フッと深くため息をつくと、第五部隊隊長の
なぜだか今日は、ジャセンベルの艦隊がやけに早く遠ざかっていくように感じる。
『今日のところは俺の負けだ』
最後に斬り結んだとき、ジャセンベル軍の指揮官であるレイファーは、鴇汰に向かって
「ふん――。今日は、じゃなくて今日も、だろうが。これからだって俺は負けねーよ」
今にも水平線の向こうへ消えそうな敵艦に向かい、鴇汰はつぶやいた。なんの縁があるのか、鴇汰の部隊はジャセンベルとの戦いが特に多い。必ず前線に出てくる敵兵の顔と名前も、いい加減覚えてしまった。
毎回毎回、堤防の向こう側へは一歩たりとも踏み入れさせないのに、やつらは何度でも泉翔へ渡って来る。まったくご苦労なことだ。
長年の戦争で大地は枯れ果て、資源も食糧もつきかけている大陸の人間にとっては、豊かな自然であふれるこの島が宝の山にでも見えるのだろう。
かつては大陸で暮らした鴇汰にも、その気持ちがわからないわけでもない。
(だけどそんなのは、単なるないものねだりだ)
くだらない戦争を続けていないで再生を図れば、泉翔と同じくらいの緑や資源を手にすることができると、大陸の奴らは知っているはずなのに。ないものは、あるところから奪ってでも手に入れよう……という大陸の国々の安易な考えかたが、鴇汰は大嫌いだった。
幼いころ、逃げるようにこの国に渡ってきてから、島を大切に育んで人々の暮らしを守ろうとする信念に触れた。それ以来、鴇汰自身も心からこの国を愛おしいと、守りたいと思いはじめた。だからこそ、厳しい訓練にも耐えて腕をあげ、蓮華の印を受けてからは、幾度となく防衛を果たしてきた。
なにがあっても、どこの誰が攻めてこようとも、この国を守っていこうと決めた。
俺は絶対に負けたりしない。
「さて、と……動けるヤツは、怪我したヤツらを医療所まで連れていってやってくれ」
堤防を振り返ると、隊員たちを集めて指示を出す。
幸いにも今回の戦いでは部隊内で死者はでなかったし、戦士として戦えなくなるほどの怪我を負った隊員もいない。
それだけでホッとする。
「鴇汰さん!」
「おう、岱胡。今日は援護、ありがとうな」
全力で駆けよってきて、肩で息をしている第三部隊隊長の
「おかげで俺んトコも予備隊も、大した怪我もなかったし、誰も死なずにすんだよ。おまえんトコはどうよ?」
「うちも平気ですけど……そんなことより、北詰所から連絡が……すぐに西浜へ向かうようにって……」
「西浜? なんでよ? 今日はあっち、誰が詰めてんのよ?」
「修治さんと麻乃さんです」
「なんだよ、あいつらが出てんなら、なんの問題もないだろ?」
「それが、なにやら様子がおかしいんスよ。情報、少ないんスけど、ロマジェリカの軍勢がすごく多いらしいって……」
「俺らが援軍にでなきゃなんねーほど多いってのかよ? それに、ここからじゃ移動にかなりの時間が……」
言いかけた鴇汰の言葉をさえぎって、岱胡はとにかく急げとまくしたてる。
「こっちには、徳丸さんが交代で向かってくれているそうです。第一のやつらが乗ってくる車で、そのまま西浜に向かって必要なら援護に入れって指示っスから」
蓮華の一人で、第一部隊隊長の
それが後処理とはいえ駆り出されてくるとは――。
「俺とおまえんトコから二十ずつ。合計四十いればいいだろ。動けるやつを集めてくれ。すぐにな」
「わかりました」
蓮華の中でも、第四部隊隊長の
いつも癪に障るほど、防衛を楽にこなしている。
(それなのに――俺たちが援軍に?)
出ていったところで移動に時間がかかりすぎる。
着いたころにはすべてが終わっていそうなものなのに。
(あの二人がいてもなお、援軍を出さなきゃならないほどって……一体、どういう状況なんだ?)
数が多いという以外、なんの情報もないせいか、不安と焦りでイライラしてくる。
西浜の方角に目を向けても、この北浜からではなにも見えない。
遠くから低いエンジン音が響き、オフロード車と三台の幌つきのトラックが姿をみせた。
「鴇汰、話しは聞いているな? 休みで中央にいた梁瀬と穂高も向かったらしいが、どうも情報がはっきりしない。とにかく急いでみてくれ」
徳丸は車の助手席から降りてくると、手早く隊員たちに指示をだしながら、後処理を始めた。
「ええ、予備隊は残していくんで、トクさん、すみませんけど、あとを頼みます」
鴇汰は集まった隊員たちをトラックに振り分けて出発させると、岱胡とともに車に乗り込み、アクセルを踏んで一気にスピードを上げた。