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第四話 ドラゴンの住む地

 あー俺だ。ディーザ侯爵の言う通りに、俺たちは麓の山小屋に泊まることにした。


 護衛騎士三名は小屋の外で野営。さすが手慣れている。カシアが慣れた感じで寝床を用意してくれた。羽毛布団が用意されてる。ありがたい。


 レイテアちゃんとしては、特に何をするわけでもないのでさっさと寝ることにした。


 空は晴れ渡り、体育館横の桜の木が、時折吹きつける突風で花びらを散らしている。

何度も見た懐かしい光景。

俺は窓際に立ち、外をぼんやりと眺めている。


 ふと人がいる気配にそっちを見やると、俺の後ろにレイテアちゃんがいた。思ってたより背が高いね。母校の女子制服はジャンパースカートタイプ。よく似合ってるけど、コスプレ感が半端ない。

彼女はじぃっと俺を見つめてる。おずおずといった感じで聞いてきた。


「あ、あの、も、もしかしておじさまですか?」

「そうだよ。初めまして、だね」

「そうですね。黒い髪に黒い瞳……初めて目にするお姿……素敵な方です」

「え? 俺は普通のおっさんだよ……」

「いいえ。私より少し年上な感じのお顔です」


窓ガラスに映る自分に気づく。

そうか、ここは高二の時の教室。俺もその当時の容姿ってわけか。

レイテアちゃんは物珍しそうに教室の中を見渡している。


「おじさま、ここはどこなんでしょう?」

「俺の出身高校……レイテアちゃんにわかるように言うと、貴族学院みたいなところだよ」

「そうなんですね。窓にはガラスが贅沢に使われて、不思議な建材。見慣れないものがたくさんあります」


 夢にしてはやけにリアルだ。


「おじさま! あれは?」


 指差した先には紅白の電波塔がそびえるビル。

 NTTだ。


「あれは電話っていう遠くの人と話せる道具があってね、それを中継するとこだよ」 

「電話ですか……」

「魔導通信器ってあるだろ? あれをずっと小型にしたもの。大きさはこれぐらい」


手で黒電話のサイズを作ってみせる。 


「随分と小さいんですね」

「そうだね。これが各家庭に一台はあるんだ」

「全部の家にですか?」

「うん、置いてない家はほんの僅かだと思う」

「素晴らしい普及率です」

「ルスタフ公爵家にも魔導通信器があったよね?」

「はい……でもとても高価ですし、使用するにも高価な費用がかかりますから、貴族の邸宅、王城や軍の駐屯地にしか置いてないですね」


そうなんだよな。貴族階級以上の立場じゃないと使えない代物だ。まだ爵位がないレイテアちゃんも使うことが出来ない。

次にレイテアちゃんは国道の方を指さす。


「あそこを次々と流れていく四角い箱は何でしょうか」

「自動車ってやつだ。地下から採掘した化石燃料を使って動力を得てるんだ」

「化石燃料……」

「大昔の植物が地層の中で油に変化したもの……ごめん、俺もうまく説明出来ないや。陸の移動手段としては主役でね。たくさんのメーカー、つまり工房があれを作ってる。一つの家に一台から一人に一台になりつつある頃か」


レイテアちゃんは目を丸くした。


「それであんなにたくさん……」

「日に数千台は作られてるんだっけな」


この辺はうろ覚え。


「そんなにですか」

「そうだよ。この国の主要な産業になってて、外国にも輸出しているよ。あれもさ、一家に一台という時代じゃなくなって、一人一台になりつつあるんだ」

「この国の発展ぶりが凄いです。人口は?」

「一億越えてる」

「え?」

「一億」

「……想像出来ません」

「もっと多い国もあるよ」

「もっと?」


レイテアちゃんには想像しにくいだろう。


「それだけの人口を支える穀物こめの生産、様々な病が克服されたことで乳幼児の死亡率が下がって平均寿命がのびたこと、他にも色々あるけどそれのおかげで人口が増えてるんだ」

わたくしからすると奇跡の国です」


 大型トラックに続いて観光バスが通過する。


「色々な形のものがありますね」

「荷物を運ぶ専用、その後ろは人をたくさん運ぶものだね。あれが世界中を走り回ってるんだよ」

「馬車よりずっと速い……。道も整備されて。おじさまのいた世界は興味が尽きません」

「そうだな。……それにしてもなんで俺たちがここにいるのかわからんが」


「あなたの記憶を見させてもらったの」


 突然知らない声がしたので振り向くと、白い女がいつの間にか立っていた。えらく美しい女だ。髪、肌、眉毛にまつ毛、瞳、全てが白い。作り物感がすごくて、生き物っぽくない。

 ただの布を巻いたようにしか見えない服を纏っているだけなのに、優雅な立ち姿。


白い女は優しい口調で話し始めた。


「この場所での思い出が、あなたの中で強い輝きを放っていたから、こうやって再現しました」

「あんた……もしかしてドラゴン?」

「ふふっ。どうしてそう思うの?」

「色々と神秘的な力を持ってるのがドラゴンだろう? 炎を吐いたり、雷落としたり、地震を起こしたり、人を塩に変えたり」


それにどう見ても普通の人間じゃないし。


「ふふっ。人を塩に変えたりなんてできませんよ。異界から来た人は鋭いのね」


雷と地震はできるのか。こっちの世界じゃ「地震・雷・火事・親父』じゃなくて『地震・雷・火事・ドラゴン』だ。


「……それで俺たちは合格かい?」

「ハルミヤ鋼の採掘をどうか認めていただけないでしょうか」


 レイテアちゃんが深々と頭を下げる。


「あなた達なら自由にしていいわよ」

「あっさりOK出たぜ……」

「あなた達のこれからも見ていくわね。それが私の役割なの」

「質問しても?」


 俺は思い切って尋ねることにした。


「いいわよ」

「もしかしてハルミヤ鋼というのは、ドラゴンの遺骸が変化したものかな」


さっきレイテアちゃんに石油の説明をした時に、ふっと思いついたこと。


「よくわかったわね。その通りよ。ドラゴンは死してハルミヤという金属を残すの」

「ありがたく使わせてもらうよ」

わたくしもです」



 カシアに起こされ目が覚める。山小屋の中だ。彼女、日の出前から起きて朝食の準備もしていたとか。随分と懐かしい場所の夢だった。人生の中で一番想像と妄想を膨らませて世界を夢見ていたあの頃。


全員で朝食を済ませて下山して、ディーザ侯爵家の人が麓まで出迎えてくれていた。夢でドラゴンに会ったという話を伝えると、ディーザ侯爵は大層驚いて『ディーザ侯爵家としてもルスタフ公爵家に便宜をはかります』と言われ、様々な契約が結ばれた。


『夢でドラゴンに会った人には最大限の貢献を』という家訓があるそうだ。


 こうしてルスタフ領から採掘部隊が派遣され、充分な量のハルミヤ鋼が確保できた。

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