予約がある日に話すつもりだったの」

「サトウって人は医者なの?」

「ううん、義肢装具士として働いていらしたの。今はご隠居さんね」

「へぇ~。いろんな人がいるんだね」

「人に歴史ありよ。でも、そうね。みんな色々あるからさ、頑張って交渉するけどダメだったらサトウさんは諦めてね」

「えぇ~?」


 自分でリムを回しながらレオンがぶーたれている。アンさんは重いカートにスケボーみたいに片足を乗せて、スケボーですいーっと水平に滑って遊ぶように出口に向かっていた。


「アンの力って、どんなことがどこまでできるの?俺に足生やせない?」

「生やすのは無理だわ。してあげたいのはやまやまけど」


 アンさんは思わず苦笑いしながら質問に答えた。


「傷の手当、痛み止め、軽い風邪くらいの病気ならえいってしたら治せるわよ。人を眠らせるのもいけるわ」


 流石にその説明だけだと足らない気がしたけど何も言わなかった。レオンも「凄~」と素直に感心しているし、アンさんのでたらめな能力の説明は横からごちゃごちゃ言わない方が理解しやすいかもしれない。


「でも、どうして怪我とか治せるの?俺、理科とかちゃんと勉強してないから分かんないけど、普通は1週間とかかかるじゃん」

「その人が持ってるエネルギーを操って使ってるの。でも無限に治せるわけじゃないのよ。命の前借みたいなものだから元気がない人は治せない。根本的な解決をする為にはその人自身が元気になる様に治療することも必要になるのよ。だからその為に私、ちゃんと医学の勉強してるんだからね?教会で診療と治療ができてるのは力もあるけどアンちゃんの努力のおかげなんだからね」


 アンさんは後半ちょっと誇らしげな顔をして言った。彼女は意外と仕事に対してストイックなので、新しい医療本を見つけたら端から端まで読んでノートにまとめるし、実践できることなら実験してから患者に治療を施す。その際の実験体兼犠牲者が僕であることは誰も知らない。


「じゃあ、力を使って、エタナシャる人を長生きさせることはできないの?」


 略すな。と思ったと同時に僕とアンさんの間にだけ緊張の糸がピンと張られた。青い瞳に一瞬影が入り僕の方をちらりと見たけれど、僕は軽く首を横に振って説明することを拒絶する。彼女はちょっと眉間にしわを寄せたけど、すぐいつもの愛想のいい顔になった。


「やろうと思えばできるけど禁忌かな」

「そうなんだ。便利そうなのに」

「いいこと起きないからね」

「ふーん」

「これ3人だけのヒミツよ?喋ったらだめだからね」


 レオンの追及のない能天気な返事に僕は安堵する。その質問の答えが意味するものは、アンさんにとって楽しい思い出じゃないからだ。


 一度荷物を全部車に積んで、夕方も近付いたのでそろそろ帰ろうかと話をしたときに、レオンが最後にわがままを言い出した。


「見に行くくらいいいじゃん!俺、PS3までしか知らないんだから!」


 こんな感じでゲーム機が欲しいと叫んでいる。より具体的にいうのなら最新のプレステが欲しいと駄々をこねていた。

 遊ぶのは無理だってと僕が強めに言っても「スバルでさえ5持ってたのに知らないなんて悔しい」とわがままを言うレオンを見て「もう直接見せた方が早いわ」とアンさんが言うから、僕らは仕方なく踵を返してテレビゲームコーナーに行った。


 僕が過去にいたころには確かに5が出たし、タイミングよく抽選に当たったのでゲーマーでもないのに買った。けど、店内に置いてある未来のプレステと思われるものは数字に例えると何になるのかも分からない。意味不明な形をしているし、そもそも実態があるものなのかもよく分からない。商品の箱に書いてある説明書きを見せながら「この時代だと所謂インターネットに接続しないと、そもそも本体が起動しない」とアンさんが説得するように言ったのを聞いてレオンはやっとテレビゲーム関連の物をあきらめた。


