麻乃が洸を睨み、舌をだしてみせたのを、同じように睨んで見送った。
どうにも気に入らない。
演習で負けたことはあるけれど、あんな小さくて弱そうに見えた相手に負けたなんて、悔しくて我慢ならない。
走り去る車を見送っていた塚本は、こちらを振り返ると全員を道場前に集めた。
「二時間十分か。おまえたち……なんでバラけてかかったんだ? 藤川は、あの得物で怪我を負っていたんだぞ? 全員で行くか、せめて二手に別れてかかれば、あるいは紐の先くらいは持ってこられるかと思って、ああいうノルマにしたっていうのに」
そう言うと、束ねられた組み紐を見て、ため息をついてた。
「塚本先生! 全員でって、どういうことですか?」
耕太が手を上げてムッとした顔で問いかけた。
「言葉のとおりの意味だ。全員で一斉に向かっていけば、ってことだ」
「さすがに五十二人も束になれば、藤川もさばき切れまいと思ったんだよ」
市原までも塚本と同じことを言う。
「全員でかからなきゃ、奪えないなんて、そんなことはないですよね?」
「それに先生、あの人は本気でしたよ!」
「そうだよ! 最後は二刀できたもんな」
勝也に琴子、勇助が口をそろえて反論するのを聞いて、市原と塚本は顔を見合わせると、やれやれと言った表情でため息を漏らした。
「現におまえたちは負けているじゃあないか。確かに、藤川に二刀抜かせたのは大したものだ。でもな、刀じゃない。脇差だぞ? しかも、それはきっと最後の最後でだっただろう? だいいち、言っておくが藤川は本気なんてだしちゃいないぞ。最初から二刀で本気をだしていたら、一時間を切って演習は終わっていたはずだ」
「それにおまえたち、全員自分の腕を見ろ。服を斬られているものはいるか?」
市原の問いにそれぞれが自分の腕を確認すると、息を飲んで静まり返った。
誰一人、組み紐以外どこも斬られていない。
もちろん、洸も同じだった。
「組み紐以外を斬らないように、丁寧にさばいたからだぞ。それから演習中に、あいつと話したものはいるか?」
今度は全員がおずおずと手をあげる。
洸も仕方なしに手をあげた。
「手を抜いているから口を開くんだ。報告や指示があるとき以外、戦士たちは戦っている最中に言葉をかわしたりしない。喋っている暇があったら、やつらは一人でも多く倒そうとするんだよ」
「藤川が怪我を負っていて小柄だから、弱いとみて侮ったな? だがな、時間半分で演習を終わらせる腕がある。あの怪我でもだぞ?」
「あれはおとといの戦争で、敵兵が藤川の命を奪おうとして負わされた傷だ。演習で誤って斬られたり、転んだりしたのとはワケが違うんだ。わかるか? あいつはそういう命のやり取りをしているんだ。戦士を目指すなら、よーく覚えておくんだな」
塚本と市原の言葉を全員が押し黙って聞いていたけれど、洸だけは打ち合ったときの麻乃を思いだし、かわした言葉を噛み締めていた。
今さらながらゾクッと背中が震える。
良く考えてみると、最初に道場に入ってきたとき、脇差しの柄で軽く槍を弾いていた。
それだけの腕を持っているんだと、たった今気づいた。
(無理だよ。だって、格が違うからね)
最後の言葉を思いだし、洸はギュッとこぶしを握った。
見た目だけで相手を判断していたことが恥ずかしい。
強かろうが弱かろうが、もっとしっかりと相手を見極めることが、どうしてできなかったのか。
もしも侮らずに最初からちゃんと向き合っていたら勝てたに違いない。
(それに……)
本気じゃないと、格が違うと、塚本も市原も麻乃も言うけれど、その差はどれだけあるというんだろう。
どう考えてみても敵わないとは考えられない。
もっと技を磨けば麻乃には勝てる気がする。
「泉翔人にしては小さいからな。侮る気持ちもわかるが、ああ見えて剣術の腕前はこの国で五指に入るんだぞ。少しは勉強になっただろう? さぁ、それじゃ負けたおまえたちはペナルティの訓練開始だ」
そう言って塚本が全員に指示をだし、いつの間にか後ろにいた市原が洸の背中を軽くたたいた。