「おい、氷魔法とか使えないのか、俺は!?」
焦って尋ねるも、
「困ったにゃあ。魔人が生み出す魔法の炎は武器じゃないから綿菓子には変えられにゃいし」
肩の上からはのんびりとした声が返ってくる。せっかくギャラリーがいるのに手をこまねいているしかできないなんて、と絶望しかけたとき、自衛隊車両が隊列を組んで走ってきた。先頭車両の荷台には
「
しゅうぅぅうぅぅぅ……
エスタの全身にへばりついた冷凍スライムは炎から熱を奪い、あっという間に鎮火してしまった。全身ドロドロのスライム濡れになったエスタは、溶けて粘性を取り戻した液体の中であえいでいた。
「つ、冷たいっ! 気持ち悪い!」
全身を覆っていた革スーツはところどころが焦げたり破れたりして、ある意味とってもセクシーだ。
「おお……」
観衆からも当然ながら感嘆のため息が漏れる。俺のようなつるぺた幼女に興味のない男どもは、ゼリーまみれの女魔人を眼福だと思って眺めているに違いない。
あれっ? 俺いま自分のことつるぺた幼女って言ってた!?
「ジュキちゃん、スライムのねばねばでエスタの動きを封じることに成功したニャ!」
白猫の言葉で我に返った俺は、小さな羽のついたピンクの弓を構えなおした。今こそ聖なる弓矢で女魔人の心を浄化するとき!
「エンジェリック・アロー!」
光の矢がエスタめがけて
「うわーっ」
エスタは逃げようとするが、とけたスライムが地面へとたれてゆく。ブーツの底がアスファルトにへばりついて身動きが取れないようだ。
公民館のバルコニーから観戦する避難民の興奮が頂点に達し、声援の中、光の矢は縦横無尽に空間を切り裂いた。
「これまでかっ!」
覚悟を決めたのか、エスタは両手で頭をかばって地に伏せた。
光の矢はふわりと夏の風に舞い、エスタの背中側にまわると肩甲骨の下に深々と突き刺さった。
「やったぞー!」
「魔法少女の矢が魔人を捕らえた!」
「マジカル・ジュキちゃん万歳!」
人々が拍手喝采して喜ぶ中、魔人エスタは地面に転がった。
遠くからは遅ればせながらパトカーのサイレン音が近づいてくる。今頃、何をしに来たのやら。
「愛する妹も救えず、敵の凶刃に倒れるとは無念なり!」
エスタがうめいたとき、武装した自衛官が車から降りてきた。
「すでに捕らえられているプリマヴェーラが獄中でお前宛てに手紙を書いた」
三メートルくらい離れた距離から封書を投げ捨てる。
「愛する妹の書いた手紙だと? 偽物ではないのか!?」
エスタは地を這ってアスファルトをすべる封筒へ近づくと、震える指で拾い上げ、封を切った。
「これは間違いない! 愛するあの子の筆跡――」
便箋をひらくと、エスタは涙声で読み上げ始めた。
『大好きなエスタお姉ちゃん、
私は今、カンゴク王国のドクボーという街にいます』
それ、国じゃねえし街じゃねえ……。収監されてるだけだろ。
公然
『この国は右を見ても左を見ても女性しかおらず、天国です』
そりゃあ女子刑務所で女性刑務官に見張られているんだろうからな。
『しかも今の私は無職なのに朝昼晩の食事が出て、あたたかいベッドも提供され、無情の幸福を味わっています。毎日数時間、紐を数えたり、紙を折ったりと、簡単なゲームをさせてもらえます』
それが刑務作業っつー仕事なんだよ…… よっぽど魔王四天王としての仕事がブラックだったんだろうなあ。
『お姉ちゃんと一緒にこのカンゴク王国に住めたら最高だと思っています』
姉を刑務所に誘うな。
『魔王様の下で働くのは大変だと思うので、気が向いたら考えてみてね。プリマヴェーラより』
「ううっ、私のかわいい妹よ――」
魔人エスタはむせび泣き、スライムがしたたり落ちる豊満な胸に手紙を押し付けた。
「姉の幸せを願ってくれるのだな!」
もしや聖女様謹製光の矢がついに効力を発揮して、エスタを愛に目覚めさせたのか!?
任務は終えたとばかりに車に乗り込もうとする自衛官を、エスタが呼び止めた。
「待ってくれ。私も捕虜になれば、妹のようにカンゴク王国で暮らせるのだろうか?」
「本官には分かりかねるが、たとえ実刑判決がでたところでプリマヴェーラと同じ場所に収監されることはないだろう」
自衛官は親切に答えてくれたが、エスタは意味を理解していないようだ。
仕方ねえ。通訳してやるか。
「カンゴク王国に行くことになっても違う街で拘束されるんだってさ」
俺がエスタでも分かるように言い直してやると、
「そうだろうな」
エスタは意外にも素直にうなずいた。
「だが構わぬ。私の幸せを願ってくれる妹の想いを
どこかなつかしそうに遠くを見つめるまなざしは、サスペンスドラマの最後に罪を自白する犯人役のようだ。
「私はもともと四天王の位になど興味はなかった。だがあの子は努力を重ねて四天王に抜擢された。今までのように側にいられなくなった私は喪失感に襲われ、修行を重ねたのだ。結果、私も四天王の一人へと登りつめたのだが、頑張りすぎて妹より強くなってしまった」
エスタの背中に刺さっていた光の矢がぽろりと落ちた。敵が改心すると役目を終えたとばかりに抜けるのかよ!?
「我が妹プリマヴェーラは愛にあふれた優しい子なのだ。あの子が四天王を目指したのは、ただ大勢の女の子にモテたいゆえだったのだから、なんと邪気のないことだろう!」
いや、邪気ありまくりだろ!? モテたいゆえって欲望丸出しじゃんか! プリマヴェーラめ、愛にあふれてるんじゃなくて下心にあふれてるんだ。
「では魔人エスタよ、ここで自首するか!?」
大音量で尋ねたのは自衛官ではなく埼玉県警のパトカーから降りてきた武装警官だった。