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第9話 タチイリキンシ

◇◇◇◇◇



 地上階の見学を終えたシュウたちは、再び地下階へと戻ってきていた。各フロアでのアキトの説明に耳を傾けながら、最下層へ向かってひたすら階段を下っていく。


――やっぱエレベーターで移動したほうがよかったんじゃねぇの? これはこれでしんどいだろ。


 内心で愚痴をこぼしながら、シュウは先頭を行くアキトのうしろ姿にため息をついた。

 各フロアごとにいちいちエレベーターを止めるのが面倒だとのたまった彼は、意気揚々と階段で行く決断を下したのである。


「みなさん、ちゃんとついてきてます?」


 全員が階段を下りきったところで、アキトは足を止めて列の最後尾を見遣った。

 かわいそうなことに、体力には自信のなさそうな大柄な若者が息を切らしながら、ひたいの汗をぬぐっている。


「まだ下りますから、がんばってついてきてくださいね」


 笑顔で放たれた言葉に、最後尾からかすかに悲鳴が上がる。

 だがいましがた下りてきた階段を振り返ってみても続きはなく、隣接するエレベーターの表記も地下五階まで。

 やっと最下層だと思ったのもつかの間、まだ先があると言われては、彼でなくてもため息をつかずにはいられない。


「ここがさっきみなさんがいた司令室ですねー」


 アキトがそう説明すると同時に、タイミングよくドアがひらき、中からユキノリが姿を見せた。


「悪いねぇ、アキトくん」

「そう思うんなら代わってくれません?」

「いやぁ、僕も代わってあげたいのはやまやまなんだけど、マリアちゃんに急かされててさぁ」


 肩をすくめるユキノリの肩越しに室内をうかがえば、マリアが腕を組んでこちらを凝視していた。巨大モニターの明かりが逆光となって、余計にその出で立ちに迫力が増している。


「アキト、終わったら全員食堂まで連れてきてちょうだい」

「うわぁ、だったら先に言っといてくださいよ。そしたら地下から案内したのに」

「そこのおバカさんが準備してないのが悪いのよ」


 アキトの苦情に対して、マリアはこれ見よがしにあごをしゃくってみせる。「おバカさん」と称されたユキノリは、大げさなまでに「ごめんねぇ」と手をすり合わせていた。


「仕方ないですね。今日のランチで手を打ちましょう」


 提案を快諾したユキノリがマリアにせっつかれるのを横目に、アキトは若者たちを引き連れて廊下の奥へと進んでいく。

 つきあたりにあるのは、白いモザイクガラス風のスライドドアだった。


「ここから先は、関係者以外立ち入り禁止なんですけど、今日はまぁ、特別、ってことで」


 そう言って、アキトは壁ぎわの端末に手のひらをかざした。

 電子音とともに端末のランプがが緑色に光り、解錠されたらしいドアが空気の抜けるような音に連動してスライドする。

 ドアの向こうの薄暗い空間には、閉ざされたエレベーターが一基あるだけだった。




 鮨詰め状態でシュウたちを乗せたエレベーターは、六階、七階を通りすぎ、最下層でその動きを止めた。

 明るいエレベーターホールとは対照的に、その奥に続く廊下は暗く、陰鬱な気配をまとっている。等間隔に点々と灯された小さな誘導灯のオレンジ色の光だけが、やけに暗闇の中で浮かんで見えた。


「おつかれさまです。研修なんですけど、いいですか?」


 守衛室の窓越しに顔をのぞかせたアキトと警備員との短いやりとりのあと、暗い廊下の照明にいっせいに電気が通る。

 瞬く間に照らし出された廊下の明るさに、一瞬目がくらみそうな感覚を覚えた。


「それじゃ、行きましょうか」


 先導するアキトからなんの説明もないまま、シュウたちはただ彼のあとについていくしかない。

 守衛室の前を横切ると同時に、警備員が手元でなにかを走り書きしていた。


「ねぇシュウ。地下室に警備員がいるってことは、金庫かなんかあるのかな?」


 声をひそめてそう言うエリカに、シュウは「さぁな」と短く返す。金庫があるかどうかは知らないが、警備員を配置するからにはそれ相応の理由があるはずだ。


「この先はちょっと暗いので、足元に気をつけてくださいね」


 つきあたりで歩みを止めたアキトが、そう言って壁の左奥へと姿を消した。


――なんの部屋だ? こんな地下の一番奥に、なにがあるってんだよ。


 三段ほどしかない階段を下りた先に、薄暗い空間が広がっていた。部屋の奥側をさえぎる形で、巨大なガラス板が壁となって立ちはだかる。


――強化ガラスか? いや、それよりももっと……。


「なんか水族館みたいだねー」


 エリカの的はずれな感想に、シュウは人知れず腑に落ちる。

 とはいえ水槽とは異なり内部が見えないガラスには、廊下の明かりが逆光となってシュウたちの姿を反射するばかりである。


 アキトは無言のまま、左壁面のタッチパネルを慣れた様子で操作している。

 彼の左側で、重厚な鉄の扉が異様な存在感を放っていた。

 機械的な音が響く中、ガラスの奥で黒色のロールスクリーンが巻き上がっていく。


「っ!?」


 あらわになったガラスの向こうの光景に息を飲んだのは、なにもシュウだけではない。そこに居合わせた若者たちもみな、同様に言葉を失っている。


 照明に照らされた真っ白な室内。

 その中央奥で、『それ』は見る人の心を釘づけるかのように輝いていた。


「たぶん、きみたちも聞いたことくらいあると思うんだけど」


 アキトの声に、若者たちの視線が集まる。


「これが、『キューブ』ってよばれてるもの」

「……っこれが……!」

「いや、レプリカとかじゃないのか?」

「……うそ、だよな……?」


 大きさ約十五センチ四方。立方体をした宝石はどういうわけか、ふわふわと宙に浮いていた。特殊な科学装置なのだろう台座の周囲には、いくつもの精密機器が設置されている。


「このキューブこそが、僕たちの研究対象であり、ペッカートに対抗しうる唯一の希望……。世間じゃ、『神の力を秘めし至高の宝石』、なんて言われてるみたいだけどね」

「そ、それが事実だとしたら、どうしてこんなところにあるのでしょうか? もっと然るべき場所に保管したほうが」

「その然るべき場所が、ここなんだよ」


 アキトの有無を言わせぬ声色に、小さなざわめきを見せていた若者たちも押し黙る。


「ねぇシュウ、あれってそんなにすごいものなのぉ?」

「お前、たまにはニュースくらい見ろよな」


 相変わらず興味のないことには一切関心を向けないエリカの発言に、シュウはあきれたと言わんばかりにため息をついた。

 そうして再度、彼はガラスの向こうを盗み見る。


――オレの記憶が確かなら、キューブってのはこの戦争の発端だっていわれてる代物だよな?


 それが、自分たちの目の前にある。


 その事実に、誰しも動揺を隠せなかった。

 そんなシュウたちを尻目に、アキトは淡々とした様子で口をひらく。


「このキューブが発見されたのは、かれこれ十数年前のこと。場所は海外の、名も知られていないような辺境の小さな鉱山集落。発見者は現地の青年でした」




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