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45、魔人エスタの最後

「自首?」


 また言葉の意味が分かっていない様子の魔人エスタに、武装警官が怒鳴り声で説明してやる。


「ひっとらえて放火罪で裁いてやるという意味だ!」


「つまりこの世界にいられると。どこかで妹が吐いた息を、めぐりめぐって私が吸えると」


 気持ちの悪い姉だなあ。


「それなら喜んでお前たちの軍門にくだろう」


「よし、緊急逮捕だ!」


 銃と防護盾を手に武装警官がばらばらと取り囲む。


「おっとその前に」


 だがエスタは何を思い出したか指笛を鳴らした。


「来たれ、我がしもべ『暗黒の太陽』よ!」


「なにっ!?」


 その場にいる全員がにわかに色めき立つ。


 埼玉ダンジョンがある方角の空から悠々と飛んで姿を現したのは、燃えさかる炎を身にまとう巨大な翼竜だった。帰り支度を始めていた消防隊も慌てて、消防車から再びホースを伸ばす。


 俺もすぐに光の矢を放てるよう、迫りくる真っ赤な影に向かって魔法の弓を構えた。


 エスタは空を見上げ、翼竜へ大きく手を振った。


「魔王様に伝えてくれ! この世界のニンゲンはモンスターを調理して食べるし、闘志に燃えていた妹も骨抜きにされてしまったし、征服するには危険すぎる!」


 俺たちの真上で旋回する翼竜が陽射しをさえぎり、アスファルトの地面に大きな影を落としていた。にも関わらず、じりじりと炎にあぶられて汗が噴き出してくる。


 エスタは慣れているのか顔色ひとつ変えずに言葉を続けた。


「私も魔界に戻ることはない。最後の進言として、ほかの異界へ続く道をひらくよう魔王様に提案してくれ」


「御意」


 低くつぶやくと翼竜は、ダンジョンが位置する東の空へと帰って行った。


「魔王様が再びこの世界を狙うことはないだろう」


 すっきりとした顔で告げたエスタは、取り囲む武装警官によって拘束された。


 これでようやく埼玉県に平和が戻ってくるんだ。そして俺も二度とスカートなんて履くことはないだろう。


 公民館脇に設置された自転車置き場の陰に、俺はこっそり着地した。


 さて、どこの便所で用を足して変身を解除するか。避難民が去ったら公民館のトイレでも借りるかな、などと考えていたら、


「まもなく避難指示が解除され、商店街祭りが再開されます」


 公民館のスピーカーから女性の声で放送が流れた。


 いやちょっと待て。大人びた話し方してるけど、これ玲萌レモの声じゃん!


 見上げれば撤退を始めた自衛隊車両の上に、玲萌レモ由梨亜ユリアの姿はない。


「魔人への勝利を記念して、公園ステージでは特別に魔法少女マジカル・ジュキちゃんのコンサートが行われます」


 アナウンサー風に気取った玲萌レモの声が淡々と告げる。


「はぁぁぁっ!? 聞いてないぞ!!」


 俺の抗議は、ルーフバルコニーから見下ろす避難民の歓声にかき消された。


「魔法少女の特別ステージ!」

「そういえばマジカル・ジュキちゃんって歌えるんだよな」

「動画見た見た!」


 俺の肩に乗った白猫が、ぷぷっと猫らしからぬ笑い声を上げた。


「ジュキちゃん、まだトイレには行けないみたいだニャ」


「お前はいつまでいるんだよ」


 俺は白猫に冷たい目を向けた。魔人の脅威が去った今、こいつも異界に帰るはずだろう。


「追い出さないでほしいニャ。ワイも魔法少女ジュキちゃんのステージ見たいんだからニャ」


 スピーカーからガサっと音がしたと思ったら、


「みんなー、応援あっりがとーっ!」


 大音量で由梨亜ユリアの子供っぽい声が流れた。


「魔法少女のステージ、ぜひぜひ見に来てねーっ!」


 公民館の入り口からぞろぞろと出てきた人々が相好を崩す。


「あのかわいい声、魔法少女ちゃんだよな?」

「そうじゃね? イメージ通りだな」

「さっきまで空中に浮かんでたのにいつの間に移動したんだろ」


 ちげーし! 俺はあんなアニメ声でしゃべんねーし!!


