あー俺だ。ディーザ侯爵の言う通りに、俺たちは麓の山小屋に泊まることにした。
護衛騎士三名は小屋の外で野営。さすが手慣れている。カシアが慣れた感じで寝床を用意してくれた。羽毛布団が用意されてる。ありがたい。
レイテアちゃんとしては、特に何をするわけでもないのでさっさと寝ることにした。
空は晴れ渡り、体育館横の桜の木が、時折吹きつける突風で花びらを散らしている。
何度も見た懐かしい光景。
俺は窓際に立ち、外をぼんやりと眺めている。
ふと人がいる気配にそっちを見やると、俺の後ろにレイテアちゃんがいた。思ってたより背が高いね。母校の女子制服はジャンパースカートタイプ。よく似合ってるけど、コスプレ感が半端ない。
彼女はじぃっと俺を見つめてる。おずおずといった感じで聞いてきた。
「あ、あの、も、もしかしておじさまですか?」
「そうだよ。初めまして、だね」
「そうですね。黒い髪に黒い瞳……初めて目にするお姿……素敵な方です」
「え? 俺は普通のおっさんだよ……」
「いいえ。私より少し年上な感じのお顔です」
窓ガラスに映る自分に気づく。
そうか、ここは高二の時の教室。俺もその当時の容姿ってわけか。
レイテアちゃんは物珍しそうに教室の中を見渡している。
「おじさま、ここはどこなんでしょう?」
「俺の出身高校……レイテアちゃんにわかるように言うと、貴族学院みたいなところだよ」
「そうなんですね。窓にはガラスが贅沢に使われて、不思議な建材。見慣れないものがたくさんあります」
夢にしてはやけにリアルだ。
「おじさま! あれは?」
指差した先には紅白の電波塔がそびえるビル。
NTTだ。
「あれは電話っていう遠くの人と話せる道具があってね、それを中継するとこだよ」
「電話ですか……」
「魔導通信器ってあるだろ? あれをずっと小型にしたもの。大きさはこれぐらい」
手で黒電話のサイズを作ってみせる。
「随分と小さいんですね」
「そうだね。これが各家庭に一台はあるんだ」
「全部の家にですか?」
「うん、置いてない家はほんの僅かだと思う」
「素晴らしい普及率です」
「ルスタフ公爵家にも魔導通信器があったよね?」
「はい……でもとても高価ですし、使用するにも高価な費用がかかりますから、貴族の邸宅、王城や軍の駐屯地にしか置いてないですね」
そうなんだよな。貴族階級以上の立場じゃないと使えない代物だ。まだ爵位がないレイテアちゃんも使うことが出来ない。
次にレイテアちゃんは国道の方を指さす。
「あそこを次々と流れていく四角い箱は何でしょうか」
「自動車ってやつだ。地下から採掘した化石燃料を使って動力を得てるんだ」
「化石燃料……」
「大昔の植物が地層の中で油に変化したもの……ごめん、俺もうまく説明出来ないや。陸の移動手段としては主役でね。たくさんのメーカー、つまり工房があれを作ってる。一つの家に一台から一人に一台になりつつある頃か」
レイテアちゃんは目を丸くした。
「それであんなにたくさん……」
「日に数千台は作られてるんだっけな」
この辺はうろ覚え。
「そんなにですか」
「そうだよ。この国の主要な産業になってて、外国にも輸出しているよ。あれもさ、一家に一台という時代じゃなくなって、一人一台になりつつあるんだ」
「この国の発展ぶりが凄いです。人口は?」
「一億越えてる」
「え?」
「一億」
「……想像出来ません」
「もっと多い国もあるよ」
「もっと?」
レイテアちゃんには想像しにくいだろう。
「それだけの人口を支える
「
大型トラックに続いて観光バスが通過する。
「色々な形のものがありますね」
「荷物を運ぶ専用、その後ろは人をたくさん運ぶものだね。あれが世界中を走り回ってるんだよ」
「馬車よりずっと速い……。道も整備されて。おじさまのいた世界は興味が尽きません」
「そうだな。……それにしてもなんで俺たちがここにいるのかわからんが」
「あなたの記憶を見させてもらったの」
突然知らない声がしたので振り向くと、白い女がいつの間にか立っていた。えらく美しい女だ。髪、肌、眉毛にまつ毛、瞳、全てが白い。作り物感がすごくて、生き物っぽくない。
ただの布を巻いたようにしか見えない服を纏っているだけなのに、優雅な立ち姿。
白い女は優しい口調で話し始めた。
「この場所での思い出が、あなたの中で強い輝きを放っていたから、こうやって再現しました」
「あんた……もしかしてドラゴン?」
「ふふっ。どうしてそう思うの?」
「色々と神秘的な力を持ってるのがドラゴンだろう? 炎を吐いたり、雷落としたり、地震を起こしたり、人を塩に変えたり」
それにどう見ても普通の人間じゃないし。
「ふふっ。人を塩に変えたりなんてできませんよ。異界から来た人は鋭いのね」
雷と地震はできるのか。こっちの世界じゃ「地震・雷・火事・親父』じゃなくて『地震・雷・火事・ドラゴン』だ。
「……それで俺たちは合格かい?」
「ハルミヤ鋼の採掘をどうか認めていただけないでしょうか」
レイテアちゃんが深々と頭を下げる。
「あなた達なら自由にしていいわよ」
「あっさりOK出たぜ……」
「あなた達のこれからも見ていくわね。それが私の役割なの」
「質問しても?」
俺は思い切って尋ねることにした。
「いいわよ」
「もしかしてハルミヤ鋼というのは、ドラゴンの遺骸が変化したものかな」
さっきレイテアちゃんに石油の説明をした時に、ふっと思いついたこと。
「よくわかったわね。その通りよ。ドラゴンは死してハルミヤという金属を残すの」
「ありがたく使わせてもらうよ」
「
カシアに起こされ目が覚める。山小屋の中だ。彼女、日の出前から起きて朝食の準備もしていたとか。随分と懐かしい場所の夢だった。人生の中で一番想像と妄想を膨らませて世界を夢見ていたあの頃。
全員で朝食を済ませて下山して、ディーザ侯爵家の人が麓まで出迎えてくれていた。夢でドラゴンに会ったという話を伝えると、ディーザ侯爵は大層驚いて『ディーザ侯爵家としてもルスタフ公爵家に便宜をはかります』と言われ、様々な契約が結ばれた。
『夢でドラゴンに会った人には最大限の貢献を』という家訓があるそうだ。
こうしてルスタフ領から採掘部隊が派遣され、充分な量のハルミヤ鋼が確保できた。