あの日のことは鮮明に覚えています。
お父さまのお許しを得てゴーレム研究に取り掛かったものの、従来のものは私が望む姿には程遠くて絶望していました。
はるか昔の大魔導士が残したゴーレム製造技術。現存するゴーレムは全てこれに基づいたもの。核となる金属に思考対応術式を刻み、術者である魔導士が魔導で魂の一部を同調させます。
すると核は不完全ながらも魂の持ち主、つまり人の形をとろうとして周囲の金属片を集めます。そして術師の誘導に従うようになり、効果範囲にいる限り動く……これがゴーレム。
毎日深夜まで他に使える術式がないか、様々な魔導書を読み漁りましたが、何も得られませんでした。焦りが募るばかりの日々。
そんなある日。私は不意に目眩を覚え、足元に置いていた古代遺跡の発掘物に躓いて机に頭をぶつけてしまい、しばらく失神しました。睡眠不足が祟ったのでしょう。
その日から何となくですが、何かの気配を感じるようになりました。
物心ついた頃より、私は周りにいる人が何となく思ってることをぼんやりとですが感じることができるんです。けれど自室に私一人、周りに誰もいないはずなのにまるでそこに人がいるかのような気配。ただ嫌な感じは全くしないので、あまり気にしていませんでした。
ある日のこと。
頭の中に男の人が話しかけてきたのです。
確信しました。天より降りてこられた
おじさまの宣託『人の骨格や筋肉を模倣したゴーレム』。
そこに描かれた白い巨人。戦女神。
人の姿を再現するには、それこそ人の身体そのものを模倣すればいいのです。
おじさまは『ほうほう、解剖学あるんだ。いいね、その書物を見せてもらおうよ』と助言をくださり、公爵家お抱えの医師さまに教えを乞うことにしました。
医師さまは
「貴族のご令嬢が見るような書ではないのですが……」
渋々見せてくださった人体解剖図。
「この骨は……」
「まぁ腱で動かすのですか」
「関節はこんな作りなのですね」
手足は腱が動かす……新たな世界が見えました。
「お嬢様は大変知的で聡明な方ですな。ご婦人方はこのようなものを決して見ようとしないものです」
「自らを知るのは何事においても大切だと思います。知らない物事が多いと世界の見えない部分が大きくなるだけですわ」
おじさまの受け売りですけど。
「ほっほっほ。レイテア様は王太子殿下の婚約者で将来の王妃様。王国の未来は明るい」
医師さまより解剖学の書をお借りして工房に戻ります。
『レイテアちゃん婚約してたんだ……おっ記憶の片隅にあったね』
(ええ。ほとんどお会いしたことありませんが、ダロシウ王太子殿下と)
『はぁ〜支配層なら子どものうちから婚約するのも当然かぁ。おっ王子、こりゃなかなかのイケメンだ』
(イケメン? 学問も武芸にも秀でた方だとお聞きしています)
『優秀なんだな。まっそうじゃないとね。国の統治者がボンクラだと滅ぶからなぁ』
(十五歳になれば貴族学院でご一緒することになりますの)
『来年か。将来は王妃になるんだよね』
(正直……不安しかありません)
『あーなるほど。俺も何が出来るかわからないけど、出来る限り手伝うから』
(ありがとうございます)
おじさまと話していると、なぜか安堵感が湧き出てきます。不思議ですね。
『俺にもレイテアちゃんと同じぐらいの娘がいたからさ』
(まあ! どんな方ですか?)
『う〜ん。記憶が薄れていってるんだけど、ただお父ちゃん子だったのは覚えてて……』
この後たっぷりとおじさまがいかに娘さんを愛していたかを語ってくださいました。
我が家より随分と距離が近いご家族なのですね。
……でもおじさまはあちらの世界で亡くなって、今ここに居られます。それを思うと
『気にしなくていいよ。女はね、男より強いから。それよりレイテアちゃん。人体の基本構造がわかったのは第一歩だが、これをどう作っていくかが難題だぞ』
そうなのです。おじさまが悲しみを内に秘めるなら、
『骨格どうすっかなぁ。ここってファンタジー世界みたいだからさ、錬金術師とかいないの?』
(錬金術師とは?)
『あーほら、例えば……ここって金あるよね? それを違う材料から作り出したり、ホムンクルス、いわゆる人造人間を作ったり』
(おじさまのいたところにそんな方が?)
『……いないよ。空想上の存在だ』
(
おじさまの世界には、一生かかっても読みきれないほどたくさんの空想物語があるそうです。錬金術もかなり知られている概念だとか。
『かーっ! ファンタジー風の世界は甘くねぇってか。魔導士ってそういうことしないの?』
(魔導士は術式を組んだり、それを操作する方々ですね)
『うーむ。大型の獣の骨を流用するか、何か金属で代用するか……』
(それならば工房街へ行けばどうにかなるかもしれません。あそこはあらゆる製造職人の集まる場所ですし)
『そんなとこが? よしっ! 善は急げだ。行こうぜ』
「お嬢様っ! どちらへ?」
飛び出した私を侍女のカシアが追いかけてきます。
「そうね。カシア、馬の用意を」
「ですからどちらへ?」
「工房街ですの」
「ええっ?! 貴族家の子女が行く場所ではありませんよ?」
「カシア。大事な用事があるの。お願い」
こうして