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第12話 オプティミスト

◇◇◇◇◇



「と、いうわけで! 今日はきみたちに、戦場に出てもらっちゃいまーす!」

「「…………は?」」


 両手を叩きながら楽しそうにそう言い放ったユキノリに対して、昨日入隊手続きを終えたばかりの若者たちは一様に唖然とした。

 ペッカートは生身の人間がかなう相手ではない。

 昨日の研修で散々そう繰り返したにもかかわらず、今日は一転、戦場に出ろと言うのだから、彼らがうろたえるのも無理はない。


「大丈夫だいじょーぶ♪ スペランツァが護衛につくからさ」


 そう軽々と言ってのけたユキノリは、弾むような足取りでその場を離れた。

 彼の動きにつられたシュウの視線を引き戻したのは、マリアの短い咳払いである。


「きみたちには、ペッカートの脅威を身をもって感じてほしいの。正直、机上の情報だけでは十分に伝えきれない部分も多いでしょう。現に、昨日の研修で居眠りしていた子もいるようだし」


 マリアの言葉に数人が気まずそうに視線を落とす。


「きみたちが志願してここに来た理由、戦うことの意味、それを今一度よく考えてちょうだい。覚悟を決めるしかないの。わかってもらえるわね?」


 職務放棄をしたユキノリに一瞥をくれてやりながら、マリアは厳しい口調でそう告げた。

 現実を甘く見ていた若者たちにとって、彼女の言葉が耳に刺さる。いつの間にか、若者たちに重たい空気がのしかかっていた。

 じんわりと汗ばむ手のひらがわずかに震えた。視線は意味もなく、薄暗い部屋の床をさまよっている。


「大丈夫です! みなさんのことは、必ず守りますから!」


 息が詰まりそうな沈黙の中、ひときわ明るい声がこだまする。

 一瞬で重圧を吹き飛ばした声の主は、集う若者たちの前に駆け寄るなり腰を直角に曲げて深々とお辞儀をした。フェイスラインで切りそろえられた髪がさらりと風に乗り、パーカーの紐が軽やかに踊る。


「はじめまして! 風のスペランツァ、生雲いくもツカサです! よろしくお願いします!」


 誰よりも小柄な少女は、満面の笑みで高らかに宣言した。その場の雰囲気に不釣り合いなほどに、若者たちの不安や困惑などお構いなし。

 だがそんな彼女の明るさに少なからず救われた心地がしたのも、また事実である。


「おちびちゃん、遊んでると置いてくわよー」


 出入口のほうから聞こえた声に、ツカサは反射的に視線を奥へと飛ばした。

 とたんに体を反転させて小走りに駆けていくツカサを、若者たちの視線が追う。


「もー! ちびじゃないですよ! 待ってくださーい!」


 からかうようにツカサのひたいを小突くホノカの隣で、ハルがユキノリからもらったアメを口に運びながら笑っていた。


「……っ、ハルっ……」

「え? シュウ、なにか言った?」


 腕にまとわりつくエリカの問いかけに「なんでもない」と返して、シュウは静かに息を吐いた。


 ハルと目が合った気がするのは勘違いだろうか。

 彼女が自分を避けている自覚はあれど、シュウにはその理由がわからない。


――まじでなんだってんだよ!


