「失礼します」
ほかの師範に子どもたちを任せると、塚本は市原とともに道場の奥にある高田の部屋に入った。
「麻乃の傷が開いてしまったようで、かなり出血がありました。修治が付き添って医療所へ向かっています。」
「そうか。かすり傷程度とみて演習に行かせたが、かわいそうなことをしたな」
数十分前に高田の娘の多香子が買い物を済ませて戻ってきた。
怪我を負っている麻乃を演習に出したことで、
そのせいもあってか、高田は言いながら罰の悪そうな顔を見せる。
「少し無茶をしたようですよ。二時間十分であがってきましたから」
「なんだ、やけに早いな」
「ええ。それと、最後の四人相手に二刀抜いたそうです」
「ははぁ、洸たちだな?」
それにうなずくと、塚本は苦笑しながら話しを続けた。
「それから、自分の勝ちだから、夕飯のことをちゃんと伝えておいてくれ、だそうです」
「怪我より飯か。まったく、あれは驚くほどの変わりものだな」
「麻乃はまだ覚醒していないようですね?」
呆れている高田に市原がそう問いかけた。
穏やかだった雰囲気が、途端に張りつめた気がする。
昔からずっと、麻乃の覚醒が絡んでくると、高田の中でなにかが変わるのを感じている。それは今をもっても変わらないままだ。
当の麻乃のほうも、幾度となく促されても、そのたびにかたくなに拒絶している。
二人が相いれないままに過ごしてきたのを、塚本も市原もずっと見続けてきた。
「麻乃が洗礼を受けてから、もう八年だ。とうに目覚めていてもおかしくはないのに、なにがあれの妨げになっているやら……」
「やはり両親のことではないでしょうか?」
「うむ……しかし、どうもそれだけではない気がする。麻乃はなにかを隠しているようなのだが、あれは母親ゆずりで頑固なところがあるからな。聞いたところで答えまい。言いくるめて当分ここに通わせるつもりだ。おまえたちにも手間をかけさせるが、少し麻乃を気にかけてやってくれ」
「わかりました」
麻乃の両親とは塚本も市原も親しくしていた。
だから高田が多香子と同様、麻乃を自分の子どものように思っている気持ちもわかる。
高田は不意に立ちあがると、窓の外に視線を向けた。
「戻ってきたようだぞ」
裏口のほうから、車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。