 けれどもあきらめの悪いレオンは「それなら、ネットがなくても電気だけで使える未来の機械が見たい」と言い出したので僕らは隣の電化製品の店内を一周することにした。そういえば前回来たとき、20年前の電化製品は古いしどうせ見ても意味がないだろうと思い込んで最初から候補から外したんだった、だから案外良い提案かもしれない。我が家の洗濯機や冷蔵庫も古いはずだから壊れたら使えそうなものに目星をつけておきたいし掃除機も欲しい。炊飯器もいい奴で炊くと味が違うというし、冬用に巻き割き機も欲しい。生活の向上のためだと思うと僕も物欲がふつふつと湧いてきた。


「これ何?」

「音楽プレイヤーかな?音楽マニア向けねぇ」


 iPodなら欲しいと甘えるレオンの横で、アンさんが箱を開けてまじまじと説明書きを読む。しかし成果はなさそうな顔だ。


「アナログな方法で聞くにはこの機械だとCDみたいね。うち、CDないし、レコードしかないわ。デジタルだと、ダウンロードする場所がない」

「レコードがあるのに何でCDがないの?えーと、じゃあこれは?何か、かわいい」

「CDってパンデミック関係なくもう廃れてるのよ。え~っと、あぁ!これラジオね!」

「え、ラジオってまだあったんですか!?」


 アンさんは普通の顔で説明書を読んでいるけど、僕的にはラジオなんてものは200年の間に忘れ去られた文化の1つだと思い込んでいたので驚いてしまった。

 レオンが手に取ったのは文庫本くらいの大きさのつるんとしたオレンジ色の機械だ。子供むけのデザインではあるけど、大人の僕がみても逆にそのキッチュな姿がオシャレに感じる。


「アナログ文化にはどの時代もマニアがいるってことね。私はリアルタイムでは知らないけどパパが言うには人気カルチャーだったみたいよ。これはおもちゃだけど、発信も受信もできるみたい」


 箱を軽く振りながらアンさんが明るく笑う。「見た目かわいいし、気に入ったなら持って帰って飾るのもいいんじゃない?」とレオンに提案したのでラジオをいくつか持って帰ることにした。ラジオ番組は受信できないだろうけど、僕らでも送受信可能なら敷地内のアナウンス機能の代わりになりそうだ。我が家は広いので案外掘り出し物かもしれない。

 レオンはラジオで満足した様だったので気が変わらないうちに僕はショッピングモールの出入り口付近をさっさと掃除した。誰が設置したか分からないノートにも持ち帰り品と名前を記述する。

 履歴を見てみると月に1組は来ているようだ、前回の僕とアンさんの名前の後にも数組が記録を残している。けれど、僕は知らない人の名前だ、きっと他所の州の人だろう。

 今回は明らかにいつもより多く持ち帰りすぎたのであらぬ誤解を生まぬように「家族が増えたので」と一言説明を加えておいた。「皆さんがんばりましょう」というコメントと共に。そして僕らはモールの扉を閉めて、動物除けのスイッチを押してから入り口のチェーンをかけて、モールを後にした。


「楽しかった、また来たいな」


 車に揺られながらレオンが少し眠そうにぼーっとした声で言った。「横になってれば?」と声をかけた時には「大丈夫」と答えたくせに、いつの間にかシートベルトを締めて座った姿勢のまま、空を見上げるようにすぴすぴ寝息を立ていた。アンさんはそれをバックミラーで確認すると、「のんびりドライブもいいかもね」と言って少しスピードを緩める。


 沈む夕日を見ながら走る海岸線は20年の間に透き通った空気のおかげかとても綺麗に見えてロマンティックだ。濃い青の水平線に沈んでいくオレンジ色をバックに、夕焼けを飛ぶ鳥の影が切り絵のように真っ黒に空に刻まれている。雲一つない様子を見ると明日もきっと晴れだし暑くなるんだろう。


「アンさん、服いっぱい持って帰ってましたけどいつもより多くないです?」


 山積みになった荷物をバックミラー越しに見ながら訪ねた。帰り道を運転するアンさんも同じくバックミラーを見てからすぐに前を向きなおす。


「……胸囲が大きくなってたから色々新調しようと思って」

「え?!」


 前回も同じ様な事言っていた気がする。僕は彼女にいやらしさとかエロさなんて感じないけど、さらなる成長を遂げた事実にさすがに驚いた。前もサイズを聞いた時、日本ではAVでしか聞くことのないアルファベットにびっくりした事しか覚えてない。


