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蓮華
蓮華
釜瑪秋摩
異世界ファンタジーダークファンタジー
2025年04月29日
公開日
6.8万字
連載中
小さな島国。 荒廃した大陸の四国はその豊かさを欲して幾度となく侵略を試みて来る。 国の平和を守るために戦う戦士たち、その一人は古より語られている伝承の血筋を受け継いだ一人だった。 守る思いの強さと迷い、悩み。揺れる感情の向かう先に待っていたのは――

はじまりの刻

第1話 はじまりのとき

 遥か昔――。


 小さな国は高い山と深い谷に囲まれ、他国との交流もなく平和に営まれていた。人々は土地を耕して育み、皆が静かに慎ましく暮らしていた。


 この国の中心には緑の豊かな森が広がり、大きな泉には、古くから人々に信仰されている女神が住むとされていた。泉のほとりには神殿があり、女神に仕える巫女たちが季節ごとに祭事を執り行っていた。

 春先には作付けの時期や気候による注意すべきことを、女神のご神託として人々に伝え、秋の収穫時には豊穣ほうじょうを祝う。生活の中に信仰はしっかりと根付いていった。


「みなさま、今年は例年よりも春の気温が上がりにくいようです。作付けの時期はひと月ほど遅らせるのが良いでしょう」


「夏は例年よりも少しばかり雨が多いようです。作物の育ちが悪くなるやもしれません。食糧は多めに保管されているでしょうが、無駄のないよう、注意を払って管理するように」


 各村や集落の長たちが神殿に集まり、巫女たちのご神託を聞いて田畑を整えているおかげで、豊作のときには食糧を多く保管しておくことも可能になり、国民たちは不作の年でも飢えることなく過ごせている。

 そうやって長いあいだ、この国の人々は平穏に、幸せに暮らしてきた。


 年月が経ち、文化や文明が少しずつ発達していくと、人々は山や谷を越えて別の国の人々と交流するようになっていった。

 往来しやすいように道が整備され山にはトンネル、谷や川のあちらこちらに橋が架かり、食糧や農機具、資材などの売買も行われ、国は益々、豊かになっていく。


 更に年月が経ったころ、この小さな国に突然やってきたのは、甲冑をまとい武器を携えた冷酷な兵士たちだった。

 資材や食糧を奪いつくし、男手を中心に多くの若者が兵士たちによって連れ去られてしまった。


 残された老人や女、子どもへの手荒い仕打ちや殺りく――。


 これまで争いに縁のなかった国の人々は、あらがう術も知らず、なすがまま、抵抗することさえできずにいた。

 嵐のようにやってきた他国の兵士たちが去ったあと、人々は、荒らされて枯れ果てた土地を前に呆然と立ち尽くすしかなかった。


 幸いなことに泉や神殿は深い森に覆われていたおかげで被害に遭うこともなく、巫女たちも無事でいることができたけれど、失った人々や荒らされた土地を前に、巫女の長は酷く嘆き、悲しんだ。


「こんなにも田畑を荒されてしまったというのに、残された若者たちは数少ない……」


「それでも、どうにか再建しなければ、蓄えもなにもかも持ち去られてしまったのだから……」


 悲しみに暮れながらも、荒らされた田畑を一から丁寧に耕し、これまでの生活を守っていくことしかできずにいた。

 ところが、ようやく落ち着いて作物が育つころになると、また他国の兵士たちがやってきて、すべてを奪っていく……。

 せっかくの貯えも底をつき、人々の暮らしは、いよいよ立ち行かなくなってきた。


「埒が明かない……このままでは、この国は他国に滅ぼされてしまう」


「一体、他国はどうなっているんだ? この国から奪いつくして贅沢な暮らしをしているんだろうか?」


 困り果てた集落の長たちが集い、兵士たちが立ち去ったのち、密かに他国の様子を覗きに出かけた。あるものは山を越え、あるものは川を、またあるものは谷を渡る。そこで彼らが目にしたのは、木々や草花が枯れ果て、ろくに動物もいない広大な大地だった。

 彼らは自分たちの国と、あまりにも違うことに、ただただ驚いた。


「こんなにも荒れた土地では作物も育たず、この国に奪いに来るのも当然だ」


「だからといって、これまでのように奪われ、殺されてしまうだけではたまらない」


 抵抗しなければならないけれど、これまで戦うという経験をしたことがなく、どうしたら良いのかわからないまま、人々は悩むばかりだった。

 そんなとき、巫女の長が、ご神託を受けたといって各集落の長たちを招集した。


「明日の夕刻、連れ去られた多くのものたちが、女神さまの御力を借りて戻ってきます。その夜は全員が家の外には出ないように」


 これまでも巫女たちを通して女神のご神託を受けていたけれど、それは作付けや収穫の時期に過ぎない。

 人々に女神を信じる思いはあるけれど、これまでとはまったく違う巫女のお告げに、誰もが半信半疑のまま、翌日を迎えた。


 夕刻になると、本当に連れ去られた多くの若者たちが戻ってきた。人々は喜びあい、巫女のご神託通りに、それぞれが家にこもった。

 あたりが暗くなると雨が降りはじめた。雨は徐々に強まっていき、深夜には激しい嵐となり、国中には山崩れが起きたかと思うほどの大地震と轟音が一晩中、響き渡った。

 誰もが怯えながら眠れぬ夜を過ごし、嵐の去った翌朝――。


 東側にあったはずの山がなくなり、切り立った崖に変わっていた。北側と南側の谷は砂浜に、西側の海岸は深く切り込まれた入り江に変わっていた。


「女神さまは持てる力のすべてを使い、この島をかの地より引き離しました。これでもう無益な争いに巻き込まれることはなくなるでしょう」


 巫女の長の言葉は国の人々を安心させるはずだった。しかし、他国から戻った人々の心には、大きな不安が残っていた。


「ですが、巫女長さま。私たちが連れ去られた土地には、四つの国がありました」


「それぞれの国にも、同じように守神さまの信仰が残っていたのです」


「しかし、争いばかりを繰り返しているあいだに、どの国の人々も守神さまを祀ることさえしなくなったようで……」


 各々が胸のうちの不安を口にすると、巫女の長はホウッと細く長いため息を漏らした。


「確かに、あの地では神はみな、眠りについてしまったのか、女神さま以外の守護の力を感じることはありませんでした……」


 荒れ果て、枯れていく一方の土地を、ほんの僅かな糧を求めて四つの国が奪い合いを繰り返している。そんな彼らがこの国を見つけ、自分たちの命を繋ぐのは豊かなこの地だけだと信じた。そして、それぞれがこの地を手に入れるべく、新たな争いを始めたのだ。


 ある日、突然に消えたこの国を、彼らが放っておくだろうか?

 探さないとは思えない。

 例え今すぐでなくとも、いずれ必ずここへたどり着くだろう。


「今までのように、のんびりと暮らしていくだけでいいのだろうか?」


「もしもまた攻め込まれたら――?」


 島の人々は何日もかけて考えた。

 そしてついに決意した。


 いずれまた来るかもしれない侵略の手に怯えながら暮らすのではなく、この身を鍛え、いざというときには命を賭してもこの国を守る、と。

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