 胸のつっかえを解消しきれないまま、シュウは司令室を出ていくハルの姿をにらむように見つめていた。


「それじゃあ、きみたちには出撃の前に、銃の扱い方と戦場での注意事項について説明するわ。真木さん、小畑くん、あとお願いね」


 マリアからの指名に、真木と小畑が待ってましたとばかりに席を立つ。


「んじゃ、研修室に移動するぞ。ちゃんとついてこいよ」


 二人に促されるまま、シュウたちはぞろぞろと司令室をあとにする。


「シュウのことはぁ、エリカが守ってあげるね♡」


 やたらと腕にすり寄ってくるエリカが能天気に言う。相変わらず戦場とは無縁と思えるほどの露出度の高い服装ではあるが、本人はまったく気にしていない様子である。


「普通逆じゃね? お前ぜったい戦いとか向いてないでしょ」

「そんなことないもん。エリカ、シューティングゲームとかめっちゃ得意なんだよぉ。お兄ちゃんに負けたことないもん!」


 自信たっぷりに胸を張るエリカに、「あいつはシューティング系下手なんだよ」とため息まじりに教えてやる。

 自分たちの置かれている状況が危険と隣り合わせだと感じさせないような、否、それすらもわかっていないのではないかと疑いたくなるような声色できゃっきゃとはしゃぐエリカに、シュウは先が思いやられるとばかりに天を見上げた。




 澄み渡る青空に見晴らしのいい平原。かつて自然公園としてにぎわっていたその場所も、いまでは数本の樹木がまばらに生えているだけである。

 研修もそこそこに、シュウたちは平原の中心に無造作に放り出された。己の身を守るためのアサルトライフルは所持してはいるものの、正直、心中穏やかではない。


「大して隠れるところもねぇし、本当に大丈夫なんだろうな?」


 周囲に小さな瓦礫の山はあれど、身を隠しながら戦えるかと問われれば疑問が残る。そもそも、人間がペッカートに挑もうとすること自体が無謀なのだ。


――いくら昨日の研修態度が悪かったからって、こんなのありえねぇだろ。


「あ、そうだ。あんたたち、『モルテ』には気をつけなさいよ」


 少しでも身の安全を確保できる場所はないかと探っていれば、ホノカが思い出したように言った。

 彼女は腰かけた瓦礫の上で、ミニスカートから露出した足を組み替える。


「……あ、あのっ、『モルテ』って?」

「あら、研修で教えてもらわなかったの?」


 誰かの発した声に、ホノカは意外そうな顔をして若者たちを見まわした。誰か知っている者はいないのかと視線で問うが、反応する者は誰もいない。

 やれやれとため息をこぼすホノカに代わって口をひらいたのは、ここに着いてからも足取り軽くご機嫌な様子のツカサだった。


「『モルテ』はペッカートの血液みたいなものです。強い毒性があって、目や口からちょっとでも体内に入ると死んじゃうんですよ。あと、外気にふれるとガスが発生するので、それも吸いこまないように気をつけてくださいね!」

「あたしとハルじゃ、モルテは防げないからね」


 そんなことをいまさら言われても、もはやシュウたちにはどうにもできない。彼らをここに送り届けた大型輸送ヘリは、すでに上空へと退避している。


「ふふっ、がんばってね」


 ホノカは口元をゆがめて妖艶に笑みを浮かべた。

 高い位置からシュウたちを眺めるホノカの隣で、ハルは瓦礫にもたれながらぼんやりと空を見上げている。


「危なくなったら、助けに行きますからね!」


 大きく手を振るツカサが、瓦礫のそばでぴょこぴょこと跳ねていた。


「おちびちゃん、あんまりはしゃぐと転ぶわよ」

「大丈夫ですよー。あとちびじゃないです!」


 むきになるツカサのそばに、ハルが無言で移動する。二人の頭上で、ホノカがにやにやと目を細めていた。


「ハルさんブーツじゃないですか。ずるいです!」


 そう叫んでハルの足元を指さしながら、ツカサはスニーカーで懸命につま先立ちをしてみせた。


 緊張感の欠片も感じられない彼女たちの姿に、もしかしたら案外大丈夫なのではないかと、若者たちが楽観的に思いはじめた矢先のことだった。

 それまで談笑していたはずの三人が、いっせいに平原の向こうを見遣った。


「…………来た」


 ハルの口が静かにひらく。瞳はまっすぐに彼方の一点を見つめている。

 その直後、這うような地響きが空気を震わせた。




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