「別に悪いことしてるんじゃないからいいでしょ。スバルこそ何か持ち帰ったの?」


 後ろの荷物を振り返りながらアンさんが言う。僕も一緒に振り返って、今日自分が何を持って帰ったかを思い出していた。


「下着とかはレオンのやつと一緒に入ってますよ」

「何だ、つまんない。他にはないの?」

「楽譜は持って帰りました。レオンと教室用の初心者向けのやつ」

「そうじゃなくて、スバルの私物になるものはないの?服は?前も最低限のものしか持って帰んなかったじゃない。私2人の新しい服楽しみにしてたんだけど」

「……知らない曲の楽譜とか?」

「ないんかい!あはは、ピアノばかだ」


 アンさんがレオンを起こさないように小声で笑った。

 演奏は200年後でも趣味の1つとして人気だったので楽器屋に行くと楽譜をたくさん見つけることができる。アンさんにとっては生まれる前に発表された古い曲も、僕にとっては全部新曲なのだから興味しかわかない。隙間時間に楽器屋で楽譜をぱらぱらとめくってよさそうと思った物を選ぶ時間はとても楽しかった。だから僕は早く家に帰ってショッピングモールで眠っていた僕がまだ知らぬ曲を奏でたい。ピアノを弾いている時間が僕にとっては一番幸せな時間だ。


「でも服は今度私が選んであげるから着てよね」

「はいはい。またいきましょーね」


 「煙草取って」と言われたので僕はアンさんの尻ポケットにある煙草の箱を無言で抜き取ると、そこから1本煙草を出し火をつけた。そのまま彼女の手に渡してやると当たり前のようにありがとーと返事をしてアンさんは煙草を嬉しそうな顔をして吸い始める。


「レオンがいると賑やかでいいわよね。ママになったみたい」

「でもレオンは多分、アンさんの事は女性として見てますよ。僕でさえ分かるレベルです」

「あららあれ本気だったの?じゃあお姉ちゃんになった気分に修正するわ」

「身内のままじゃないですか」

「そんなこと言われても、レオンは弟だわ~」


 アンさんは困ったように笑っていたけれど、後ろで寝てる15歳は自分でも知らない間に失恋してしまった。狸寝入りしてるんじゃないかと心配になったけど相変わらずすぴすぴ言いながら眠り続けている。


「サトウさん、義足の話を受けてくれればいいんだけどね。誰だって自由に動き回れた方がいいもん」

「そうですね。レオン筋トレ頑張ってるし叶えばいいんですけど」


 他愛のない話のあとに助手席で景色を見ながら、僕は『帰ったらやること』を独り言のようにつぶやきながら指を折って整理した。

 まず家中の床を掃除して土足厳禁の土台を整えたら、絨毯を部屋と廊下と階段に敷いて、レオンが膝で歩いても痛くないような環境にする。買ってきた椅子をダイニングとレオンの部屋に置いたら、寝具とカーテンも交換して、スリッパを全部おろして、室内用の車椅子を出して、外用の車椅子も設置して、新しい服も1回洗ってからじゃないと汚いし…………あっ、夕食も作らないといけないし、レオンを起こして飯食わせたら風呂に入れないといけないし、


「……めんどくさっ。明日でいいか」


 明日があるっていいなと僕はぼんやり思った。僕もアンさんもレオンもみんな明日はやることが盛りだくさんだ。『明日やろうは馬鹿野郎』なんて名言があるけれど、こんな世界と僕にとって『明日やろう』の精神は万々歳して神棚に飾る程の価値がある。


「あはは、明日でいいよ。明日が楽しみね!レオンのファッションショーもしなきゃだし忙しいわ!」


 煙草を吸いながらけらけら笑うアンさんを見て僕は同意した。決めた、今日はもう何にもしない。

 やらないといけない事は明日やればいいや。死ぬまで時間はたっぷりあるのだから。


「でもピアノだけ弾いて。私スバルのピアノ好きだから」

「はは、おっけーです」


 アクセルを強く踏もうとしたアンさんに「もうちょっとゆっくり帰りましょうよ」と声をかける。そのまま、僕達は上り始めた星空の輝く道路を教会まで駆け抜けていった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?