 自転車置き場の陰で地団駄を踏んでいると、うしろからパタパタと駆け寄る足音が聞こえてくる。振り返ると公民館裏口から出てきた玲萌レモ由梨亜ユリアだ。


樹葵ジュキ、お疲れ様! ようやく歌えるわよ。疲れてない?」


 優しく声をかけてくれる玲萌レモを俺はちょっとにらんでやった。


「魔法少女姿でライブするなんて俺、聞いてないんだけど?」


「あらあら、ほっぺたふくらませちゃって」


 玲萌レモが指先で俺の頬をつついた。


樹葵ジュキは観客であふれた客席を前にして歌いたいんでしょ?」


「そうだけど」


 目をそらして口を尖らせる俺を見上げて、由梨亜ユリアがなぜか感嘆の声をもらした。


「ほえぇ、やっぱり本物はかわいさが違うなあ」


由梨亜ユリアちゃんはまだまだ修行が必要だニャ」


「うん、樹葵ジュキちゃん見習ってかわいさに磨きをかける!」


 由梨亜ユリアが肩の前で両手のこぶしを握りしめた。なんで俺を見習うんだよ!? おかしいだろ……俺はかっこいい男子なのにーっ


 公民館前から消防自動車が退去を始め、公園に戻ろうとする人々を、警官隊が駐車場に押しとどめているのが見える。


「先に大型車両が通りますからまだ動かないでくださーい!」


 彼らをしり目に、玲萌レモは俺の手を引いた。


「さ、樹葵ジュキ常盤ときわ公園に戻るわよ。セッティングもあるし」


 住宅街の間を縫うように細い道を歩いて戻ると、公園前の道路は通行禁止になっていた。自衛隊が討伐したモンスターの死体を、大神グループの車が回収している。


「オーク以外も食えるのか?」


 緑色のゴブリンを見ながら俺がげんなりしていると、


「違うの。焼いてもおいしくない子たちは謎エネルギーになるの。運ぶだけのお仕事でほかの会社にあげるの」


 由梨亜ユリアが答えてくれたが、いまいち意味が分からねえ。


「ウェブの経済新聞で読んだわ。モンスターの死体に高い圧力をかけると原子力発電をしのぐエネルギーを得られるんですって。国と企業が共同で研究開発してるそうよ」


 玲萌レモの解説に白猫がうなずいた。


「モンスターの体は魔素の塊だからニャ。魔法のない世界だとエネルギーに変換できるみたいだニャ」


 マジか。モンスターのおかげで食糧問題だけじゃなくエネルギー問題まで一挙解決じゃんか。


 大型車両の間をすり抜けて公園内に戻ると、大人三人が倒れたテントを立て直していた。


「祭りの運営委員会の人?」


 彼らは俺たちより先に公民館へ避難していたはずなのに、いつの間に戻ってきたんだろうといぶかしんでいると、


「私たちは大神会長の指示を受けて現場の様子を確認しに来たんですよ」


 手前の男性が答えてくれた。


「あ、もしかして!」


 玲萌レモがぽん、と手をたたく。


「私たちがコンサートを再開するって放送を流したから大神会長、公園内の様子を見てくれって部下の皆さんにメールしたのかしら?」


「その通りです。屋台の食べ物もモンスターたちが荒らしてしまったみたいですので、代わりの食材を無償提供して店を再開できるように手配する指示を受けております」


 食べ物はモンスターが自発的に荒らしたんじゃなくて、玲萌レモの作戦で由梨亜ユリアが投げてよこしたんだけどな。


 立て直されたテントの中に入ると、ケースにしまっておいたギターは無事だった。由梨亜ユリアもいつも通りカホンを出して準備しているから、何も問題はないようだ。


 玲萌レモは先にステージへ出て、PAシステムやスピーカーの主電源を入れている模様。すぐにマイクチェックの声や、彼女が弾くシンセのピアノ音色おんしょくが聴こえてきた。


 チューニングを終えてステージに出て行くと、


樹葵ジュキセットリストセトリ頭からやるでしょ?」


 玲萌レモが当然のように確認してくる。


「え、さっきと同じ曲歌ったら正体バレちゃうよ……?」

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