麻乃が最初に目にしたのは、真っ白な天井だった。
静かな部屋の中で紙をめくる音が聞こえ、視線を移すと、ベッドの横で椅子に腰をかけて資料を読んでいる修治がいた。
「よく寝たか?」
視線に気づいた修治は、麻乃を見ると資料をとじ、優しげな表情で笑った。
「まあね」
麻乃はそう答えて上半身を起こした。
(そうか……あのあと、気を失ったんだ――)
左肩の傷が痛んだけれど思ったほどじゃないのは、多分、麻酔か痛み止めのおかげだろう。
「あたし、どのくらい寝てた?」
窓から西日が差しているから、夕方が近いということはわかる。
「丸一日ってところか。もうすぐ陽が沈むからな」
「修治、もしかして、ずっといてくれたの?」
「まさか。つい今しがた来たところだ」
そう言いながら、修治は首筋に手をもっていった。
それを見て、嘘だ、と思った。
ずっとではないにしろ、きっと朝からいただろう。
嘘をつくとき、修治はいつも首筋に触れる。
「川上の様子もみてきた。腕は元には戻らないが、容体は安定したそうだ。俺が顔を出したときは、まだ目を覚ましていなかったが」
「そっか……助かってくれて本当によかった……でも、あたしはあいつの腕を……よりにもよって右腕を奪って……」
「それでも死なせなかっただけ上等だ」
うつむいた麻乃の頭を、修治はいつものようにクシャクシャとなでると、急に真面目な表情をみせた。
「あのな、おまえの傷の具合もたいしたことはなかったし、俺たち明日から当分……そうだな……三カ月ほど実家に戻るぞ」
「家に帰るの? どうして?」
「やらなきゃならないことが、山ほどあるからだ。俺たちは謹慎をくらったよ」
「謹慎……」
「部隊の崩壊で次の隊員の選別や訓練もしなければならない。中央にいても、前線どころか援護にも出られないんじゃ、ただ焦れるだけだろう? 一日も早く立て直さないとな」
「何人……残った?」
シーツをギュッと握った手が震える。
本当は一番最初に聞かなければならないことだった。
「俺のところは十八、おまえのところは十一だ」
泣いてはいけないと、そんな場合ではないとわかっていても、目が潤む。
残ったのが十一人ということは三十九人も……。
もう八年以上をともに過ごし、楽しいときもつらいときも、いつも一緒で家族のようだった。それがあの一日で、ほとんどの隊員を亡くしてしまった。
残ったうちの一人は川上だろう。
そうなると、事実上、部隊に残るのはたった十人だ。
「辛くても泣いている場合じゃないぞ。俺たちは決めたはずだ。なにがあっても逃げない、泣かないってな」
「わかってる。大丈夫だよ」
瞬きで涙をこらえ、深く息を吸って顔をあげると、麻乃は修治の目をしっかりとみつめた。
「それに……もうすぐあの日だから、西区にいたほうが都合もいいと思う」
「うん……」
「おまえの家は、今日のうちに簡単に手入れをしておいてもらおう。そのほうが、実家に帰るより落ちつけるだろう?」
「ん……そうだね。そうしておいてもらえると助かるよ」
両親が亡くなってから、麻乃は修治の家に引き取られて暮らしたけれど、洗礼を受けたあと、両親と過ごした家を直してそこで暮らすことにした。
修治には二人の弟がいて手狭になったことと、蓮華になったことで麻乃自身、ひとり立ちをしたいと思ったからだ。
中央の宿舎に入るまで、少しのあいだそこで過ごし、それから今までは年に数回、帰る程度だ。
「起きられるようなら、このまま帰っていいそうだ。まだ何度かは通うようだけどな。一度中央に戻って、今夜中に荷物をまとめたら、明日の朝には発とうと思う。いいな?」
「うん……でも、その前に一度、川上の様子をみにいきたい」
そうか、と修治はわずかに考えてからドアをみつめた。
「今からでも行ってみるか? もしかすると目を覚ましているかもしれない」
麻乃はうなずいてそれにこたえ、身支度を整えて部屋をあとにした。
ほかにも何人か、状態の重かった隊員のところへ顔をだし、見舞ってから廊下の一番奥の部屋へと向かった。
ノックをすると、中から川上の母親が顔をだした。