中央の宿舎に戻ると、早速、荷作りを始めた。
三カ月も西区で過ごすとなると、あれもこれも必要な気がするし、いらない気もする。
片付けることが苦手な麻乃の部屋は、いつも散らかしっぱなしで、なにから手をつけて箱詰めしていけばいいのか、それさえも良くわからない。気づけばすっかり陽が落ちて、部屋の中は薄暗くなっていた。
途方に暮れながら、とりあえず着替えを箱詰めしようと衣類に手を伸ばすと、背後でため息が聞こえ、麻乃は飛びあがりそうなほど驚いた。
「ったく……おまえの部屋は相変わらずの散らかりようだな」
いつの間に来ていたのか、ドアの前に立つ修治は呆れた表情をして部屋を眺め見ている。
「傷が痛んで、はかどらないだけだよ」
麻乃はあわてて手もとの本を積みあげ、痛みを堪えながら片づけをしているふりをした。
「そういう問題か? おまえの場合、それ以前の問題だろう?」
「だって……片づけとか掃除とか苦手なんだもん」
「大抵のものは自宅にあるだろうが。足りないものは、あとから巧にでも送ってもらえ」
修治は衣類だけ箱詰めすると、さっさと運び出していく。そしてもう一度、部屋に戻ってくると、麻乃の刀、
「こいつはひどいな。柄糸が燃えちまってるじゃないか」
「うん、油が染みてたからかな。目釘も緩んじゃってるし、刀身はぶれてるし、帰ったら直しに出さないと」
「おまえのは
腰に手を置いて、言いにくそうに目をそらして外を見ている。修治がこんなふうに言葉に詰まったりためらったりするのは珍しい。なんとなく、嫌な予感がする。
「なに……? 明日の出発でなにか問題でもあるの?」
「いや……高田先生がな……戻り次第、なにを差し置いてもまず顔を出せ、だってよ。日が暮れてから行くわけにもいかない。早朝に出ないとまずいだろうな」
うっ、と麻乃まで言葉に詰まった。
朝早いのはどうってこともないけれど……。
思わず両手で顔をおおうと、指のすき間から修治をのぞき見て、念のため聞いてみる。
「それは、回避は不能?」
「……だろうな」
「あーっ! 嫌だなぁ……ねえ、今からでも帰るのやめにしよっか?」
「馬鹿か。そんなことをしたら、あとで余計にやっかいな目にあうぞ。まあ……多分、呼ばれるとは思っていたし……仕方ないだろうな。諦めろ」
修治は苦笑しながら最後の箱を手にすると、ドアを開けて振り返った。
「じゃあ、今夜中に荷物を送る手配はしておくから、明日は朝、四時に下でな。いいか? 四時だぞ」
バタンとドアが閉まったのをみて、ため息をこぼした。
「そんなに念を押さなくたって、わかってるってのに」
ブツブツと文句を言いながら、とりあえず最近手に入れたばかりの本を数冊、かばんに詰め込み、散らかったものを少しだけ片づけた。
(そういえば、軍部のほうにいくつか資料を置きっぱなしにしていたっけ)
ノロノロと立ちあがると、宿舎を出て軍部に向かった。
個室で必要な資料をまとめて、これもカバンへと詰め込む。窓の外が普段より明るい気がして、屋上へあがってみることにした。
(やけに明るいと思ったら、満月だったのか)
鉄柵に寄りかかり、夜の闇に包まれた泉の森をみつめながら、亡くなった隊員たちを思った。
医療所からの帰り道、遺体はすべて回収されたと修治から聞いていた。戦士が全員左腕につけている白銅の腕輪には、識別番号が刻まれている。その番号で焼死した隊員が判別できたそうだ。
近いうちに合同葬儀がある。
きっと、これまでにない規模の葬儀になるだろう。
強い胸の痛みと同時に、体のあちこちも痛む。左肩の傷も、思ったより浅かったとはいえ、斬られたのは事実だから。
包帯の上から左腕をさすり、月を仰いだ。青白い光が全身に絡みついてくるようで、総毛がたつような不気味さを感じる。
それなのに、なぜか目がはなせない。
琥珀色の月は、気持ちを温かくしてくれるようで好きなのだけれど、今夜の青さはなんだか怖い。
黒い塊につかまれた腕がチリチリと痛むのは、火傷のせいだろうか……?
不意に誰かの視線を感じて振り返った。辺りは暗闇が続くだけで、誰の姿もありはしない。重々しい空気が麻乃の周りに満ちているようで、膝を抱えてその場にうずくまると、ゆっくりと深く、呼吸を繰り返した。
肩の傷も、腕の火傷も、みんなを失った胸の痛みも、すべてが重くのしかかってくるようで、苦しくてたまらない。
気が遠くなりそうな、このまま眠ってしまいそうな、そんな感覚に陥っていると、突然、屋上の鉄扉がガーンと大きな音をたてて開いた。
驚いて顔を向けると息を切らせた鴇汰が立っている。
その姿を見て妙にホッとして、声をかけた。
「なんだ、鴇汰か。どうしたのさ? こんな時間に」
「なん……だ、じゃなく、て……あ……麻乃こそ、こんなトコで……」
走ってきたのか、息があがって言葉に詰まっている姿がおかしくて、麻乃はつい吹きだしてしまった。
これまでの重苦しさから、急に解き放たれた気がした。