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第11話 テキゴウシャ

「はじめてペッカートの姿が確認されたのは、キューブが発見された集落でした。これは単なる偶然ではない。キューブがこの戦争の発端となったといわれる所以はそこにあります」


 アキトの解説を、シュウたちは黙って聞いていた。

 聞けば聞くほど、自分たちはとんでもないことに関わってしまったのではないかと、そら恐ろしささえ覚える。


「猛威をふるうペッカートの侵略に、各国の軍や特殊部隊が応戦しましたが、軒並み大した成果は得られませんでした。そこで投入されたのが、スペランツァです」


――それって、バスのおっさんたちが言ってたやつか……!


 聞き覚えのある単語に、シュウはおもわず出そうになった声を飲みこんだ。

 ペッカートの脅威が迫る車内で彼らが発したその単語は、あのとき間違いなくハルのことをさしていた。


――だとしたら、あいつがあんな危険なところに残った理由は、まさかっ……!


 おのずと知れる想像したくもない現実に、シュウはまばたきすら忘れてキューブをにらみつけた。

 厳重なセキュリティの中で、キューブはまるで無関係のようにふわふわと光り輝いている。


「スペランツァの戦果は、思惑どおりといったところでしょう。とはいえ、スペランツァの人数はけっして多くはありません。むやみやたらと増やせるものでも」

「ねぇ!」


 アキトの説明をさえぎったのは、ほかでもないエリカだった。


「さっきから言ってる、そのスペー……、なんとかっての? なんなのぉ?」


 右手中指の爪を親指でもてあそびながら、エリカはつまらなそうに疑問を投げかける。


「『スペランツァ』。キューブに選ばれた人間の総称だよ」

「……選ばれた……?」

「適合者、と言ったほうがわかりやすいかな? キューブの欠片である『キューブドロップ』を宿した人間を、僕らはそう呼んでる」

「特別な人間、ってことぉ?」

「まぁ簡単に言えばそういうことかな」


 いつの間にか、エリカは食い入るようにしてガラスの奥を見つめていた。大きく見開かれた瞳は、キューブの放つ光を反射してゆらゆらときらめいている。


「……特別……、特別かぁ……」


 エリカの唇が、ゆっくりと小さな弧をえがいていた。


「っあ、あのっ、スペランツァがペッカートに対抗しうる戦力となりうるのであれば、もっと人数を増やせばいいのでは?」

「それができれば話は早いんだろうけどね」


 一人の若者の意見に、アキトはあいまいに笑ってみせた。その声色は、そうできない理由があるのだと物語っているようで。


「適合者でない人間が強引にキューブにシンクロしようとすると、死んじゃうんですよね」


 彼は笑顔でそう言った。


――こいつ、なんで笑ってられるんだよ。


 アキトの言葉は冗談などではない。そのことを悟りながらも、シュウはそれをさもなんでもないことのように言ってのけるアキト自身にも恐怖を感じた。

 おそらくこの話の後半は、ほとんどが重要機密であろう。自分がすでに引き返せないところまで足を踏み入れてしまったことに、ここにいる人間の何人が気づいているだろうか。


「アキトー? いる?」


 静まり返る室内に、不意にソプラノが響く。

 反射的に出入口へと振り返ったシュウたちの視線をものともせず、木屋川こやがわホノカは毛先まで巻かれた栗色の長い髪を揺らして階段を下りた。光沢のある赤色のミニスカートから伸びる細い足が、躊躇なくアキトへと歩み寄る。

 ピンヒールのパンプスが奏でる靴音が、彼女の存在感をより際立たせていた。


「派手な女……」


 わずかに嘲笑しながら、エリカが小さくつぶやく。

 その声が聞こえたのか、ホノカはすれ違いざまに冷笑を浮かべてエリカを見遣ると、これ見よがしにふいっ、と顔をそむけていった。


「アキト、そろそろ終わる?」

「終わるけど、なにかあった?」

「わざわざ迎えに来てあげたのよ。ランチ、一緒に食べるんでしょ」


 腰に手を当てて仁王立ちするホノカに、アキトは「もうそんな時間か」と腕時計を確認した。


「てゆーか、これアキトの仕事じゃなくない?」

「所長に押しつけられた」

「……あーそれで。なんかさっき上でマリアに怒られてたわ」


 天井を見上げながら、ホノカはあきれたように息をつく。

 ユキノリがマリアにせっつかれているのはいつものことだが、どおりで今日はやけにトーンが増していると思った。

「尻に敷かれて喜んでんじゃないの? 実は」と肩をすくめるホノカに、アキトはフォローにまわるでもなく「そうかもね」と短く返して苦笑した。


「そういえば、今日のランチは所長がおごってくれるらしいよ。これのバイト代」

「やった!」


 小さくガッツポーズをするホノカは、ここぞとばかりに便乗する気満々である。

 そんな彼女の思惑を微笑ましく眺めながら、アキトは「あぁ……」と思い出したように声を漏らした。


「ちなみにこの子も、スペランツァだよ」

「どぉも〜」


 アキトの言葉に、ホノカは若者たちに向かって気持ち程度上体を傾ける。


――適合者、っていったって、普通の女の子じゃないか。


 はた目には一切そうだと感じさせない選ばれし能力者を視界に入れながら、シュウは置き去りにされたハルのことを思った。

 彼女は本当に、戦うためにあの場所に残ったというのだろうか。

 アキトとホノカの会話からハルが無事に帰還したことを知るも、わだかまりを残したままのシュウの心は晴れない。


「それじゃあ、食堂に向かいましょうか。ホノカ、お願いしていい? 僕は片づけしていくから」

「ユッキーのランチで手を打つわ」


 ぐっ、と親指を立てたホノカが、先導するように若者たちの横を抜けてヒールの音を響かせる。

 いそいそと部屋を出ていく背中に苦笑するアキトの号令で、若者たちは彼女を追いかけるようにしてぞろぞろと出口へと向かっていった。


「……エリカ」

「……」


 シュウは、波間の岩のように微動だにしないエリカに声をかける。

 だが彼女には、まわりの喧騒もシュウの声さえも届いていないようだった。


「はぁ~、ったく。エリカ、行くぞ」


 笑みを浮かべてじっとこちらを見つめるアキトの視線に耐えかね、シュウは強引にエリカの手を取り歩きだす。

 下りていくロールスクリーンの向こう側を、エリカは名残惜しそうに見つめていた。




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